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少年よ、剛毛を愛せ

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 ところ変わって、王宮にある地下牢にて。

「出ーせーよー!!!」

 ガチャンガチャンと鉄格子を両手で握り、中に入っている者は大声をあげた。

「お前らー、俺を誰だと思ってるんだー! 王子だぞー! 6番目だけど一応王位継承権だってある王子だぞー! 出せー! ねぇ、ちょっと、本当に出してー!!」

 そう叫ぶのは一応この国の王子であるフェザーだ。本人が言った通り王位継承権を持つ王子である。ただし妾姫の息子であり、その身分も低いことから王位は6番目と低い。ほぼ王位を継ぐことはないといわれている。
 そんな王子は地下牢に現在幽閉されていた。見張りはいるが王子の言葉に耳を傾ける様子はない。そのことにフェザーは憤慨する。

「ちょっと静かにしてくれませんかね、バカ王子」

 すると地下牢に続く階段から1人の男がフェザーに近づく。その手には料理があり、湯気がのぼっていた。
 彼はキャングル。騎士団長の三男坊である。またフェザーとは昔馴染みだ。

「キャングル。いいところに。ここから出してくれ」
「無理です。それと叫ばないでくださいよ。ここって音が反響するんで」

 キャングルはそう言って檻の中に料理を入れた。ここの檻は下部の一部が料理を入れやすいように鉄格子がついていない部分がある。手慣れた脱獄犯ならここを利用して脱獄することもできるだろうが、王子にそんな力はなかった。そもそもここは王族専用の牢屋であり、現在フェザーのいる牢屋以外に人はいないのだ。
 フェザーは持ち込まれた食事を見て、胡乱な瞳でキャングルを見る。

「お前、これ出来立てじゃないか。毒味はしたのか?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと熱通して作ったものですから。お腹は壊しません」
「違うわ。俺、一応王子。毒殺とかそういう心配はないのか!!」
「大丈夫ですよ。牢屋に入れられている6番目の王子を殺すほど、王宮内は切羽詰まってないんで。毒殺とかよっぽどのことじゃないと有り得ないですよ。えぇ、よっぽどのことがない限り」

 キャングルは真顔でフェザーを見る。その目は一切笑っていない。

「例えば王子にセクハラされたとか、恋人を寝取られたとか。そういう恨みを持っている人でない限り」

 フェザーはキャングルから視線をそらした。だがキャングルは言葉を止めない。

「俺も王子に恨みがなくはないんですよ。顔を合わせる度にアホな要求をしてくるし」
「そんなこと言って、お前その要求に応えてくれたことないだろう」

 フェザーが唇を尖らせながら言った言葉に、キャングルは「当たり前でしょう」と呆れと怒りを込めて告げる。

「『父親の胸毛とすね毛と尻毛と陰毛をとってこい』って命令聞くわけないでしょう。バカですか。ああ、間違えました。変態ですか」
「今の言い直す必要あった!?」

 フェザーは叫ぶ。
 繰り返し伝えることになるが、キャングルは騎士団長の三男坊である。そして当然のことながら騎士団長は男である。女騎士というわけはない。ムキムキの強面の年取った男である。説明するのもどうかと思うが、剛毛でありとあらゆる体毛が髪の毛と同じように黒々としている。彼に嫌みを言うものは皆口をそろえて「ゴリラ」と形容するほどだ。
 ちなみに彼の息子であるキャングルを含む兄弟たちは、母親似であり髪の毛や体毛を含めて栗毛である。さらに言うならば女性も羨むほど肌にムダ毛がない。爽やか系の細マッチョイケメンだ。

 このことからもわかるようにフェザーは同性愛者である。そして剛毛フェチであった。

「そもそも何で父の尻まで毛が生えていること知っているんですか」
「十年前、俺がまだ7歳の頃。無邪気を装い筋肉が見たいとワガママを言って全裸になってもらったことがある」
「それ初耳なんですけど! 俺、その頃すでにあなたと面識ありましたよね!? うわあああ・・・・・・。王子の命令とはいえ、7歳児の前で全裸になる父親なんて知りたくなかった」
「顔を真っ赤にして恥ずかしげに『もうよろしいですか・・・・・・』とか『こんなところ見られたら私の立場が・・・・・・』につぶやく親父さん、最高だったZE」
「詳細に説明しなくていいですってば! あなたが王子でなかったら『死ね』って言ってますよ!」

 フェザーは「それもう言ってるようなもんじゃん」と心中で思ったが、口には出さずに料理に手をつける。幸い、毒は混入されていなかった。

「キャングル。言わせてもらうが、そんなワガママを言ったのは精通前の天使のような子供の頃だけだぞ。それからはちゃんと許可をとった者にしか手をつけていない」
「恫喝(きょか)ですか?」
「何か言葉がおかしくない? 精力が無駄に溜まって今にも町娘を襲うんじゃないかという騎士のやつらに目をつけて、口八丁手八丁でセフレになっただけだぞ。それに相手は全員ネコになったから、女性が襲われる心配もなくなった。事前に性犯罪を防ぐハートフルでピースフルな行いだろう」
「あなたの変態がフルスロットルですけどね。ーー騎士による性犯罪がここ数年で急激に減少したのはそういう理由かよ」

 キャングルはつぶやきながら頭をかきむしった。

 騎士は国を守る役割があるが、全員が全員清廉潔白なわけではない。むしろ精力ゴリゴリの野郎が多くいるのが実状だ。金で女を買うなら問題ないのだが、無理矢理で事をなそうとする輩もいた。それは常に騎士の間で問題になっていることである。だが仕事が忙しく中々休みもとれないため、花形職と言われて女性にモテてもすぐに別れてしまうことが多い。キャングルの子供の頃には「不満」と騎士たちが愚痴をこぼしたのを聞いたことがある。キャングル自身も婚約者と顔を合わせる度に文句を言われている。
 つまり性欲を持て余しているのだ。それが溜まりに溜まって暴挙に移ってしまうのである。定期的に発散させる動きも過去にあったのだが、それはそれで女性たちによる騎士のイメージが下がるということで反対運動がありお蔵入りになってしまった。
 そんなことがあり解決策が見出せなかった問題だったが、ここ最近ではめっきりその数が減ったのだ。事件が表面化されないということも考えられるが、それを考慮しても格段に減っている。
 その理由がフェザーによるものだということをキャングルは気づかなかった。きっと騎士団長も気づいていない。

「そうだよ。だから俺凄くない? ねぇ、なのに何で牢に入れられるの? 意味分からないんだけど」
「・・・・・・水に塗れた父が上着を脱ぎシャツ1枚になっていたところを、あなたが通りかかり父のシャツを破って襲いかかったからでしょうが」

 キャングルの言う通りだった。
 王が気晴らしに庭を散歩しているときのことだった。その時間帯は庭師たちが水をやっている最中であったが、王が「仕事を休む必要はない」と口にしたため庭師たちは仕事を続けていた。しかしそのホースのひとつが大分磨耗しており、尖った石で穴が開き水が噴出したのである。水は王にかかるところであったが、それを騎士団長が庇い代わりにずぶ濡れになったのだ。
 慌てる庭師たちに支障ないと告げてすぐに王宮に入った。騎士団長は近くにいた騎士に代わりの服を持ってくるよう指示し、水を吸ってしまった上着を脱いだ。中のシャツまで水に濡れており、気持ち悪さを感じた騎士団長はシャツのボタンを3つほど開けたのだった。ここまでは普通の流れである。
 またフェザーが自宅でもある王宮を歩いていたのもこれまた普通のことである。

 だが問題は2人がはち合わせてしまったこと。
 フェザーは開いたシャツから見えるモサモサの胸毛を見て理性が飛んだ。「ンモオオオオオオ」と奇声をあげて騎士団長のシャツを破き、その胸元に顔を押しつけその胸毛を口で毟ったのだ。あまりの変態っぷりに近くにいた王が無意識で息子の顔を殴ったほどだ。ちなみに王が直接家族に手をあげたのは、これが初めてである。
 そしてフェザーは謹慎処分となった。最初は自室に閉じこめられただけだったが、1月経っても「反省はしている。だが後悔はしていない」と堂々と言ってのけたために、反省していないと判断されて地下牢行きとなった。自業自得である。

「だってさ目の前に好みの剛毛があるんだよ。確かに趣味と実益を兼ねてヤることヤってはいる。でも犯罪を未然に防ぐためだったり、拷問の一種だったり、有益な情報を手に入れるためにやってんだよ。そこに俺のフェチズムはない! 俺は、剛毛が、好きなんだ!!」
「反響する地下牢でそういうこと叫ばないでください」
「騎士団長はこの国1番の剛毛の持ち主だからな。剛毛フェチとしてあの人の水に濡れた胸毛を見て冷静でいられると? いや、無理だ」
「そんなんだから地下牢に入れられるんですよ」

 キャングルがため息を吐きながら横目を使うと、見張り番がげんなりとした様子を見せていた。

「おい、ここは俺がいるから離れててもいいぞ」
「いえ。しかし」
「この王子(バカ)は反省する様子がないから、いくら昔馴染みだからといって開けるつもりはない。それどころかこんな変態話が延々と続くだろうから、精神を病みたくなければ休憩した方がいい」

 キャングルの言葉に見張り番はホッとした表情で頭を下げて、階段を上っていく。





 足音が聞こえなくなったところで、フェザーは真剣な顔をしてキャングルと向かい合う。

「隣国とはどうなった?」
「元王弟であったフェモールは隣国と手を組みましたが、それ以降の動きはありません。街や村にも影響はありません。食料や武器のルートも異常なしです」

 フェザーの問いにキャングルは先ほどまでの口調とは一変して答えた。

「父や家族たちに異変はないか? 毒物などは?」
「目立った箇所では問題ありません。さすがに後宮に侵入はできませんが、誰かが倒れられたという話は一切ないかと」
「うーん。あの叔父のことだから、一気に攻めるよりもいやらしい方法をとるかと思ったんだがな。普通に攻めるつもりか? でも叔父さん、戦場じゃ役立たずって言われてたしな。むしろとっくに殺されてる可能性もあるか」

 フェザーの発言にキャングルは口をあんぐりと開けた。

「そんな・・・・・・。隣国からはそんなこと何も」
「叔父が隣国と手を組んだという報告から1年近く経ち、何の動きも見られないんだぞ。隣国だって叔父のことを仄めかす発言をしているが、はっきりと口にしているわけじゃない。そもそも始まりは『王弟は我が国で保護した』と言っていたが、それは『王弟を捕らえた』と言い換えることができる。この国に叔父の価値がないと気づいて慌てて手を組んだということにしたんだろう」
「な、何のためにそんなことを」
「戦力を疲弊させるためだろうな。有事の際に動けるようにしておくのと、いつ攻めてくるかわからず神経を尖らせたままでいるのとではまったく違う。さらに言えば今の状態がずっと続き、ふとしたことで緊張感が緩んだ瞬間が1番攻め込まれやすい。かといってこちらから攻め込むには理由が弱すぎて諸外国から非難されるだろうしな。父たちや騎士だけでなく街や村に住む平民も、今の状況にやきもきしているはずだ」

 フェザーは顎に手を当てて思考を張り巡らせる。真剣な表情は、見た目も整っているため様になっている。騎士や市民たちは決して知らない、貴族ですら一握りの者しか知らないフェザーの顔。キャングルに感服しつつ呆れていた。
 6番目であろうが変態であろうが、王子は王子なのだ。バカと呼ばれようとも用無しと蔑まされようとも、彼はこの国を思う王子なのだ。いくら変態であろうとも、例え変態であろうとも、騎士団長の胸毛をムシャァァアとしようとも、それは変わらぬ事実であるのだ。変態も事実であるが。

「だがあくまでこれは希望的予測だ。兄たちには知らせなくていい。ただ暗殺の可能性は大いにあるから、常に気をつけた方がいい。特にフェンリル兄上とフェツィル兄上は、もう一度毒味役を調べ直すべきじゃないか?」

 フェザーがあげた名は、この国の王子であり王位継承権1番と2番だ。このまま何事もなければフェンリルが王を継ぐことになる。後継者争いなどは珍しい話ではないが、今のところこの国はフェザーの叔父であるフェモール以外は家族仲は良好だ。だがここで暗殺されでもしたら後継者争いによるものか、隣国を含む外国によるものかが判断しかね混乱を来すのは必須だ。
 ちなみにフェザーが暗殺されても余計な荒波を立てずに秘密裏に処分されるのは、フェザー自身理解している。

 フェザーは「それで」と別の話題に移した。

「ヒヴェルコラキ山脈。そこにあるとされる神の国マロカとの連絡がついたそうだな」

 真剣な声は自然と低くなり、脅すような言い方になった。キャングルは若干怯みながらもうなずいて見せた。

「えぇ、詳細は王と宰相と父を含む騎士数人しか知られていませんが。しかし邪推する連中は多数いるかと」
「神の国マロカ。人ならぬ者たちが住むといわれる国。このジャッツクデル王国の近くに聳える山脈であるが、昔から国の領土にはできなかった場所。山の麓に実る果物や降りてきた獣を狩る分には問題ないが、山の中へと入った者には容赦はないと言われており、命辛々逃げ帰ったものは化け物が現れたと口にしている」
「自分はずっとおとぎ話だと思っておりました。しかし、まさか本当にあるとは」
「あぁ。俺も宗教的なものだと思っていた。まさか父がその国と本当に手を組もうと考えるとはな。山を切り崩したいやつらの意見を拒むのに骨が折れたんだろう。あるいは今後のことを考え戦力になると思ったのか・・・・・・。これは父に聞かないとわからないだろうな」

 神の国。化け物が住まう場所。災厄の起こる山の神。
 様々な噂を流され、誰も近寄ることのなかった山。過去に何度も山を切り崩し土地にしようという案が出されたが、一度たりとも現実になったことはない。
 そして半年前、貴族の1人が勝手に人を雇い山へと侵入した。そして見事返り討ちに遭った。その後信心深い第3王子が謝罪のため山へ供え物を持って行った。すると山の奥から男の人が現れたという。その男はこう口にした。

『私たちはマロカの民の者です。もしあなたたちにその気があるというのならば、手を組みませんか』



「山の資源をこちらに渡す代わりに、技術や製品などをこちらが渡す。さらに向こうからは戦力を渡してくれるらしい。国にとってはこれ以上ない条件だ。気味が悪く感じられるほどにな」

 その流れを思い出しフェザーは眉を顰める。
 未だ謎に包まれたマロカ。第3王子の言では体は逞しかったが、来ている服は獣の皮を植物の蔦で縛った質素なものだったという。しかし騎士たちの持っていた剣や銃に怯むことは一切なく、纏ったオーラによる威圧感で押し潰されそうだったという。人間の姿に変えた神だったのではないか。第3王子はそう興奮して、そのときのことを思い出しては話していた。
 1週間前に王が話をまとめるため向こうに赴いていった。今のところ音沙汰はなく、その間の王の執務は第1王子が担っている。今のところ目立った問題はない。
 父たちは無事なのか。それを確認する術はフェザーにはない。

「父たちが出立してから、貴族や騎士たちに何か妙な動きはあったか?」
「動き、はありません。しかし正体不明の連中と手を組むことに不満の声があがっているのは確かです。特に山の切り崩しを進めたがった者たちは、王の救出と銘打って攻撃を仕掛けようと王子を唆したりしています。誰も聞く耳を持ちませんが」
「当然だ。兄上たちが甘言に騙されるはずがない。そもそもヒヴェルコラキ山脈は隣国と逆方向に位置している。そんなところを攻め入れば隣国に背中を見せていると同義だろう。目先のことすら見えてないのか、馬鹿が」

 フェザーは幾人かの貴族を思い出し、鼻で笑った。
 そんなフェザーを見てキャングルはとあることが頭に浮かぶ。もしや、と思ったのだ。

「フェザー様・・・・・・。もしやと思いますが、罰を受けるためにわざと動かれたのですか? あえて政から自身を遠ざけることで、余計な詮索をされないようにと」

 キャングルはフェザーの昔馴染みだ。護り護られる者であると同時に友人以上の関係でもある。キャングルはフェザーの変態性も知っているが、有能であることも知っている。今回の幽閉に関しては変態の変態による変態が成してしまったことだと思っていたが、それは早計だったのか。キャングルは至極真剣に問うた。
 フェザーは目を見開き、目をそらした。

「アー、ウン。ソウダヨ」
「完全に嘘ですね。やっぱり変態の変態による変態のための罪だったんですね。あー、危ねっ。変態にまんまと騙されるところだった」

 やはり変態は変態だった。




 ふと、こちらに近づく足音が聞こえ、互いに口を閉ざす。先ほど休憩を言い渡した見張り役かと思ったが、それにしては違和感があった。フェザーもキャングルもそれに気づいている。
 足音は1人ではない。2人だった。

「フェツィル兄上?」

 先ほどの見張り番と共に現れたのはフェザーにとって2番目の兄だった。
 フェツィルは眉間にしわを寄せながらフェザーが入っている檻へと近寄った。

「父から連絡があった」

 その言葉にフェザーとキャングルに緊張が走った。
 そしてフェツィルは言葉を続ける。


「フェザー、僕と共に神の国マロカに来てもらう」

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