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参 昭和四十二年
不埒者
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「じゃあ、こうしよう」
困り果てた空気の中、事態を収拾したのは父だった。
「弘一。明日、ワシと一緒に黄泉小径へ行こう」
「ええ!?」
驚く一同を気にせず、父は続ける。
「ワシに、おゆいさまを紹介してくれ。巷では、死後の世界へ人を引っ張りこむ悪霊のように言われておるからな。お前に誤解を解いてもらおうか」
「……誤解?」
「おゆいさまは悪いやつだって、皆思ってるって事さ」
「違うよ、とっても優しいよ!」
「だから、それをじいちゃんに説明してくれ」
父は弘一に笑顔で言う。
「……うん、分かった」
少し悩むようなそぶりも見せたが、息子は申し出を受け入れた。
という訳で。
明日の午後、父と弘一は二人で黄泉小径へ行くことになった。
弘一が会っているおゆいさまが本物か偽物か、とりあえずこれで分かる。
まずは明日、弘一を一旦父に任せ、その先は明日の夜、父の報告を受けてから考えよう。俺はそう思った。
ところが。
「父ちゃん!起きて、父ちゃん!」
翌朝、俺はやたら焦っている妻の声で起こされた。
あまり良い寝覚めではない。
「ん……?」
漠然とした意識の中、時計を見る。
朝5時だ。いつもの起床よりも一時間ほど早い。
「なんだよ、こんな早い……」
「弘一がいない!どこにもいないの!」
寝ぼけた頭に、妻の大声が突き刺さる。
はあ?
どうせまた黄泉小径だろうが。
そう言いかけた俺の脳裏に、今の時刻がよぎった。
妻は必死な顔でこちらを見ている。
「弘一……」
少し遅れて、ぼやけていた頭が整ってきた。
弘一……。
「……何を考えてるんだ、あいつは!?」
俺は布団から飛び起きて、部屋を出た。
寝室の外では、父と母がすでに起床していた。
「おお、起きたか博!」
二人とも着替え終わっており、いつでも外へ出られる格好になっていた。
「弘一がいなくなったって、本当か」
「家じゅうどころか、黄泉小径の前にもおらんかった」
「はああ!?」
「今から駐在所へ行って、保護されてないか聞きに行くが、お前どうする?」
父の言葉に少し考えたが、もし本当に保護されていれば、すぐに家へ連絡が来るはずだ。俺は首を横に振った。
「いや、俺は黄泉小径へ行く」
「何?」
「あの竹藪の中を探してみようと思う」
「え……大丈夫なの、博?」
「親父、納屋にある凧糸を目印に借りるぞ」
「それは構わんが……無理はするなよ」
「分かってる」
まったく。
どこまでも手を焼かせやがって、バカ息子が。
俺は部門長に仕事を休む旨を電話で伝えて、寝間着を着替えた。
一瞬、妻にもついてきてもらおうかと思ったが、万が一息子が家に戻ってきた場合、誰もいないと困ってしまうので、留守番を頼む事にした。
「じゃ、行ってくる」
「父ちゃん頼むよ」
泣きそうな顔の妻に見送られ、俺は車に飛び乗った。
車で行けば、黄泉小径までの道は知れている。2分足らずで、俺は目的地にたどり着いた。
「……!」
藪の入り口に、人がいる。
少女だった。頬はこけ、全身を見ても細身で、おそろしくボロボロの着物を身にまとっていた。
言い伝えによるおゆいさまの風貌そのものだ。
そうか、こいつか。俺は助手席に置いてあった凧糸の束を手に取り、気を引き締めながら彼女に近づいていった。
「……来ると思っていました」
歩み寄る俺に対して少女は小さな声で言うと、かすかに頭を下げた。
「あんたか、息子をたぶらかしているおゆいさま気取りは」
わざとぶしつけに俺は言った。相手は動じた様子もなく、こう返してきた。
「弘一君が待っています。どうぞこちらへ」
俺の問いに答えるつもりは全くないらしい。
「待っています? お前が勝手にさらったんじゃないのか」
無礼を上塗りしても涼しい顔だ。そのまま無言で藪の中へ入っていく。
……。
やっぱり、弘一はこの中か。
俺は凧糸を地に垂らして戻り道の標にしながら、彼女の後をついて行った。
困り果てた空気の中、事態を収拾したのは父だった。
「弘一。明日、ワシと一緒に黄泉小径へ行こう」
「ええ!?」
驚く一同を気にせず、父は続ける。
「ワシに、おゆいさまを紹介してくれ。巷では、死後の世界へ人を引っ張りこむ悪霊のように言われておるからな。お前に誤解を解いてもらおうか」
「……誤解?」
「おゆいさまは悪いやつだって、皆思ってるって事さ」
「違うよ、とっても優しいよ!」
「だから、それをじいちゃんに説明してくれ」
父は弘一に笑顔で言う。
「……うん、分かった」
少し悩むようなそぶりも見せたが、息子は申し出を受け入れた。
という訳で。
明日の午後、父と弘一は二人で黄泉小径へ行くことになった。
弘一が会っているおゆいさまが本物か偽物か、とりあえずこれで分かる。
まずは明日、弘一を一旦父に任せ、その先は明日の夜、父の報告を受けてから考えよう。俺はそう思った。
ところが。
「父ちゃん!起きて、父ちゃん!」
翌朝、俺はやたら焦っている妻の声で起こされた。
あまり良い寝覚めではない。
「ん……?」
漠然とした意識の中、時計を見る。
朝5時だ。いつもの起床よりも一時間ほど早い。
「なんだよ、こんな早い……」
「弘一がいない!どこにもいないの!」
寝ぼけた頭に、妻の大声が突き刺さる。
はあ?
どうせまた黄泉小径だろうが。
そう言いかけた俺の脳裏に、今の時刻がよぎった。
妻は必死な顔でこちらを見ている。
「弘一……」
少し遅れて、ぼやけていた頭が整ってきた。
弘一……。
「……何を考えてるんだ、あいつは!?」
俺は布団から飛び起きて、部屋を出た。
寝室の外では、父と母がすでに起床していた。
「おお、起きたか博!」
二人とも着替え終わっており、いつでも外へ出られる格好になっていた。
「弘一がいなくなったって、本当か」
「家じゅうどころか、黄泉小径の前にもおらんかった」
「はああ!?」
「今から駐在所へ行って、保護されてないか聞きに行くが、お前どうする?」
父の言葉に少し考えたが、もし本当に保護されていれば、すぐに家へ連絡が来るはずだ。俺は首を横に振った。
「いや、俺は黄泉小径へ行く」
「何?」
「あの竹藪の中を探してみようと思う」
「え……大丈夫なの、博?」
「親父、納屋にある凧糸を目印に借りるぞ」
「それは構わんが……無理はするなよ」
「分かってる」
まったく。
どこまでも手を焼かせやがって、バカ息子が。
俺は部門長に仕事を休む旨を電話で伝えて、寝間着を着替えた。
一瞬、妻にもついてきてもらおうかと思ったが、万が一息子が家に戻ってきた場合、誰もいないと困ってしまうので、留守番を頼む事にした。
「じゃ、行ってくる」
「父ちゃん頼むよ」
泣きそうな顔の妻に見送られ、俺は車に飛び乗った。
車で行けば、黄泉小径までの道は知れている。2分足らずで、俺は目的地にたどり着いた。
「……!」
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そうか、こいつか。俺は助手席に置いてあった凧糸の束を手に取り、気を引き締めながら彼女に近づいていった。
「……来ると思っていました」
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「あんたか、息子をたぶらかしているおゆいさま気取りは」
わざとぶしつけに俺は言った。相手は動じた様子もなく、こう返してきた。
「弘一君が待っています。どうぞこちらへ」
俺の問いに答えるつもりは全くないらしい。
「待っています? お前が勝手にさらったんじゃないのか」
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……。
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