死亡エンドしかない悪役令息に転生してしまったみたいだが、全力で死亡フラグを回避する!

柚希乃愁

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第三章

(幕間)とある一日の出来事②

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 そうしてしばらく歩いていると、
「レオ、着きましたわ」
「ここが……」
 レオナルドの目に長閑のどかな光景が広がった。
 平民向けの商業区画を抜けた先。大きいが綺麗な建物ではない。というよりもかなり古く傷んでいる。敷地だけはそれなりに広く、広場では多くの子供達が遊んでいた。ここは教会が管理している孤児院だ。
 フレイからの手紙は、この孤児院で一緒に子供達と遊ばないかというお誘いだったのだ。レオナルドは孤児院の存在を知ってはいても一度も訪れたことがなかったが、楽しそうだと思いその誘いに二つ返事で了承した。

 フレイに気づいた子供達がお姉ちゃんだと言いながらわぁっと集まってくる。フレイはもうここに来たことがあるようで大人気だ。子供達は誰もフレイのことを聖女だとあがめる様子ではなく、優しいお姉ちゃんだと思っていることがその態度や表情から伝わってくる。

 だがそのとき、
「お姉ちゃん早く行こ!」
 一人の男の子がフレイの手を強く引っ張った。
「あっ!?」
 予期せぬタイミングだったことでフレイが体勢を崩してしまう。
「フレイ!」
 倒れそうになるフレイを一早く察知したレオナルドが咄嗟とっさに肩を抱く形で受け止めた。フレイが怪我をすることなく腕の中にいることにほっと安堵するレオナルドだが、
「……あのレオ?そんなに強く抱きしめられるとちょっと苦しいですわ」
「ご、ごめん!」
 フレイからの指摘に慌ててパッと手を放す。
「ふはぁ」
 解放されたフレイは息を吐きだしたが、その声もまた可愛らしいと思う。そして意識してしまったことでフレイの身体の柔らかさやいい匂いがしたことなどに頭の中が占領されていき、顔が熱くなる。
「いえ、謝ることなんてありませんわ。嬉しかったですから」
「え?」
「ふふっ、何でもありませんわ。助けてくれてありがとう、レオ」
「あ、ああ、うん」
(俺のバカ!何考えてんだ!?)
 フレイに対して失礼だ、とレオナルドは考えてしまったことを頭から追い出し、ドキドキうるさい心臓を必死に落ち着かせようとする。しかしそこで、シェリルから見るからに複雑そうな表情でお礼を言われたレオナルドはなおさらやましい気持ちになってしまうのだった。

 一方、フレイはすぐに男の子の前に両膝をつき目線を合わせた。レオナルドもそちらを見ると、手を引っ張った男の子は自分の行動がフレイを危なくさせたとわかっているようで、肩を震わせ涙目になっていた。
「フレイお姉ちゃんごめんなさい……」
 弱弱しい声だがしっかりと男の子は謝った。
わたくしこそ、びっくりして大きな声を出してしまってごめんなさい、ケイン。私は大丈夫ですから」
「うん……」
「私は元気いっぱいのケインと一緒に遊びたいですわ。だからもう気にしないでくださいな」
「うん!ありがとう、フレイお姉ちゃん」
 そこで騒ぎに気づいたのか、子供達を見守っていた高齢女性が近づいてきた。
「クレアさんとお話がありますから少しだけ待っていてくださいね」
 女性――クレアに気づいたフレイはケインの頭を一度撫でると立ち上がり、彼と手を繋ぐ。そしてクレアに何でもないと伝えた上で、レオナルドのことを紹介した。穏やかで優しそうな風貌の彼女は院長とのことだった。

 それからフレイは子供達を気にかけつつも、クレアと少し話をしていたのだが、そのときとある異変に気づいた。
「あら?そう言えばカレンの姿が見えませんわね」
 カレンとは孤児院で暮らす十二歳の女の子だ。子供達は大勢いるというのに、フレイはたった一人の女の子の不在に気づいたらしい。
「ええ。実は数日前に孤児院からいなくなってしまって……。ここの運営も厳しく子供達は質素な生活しかできません。王都ですから子供達の好奇心を刺激するものも多いので、以前からふっといなくなってしまう子供はいまして……。一日中皆を見守るというのは現実的に不可能ですから対処のしようもなく……。自発的に戻ってきてくれればいいのですが、そうでなければ見つけることは困難でして。恐らくはカレンも……」
 クレアは責任を感じているのか眉尻を下げた。何もできることがない現状に忸怩じくじたる思いをしているようだ。
「そう、ですか……。ここでの生活を楽しんでいる様子でしたのに……。心配ですわね。無事に元気よく過ごしてくれていればいいのですが……」
 フレイも寂しそうというか心配そうな表情をしている。

 フレイ達の会話は自分が入っていいものとは思えなかったため、レオナルドが黙って聞いていると、
『……レオ』
 同じく沈黙していたステラが唐突とうとつにレオナルドの名を呼んだ。
(どうした?)
『一つきたいのですが、もしかして、この孤児院の下にも私達が契約したあの地下水路がありますか?』
(?ああ、そりゃあるだろうな。生活に欠かせないものだし、王都中に広がっているから。それがどうかしたか?)
『……いえ。大したことではありません。ちょっと気になって訊いてみただけです。今のところ私達に直接関係するようなことではないでしょうから』
(そうか?ならいいけど……何かあったらちゃんと言ってくれよ?俺達は相棒なんだから)
『ええ』
 ステラはそれ以上何も言わなかったが、何事か考えているような気がしてレオナルドは少しだけ引っかかった。

 その後、クレアとの話も終わり、フレイとレオナルドは子供達と遊び始めた。ちなみに、シェリルはフレイの側に控えている。フレイのおかげで子供達はレオナルドのこともすぐにお兄ちゃんと言って受け入れてくれた。
 フレイは夜会のときよりもずっと楽しそうに子供達と歌っている。本当に好きなんだなと伝わってきてレオナルドは微笑ましく思いつつ、フレイの歌を楽しみながら子供達と全力で遊ぶのだった。

 レオナルドがフレイを抱きとめたときには思わずそろって声を上げてしまったセレナリーゼとミレーネだが、現在の雰囲気はしんみりとしたものになっていた。
「レオ兄様達楽しそうですね……」
「ええ。それにフレイ様が子供達からとても慕われていることも伝わってきますね」
 彼女達もフレイやレオナルドと同じく孤児に対して偏見などはない。子供達は皆可愛らしく、一緒に遊んでいる光景は二人にとって正直うらやましく感じるものだった。
「はぁ……。私達はもう帰りましょうか。今日は本当に子供達と遊ぶことが目的だったようですし」
「よろしいのですか?」
「はい。私、自分より年下の子と遊ぶ機会ってなかったのであの輪に加わりたい気持ちは強いですが、それは無理ですしね……」
「セレナリーゼ様……。そうですね。私も幼いレオナルド様やセレナリーゼ様のお相手をさせていただいたときのことを思い出していました」
 レオナルドのことが気になるあまり今回の行動に出てしまったが、今となっては彼女達の間に覗き見している後ろめたさや罪悪感がこみ上げてきていた。自分達は何をやっているんだろうと我に返ったと言ってもいいかもしれない。

 そんなときだった。
「セレナ、ミレーネ」
 突然声をかけられ二人はバッとそちらを向く。
「レ、レオ兄様!?」「レオナルド様!?」
「ど、どうしてレオ兄様がこちらに……?」
 まさかバレると思っていなかったセレナリーゼは動揺をあらわにする。
「あ~っと、偶然二人のことが目に入ってね」
 ははは、と頭に手をやるレオナルドを見てミレーネは悟った。隣にいるセレナリーゼの動揺が激しいので逆に冷静になれたことが大きい。
「……レオナルド様は私達のことに気づいていたのですね」
 ミレーネの顔には諦めがにじんでいた。
「「え!?」」
 レオナルドとセレナリーゼの驚きの声が重なった。
「レオナルド様はわかりやすいですから」
「マジか……。うん、まあ二人がついてきてるのは気づいてたよ」
「そ、そんな……」
 レオナルドが認めたことでセレナリーゼの顔が青ざめていく。
「でもそのことは気にしなくていいんだ。俺が何かやらかさないかって心配だったんだろ?」
「「え?」」
 セレナリーゼとミレーネは目を丸くする。
「それでさ、もしよかったら二人も一緒に遊んでくれないか?」
「い、いえ、でも私達は……」
「子供達が元気過ぎて俺とフレイだけだと全然手が足りてなかったんだ。院長のクレアさんやフレイも了承してくれてる。どうかな?」
 セレナリーゼとミレーネは目を見合わせるが、悩んだ末、首を縦に振った。それを見てレオナルドは一つ息を吐く。
(なんか暗い表情してたし、二人を誘うこと提案してくれてありがとな、ステラ)
『大したことではありません』

 その後、フレイの元に向かうと、
「フレイさん、レオ兄様。実は今日お二人の後をこっそりついてきていました。申し訳ございませんでした!」
「申し訳ございませんでした」
 セレナリーゼとミレーネは真っ先に自分達の行動を謝罪した。レオナルドだから気づいただけで、自分から白状しなくても問題はないはずなのに、謝るなんて彼女達らしいなと思ったレオナルドは何とかしたかった。
「フレイ。二人は俺のことが心配で見守ってくれてただけなんだ。俺が頼りないせいでごめん。だから許してやってくれないか?」
 レオナルドのフォローにセレナリーゼ達は何とも言えない難しい表情になる。
「あらあら、レオったらいけませんわね」
「え?俺?」
 レオナルドはどういう意味だと首をひねる。
「ふふっ、私は気にしていませんのでお二人ともどうぞ頭を上げてくださいな。それに私、夜会でお話してからというもの、セレナリーゼさんともミレーネさんとももっと仲良くなりたかったのです」
「フレイさん……。わ、私もフレイさんともっと仲良くなりたいです」
「私もフレイ様とより親しくさせていただけますと嬉しく思います」
「ありがとうございます。嬉しいですわ」

 三人が笑い合っているのを見て、
(なんかよくわかんないけどこの場が収まってよかった。終わり良ければすべて良し、だな!)
 レオナルドは一人笑みを浮かべてうんうんと頷いていたが、ステラが呆れていることには気づいていなかった。

 それからはセレナリーゼとミレーネも加わって、皆で子供達と遊び楽しい時間を過ごした。
 この日を境に、フレイ、セレナリーゼ、ミレーネの三人は急速に仲を深めていくのだった。
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