こどくなシード 異世界転移者の帰還道

藤原 司

文字の大きさ
106 / 201
次を目指して

イレギュラー

しおりを挟む
「この時のアナタは仲間と力を合わせ切り抜けましたが……頼れるお仲間はいませんよ?」

 海から顔を覗かせる海魔。海賊グール『エド』の成れの果て。

「形態変化……できない」

 聖剣を弓に変化させようとするが、何も起こらない。

 仲間と力を合わせ、聖剣の新たな力であの状況でも勝つ事が出来た。

「これがお前の……筋書き……か」

「アナタは『運が良かった』だけです その場その場が常に崖っぷちだった」

 リンは何も言い返せなかった。

 一度でも一人で何とかなった事はあっただろうか? 一度でも賢者の石の力に頼らなかった事があっただろうか?

 リンは答えを、既に出していた。

「無力です アナタには何もできなかった なのにただ『選ばれた』というだけでここまできた……滑稽ですよ」

 エドの触手がリンを貫く。

(これは幻だ……現実じゃないんだ)

 ドライは今のリンを精神体だと言った。ここでの怪我は現実ではないと。

 だが、痛みは本物だとも。

(耐えろ……この程度で俺は)

「往生際が悪いですねぇ……これならどうですか!」

 ページを変えれば舞台が変わる。そこは『アクアガーデン』だった。

「雷撃の鬼『雷迅らいじん』! アナタは死闘の末に敗れる運命だった!」

「今度はあの野郎か……」

「その通りよ聖剣使い!」

 雷を纏った拳がリンに向けて放たれる。

「どっちが倒れるかの死合デスマッチといこうやぁ!」

「本当……嫌な敵だったぜお前は!」

 リンの身体は聖剣ではなく、雷迅とは拳で答える。

 あの時の戦いは土の聖剣ガイアペインの力を受け、身体を硬化させる事で攻撃を凌ぎ、互角にやり合った。

(力は発揮できないか……)

 ドライの能力『物語の語り手ストーリーテラー』。

 本来の出来事を書き換えた世界・・・・・・・

 ドライが書き記した通りに、物事が進むのだ。

 その力は、まるで『神』であった。

 登場人物の行く末を自らの手で決定してしまう能力。

 それは余りにも強すぎた。

「奥の手も無いお前に負けるわけねぇ!」

「ガハッ!?」

 雷迅の抉ぐるような一撃は、リンを大きく吹き飛ばす。

「ハッハッハ! 楽しいなぁ!? テメェをぶっ飛ばすのはよぉ!」

「殴られる身にもなってみろ」

 脚が立つ事を拒んでいる。これ以上の戦いは無理だと、リンの身体が限界を迎えてきているサインであった。

「新たなページを開きましょう この記憶はまだ新しい筈ですよ!」

 無慈悲に進む物語は、『カザネの記憶』だった。

「悍しき姿へと変貌した『木鬼』! アナタは一人だ! 誰もアナタを救えない!」

 木槌が振り下ろされる。リンは躱そうとするが、間に合わない。

「──ッ!?」

 叫びは声にならなかった。

 左腕が潰された。本当に潰れてはいないのだとしても、この痛みは本物だ。

「そして聖剣の力を取り戻す事なく……ここで力尽きる なんて救いのない物語か!」

 自らが書き記したシナリオに、恍惚の表情を浮かべるドライ。

「もう楽になってしまえば良いでしょうに この世界で私は『神』にも等しいのですから」

 神を名乗る悪魔の囁きは諦めろと、そうする事が最善だと囁く。

「安心なさい……ここで全て受け入れればそれで終わる抗うからこそ痛みが増すのです」

「そうすれば……終わるのか?」

「勿論です すぐに楽にして差し上げますよ」

 だからリンは答えた。

「ここにいる奴らは……今まで俺が倒してきた奴らばかりだ」

 思うように身体は動かせず、ドライの思い通りのシナリオに膝をつくしかなかった。

 絶対に勝てないシナリオ、その舞台に立たせられリンは満身創痍の状態である。

 だが、それでも。

「だったらまた俺が……倒せば良いってシナリオはなしだよなぁ!?」

 リンはドライを睨みつける。

 たとえ思うように動けずとも、たとえ結末を決められていたとしても、心まで屈することはなかった。

「……驚きました まさかそんな無駄口を叩ける力が残っているとは」

「左が潰されたからなんだ 右が残ってるのが見えないのか?」

「強がりは良しなさい どれだけ強がっていてもその身体では戦えない」

「負けるわけにはいかねぇんだよ!」

 普段絶対に見せないリンの激昂。

 初めて見せるその姿に、ドライは驚きを隠せなかった。

「『手を伸ばせば届く距離』なら! 俺は絶対に伸ばすって決めたんだ! 今の俺にはその力がある!」

 それは、過去・・に誓った事だった。

 「殺せるもんなら殺してみろ! 逆に俺がぶち殺すぞ」

 その瞳は、濁っていた・・・・・が、眼差しはドライを真っ直ぐ捉えている。

「……私はイレギュラーが嫌いです 勝手なアドリブも そのようなシナリオも そして……アナタの存在もお断りしますよ」

 語り手ドライは指を鳴らす。

 すると瞬く間に、先程リンに倒された過去の敵役者が再び立ち塞がる。

「言ったはずです もうこのシナリオの結末は書かせていただきました 今更変更はありません アナタを殺して我々魔王軍の勝利で幕引きとなる」

「ハッ! そんな脚本で誰が満足するってんだ?」

「ではアナタは? 一体どう終わらせるおつもりで?」

「決まってんだろ……」

 最後の力。渾身の強がりであった。

「平和な日常で幕引きだ!」

 勝てる見込みなど、もう無かった。

 それでも最後の抵抗を、見せずにはいられなかった。

 ドライの呼び出した役者は容赦なくリンを襲いかかった。

 そんな時である。突如として起こった出来事は。

「ではご苦労様でした これにてこの舞台の幕引きとさせてただきま……!?」

 空は黒く染まる。

「何ですこれは…… このような展開は書いた覚えが……」

 ドライが困惑している様子を見て、リンもそれに気づく。

(何だ……? 何か様子がおかしい)

 そしてすぐに、その原因は姿を表す・・・・

 大地が揺れる。空に亀裂が走る。まるで空間を引き裂くかのように。

 リンの目の前に雷が落ちる。

 眩い閃光に目を閉じていたリンがゆっくりと目を見開くと、そこにいたのは『少女』がいた。

「フッハッハッハッハッハ! 何だこの冒険譚は? このような結末では台無しではないかぁ?」

 漆黒の鎧に紫色のマント、紫色の髪を左右共に耳より上に束ねた、銀色の瞳を持つ『少女』だった。

「馬鹿な……あり得ない!? この世界へ外部から・・・・の干渉は不可能だ! なのに何故私の許可無しに部外者が!?」

「『神』を名乗る愚か者よ」

 切っ先が二つに裂けた漆黒の剣を地面に突き立て、謎の少女は宣言する。

「この物語の結末は『われ』が決めるとしよう 光栄に思うが良い」

 それは、誰も予想していなかった展開イレギュラーに、その場にいた者は理解できなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

処理中です...