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終 平成二十六年
生き埋めとミイラ
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俺はただならぬ恐怖を覚え、そこから逃げ出そうとした。
しかし俺は、突如として何者かに足元を掴まれたような錯覚に陥り、その場に突っ伏してしまった。
否。
それは、ある意味錯覚ではなかった。
「うわあああ!」
転倒した瞬間、無数の草々が俺に絡まってきたのだ。あっという間に体の自由が利かなくなり、俺はうつぶせのまま地面に固定されてしまった。
頭上で、気が狂ったような笑い声がする。あの老人だ。
「よくもまあノコノコと来たものだ、肝煎の末裔よ!」
容赦なく俺を何度も足蹴にしながら、彼は言った。
「お前たちに逃げられてからというもの、わしがどれだけここで再び会える日を待ち望んでいた事か……分かるまいなあ!」
その足は、背中の同じところを執拗に攻め続ける。俺は何もすることが出来ず、ただ苦痛に耐えていた。
やがて、疲れたのか飽きたのか、老人は不意にため息をつきながらその場に腰を下ろした。俺は不自由な姿勢のまま、少し高度の下がった彼の顔を頑張って視界に入れた。
さっきまでの人の良さそうな笑顔が嘘のような、冷たい目をしていた。
「……連れていけ」
その口が、言う。
刹那、自分の体が強烈な力で地面に埋め込まれていくのを感じた。枯草が俺を引っ張り込んでいるのだ。
「……え?」
事態を理解するまでに少し時間がかかったが、自分が生き埋めにされようとしている事が分かると圧倒的な恐怖に襲われた。
「待って……待ってくれ。助けて、ちょ……」
助けを請おうにも、土が口に入ってうまくいかない。
いやだ。
助けてくれ。
心の中で願うだけが精一杯のまま、俺の体はなす術なく土中に消えた。
*
気が付くと、俺は竹藪の中で横になっていた。
体には、土は全く付着していなかった。さっきのアレは何だったのだろう。俺は怪訝に思いながら上体を起こした。
「……うわっ」
周囲を見回した俺はそこで一体のミイラと目が合ってしまい、思わず声が出てしまった。ミイラはボロボロの茶色い布の残骸が申し訳程度に被さっている有様で、こちらに体を向けて横たわっている。
「……何だよ、もう……」
俺は立ち上がって、竹藪を見渡した。
そこは細い一本道になっていた。道はやけに長く、奥の方を見ると真っ暗でどこまで続いているのか分からないほどだった。
反対側を見ると、日の光があった。とりあえずどちらに向かえば良いかは一目瞭然だった。
その時、
「どこへ行くの?」
声がした。
足元のミイラからだ。
足がすくんでしまい、身動きが取れなくなった。振り返る事も出来ないまま、俺は背中にミイラの声を聴く。
「ここを出てもあいつに捕まるだけなのに、どこへ行くの?」
それは意外とはっきり聞こえた。声色から察するに、どうやら女性のようだ。
「しかし……逃げなければ、俺はあいつに殺されます。このままここにいるわけにはいきません」
カサカサに乾く唇に鞭を打ち、俺はどうにか返事をする。
後ろで、何かが動く気配がした。まさかと思った俺は反射的に振り返ってしまった。
「……あ……」
ミイラは、立っていた。ゆっくりとした仕草でこちらの手を力なく握ってくる。
「取引、しませんか?」
彼女は、空洞化した目でこちらを見ながら言った。俺は言葉を返す気力を完全に失い、ただ体じゅうをガタガタさせながら話を黙って聞いていた。
「私は、あれの下で働く者です。が、正直に申し上げて、私にとってあなたの一族がどうなろうと知ったことではありません」
「……へ?」
「私には、別に許せない一族がいます。もし貴方が、私と彼らを取り持ってくれるのなら、村を出るまで私が守ってさしあげますよ」
ある意味、地獄に仏である。
が、彼女の姿を見て仏と信じて良いものかは、甚だ疑問だった。
何か返事を、と思ってもまともな言葉はやはり出てこない。しかし、このままでは間違いなくあの老人に捕まってしまう。どう考えても、それだけは避けたかった。
意を決し、俺は首を縦に振る。
ミイラの女はそれを見て、頷きを返した。
「ありがとうございます……一族の姓は、サワヌマと申します。貴方は、その名前を憶えていて下さるだけで結構です。本当に……ありがとうございます……」
そこまで言うと、ミイラはその形を維持しきれずに崩れ落ちた。
灰と骨だけになったそれはもはや動く気配もなく、ただの物質としてそこにあるのみになった。
「……」
少しの間、俺はその場に立ちすくんでいた。が、やがてふと我に返った。
このミイラは、俺が村を出るまで守ると言った。
が、現状はこの有様だ。
もし、このまま彼女の力が失われていったとしたら、帰路の保証が無くなってしまうのではないか……?
そう思った瞬間、俺の心は戦慄と焦りに支配された。
全速力で竹藪を抜けると、無我夢中で一本道を駆け抜けた。
勝手知ったる村ではない。道が分岐するところで、一度足を止める。
「……あれだ」
目印にしたのは、高速道路だった。俺は、誰ひとり人とすれ違わぬ不気味さを感じながらも必死に走った。
「あった!」
どれくらい走ったかは覚えていない。とにかく無我夢中で車に乗り込むと急発進させた。
一分一秒でも早くこの村から出たかった。
しかし俺は、突如として何者かに足元を掴まれたような錯覚に陥り、その場に突っ伏してしまった。
否。
それは、ある意味錯覚ではなかった。
「うわあああ!」
転倒した瞬間、無数の草々が俺に絡まってきたのだ。あっという間に体の自由が利かなくなり、俺はうつぶせのまま地面に固定されてしまった。
頭上で、気が狂ったような笑い声がする。あの老人だ。
「よくもまあノコノコと来たものだ、肝煎の末裔よ!」
容赦なく俺を何度も足蹴にしながら、彼は言った。
「お前たちに逃げられてからというもの、わしがどれだけここで再び会える日を待ち望んでいた事か……分かるまいなあ!」
その足は、背中の同じところを執拗に攻め続ける。俺は何もすることが出来ず、ただ苦痛に耐えていた。
やがて、疲れたのか飽きたのか、老人は不意にため息をつきながらその場に腰を下ろした。俺は不自由な姿勢のまま、少し高度の下がった彼の顔を頑張って視界に入れた。
さっきまでの人の良さそうな笑顔が嘘のような、冷たい目をしていた。
「……連れていけ」
その口が、言う。
刹那、自分の体が強烈な力で地面に埋め込まれていくのを感じた。枯草が俺を引っ張り込んでいるのだ。
「……え?」
事態を理解するまでに少し時間がかかったが、自分が生き埋めにされようとしている事が分かると圧倒的な恐怖に襲われた。
「待って……待ってくれ。助けて、ちょ……」
助けを請おうにも、土が口に入ってうまくいかない。
いやだ。
助けてくれ。
心の中で願うだけが精一杯のまま、俺の体はなす術なく土中に消えた。
*
気が付くと、俺は竹藪の中で横になっていた。
体には、土は全く付着していなかった。さっきのアレは何だったのだろう。俺は怪訝に思いながら上体を起こした。
「……うわっ」
周囲を見回した俺はそこで一体のミイラと目が合ってしまい、思わず声が出てしまった。ミイラはボロボロの茶色い布の残骸が申し訳程度に被さっている有様で、こちらに体を向けて横たわっている。
「……何だよ、もう……」
俺は立ち上がって、竹藪を見渡した。
そこは細い一本道になっていた。道はやけに長く、奥の方を見ると真っ暗でどこまで続いているのか分からないほどだった。
反対側を見ると、日の光があった。とりあえずどちらに向かえば良いかは一目瞭然だった。
その時、
「どこへ行くの?」
声がした。
足元のミイラからだ。
足がすくんでしまい、身動きが取れなくなった。振り返る事も出来ないまま、俺は背中にミイラの声を聴く。
「ここを出てもあいつに捕まるだけなのに、どこへ行くの?」
それは意外とはっきり聞こえた。声色から察するに、どうやら女性のようだ。
「しかし……逃げなければ、俺はあいつに殺されます。このままここにいるわけにはいきません」
カサカサに乾く唇に鞭を打ち、俺はどうにか返事をする。
後ろで、何かが動く気配がした。まさかと思った俺は反射的に振り返ってしまった。
「……あ……」
ミイラは、立っていた。ゆっくりとした仕草でこちらの手を力なく握ってくる。
「取引、しませんか?」
彼女は、空洞化した目でこちらを見ながら言った。俺は言葉を返す気力を完全に失い、ただ体じゅうをガタガタさせながら話を黙って聞いていた。
「私は、あれの下で働く者です。が、正直に申し上げて、私にとってあなたの一族がどうなろうと知ったことではありません」
「……へ?」
「私には、別に許せない一族がいます。もし貴方が、私と彼らを取り持ってくれるのなら、村を出るまで私が守ってさしあげますよ」
ある意味、地獄に仏である。
が、彼女の姿を見て仏と信じて良いものかは、甚だ疑問だった。
何か返事を、と思ってもまともな言葉はやはり出てこない。しかし、このままでは間違いなくあの老人に捕まってしまう。どう考えても、それだけは避けたかった。
意を決し、俺は首を縦に振る。
ミイラの女はそれを見て、頷きを返した。
「ありがとうございます……一族の姓は、サワヌマと申します。貴方は、その名前を憶えていて下さるだけで結構です。本当に……ありがとうございます……」
そこまで言うと、ミイラはその形を維持しきれずに崩れ落ちた。
灰と骨だけになったそれはもはや動く気配もなく、ただの物質としてそこにあるのみになった。
「……」
少しの間、俺はその場に立ちすくんでいた。が、やがてふと我に返った。
このミイラは、俺が村を出るまで守ると言った。
が、現状はこの有様だ。
もし、このまま彼女の力が失われていったとしたら、帰路の保証が無くなってしまうのではないか……?
そう思った瞬間、俺の心は戦慄と焦りに支配された。
全速力で竹藪を抜けると、無我夢中で一本道を駆け抜けた。
勝手知ったる村ではない。道が分岐するところで、一度足を止める。
「……あれだ」
目印にしたのは、高速道路だった。俺は、誰ひとり人とすれ違わぬ不気味さを感じながらも必死に走った。
「あった!」
どれくらい走ったかは覚えていない。とにかく無我夢中で車に乗り込むと急発進させた。
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