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第一章
転生?
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神聖歴九九五年五月。
先月十一歳になったばかりの少年はいつもよりも早く目を覚ました。
普段ならメイドが起こしてくれるまでぐっすりだというのに珍しいことだ。
「……あれ?俺は……?」
最初に目に入ったのは見慣れない天井。だが、普段から見ていたような不思議な感覚。
首を動かし周囲を見れば、どれも見覚えがある。なぜだ?と疑問を覚えるがすぐに納得する。当然だ。だってここは自分の部屋なのだから。
(ん?自分の部屋?)
頭が混乱する。
何がどうなっているのか。とりあえずよろよろとベッドから上体を起こした少年、レオナルドは自分がぐっしょりと汗を掻いていたことにここで気づいた。
気持ち悪いと思うと同時に違和感があった。身体が軽いような気がする。なんとなく自分の手を見て、その小ささに驚いた。明らかに子供の手だったから。
(……いや、普通だ。だって俺は今十一歳、で……?)
違和感が大きくなる。自分は社会人だったはずなのに、十一歳とはどういうことなのか。いや、おかしいことなんて何もない。今日までのレオナルドの記憶がちゃんとある。ただ、こことは全く違う世界で社会人として生きていた記憶もあって……。
これではまるで全く別の二つの記憶があるような……。それが違和感の正体だった。
寝起きのレオナルドがこんな状態になっているのは、自分以外の人生の記憶が自分の中にあるからだった。何を言っているんだと思うかもしれないが、そうとしか表現のしようがない。それは他人が経験してきたものとは到底思えない、確かに自分が歩んだ人生だと確信できるほどのもの。人格までそのままレオナルドの中にあるのだ。
そう思った瞬間、いや、気づいた瞬間、彼の中で何かが急速に混ざり合う。混ざり合って一つの形を成していく。レオナルドは胸の辺りを鷲掴み、息が自然と浅く荒くなる。
(そうだよ。俺はレオナルド=クルームハイトだ)
そして、それほど時間がかからず、混ざり合った二つの精神が完全に一つになった。
「なんだ?いったいどうなってんだ?」
不思議な感覚が治まったレオナルドは、思わず呟く。その声も当然だが子供の声だった。けれどもうそれに違和感はない。自分の声だとちゃんと認識できているから。
呟きながらも必死に考えを巡らせる。
「……まさか、これ、転生ってやつなのか?」
前世、と言っていいのかはわからないが、前世で死んだ自分はレオナルドとして生まれ変わって、今その記憶を取り戻した。そうとしか考えられない状況だった。
だが、そこで新たな疑問がレオナルドを襲う。それは前世の記憶を取り戻したからこその疑問。
(レオナルド=クルームハイトって前世でも聞いたことがあるような……?)
取り戻したばかりの記憶を探る。というか、そんな必要もないくらいすぐに思い出せた。日本人の名前でもないのに、憶えていた理由。それは―――。
(って、それブレブロに出てくる悪役の名前じゃないか!?)
彼が死ぬ直前までやっていたゲームの登場キャラだったから。
『Blessing Blossom《ブレッシング ブロッサム》』。通称ブレブロ。大手メーカーが満を持して発売したやり込み要素満載の超大作美少女ゲームだ。
このゲームには五人のヒロインと五人のサブヒロインがいる。ヒロインの人数が決して多い訳ではない本作は、有名シナリオライターにより、一人一人のストーリーが非常に重厚で、サブヒロインでさえ、メインと言えるのではないかというストーリーが用意されていた。それに神絵師を揃えており、どのヒロインも本当に可愛く魅力的だ。加えて十八禁ということもありそういうシーンにもかなり力を入れている。
にもかかわらず、このゲームのレビューは高評価と低評価で真っ二つに割れた。
本作は魔法を主としたファンタジー世界が舞台で、RPG要素が色濃くあり、戦争などの戦闘イベントのためというのはもちろんのこと、隠しボスを倒すなどしてすべてのイベントシーンを手に入れるためにも地道なレベル上げが必要だったり、マップを隅々まで移動したりしなければならない仕様になっている。
これが評価が分かれた理由だった。
低評価の者達からすれば、RPGをしたいならそういう目的のゲームを買う、というのが理由だ。エロゲーにそんなものは求めていない、と。
だが、前世の男はこのゲームにハマった。
不評だったその要素を気に入ってやり込んだのだ。そんなコアなファンも一定数いたのがこのブレブロというゲームだ。
世間ではブラック企業と呼ばれてしまうような会社に入って、三年目。
深夜残業は当たり前、休日出勤も当たり前。その上、残業代は固定制で実際の何分の一という額しか支払われない。そんな会社に入ってしまったのが運の尽き。
ヤバい会社だが、唯一確実に休めるのが年末年始だ。これには社長の意向が強く働いている。毎年その長期休暇である年末年始で大好きなゲームをするのが社会人になってからの楽しみだった。
そして今年はこのブレブロというゲームを完全クリアすることだけに費やした。不眠不休でプレイしていた訳だが、普段の仕事でそんなのは慣れている。
ただクリアして終わりではない。このゲームには追加パッチが用意されていて、コンプリートした者だけが最後のルートをできるようになっている。すでにプレイした人のネタバレなしコメントでは、様々な背景が明かされるため、最後のルートをした後、もう一度最初からプレイしたくなると言っている者が多かった。
期待値が高まるというものだが、ここまで水とバランス栄養食品だけで過ごしていた身体が先に悲鳴を上げた。
家には食料らしい食料がなかったため、仕方なく追加パッチ分をする前に、コンビニに向かったのだが、それがよくなかった。
連日の徹夜で思考能力が著しく低下した頭で、コンビニの自動ドアを通った男はそこで異常事態に気づいた。
店内では覆面の男が店員にナイフを突き出していたのだ。
男は今まさに強盗中の現場に出くわしてしまった訳だ。突然入ってきた客に強盗犯はパニックになったのだろう。
店員に向けていたナイフを男に向けてそのまま突っ込んできた。
男は驚きに固まってしまい逃げることもできなかった。
そして強盗犯のナイフが男の胸に突き刺さる。
そのまま男は呆気なく死んでしまった。
親兄弟のいない男が死の間際に思ったのは、ブレブロの追加パッチ分ができないことへの未練だった。
先月十一歳になったばかりの少年はいつもよりも早く目を覚ました。
普段ならメイドが起こしてくれるまでぐっすりだというのに珍しいことだ。
「……あれ?俺は……?」
最初に目に入ったのは見慣れない天井。だが、普段から見ていたような不思議な感覚。
首を動かし周囲を見れば、どれも見覚えがある。なぜだ?と疑問を覚えるがすぐに納得する。当然だ。だってここは自分の部屋なのだから。
(ん?自分の部屋?)
頭が混乱する。
何がどうなっているのか。とりあえずよろよろとベッドから上体を起こした少年、レオナルドは自分がぐっしょりと汗を掻いていたことにここで気づいた。
気持ち悪いと思うと同時に違和感があった。身体が軽いような気がする。なんとなく自分の手を見て、その小ささに驚いた。明らかに子供の手だったから。
(……いや、普通だ。だって俺は今十一歳、で……?)
違和感が大きくなる。自分は社会人だったはずなのに、十一歳とはどういうことなのか。いや、おかしいことなんて何もない。今日までのレオナルドの記憶がちゃんとある。ただ、こことは全く違う世界で社会人として生きていた記憶もあって……。
これではまるで全く別の二つの記憶があるような……。それが違和感の正体だった。
寝起きのレオナルドがこんな状態になっているのは、自分以外の人生の記憶が自分の中にあるからだった。何を言っているんだと思うかもしれないが、そうとしか表現のしようがない。それは他人が経験してきたものとは到底思えない、確かに自分が歩んだ人生だと確信できるほどのもの。人格までそのままレオナルドの中にあるのだ。
そう思った瞬間、いや、気づいた瞬間、彼の中で何かが急速に混ざり合う。混ざり合って一つの形を成していく。レオナルドは胸の辺りを鷲掴み、息が自然と浅く荒くなる。
(そうだよ。俺はレオナルド=クルームハイトだ)
そして、それほど時間がかからず、混ざり合った二つの精神が完全に一つになった。
「なんだ?いったいどうなってんだ?」
不思議な感覚が治まったレオナルドは、思わず呟く。その声も当然だが子供の声だった。けれどもうそれに違和感はない。自分の声だとちゃんと認識できているから。
呟きながらも必死に考えを巡らせる。
「……まさか、これ、転生ってやつなのか?」
前世、と言っていいのかはわからないが、前世で死んだ自分はレオナルドとして生まれ変わって、今その記憶を取り戻した。そうとしか考えられない状況だった。
だが、そこで新たな疑問がレオナルドを襲う。それは前世の記憶を取り戻したからこその疑問。
(レオナルド=クルームハイトって前世でも聞いたことがあるような……?)
取り戻したばかりの記憶を探る。というか、そんな必要もないくらいすぐに思い出せた。日本人の名前でもないのに、憶えていた理由。それは―――。
(って、それブレブロに出てくる悪役の名前じゃないか!?)
彼が死ぬ直前までやっていたゲームの登場キャラだったから。
『Blessing Blossom《ブレッシング ブロッサム》』。通称ブレブロ。大手メーカーが満を持して発売したやり込み要素満載の超大作美少女ゲームだ。
このゲームには五人のヒロインと五人のサブヒロインがいる。ヒロインの人数が決して多い訳ではない本作は、有名シナリオライターにより、一人一人のストーリーが非常に重厚で、サブヒロインでさえ、メインと言えるのではないかというストーリーが用意されていた。それに神絵師を揃えており、どのヒロインも本当に可愛く魅力的だ。加えて十八禁ということもありそういうシーンにもかなり力を入れている。
にもかかわらず、このゲームのレビューは高評価と低評価で真っ二つに割れた。
本作は魔法を主としたファンタジー世界が舞台で、RPG要素が色濃くあり、戦争などの戦闘イベントのためというのはもちろんのこと、隠しボスを倒すなどしてすべてのイベントシーンを手に入れるためにも地道なレベル上げが必要だったり、マップを隅々まで移動したりしなければならない仕様になっている。
これが評価が分かれた理由だった。
低評価の者達からすれば、RPGをしたいならそういう目的のゲームを買う、というのが理由だ。エロゲーにそんなものは求めていない、と。
だが、前世の男はこのゲームにハマった。
不評だったその要素を気に入ってやり込んだのだ。そんなコアなファンも一定数いたのがこのブレブロというゲームだ。
世間ではブラック企業と呼ばれてしまうような会社に入って、三年目。
深夜残業は当たり前、休日出勤も当たり前。その上、残業代は固定制で実際の何分の一という額しか支払われない。そんな会社に入ってしまったのが運の尽き。
ヤバい会社だが、唯一確実に休めるのが年末年始だ。これには社長の意向が強く働いている。毎年その長期休暇である年末年始で大好きなゲームをするのが社会人になってからの楽しみだった。
そして今年はこのブレブロというゲームを完全クリアすることだけに費やした。不眠不休でプレイしていた訳だが、普段の仕事でそんなのは慣れている。
ただクリアして終わりではない。このゲームには追加パッチが用意されていて、コンプリートした者だけが最後のルートをできるようになっている。すでにプレイした人のネタバレなしコメントでは、様々な背景が明かされるため、最後のルートをした後、もう一度最初からプレイしたくなると言っている者が多かった。
期待値が高まるというものだが、ここまで水とバランス栄養食品だけで過ごしていた身体が先に悲鳴を上げた。
家には食料らしい食料がなかったため、仕方なく追加パッチ分をする前に、コンビニに向かったのだが、それがよくなかった。
連日の徹夜で思考能力が著しく低下した頭で、コンビニの自動ドアを通った男はそこで異常事態に気づいた。
店内では覆面の男が店員にナイフを突き出していたのだ。
男は今まさに強盗中の現場に出くわしてしまった訳だ。突然入ってきた客に強盗犯はパニックになったのだろう。
店員に向けていたナイフを男に向けてそのまま突っ込んできた。
男は驚きに固まってしまい逃げることもできなかった。
そして強盗犯のナイフが男の胸に突き刺さる。
そのまま男は呆気なく死んでしまった。
親兄弟のいない男が死の間際に思ったのは、ブレブロの追加パッチ分ができないことへの未練だった。
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