死亡エンドしかない悪役令息に転生してしまったみたいだが、全力で死亡フラグを回避する!

柚希乃愁

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第二章

(幕間)ミレーネの誕生日③

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 ミレーネの様子をうかがっていたレオナルドは気に入らなかっただろうかと不安になり、若干じゃっかんあわてながら言葉を続けた。

拍子ひょうし抜けだったらごめん。何がいいかってすごく考えたんだけど、中々これって思えるものがなくて、そんな中でその手巾しゅきんを見つけてさ。もしかしたら他の人――たとえば父上とかからも手巾をもらうかもしれないけど…、そっちの方がミレーネのこのみかもしれないけど……、手巾なら何枚あっても大丈夫かなと思って……」

「……拍子抜けだなんてとんでもございません。それに奥様とセレナリーゼ様からは確かにお祝いをいただきましたが、旦那だんな様からは何もいただいておりません。なぜそのようなことを?」

 つかえている家の者、つまりフェーリスとセレナリーゼからプレゼントをいただけたことの方が本来ならまれなことなのだ。加えてフォルステッドは男性。愛妻家あいさいかの彼には無縁むえんのことだが、異性の使用人にプレゼントなんておくったら変なかんぐりをされかねない。これは常識的な考えだ。だからフォルステッドからのプレゼントがある前提で話したレオナルドがミレーネは不思議だった。

「え?あ、そ、そう?それなら、まあいいんだけど……?」
 ミレーネがフォルステッドからのプレゼントを否定したことにレオナルドは内心驚愕きょうがくしていた。ゲームと違う、と。フォルステッドが助けなかったせいで。だが、ずっと黙ったままのステラは。自分の考えがまた一つ補強ほきょうされたと。

「……レオナルド様はどうしてこの花の刺繡ししゅうを選ばれたのかお聞きしてもよろしいですか?」
 レオナルドの内心をよそに、そっと指先でブルースターをなぞりながらミレーネがたずねる。レオナルドは全部知っていた、のだろうか。
「どうしてってほど理由はないんだ。ただ、一番かれたっていうか、可愛かわいいなと思ったのと、ミレーネによく似合うと思って。もしかして嫌だったかな?」
「そんなことございません!あるはずがございません!!」
「そ、そう?」
 まるで子供がいやいやをするようにいきおいよく首を横に振ったミレーネは、
「……レオナルド様はこの花をご存知ですか?」
 しばし間をおいてさらに尋ねた。

「ん?ああ、ブルースターっていう花なんだってね。俺は花とか全然くわしくなくて知らなかったんだけど、それを手に取ったらさ、店員さんが色々教えてくれた」
「そう、ですか……」
 ミレーネはつぶやくと再び刺繍に目を向ける。ショックだった訳ではない。ブルースターなんて知らないのが普通だろう。
「そのとき花言葉も教えてもらってさ。素敵すてきだなって思ったのはもちろん、その花言葉もミレーネによく合ってると思ったんだ。ミレーネは知ってる?ブルースターの花言葉」
「っ、はい…、存じています」
「そっか。さすがミレーネだね。けどそれなら俺、ちょっと恥ずかしいこと言っちゃったかな」
 レオナルドは自分の言葉に気恥ずかしさを覚えてしまったようだ。
 だが、ミレーネはそれどころではない。
 いくつもある手巾の中から、レオナルドは何も知らずにこれを選んだというのか。
 これが私に似合うと思ってくれて?私の髪色に似た水色の花、そしてその花言葉も含めて。

 ブルースター。星のように見える五枚の花弁をもつ可愛らしい花。
 これは両親の形見である短剣のさやにも細工さいくほどこされているミレーネのだ。それほど一般的ではない花。けれどミレーネにとっては特別な花。
 花言葉は、幸福な愛・信じ合う心。
 今はもう得られなくなってしまった両親からの愛……。
 これまで鞘のブルースターを見る度に、その象徴しょうちょうのようなものだと思ってきた。

 そこに青いバラまで刺繍されている。
 花言葉は、夢が叶う。
 母が大好きだった花だ。父との思い出の花だと嬉しそうに話してくれたのをミレーネは今でもおぼえている。

(レオナルド様……、あなたという方は……)
 ……なんて心をさぶる組み合わせなのだろう。様々な感情が押し寄せ、心がどうしようもなくふるえる。
 ……もう一度、私は幸福な愛を得られるのだろうか。叶うのだろうか。
 両親はもういないのに……?では、今の私が心を信じ合う、その、相手はいったい……?
 そんなこと考える必要もなかった。年齢や身分の違いのような客観きゃっかん的な事実に意味はない。自分が誰を、何を望んでいるのかもううたが余地よちがないほどわかってしまったから。
 こんな素敵なものをおくってくれたレオナルドをミレーネは見つめた。その目は今にもこぼれ落ちそうなほどうるんでいる。

「っ!?ミレーネ?どうした!?」
 それに驚いたのはレオナルドだ。目を見開き立ち上がりかける。
「い、いえ何でもございません。あ、その私お礼も言わず大変な失礼を。申し訳ございませんでした。このような素敵な品をくださりまことにありがとうございますレオナルド様。……
 手巾を大切そうに、本当に大切そうに優しく胸元に抱きしめながらミレーネは頭を下げた。
「そ、そう?ははっ、大げさだなぁミレーネは。ただの手巾だよ?気楽に使ってくれたらいいから。でも気に入ってくれたならよかった」
 自分が真剣に選んだプレゼントだ。気に入ってもらえたならやはり嬉しい。レオナルドはようやく身体に入っていた無駄な力が抜けるのだった。
 ちなみに、ミレーネを助け出した際、確かにレオナルドはミレーネの形見である短剣と鞘を目にしてはいるのだが、あのときはミレーネのことで頭がいっぱいだったためその細工にまで気が回っていなかった。
 だから、自分がミレーネの誕生日プレゼントに選んだものの意味にいまだ気づいていない。

 その後も紅茶を飲みながら、おしゃべりだけでこの日の特訓時間は過ぎていった。その際に、特訓のことをセレナリーゼに話すことになり、一緒にしたいと言われていることがミレーネからレオナルドに伝えられた。内緒にするということだったのでミレーネはすごく申し訳なさそうだ。いや、レオナルドの見当けんとう違いでなければ残念そうにも見える。
 とはいえ、セレナリーゼから頼まれてレオナルドに断るという選択肢はない。セレナリーゼも色々な魔法が使えるようになった方がいいのも事実だ。だから、レオナルドはセレナリーゼも特訓に参加してもらうことにした。ただし、明確な理由はないのだが、精霊術についてはまだ黙っていることにし、特訓中は使わないことをミレーネに話した。もしもミレーネが精霊術を見たいときには朝でも夜でもいつでもいいから言ってほしいとも。
 それがよかったのかはわからないが、ミレーネが微笑みを浮かべてくれたのがレオナルドには印象的だった。

 レオナルドの部屋を退出後、ミレーネはセレナリーゼの元へと向かった。
 理由はセレナリーゼとの約束を果たすため。自覚した自分の気持ちを伝えるためだ。
 それともう一つ。セレナリーゼに許してほしいことがあったから。
 ただ実際にこんな話をすればいったいどんな反応をされてしまうだろう。セレナリーゼからすれば随分ずいぶんと失礼な話だ。いくら優しい彼女でもそんなことは許さないと怒るだろうか。
 それでも―――。
(私の仕えるべきお方はセレナリーゼ様。それは変わらない。けれど、願わくば、私の心だけは生涯しょうがいレオナルド様にささげさせていただきたい……)

 そうして不安をかかえながらも正直に気持ちを伝えた結果、セレナリーゼは怒るどころか嬉しそうに二つ返事で了承りょうしょうした。自分も同じだからよくわかると。それから二人は、同じ人に想いを寄せる者同士、年齢も立場も超えて今後について話すのだった。
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