黄泉小径 -ヨモツコミチ-

小曽根 委論(おぞね いろん)

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玖 嘉永六年

禁忌破り

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 あきは立ち上がり、境内に戻っていった。源蔵も後に続く。

 彼女はゆっくりと歩きながら生えている大木に触り、狛犬に一体ずつ触り、

 そして、そのまま神社の裏に足を向かわせた。

「待った。あき姉、そっちは」

「いいじゃない。たまには」

 沖津根神社の裏側は『おきつねさま』の僕がいるとされていて、立ち入りは禁じられていた。

「最後に、この村の色々を目に焼き付けておきたいの。良いでしょう」

「それは、見合いがうまく行ってからでも良いんじゃないか」

 源蔵は言ったが、それは的外れな発言だと自覚していた。

 親たちが周到に積み上げた縁談である。本人の我儘で覆されるようなものではない。

 案の定と言うべきか、あきは源蔵の言葉に無反応で、そのままつかつかと歩き続けた。

「うわあ、凄い蝉の声」

 神社の裏は一層木々が生い茂っていた。蝉が多いのも納得できる。

 そこは、足元にも草々が伸び放題に伸びていた。うかつに入ると着物を汚しかねないほどであったが、あきは全くためらう様子もなく足を踏み入れる。

「あき姉。やっぱりあんまり立ち入らない方が」

「意気地なしねえ、源蔵は」

「そういう問題じゃないって、あき姉」

「じゃあ、どういう問題なの」

 あきは自由に歩き回りながら振り返り、意地悪な笑顔で源蔵を見た。

 その瞬間、

「きゃ」

 何かに躓いたらしいあきは、そのまま後ろ向きに倒れた。

「大丈夫か、あき姉」

 源蔵は慌ててあきに駆け寄る。

「うん、大丈夫。ごめんね」

 彼女はそれへ、照れたような笑顔で返事をする。

「何かに躓いちゃったみたい。うっかりだよね」

「これだけ草が伸びてたら、しょうがないさ」

「何だったんだろう。切り株、かな」

 あきはその場に屈み、草をかき分けた。

 その顔が、青ざめる。

 そこにあったのは、とても小さな祠だった。躓いた影響で、一部が破損している。

「どうしよう」

 あきは目に見えて動揺していた。すがるような顔で源蔵の方を見る。

 源蔵は心臓が止まるような苦しさを覚え、考えるふりをして視線を外す。

 すると、あきの足元の地面から、一本の腕が生えているのが見えた。腕は動いており、今にもあきを掴もうとしている。

 源蔵は驚いて強く瞬きをし、腕を凝視しようとした。が、その瞬きの間に腕は姿を消した。

(見間違い、か)

 源蔵は一度そう思ったが、状況を見るとあまり楽観は出来ないと考えた。

「とりあえず、誰か大人に話をしよう。あき姉、立てるか」

「うん」

 二人は、神社の境内に戻ることにした。

 が、

「源蔵」

 石段を下りながら、あきは言った。

「この事、やっぱり誰かに言わなきゃ駄目かな」

 源蔵は足を止めてあきを見た。

「もしこの事がお父様の耳に入ったら、とてもお怒りになるの。もちろん私が悪いんだけど、その」

 言いごもるあき。源蔵は愛おしさに負けた。

「分かった、あき姉。誰にも言わないから」

「本当に。ありがとう。じゃ、これは二人だけの秘密ね」

 あきは花が咲くような破顔を見せ、そのまま駆け足で石段を下りて行った。

 源蔵は複雑な思いでその後ろ姿を見ていた。

 背中に吹きつける風は、真夏だというのにどこかそら寒かった。
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