死亡エンドしかない悪役令息に転生してしまったみたいだが、全力で死亡フラグを回避する!

柚希乃愁

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第三章

(幕間)想いすれ違う母娘

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 夜会が終わって幾日か経ったある日のこと。
 この日、シャルロッテはフローラの部屋を訪れていた。
「急に呼び出しちゃってごめんなさいね、シャル」
 フローラが明るい笑みを浮かべて迎え入れる。
「いえ。大丈夫ですわ、お母様」
「お茶でも飲みながら少しお話がしたくて。さ、こっちに座って?」
「はい」
 フローラの言葉に従いシャルロッテが座ると、すぐに侍女がれたての紅茶を二人の前に置いた。

 シャルロッテは紅茶を飲みながら、話とはいったい何だろうかといぶかしむような目をフローラに向ける。

「こうしてシャルとゆっくりお茶をするのも久しぶりね」
 そんなシャルロッテに気づいているのかいないのか、フローラは実に楽しそうだ。
「仕方ありません。ルクスお兄様の体調がずっとよくありませんでしたし、お母様が忙しい公務の合間を縫って治療法を調べていたことも知っていますから」
「それはそうなんだけど、そんなことは言い訳にならないわ。ごめんなさい、シャル。本当母親失格ね、私。ずっとシャルのことも気にかかっていたのに放っておくことになってしまって」
「わかっていますわ。ありがとうございます、お母様」
「こうしてまたシャルとの時間を過ごせるようになったのもフレイさんのおかげね。フレイさんには感謝してもし足りないわ」
「そうですわね。普通の回復魔法は全く効果がなかったというのに、本当にすごい力です。どういう原理かはわかりませんが、さすがは聖女といったところでしょうか」
 シャルロッテの言い方にフローラは苦笑を禁じえない。

 一方、シャルロッテは話しながら昔のことを思い出していた。
 もうずっとこんな風にフローラと二人きりの時間を過ごすことなんてなかったからだ。最後に二人で話したのは、アレクセイと関わるようになってすぐの頃だっただろうか。あの頃、フローラからシャルロッテの考えやしようとしていることについて色々と言われ、言い合いのようになってしまうことが多かった。

 そうして、説明しても自分の気持ちをわかってくれないフローラと話すことに気まずさやもどかしさもあって苦痛を感じるようになっていたときのことだ。兄ルクスの体調が急激に悪化し、フローラはルクスを気にかけざるを得なくなった。幸いルクスの容体はしばらくして安定したが、悪い方向に傾いたものは元には戻らなかった。そんなことがあって、それ以降、二人きりで話す機会は自然と無くなっていったのだ。
 ただ、このときシャルロッテは自分の考えが正しいことを確信し、その考えに基づいて行動してきて今に至っている。
 一つだけ嬉しい誤算があるとすれば、フローラの言う通り、フレイの力によってここに来てルクスがかなり回復したことだろうか。それでも、そんなことではもう自分の考えは変わらないが。

「この前の夜会はお疲れ様だったわね、シャル」
 シャルロッテがそんな物思いにふけっていると、フレイの話から繋がったのか、フローラは夜会の件をねぎらった。
「いえ。わたくしのために開かれた夜会でもありますので、王族としてつとめを果たしたに過ぎませんわ」
「そう。たくさんの人と話してたみたいだけど、お友達になれそうな人はいた?」
 フローラは気さくに問いかける。
「はい。帝国の皇女に、教会の聖女はもちろん、他にも何人かは親しくなってもいいと思っていますわ。まあ、この国の貴族子弟に関しては学園入学前の試験結果次第ですけれど」
 シャルロッテの言葉にフローラは眉をピクリと反応させた。
「……試験結果ってどういう意味?」
「そのままの意味ですわ。だって、実力がなければ意味はないでしょう?」
「シャル……」
(やっぱりその考えは変わっていないのね……)
 当然と思っているのか、軽々と言ってのけるシャルロッテにフローラは表情をくもらせた。
 ムージェスト王国のかかげる魔力による実力主義、これに傾倒してしまったシャルロッテの気持ちはわかっているつもりだ。けれどその方向でこの国をより良くしようとどれだけ頑張っても父親の愛は手に入らない。父親に与えるつもりがないのだから。
 その責任は多分に親である自分達にあるが、シャルロッテにはそんなことに囚われることなく幸せになってほしい。

 それに、王侯貴族の腐敗によって、ムージェスト王国はすでに末期状態にあるとフローラは思っている。シャルロッテがどうにかしようとしている王位継承の問題も数ある表面化したものの一つに過ぎない。国王はすでに彼らの制御をできていない。いや、元から身勝手なひとだ。もしかしたらするつもりもないのかもしれない。
 他国から嫁いできたフローラだからこそわかる。ここまでの大国に成長した大きな要因が魔力至上主義なら、現状この国が抱える諸問題の最大原因も魔力至上主義なのだ。
 聡明な貴族達、たとえばクルームハイト公爵家などはすでにこの国を、王家を見限りつつある気がしてならない。

 何か大きな変革でも起きない限り、今後ムージェスト王国は衰退の一途いっとをたどるのではないか。それどころか、もっと酷い結末も考えられるほどだ。

 王族の責務は十分に理解しているが、そんな国のごたごたは自分達の代で何とかすべきで、娘や息子を巻き込みたくないというのが正直な気持ちだった。

 けれど現在に至るまで、シャルロッテにフローラの考えや気持ちは一向に伝わらない。

「友人って能力で判断するものではないと思うわよ。もっと一人ひとりの内面に目を向けた方がいいんじゃないかしら?私にとってのフェーリスのように、心を通わせる本当に大切な一生ものの友人ができるかもしれないわよ?私としてはそんな友人を作ってほしいかな。折角の学園生活だもの」

「お母様とフェーリス様の関係は素敵だと思いますけど、今の私には力のある味方が一人でも多く必要ですから」
 フローラの想いはやっぱり伝わらない。響かない。それでも諦めるなんてできなくて、他にどう言えば、とフローラは思考を巡らせ、口を開いた。

「……アレクセイ君、だったかしら。シャルは彼のことが好きなのよね?」
「す、好き!?い、い、いきなり何を言うのですか!?」
 シャルロッテの反応は劇的だった。頬を赤らめ年相応というかそれよりも幼く感じるほどだ。他者からツッコまれることに慣れていないのだろう。
「そうね。ちょっといきなりすぎちゃったわよね。ごめんなさい」
「も、もう。いったい何の―――」
 シャルロッテは少し頬を膨らませる。照れた様子の娘を可愛らしく思ったフローラだが残念ながら今はそこに触れるタイミングではない。
「けど、彼と仲良くしているのもシャルにとっては力があることが理由なの?彼が大きな魔力を有していて、その属性がフレイさんと同じ稀少な光属性だから?」
 フローラは鋭く切り込んだ。
「っ!?アレクに力があるのはその通りですが、それだけではありません。アレクは優しくて話も合って、それで……」
 シャルロッテはわずかに息を呑むが、心外だとばかりに素早く反論する。ただ言っていて恥ずかしくなったのか言葉は尻すぼみになっていった。

「確かに、もうずっと前だけどアレクセイ君が挨拶してくれたときには、純粋で真っ直ぐな目をした男の子だと思ったわ」
「そうなんです!」
 シャルロッテの顔がパッと明るくなる。フローラもアレクセイのことをわかってくれていると思ったのだ。だが、続くフローラの言葉はそんなシャルロッテにとって完全に予想外だった。
「けれど、この間の夜会で久しぶりに会ったら、随分とおごった目をしているように感じたわ」
「え……?」
「そしてシャル、それはあなたにも感じたことよ」
 フローラには、アレクセイがシャルロッテの考えに感化されているのではないかと思えてならなかった。
「何ですかそれは……」
「たとえば、夜会でのレオへの態度よ」
 フローラは今日元々話そうと思っていた本題を口にした。
「レオナルド?」
 シャルロッテは怪訝けげんな顔になる。

「正直見ていられなかった。あの態度はレオが魔力を持たないことからきてるのよね?」
「……そういうことですか……」
 シャルロッテが落胆したようにつぶやく。フローラが何の話をしたいのか理解したようだ。要は昔と同じだ、と。
「その通りですよ。実際レオナルドは無能ではないですか。そう考えているのは私だけではありませんし。何も問題ありませんわ」
「夜会のときだけではなく、レオが魔力測定をして以降、そうやってずっとレオをさげすんできたと?」
「ええ、もちろん。お母様は私とレオナルドの婚約を考えるほど、昔からレオナルドのことを気に入っていましたけど、私としては正直その話が立ち消えになって本当によかったと思っていますわ」
「当時はフェーリスと二人でそうなったらいいなと思って話してただけよ。けど、あの頃のシャルの態度を見たら、もうそんな話できる訳ないじゃない。誰に対しても失礼だもの。……色々な人と関わって、多様な価値観に触れて、少しずつでも考えが変わっていってくれていることを期待していたけど、どうやらそんなことはなかったみたいね。セレナとはもう長い間一緒にお茶会をしているのでしょう?」
「そうですけど、セレナとお茶会をしているからどうだと言うのですか?」
 シャルロッテは首をかしげる。

「今までセレナやミレーネの前でもレオを悪く言っていたの?」
「悪く言ってなどいません。私は真実を言っているだけですわ」
「……レオ本人に言うのはもってのほかだけど、少なくとも今後も学園で関わるセレナやミレーネ、それにフレイさんの前でレオを悪く言うのはやめなさい。彼女達はいい気はしないでしょうし、悲しむわ」
 言っているフローラこそが強い悲しみを感じている様子だった。
「何を言うかと思えば……。来たばかりのフレイさんを含め、皆この国の考えは理解しているはずです。フォルステッド様が次期当主を無能なレオナルドではなくセレナにすると決断したときだってそうでしょう?能力のある自分がなる方がよいと、自分こそが相応しいと思ったからこそセレナは迷うことなく引き受けたに決まっていますわ」
 だがシャルロッテにフローラの想いは届かない。

「あれはそういうことではないのよ。……ねえ、シャル。この国の考えに染まってはダメよ。もっと視野を広く持って。世の中には色々な考え、価値観があるの。力だけがすべてではないのよ?」
「またそのお話ですか。お母様の考えを押し付けないでくださいと以前にもお伝えしたはずです」
「何度だって言うわ。魔力なんていう一つの指標で人を判断するのはやめなさい。人の価値はそんなものだけで決まるものではないの」
「はぁ……もう結構です。お話がそれだけであればこれで失礼しますわ」
 自分は間違っていない。自分はムージェスト王国の理念に基づいて言動をしているだけだ。むしろフローラの考えが異端なのだ。ルクスまでフローラ寄りならばその方が余程問題だろう。
 そんな思いでいっぱいになったシャルロッテは今でも自分の気持ちがフローラには理解してもらえないのだと諦めのため息を吐いた。
 そして、言うや否やシャルロッテは席を立ち、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「シャル……」
 何も伝わらなかったことに忸怩じくじたる思いを抱いたフローラは、シャルロッテが出て行った扉を見つめながら、弱弱しく名を呼ぶことしかできなかった。
 それでも自分にできることはこれからも辛抱強く話をすることくらいしかないが、シャルロッテが学園生活において見識を広めてくれることを祈った。
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