美貌魔女の禁断アファメーション ~富と運命を操る7つの章~

ソコニ

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第1話:終わりのない日常と"あの夢"

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「ルナさん、この企画書、まだできてないんですか?」

鋭い視線が突き刺さる。上司の榊原部長だ。ルナは慌ててパソコンの画面を切り替えた。

「あ、すみません。今日中には必ず完成させます」

「今日中? 締め切りは昨日だったはずだけど」

オフィスの空気が凍りつく。隣の席の同僚たちの視線がチクチクと背中に刺さる。

「大変申し訳ありません。必ず今日の帰りまでには…」

榊原部長は大きく息を吐いた。「まあいい。とにかく最優先でやってくれ」

広告代理店「フューチャービジョン」のクリエイティブ第二部、その小さな一角で、有栖川ルナ(28)は肩を落とした。入社六年目、中間管理職として忙しい日々を送るが、最近はどんどん仕事が増えて息が詰まる思いだった。

「また怒られてたね」

隣の席から、同期の佐々木マキが声をかけてきた。優しいようで、どこか他人事のような響きが胸に引っかかる。

「ごめん、最近ちょっと集中力が…」

「大丈夫? 体調悪いの?」

心配そうに見えるマキの目に、一瞬、優越感のような光が宿ったように感じた。考えすぎだろうか。

---

夜11時過ぎ、ようやくオフィスを出た。企画書は完成したが、満足のいくものではなかった。電車の窓に映る自分の顔を見つめる。少し腫れたような目、血色の悪い頬。28歳というには老けて見えるような気がして、ため息が漏れた。

「私、このままでいいのかな」

誰にともなく呟き、マンションに帰り着く。12階の小さな一人暮らしの部屋。狭いながらも、自分なりに居心地よく整えたつもりの空間が、今夜はやけに冷たく感じられた。

シャワーを浴び、髪を乾かし、クリームを塗る。毎日同じルーティン。明日も、明後日も、おそらく来年も、この繰り返し。

ベッドに横たわり、天井を見上げる。いつの間にかそこに小さなクモの巣ができていた。「掃除しなきゃ」と思いながら、眠りに落ちた。

---

目の前に現れたのは、見たこともないような巨大な扉だった。

黄金と深い青で装飾された扉は、天井まで伸びていて、その先端は霧の中に消えている。中世の城のような、でも同時に宇宙の果てのような不思議な場所。

扉の前に立っていたのは、金色の長い髪を持つ女性だった。

背が高く、すらりとした体型。シルバーがかったブルーのドレスを纏い、月明かりのような柔らかな光に包まれている。その美しさは、現実の人間のものとは思えなかった。ルナが息を呑んだとき、女性がゆっくりと振り返った。

完璧すぎる顔立ち。深い青の瞳は星空のように輝き、優しい微笑みを浮かべている。しかし、その額には薄い三日月型の傷跡があった。それが彼女の神秘的な美しさをさらに引き立てていた。

女性は何も言わず、ただルナを見つめている。言葉を交わしたわけではないのに、「私を待っていた」という確かな感覚があった。

ルナが一歩踏み出そうとした瞬間、世界が揺らぎ始めた。

---

目を覚ますと、頬が濡れていた。涙だ。なぜ泣いているのか分からない。夢の内容を思い出そうとするが、金色の髪と三日月の傷以外、詳細が霧の中に消えていく。

不思議な夢だった。でも、それ以上に不思議なのは、何か大切なものを失ったような喪失感。

「何だったんだろう…」

アラームが鳴り、いつもの朝が始まる。コーヒーを飲み、少し濃いめのメイクで疲れた顔を隠し、いつもの電車に乗る。

オフィスでは新たな案件の話し合いが始まっていた。化粧品会社の新製品のプロモーション企画だ。

「私たちの商品は、『内側から輝く美しさ』がコンセプト」

クライアントの森谷さんが熱心に語る。女性向けの高級スキンケアラインだという。

「ターゲットは25~35歳の働く女性。自分磨きにお金をかけたいけど、時間がない人たち」

まるで私のことだ、とルナは思った。

会議が終わり、昼食を取りに行こうとしたとき、先輩の美月が声をかけてきた。

「ルナちゃん、この案件、私が担当するわ」

美月は完璧な美貌と仕事の手腕で、部署内でも一目置かれる存在だった。

「でも部長は私に…」

「あなた、最近調子悪いでしょ? 榊原部長にも相談済みよ」

抗議する暇もなく、美月は踵を返した。その背中を見送りながら、なぜか夢の中の金髪の女性を思い出した。対照的な二人。一方は冷たい完璧さで、もう一方は神秘的な温かさで輝いている。

---

その夜も、そして次の夜も、同じ夢を見た。

巨大な扉と金髪の女性。毎回、女性は振り返るだけで何も語らない。でも不思議と、その存在に安らぎを覚えた。

三日目の夜、同僚たちとの飲み会があった。案件を取られたことで気分が落ち込んでいたが、断りづらく参加した。

「ルナちゃん、最近元気ないね」と、マキが声をかけてくる。

「ちょっと疲れてるだけだよ」

「無理しないでね。美月さんに仕事取られたの、気にしてるの?」

思ったより周囲に知られていたらしい。顔が熱くなるのを感じる。

「そんなことないよ。美月さんの方が適任だし」

「そうよね~。美月さんって完璧よね。顔も、スタイルも、仕事も」

マキの言葉にはどこか意地悪さが混じっていた。ルナはグラスを傾け、話題を変えようとする。

トイレに立った帰り、バーカウンターの鏡に映った自分の姿が目に入った。

「え…?」

一瞬、自分の瞳の色が違って見えた気がした。いつもの茶色ではなく、もっと深く、輝きを持った色に。でも、もう一度見ると元に戻っている。疲れているせいだろうか。

席に戻ると、聞こえてきたのは自分の噂話だった。

「ルナって、地味になったよね。大学の時はもっと派手だったのに」
「最近太った?」
「彼氏いないって言ってたけど、そりゃそうだよね」

笑い声。背中がぞくりとした。

自分を笑う人たちの中に居ても、なぜか妙な平静さがあった。まるで他人事のように冷静に状況を観察している自分がいる。そして心の奥底では、「これは終わりの始まりだ」という奇妙な確信が芽生えていた。

---

その夜、いつもよりも鮮明な夢を見た。

巨大な扉の前、金髪の女性が立っている。今回は振り返るだけでなく、笑顔でルナに手を差し伸べた。

「お会いできて嬉しいわ、ルナ」

初めて聞く声は、風鈴のように澄んでいた。

「あなたは…誰?」

「私はセリーナ。あなたを長い間待っていたの」

セリーナは一歩、ルナに近づいた。

「あなたの中で、何かが目覚め始めている。感じるでしょう?」

確かに、ここ数日、自分の中で何かが変わりつつあるような感覚があった。日常の憂鬱の中にも、見知らぬ力が静かに蠢いているような。

「この扉の向こうには、あなたの本当の姿がある。でも、まだ開くときではないわ」

セリーナの青い瞳がルナを見つめる。三日月の傷跡が月明かりに照らされ、銀色に輝いた。

「次に会う時、あなたにもっと多くのことを教えましょう。あなたの美は、まだ目覚めていないだけなの」

ルナが何か言おうとした瞬間、夢が揺らいだ。

---

朝、鏡で自分の顔を見た時、確かな手応えがあった。

昨日までとは何かが違う。顔つきが少し引き締まったような。瞳は普段より輝いて見える。

「何かが始まる…」

そう呟いた瞬間、胸の奥で何かが共鳴するのを感じた。これは終わりではなく、何かの始まりなのだという確信。セリーナとの再会を、ルナは心待ちにしていた。

(続く)
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