こどくなシード 異世界転移者の帰還道

藤原 司

文字の大きさ
156 / 201
暗雲の『ライトゲート』

餓えた獣

しおりを挟む
 その力は獣のようであった。

「こんの……っ! 馬鹿力か!」

 全身が闇に飲まれ、唯一眼だけが赤く染まる。

「聖剣使い! ひさしぶりの戦いなんだからさぁ! 楽しもうよ!」

 声は届いていない。ただ、目の前の存在を喰らう本能のみであった。

《グアアアアアアァァァァァァッ!》

 轟く咆哮は、もはや人間のものとは思えない重く、遠くまで響き渡る。

 ツヴァイの拳を悉く見切り、逆にリンは的確にツヴァイへと腹部へと蹴りを入れ、大きく吹き飛ばされ、その先の民家へと激突する。

「痛ってー……思ったより雑じゃあないのね」

 休ませるものかと言わんばかりに、乗り込んでくるリン。

 手ごろな椅子をぶつけて牽制し、狭い室内から外へと抜け出し体勢を立て直す。

「おっ! 丁度いいところに!」

 乗り込んできたツヴァイへの対抗武器として用意され、一度はツヴァイ自信に放たれた『バリスタ』の矢が、逃げた先に転がっているところを発見する。

「コレでも喰らいやがれ!」

 バリスタの巨大な矢を物ともせず、槍投げの如くリンへと投擲した。

 発射された矢は、バリスタ本体で放ったときよりも速く、リンを捉える。

《グウゥ……》

 低く唸るリン。腰を低く落として、真っ向からバリスタの矢を迎え撃つ。

《ゴアァッ!》

 有ろう事かリンはバリスタの矢を掴まず、真正面から・・・・・殴りつける事・・・・・・で、跡形も無く粉々に粉砕したのだ。

「……ウッソ?」

 これには流石のツヴァイも予想外だったらしく、唖然としてしまう。

《グアアアアアアァァァァァァッ!》

 ツヴァイへ狙いを定め、猛突進で近づいてくる。

「驚かされたけど……足の速さはまだまだかな?」

 常識を超えたパワーを持っているが、まだ素早さではツヴァイが上回っていた。

 素早さで翻弄し、優位に立とうとツヴァイは接近戦では受けに入る。

(テキトーに突っ込んでくる訳じゃない……コイツは理性を失いながらも『本能』で攻撃を回避してる)

 ツヴァイの攻撃は何度も躱されている事が、なによりの証拠だ。

 無闇に近づき手を出すのは悪手だと判断した。

(ここだ!)

 回避に専念し、隙を見せたリンの頭部へと蹴りを叩き込む。

「……イッテー!?」

 ビクともしない・・・・・・・

 そして気づく。思い違いをしていたことを。

「そうだった……キミは『硬いんだった』ね?」

 一度それで苦戦していたという事を忘れていた。

 リンは聖剣使い・・・・である。既に九つある内の五つを入手し、その力で幾つもの難敵を打ち倒してきた事実を、今の戦いに餓えた獣の様な姿からは想像出来ない程成長し、強くなっていたのだという事を。

(その力は土の賢者の石……聖剣『ガイアペイン』だったね)

 自身の身体を『硬化』させる力。

 それにより攻守共に隙が無く、硬さを超える純粋な力で砕くか、それとも痛みを堪えてぶつけるか、ツヴァイにはその二択である。

「ホンット厄介! でも……だからこそ戦いがいがある・・・・・・・!」

 理由は違えど、戦いに餓えているのはツヴァイも同じ事。

 ただ『強者』に打ち勝つ事こそが喜び。その為なら惜しむものなど何も無い。

「魔王三銃士『闘士 ツヴァイ』が罷り通る……なんてね?」

 力任せな一撃を叩き込む。

 搦め手など不要。ただ純粋な力で捻じ伏せるのみ。

「腕の骨など持っていけ! お前を倒すには安すぎる!」

 殴りつける度に骨が軋み、拳が砕ける音が聞こえてくる。

 それでも尚、相手を倒すという強い意志がそうさせる。勝てるのならそれで良い。痛みを恐れ、戦いを楽しむ事が出来ない事など、あってはならない。

 ツヴァイにとてはそれが全てであり、それ以外に興味が無かった。

「どうした!? 耐えるだけじゃあ勝てないよ!」

 怒涛の連撃を何度も叩き込まれ、先程までの荒々しさが嘘のように、ツヴァイは防戦一方にまで追い込んでいく。

 獣は、ただ黙って耐えていた。

「これで……終わり!」

 渾身の一撃が綺麗に決まる。

 どれだけ硬い身体をしていようが、それをものともせずにツヴァイは本気で拳を振るい、リンの体を吹き飛ばす。

「ヘヘッ! どうよ?」

 吹き飛ばされ、ぶつかったその衝撃で民家は崩落し、瓦礫がリンへと降り注ぐ。

 砂埃が舞うその中に、ゆらりと立ち上がる『影』が一つ。

「……効き目無しかい?」

 影を纏う『獣』が一匹、そこにいた。

《グアアアアアアァァァァァァッ!》

 獣は吼え、獲物を喰らう為に駆ける。

「だったら速度を上げて……っ!」

 振りかぶった拳は左手で受け止められ、受け止めたツヴァイの右腕へと下から拳を叩き込んでへし折られてしまう。

「ぐっ!?」

 残った左手で殴ろうとするが再び受け止められ、そのまま拳は握りつぶされた。

「こんのっ!」

《ゴアアアアアアァァァァァァッ!》

「!?」

 至近距離による咆哮。

 辺りの建物や地面に影響を及ぼす程の凄まじい咆哮を、ツヴァイは塞ぐ事もできず、接近した状態で聞いてしまった。

(しまった! 鼓膜が……っ1?)

 ツヴァイは両手を潰され、今度は聴力と共に平衡感覚まで失ってしまう。

 為す術なく顔を鷲掴みにされ、地面へと押し付けられる。何の受身も取れずに強引に地面に打ち付けられた事で、衝撃を直に受けなくてはならなかった。

(これはちょっと……強すぎるでしょ?)

 掴まれたままの状態で地面へ引きずられ、地面は抉られていく。

《ゴアアアアアアウウウウウウゥ!》

 最後には無残にも投げ捨てられ、瓦礫の中へと放り込まれる。

 ツヴァイにはもう、立ち上がる力は残されていなかった。

(あらら……負けちゃった……かな?)

 朦朧とする意識の中で、完膚なきまでに打ちのめされ『敗北』を味わう。

(魔王ってば大丈夫かな……? こんなに聖剣使い強いんだけど)

 ツヴァイの主である『魔王サタン』の最大の障害。強くなった聖剣使いを倒す事に意味があると言っていたが、これほどまでに強くなってしまったのであれば、最早手をつけられないのでは無いかと思うツヴァイ。

(まあ魔王も強くなったし……大丈夫でしょ……たぶん)

 それでも魔王の勝利は揺るがないと信じるツヴァイは、目を閉じる。

(ここでリタイアか……今度は意識のある聖剣使いとも戦い……)

「まったく……魔王三銃士の顔に泥を塗るような真似しないでください」

(……ん?)

 完全に諦めて、後は死ぬだけと思っていた矢先だった。

「……『ドライ』かい?」

「しっかりしていただきたい アナタがやられてしまえば残りの三銃士は私一人になってしまうではありませんか……それでは魔王軍全員の士気に差し支えます」

 ツヴァイを助けに現れたのは、魔王三銃士の一人『ドライ』であった。

 ここライトゲートを潰すのにツヴァイ一人では心配だと、直接手は出さずとも監視ぐらいはと思いやってきたところ、満身創痍となったツヴァイへ助けに入ったのだ。

「アハハ……怒ってるのはわかるけど何言ってるかわかんないや」

(まさかここまでツヴァイを追い込むとは……想像以上ですね)

 やはり無理やりにでも早々に排除しておくべきだったと、己の判断の甘さを悔しく思い、その存在へと睨み付ける)

「……醜いですね聖剣使い 何があったかは知りませんしどうでもいいのですが……まさか唯の『獣』に成り果てるとは」

《グウゥ……!》

「言葉も失いましたか? ならばここに用はありません……魔王様が求めている戦士は人類の英雄『聖剣使い』です 本能に従うだけ怪物など興味は無い」

《グアアアアアアァァァァァァッ!》

「失せろ」

 ドライは襲い掛かられるより先に、光線を放つ。

「ヘヘッ……やっぱりドライは強いや」

「……まだまだ甘いですよ」

 ドライはツヴァイを担ぎ、その場を離れた。

 ライトゲート殲滅はまたしても失敗に終わってしまったが、今回ばかりは仕方が無かったと諦めたドライ。

「さて……この強さは想像以上だったね」

 力を渡した張本人である『エルロス』は、リンの強さを目の当たりにし、期待以上の力に満足する。

「フフフ……やはり素晴らしいな」

 不適に微笑み、再び聖剣使いの力を利用しようと画策すろのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

処理中です...