黄泉小径 -ヨモツコミチ-

小曽根 委論(おぞね いろん)

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(間 平成二十七年)

心の支え

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 病院に着き、指定された診察室に行くと、妻が俺に泣きついてきた。

「どうしよう、トヨ~」

 妻が俺を結婚前の呼び方をするときは、本当に彼女が参っている時だ。先程の剣幕が嘘のように弱々しかった。

「沢沼美咲さんの、お父様ですね」

 院長先生が、俺を見ながら言った。

「はい。娘は、今病室ですか」

 先生は、厳しい顔をしてうつむいてしまった。

「美咲さんは、今こちらにはいません。救急車で総合病院まで搬送してもらいました」

「え?」

「ここでは処置が間に合わないほどの、大変な重症でした。とりあえず応急処置は施しましたが、大きいところでちゃんとした手術を受けてもらう必要があります」

 俺は頭がくらくらした。

「娘の命は、大丈夫なのでしょうか」

 先生の顔が、いっそう険しくなる。

「命にかかわることはないでしょう。ただ……」

 先生は言いにくそうにしている。妻はおそらく先に聞いたのだろう。ハンカチで両目を覆ってしまっていた。

「美咲さんは、下腹部を非常に強く打っていました。あくまで手術の結果を待たないことには、確かなことは言えませんが……」

「……」

「……下手をすると、もう子供が産めない体になってしまうかもしれません」


 ……美咲。
 お前は、どこまで……。


 俺たちは、娘が搬送された総合病院の場所を院長先生から聞くと、一礼して診察室を後にした。

 俺も妻も、無言だった。とてもではないが、何かを考えられるような状態ではなかった。

 失意のまま俺たちが駐車場に向かうと、知らない青年が車の前にいた。

「陽太君……」

 妻が、彼のものであろう名前を呼んだ。

「知った顔か?」

「美咲の新しい彼氏よ」

「なに?」

 知らないぞ、そんなの。

「おばさん、美咲さんの容体は……」

 妻は青年に尋ねられると、意見を請うかのようにこちらを見た。おそらくは、彼も一緒に連れて行きたいのだろう。

 俺は少し悩んだが、美咲の心の支えは、多ければ多い方が良い。

「知りたければ、一緒に来なさい。ただし、つらい話を聞かされるかもしれないぞ?」

 青年は、目に見えて俺の言葉にショックを受けていた。しかし、

「お願いします」

 真正面から俺を見据えて、彼はそう言った。

「そうか。では、乗りなさい」

 俺は車の鍵を開け、乗車するように促した。

 青年は礼儀正しく「失礼します」と言って、後部座席に乗り込む。

 俺は運転席に座り、エンジンをかけた。そして、一度ゆっくりと目を閉じる。

 瞼の裏に浮かんだのは、かつて美咲が連れてきた前の彼氏だった。

 三角関係の挙句、相手を殺してしまったその男と、今ここにいる青年を、頭の中で比べる。

「陽太君、と言ったね」

「はい」

「君は……いい男だ」

「……ありがとうございます」

 バックミラー越しに見る彼の顔は、緊張と不安でこわばっていた。が、この青年はこの状況から逃げ出すことなく、とどまっている。

「どうか、美咲を頼む。あれには、君のような男が必要だ」

 陽太君は、ミラー越しに俺と目を合わせると、力強く黙礼をした。俺はそれへ首を縦に振り返すと、車を発進させた。

 美咲、頑張れ。
 陽太君のためにも、どうかめげないでくれ。
 どうか、どうか……。
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