黄泉小径 -ヨモツコミチ-

小曽根 委論(おぞね いろん)

文字の大きさ
53 / 83
捌 明治十年

優シキ切支丹

しおりを挟む
 振り返った先にいたのは、二人の異人だった。驚くほど背が高く、そして目の色が青かった。

 彼らはなにやら黒いものを着ていた。すずが普段見慣れている着物とは違う、良く分からないものだ。彼らは、十字架を形取った首飾りに手を当てながら、彼女に近づいてくる。

 何て不吉なものを身に着けているのだろう。

 初めて見るその姿に、すずの体が凍りつく。

「突然呼び止めて申し訳ありません」

 異人の一人が言った。いささかの訛りこそあるが、その言葉は非常に聞き取りやすかった。

「何ですか、貴方たちは」

 すずは、恐怖心に煽られたまま彼らに訊いた。

「私たちは切支丹キリシタンです。この村で、布教をしています」

 切支丹。

 すずは、両親からその言葉を教わった事がなかった。それ故、彼女にはこの二人が、磔刑の道具を模したものを大事そうにしている、怪しい異人にしか見えなかったのだ。

「私は、そんなもの知りません。失礼します」

 必死で二人から目を逸らすと、すずは足早にその場を去ろうとした。

 すると、切支丹の異人は彼女の後ろから声を張ってこんな事を言った。

「お時間は取らせません。あなたのお話を少しだけ聞かせてください」

 話を聞けではない。
 聞かせろ、だった。

 意外に感じたすずは思わず足を止め、振り返った。

「どういう事でしょう」

 訝しく思ったすずは、それを率直にぶつけた。

「あなたは、何かとても思いつめています。あなたの悩みを、私は聞きたい。あなたの苦しみ、悩み、懺悔、なんでも構いません。あなたを苦しめるそれを、私たちに聞かせてほしい。如何ですか」

 いでたちは恐ろしいが、語り口やその表情はきわめて穏やかなものだった。

 長らくそんな顔で接する人がいなかったすずの心は、怪訝から困惑に変化した。

「私を苦しめる、もの」

「そうです。何でも構いません」

「それは例えば、」

 例えば、何だろう。

 父が誰彼かまわず暴力を振るう人で、皆が迷惑している事か。

 しかし、それは過去の事だ。今はあれも病床にあり、家族の支えがなければ生きていけない。

 けれども。

 あれのせいで家族は全員村からつまはじきにされ、痩せた土地で貧しい暮らしを余儀なくされているのだ。妹も弟も心はすさんでおり、末の寅之助に至っては、兄や姉を前にしても口を開こうとさえしない。


 そして私は。
 私は。


 すずは急に、顔中の筋肉がこわばるのを感じた。慌てて口元に手を当てる。

 だが、それは全く用を成さぬ行為だった。

 瞬く間に目からは涙が溢れ、口からは何十年も出していないような大声が出た。

 宣教師はすずの肩に優しく手を置くと、膝を屈めて彼女と目線の高さを合わせた。

「ここでは人の目もあります。中で、ゆっくりお話しをうかがいますよ」

 異人は言うと、後ろにある廃れた空き家を指し示した。

 すずは、言葉にならない声をあげながら頷くと、肩を支えられるようにしながらその空き家に入っていった。

 その時、視線を感じたすずは一度だけ、後ろを振り返った。

 視線の主の塩売りは、気まずそうに彼女から目を逸らせていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

隣人意識調査の結果について

三嶋トウカ
ホラー
「隣人意識調査を行います。ご協力お願いいたします」 隣人意識調査の結果が出ましたので、担当者はご確認ください。 一部、確認の必要な点がございます。 今後も引き続き、調査をお願いいたします。 伊佐鷺裏市役所 防犯推進課 ※ ・モキュメンタリー調を意識しています。  書体や口調が話によって異なる場合があります。 ・この話は、別サイトでも公開しています。 ※ 【更新について】 既に完結済みのお話を、 ・投稿初日は5話 ・翌日から一週間毎日1話 ・その後は二日に一回1話 の更新予定で進めていきます。

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿

加来 史吾兎
ホラー
 K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。  フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。  華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。  そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。  そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。  果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。

【完結】ホラー短編集「隣の怪異」

シマセイ
ホラー
それは、あなたの『隣』にも潜んでいるのかもしれない。 日常風景が歪む瞬間、すぐそばに現れる異様な気配。 襖の隙間、スマートフォンの画面、アパートの天井裏、曰く付きの達磨…。 身近な場所を舞台にした怪異譚が、これから続々と語られていきます。 じわりと心を侵食する恐怖の記録、短編集『隣の怪異』。 今宵もまた、新たな怪異の扉が開かれる──。

処理中です...