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強化蘇生【リバイバル】

滅理破糾のシャーデンフロイデ

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 紫紺の雷電を纏いながら、視認不可能な速度で、タツトの革靴の穂先がメナシへと突き刺さり、その胴体をくの字に折り曲げて弾き飛ばした。

 突如として暴風が荒れ狂い、土煙を吹かしながら素っ飛んだ化け物が、あわや壁に激突する一歩手前といったタイミング、【紫電】の力で瞬間移動と見紛うスピードで先回りしたタツトが、飛来してきたメナシに合わせて見事なアッパーカットを決める。

 化け物は殺人級の拳に為す術もなく、直撃した瞬間、まるで凩が枯れ葉を吹くように上方に跳弾された。

 高速で飛来するソレが洞窟の天井に大きな破壊跡を残す前に、化け物と天井、その二間に、やはり瞬きの間に移動を終えた、可憐な少女を背に負った少年がスタンバっていた。両手指を交互に重ねるように握り、腕を振り上げた状態で。

 刹那。走ったものは二つ。

 一つは、何かが爆発したとしか思えないような暴風と破壊音を伴った、圧倒的な衝撃。

 そしてもう一つは、【異常地イレギュラー】の魔物を凌駕する勢いで飛躍的な成長を遂げた少年の、全膂力を以て叩き落とされたメナシの影である。

 組んだ両手を振り下ろした少年の腕の辺りを始点として、縦筋の光閃が地面に向かって走り、突き刺さった。
 
 破壊の嵐が、洞窟の硬い地盤に盛大な爪痕を残していく。土煙が晴れて後に残った、圧倒的な力との衝突に硬質なはずの岩盤が陥没、隆起を連鎖させていたその光景は、見た者に否応なく世界の終わりを幻視させるほど凄まじいものだった。

 タツトは、この切羽詰まった状況で、未だにすやすやと不貞寝を決め込んでいる、なかなかに図太い神経をしたクロをゆっくりと、壊れ物を扱うように背中から降ろしてやる。が、その少年の目はどこか力なく虚ろ気に揺れていた。

 恐ろしく因縁の深い化け物に対し、およそ殺戮を果たしたと思しき少年は、今し方の自身の功績に、感動、達成感、充足。そのいずれにせよ、少なくとも何かしらの「成し遂げた」感慨をその身に宿し、表情もそれを感じさせるものに変わっているはずであった。

 

 ーー代わりにタツトの心中に渦巻いていたのは、動揺。


 無いのだ。手応えが。

 “生き物”、ソレが例え除け者化け物の類だったとしても、この世に生を受けた存在を殴り飛ばすというのは、何某かの手応えを伴うもので、タツトもその事実にはこれまでの経験で思い至っていたのだ。

 “当たった”手応え。“ダメージを与えた”手応え。そして、“殺した”手応え。また、“効いていないなら効いていないなりの”手応えもやはりあるのだ。

 何か、感じるはずだった。それが自分にとってマイナスに働くそれだとしても、何か。

 だが、

 ーー何も、感じなかったのだ。蹴った際の脚に、殴った際の拳に、叩き落とした際の両腕に。

 “ダメージを与えた”だとか、“効いている効いていない”だとか、“殺した殺してない”だとか。
 
 まるでそんな概念は存しないとでも言うかのようだ。

 化け物はやはりというべきか、陥没した岩盤の、最も深い部分から何事もなかったかのように起き上がり、タツトのことを“無い眼”で視る。
 
(ーーーッ!?)

 ただそれだけで、硬竜にも、透明巨人にも、エルダーリッチにさえも恐怖を感じなかったタツトがいとも簡単に射竦められた。

 メナシに見入られて動けなくなった間隙はほんの一瞬。だが、こと化け物同士の争いにおいてはその隙が
大きな命取りとなる。

 直後、身を屈め、地を這うようにして迫ってきたメナシが驚異的な精確さで、突っ立ったままのタツトの眼球、顎、頚椎、肩口、脇の下、アキレス腱目掛けて乱舞を開始する。その乱打の標的のどれもが人体の急所であったのは、ただの偶然ではないのだろう。

 人体の急所に、それも複数箇所、ステータスを振り切ったパワーで衝撃を与えられるとどうなるか、そんなことは至極簡単だ。なんてこと無い普遍で不変の原理。

 棒立ちのタツトと襲い来るメナシ、二間の距離がゼロになったのも束の間、タツトの身体中に耐え難い痛みが駆け回ることになる。

 ーー化け物の目にも止まらぬ猛攻は、タツトの両目に合わせるようにして両腕を突き出すという、どこか滑稽味の残る初撃に始まり、続いて右足を軸に、左向きに旋回しながら肘でタツトのアゴを掠めるように射抜く。ガクン、と脳髄が揺れ、仰け反ったタツトの頸動脈に浮いたままのメナシの左脚の回し蹴りが炸裂。

 が、吹き飛びはしない。達人のような力の入れ具合
で、衝撃を余すことなく頚椎に伝え切った為だ。

 途轍もない運動力を逃すことができずに、その全てを一身に受けたタツトの瞳孔から光が失われる。意識の強制シャットダウンだ。

 脳の制御を失ったタツトが膝から崩れ落ち、力なく倒れ込む前にその右肩をメナシが

 【強化蘇生リバイバル】に【異常地イレギュラー】の魔物を狩ったことで手に入れた莫大な経験値によるレベルアップ。それらによって生物の手の届く域を遥かに超えた頑健さを持つタツトの肩口が、骨ごと噛み砕かれていく。驚異的な顎の力で喰らい付き、身を捩ることで回転を加えながら思い切り引き千切る。筋肉や神経系の組織がブチブチッ!と総毛立つような不快音を立てながら凌辱されていき、その少年は刺痛によって意識を強引に引き起こされることになる。

「......ぅア?ーーーーーああアあアアアあアアああああアあ!!??」

 初撃の際、咄嗟に目を瞑ることに成功していたのは僥倖だった。おかげで視力を失うには至らない。しかし、それによって目の当たりにしてしまう。ーー自分の顔の右辺りにおぞましい化け物がしな垂れかかって、一生懸命に自分の肉を咀嚼している光景を。

 更には遅れてやってくる、凄絶な痛み。

 これまで繰り返されてきた残酷な体験に、もうとっくに慣れてしまったと思っていた苦痛が、過去のそれを上回ろうとする勢いでタツトを絶望の淵に追いやっていく。

 呻き声さえ上げられない、発狂しそうな痛みに視界がチカチカと明滅し、この状況から逸脱すること以外に何も考えられなくなってしまう。


 ーーーーーあ、

 唐突に、かつて、同じようにして状景がタツトの脳裏にフラッシュバックした。

 同じ化け物との邂逅はもう、通算3度目になるというのに、また“喰われた”。その事実が、どうしようもない屈辱と絶望を引き寄せる。



 また、喰われたのだ。対策を立てる準備期間もあったし、頑張って信じられないくらいに成長も遂げた。なのに、それを嘲るように、自身を上回る力によって無理矢理抑えつけられ、命と引き換えに快楽を得る材料にされるのだ。

 ぐっちゃぐっちゃと言う不快音は、そのままタツトの命が燃え尽きるカウントダウンを表しているようで、初動の苦痛と化け物の抑えつける力に身動きが取れずに食い破られていくうちに、徐々に、声も出せないまま憔悴していっている。

 『傷付く』は再生できるが、『食われる』はダメだ。再生しようにも、もととなる細胞や組織が介在していない。そも、【超再生】の権能は、無から有へと昇華させるものではない。修復し、再帰させるための媒体となる“モノ”が必要なのだ。


(ーーーあぁ、こんなもんか。俺って。)

 今もされるがままに暴虐の嵐を一身に受け止めているタツトの胸中には、自らの生死を別つ状況に置かれているも関わらず、不思議な、底知れぬ達観があった。諦観とも呼ぶかも知れない。

 間違っていたのだ。何もかも。この【異常地イレギュラー】に関しては、「生き残りたい」とか「元の世界に帰りたい」とか、そんな願望はお門違いも良いところだったのだ。

 最初から。本当に最初から、そんな望みはただの一縷もありはしなかったのだ。思えば初めから、そのことを頭の中のどこかでは理解してしまっていて、でもそんなの嫌すぎるし、ダメすぎるから、その現実を直視しないように、その事態に直面しないように、今までこうやって、あたかも“本気で頑張れば生き延びられる”という根拠のない発想を拠り所にして自分を騙し続けてきたのだ。何もかも気付いていないふりをして。

 だって、“無理だと分かっていながら頑張る”なんて狂気の沙汰じゃないか。だからその狂気を“「何も知らない」を演じながら頑張る”という更なる狂気で覆い隠して、今まで必死にきたのだ。

 ーーそれが、瓦解した。

 絶望しないように、諦めてしまわないように、今まで必死こいて培ってきたものが音を立てて崩れ落ちたのだ。

 そう何度も、ご都合展開は起こり得ない。
 
 【異常地イレギュラー】の、それぞれのエリアの主に関しては、何というか、強さの次元が違うのだ。強いとか弱いとか、勝てるとか克てないとかは論点にないのだ。

 埋め切れない、圧倒的な力の差。

 逃れられない、絶対的な敗北。

 揺るがない、確約された死。


 カオの化け物であるゲズィヒトにも、今まさに遭遇中のこのメナシにも、勝てるわけがないのだ。ステータスがどうとかは関係なく、「勝てないから勝てない」、それが常識。

 なるほど、執念などとは、笑わせる。たかだか人間の感情で彼我の戦力差が覆せるなんて、根本的に発想が間違っているのだ。

 考慮が足りてない。力が足りてない。戦略が足りてない。能力が足りてない。速さが足りてない。武器が足りてない。道具が足りてない。運が足りてない。仲間が足りてない。経験が足りてない。気持ちが足りてない。

 ーー常識が、足りてない。

 この世界異常地の“常識”はコイツら化け物で、決して自分ではないのだ。どれだけ強かろうと、“個”で、覆せる範疇ではないのだ。

 あぁ、

 (また、ダメなのか。)

 なんて理不尽異常で、なんて不条理異常
 
 (もう、無理だ。)

 少年は、身も心も滅ぼされ、壮絶な死を遂げた。




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 ゆらゆら。

ゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆら。














 ーーーふひっ。

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 ピコン。



◁◁【強化蘇生リバイバル】を行いました。各ステータスの強化と、【復活報酬リバイバルアイテム】がドロップされます▷▷


 

 ガコン。



 ーー機械的で乾燥した声と、何かが落ちたような大きな物音に、眠り込んでいた少年は眼を覚ます。

 長い間、本当に長い間意識を失っていた。とうに時間感覚は失っており、どれだけの間倒れ伏していたのか定かではない。

 傍には静かな寝息を立てるクロがいた。原理は分からないが、やはり自分が死ぬとクロも一緒に蘇るようだ。

 、胎児のように丸まっているクロを見て多少の安堵を覚える。

 そう、ここは【花畑】である。

 今まで花畑→岩場→花畑→岩場と来ていたので、この様子だとどうやら、一度の【強化蘇生リバイバル】毎に交互にリスポーンされるようだった。

 毎度の如く、むせ返るような匂いに鼻腔をヒクヒクさせながらタツトは、背後の宝箱を開けに向かう。その際、やはり例の如く、赤みがかったオレンジの煙が身体に舞い込み、スペックが引き上げられた。

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名前:久保タツト
年齢:17
性別:男
種族:人間
レベル:586

職業:
職業レベル:

HP:48000⇨52600
MP:48000⇨52600
ATK:32400⇨34900[+3000]
DEF:30700⇨32200
AGI:42800⇨45850
MATK:31500⇨32890
MDEF:31500⇨32890

スキル:全属性魔法耐性(大)[炎耐性・氷耐性・風耐性・雷耐性・光耐性・闇耐性]・全属性高位魔法耐性(中)[天焔耐性・天凍耐性・天旋耐性・天雷耐性・天星耐性・天夜耐性]・眠り軽減⇨無効・毒軽減・混乱軽減・麻痺軽減⇨無効・魅惑軽減・恐慌軽減〔new〕

固有スキル:【強化蘇生リバイバル】・【執念】[+超再生]・【アイテムポーチ(極)】・【斬撃操作】・【紫電++】・【咆哮】・【透灯化】・【牢牙】・【闇魔法の極意】・【天夜魔法の極意】・【???】・【???】


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 ステータスアップによって必然的に感じてしまう高揚感、全能感を心中から追いやり、霧散させる。そうして宝箱の上蓋に手を掛け、開ける。不思議なほどスッ、と音もなく開いた宝箱の内側に隠されていたのは、

 一本の短剣であった。
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