記憶喪失の僕が最強の轉魂使いだった件

ソコニ

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第22話「地下儀式場」

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光の人型は蒼を一瞬見つめた後、突然激しく震え始めた。その体から放たれる光が不安定になり、輪郭が歪み始める。

「どうした...!?」厳勝が声を上げた。「完全感情体が...」

銀色の人型は苦しむように体を折り曲げ、口から悲鳴のような音を発した。それは何百もの声が重なり合ったような恐ろしい音だった。

「儀式が不完全だ!」黒いローブを着た術者の一人が叫んだ。「感情の量が足りない!」

光の人型はさらに激しく震え、その体から波紋のような衝撃波が放たれた。衝撃波は部屋中に広がり、術者たちや被験者たちを吹き飛ばす。

「退避しろ!」蒼は千冬に向かって叫んだ。

千冬は厳勝を引きずるように連れ、蒼の元へ駆け寄った。三人は柱の影に身を隠した。

光の人型から次々と衝撃波が放たれ、儀式場の天井や壁が崩れ始める。轟音と埃で視界が悪くなる中、蒼は隣で倒れていた被験者を引きずり、安全な場所へと移動させた。

「何が起きているんだ?」蒼は厳勝に詰め寄った。

「儀式が...失敗した」厳勝は歯ぎしりをした。「感情エネルギーの量は十分だったが、質が...」

彼の言葉が途切れたとき、光の人型が一層強い光を放ち、粉々に砕け散った。光の破片が部屋中に飛び散り、そのいくつかは鏡に向かって吸い込まれていく。

衝撃波が収まり、埃が少しずつ晴れていくと、感情の鏡は元の姿に戻っていた。しかし、その表面には細かいひび割れが無数に入っていた。

蒼は慎重に鏡に近づいた。「これが...感情の鏡」

「触れるな!」厳勝が警告の声を上げた。「儀式の失敗で不安定になっている。触れれば、残留エネルギーが爆発するかもしれん」

蒼は立ち止まり、周囲を見回した。儀式場は荒廃し、床には気絶した術者や被験者たちが散乱していた。千冬は倒れた被験者たちを一人ずつ確認していた。

「彼らは...?」蒼が尋ねた。

「生きている」千冬は答えた。「だが、感情は戻っていない。まだ『無感情者』のままよ」

蒼はため息をついて、厳勝に向き直った。「説明してもらおうか。この儀式の本当の目的は何だ?」

厳勝はしばらく黙っていたが、やがて諦めたように口を開いた。

「七大魂器の一つである感情の鏡の真の力を解放し、『感情統合体』を生み出すことだった」彼は疲れた表情で説明した。「感情統合体は無感情者たちから抽出した感情を一つに集約した存在。人類の感情を制御し、来るべき『魂災』から世界を守るための存在だ」

「魂災...」蒼は眉をひそめた。「父から聞いた言葉だ」

「そう、お前の父、深宮零王も魂災の脅威を知っていた」厳勝の目に過去の記憶が浮かんだ。「十年前、霧原町で起きた悲劇は、その前兆に過ぎなかった」

「詳しく話せ」蒼は厳勝の前にしゃがみ込んだ。「魂災とは何なのか」

厳勝はしばらく黙った後、重い口調で語り始めた。

------

かつて世界には、人類の負の感情によって引き起こされる災厄があった——「魂災」と呼ばれるそれは、憎しみ、怒り、恐怖などの感情が臨界点を超えたとき、実体化して世界を襲う現象だった。

古代の記録によれば、魂災は何度も世界を脅かしてきた。その度に多くの犠牲を出し、文明を後退させた。最後の大魂災は数千年前に起き、当時の文明を壊滅させたという。

しかし、古代の魂術使いたちは七大魂器を作り出し、魂災を封印することに成功した。七つの器には魂災を抑え込む力があり、それらが世界の各地に配置されることで、魂災の再発を防いでいた。

「しかし、近年、魂災の封印が弱まり始めている」厳勝は静かに続けた。「世界中の負の感情が増大し、魂災が再び目覚める兆候が見え始めたのだ」

最初に気づいたのは深宮零王だった。彼は魂術研究の中で、魂災の前兆を発見し、研究を始めた。彼と厳勝は共に研究を進めたが、対処法について意見が分かれた。

「零王は魂器の力を使って魂災を再封印しようとした。だが私は、より根本的な解決法を提案した——人間から感情そのものを取り除くことだ」

零王はそれを拒否した。感情こそが人間の本質であり、それを奪うことは人間性を否定することだと主張した。二人の対立は深まり、ついに決裂。零王は自分の方法で魂災を阻止しようとしたが、霧原町での実験中に事故が起き、小規模な魂災が発生してしまった。

「あれは零王の失敗だった」厳勝は冷たく言った。「感情を守ろうとして、逆に魂災を引き起こしてしまった。彼は家族と共に消え、残されたのは私だけだった」

厳勝は氷室財団を立ち上げ、感情操作の研究を本格化させた。目的は単純明快——人間から負の感情を取り除き、魂災の発生を防ぐことだった。

「記憶の操作も感情の抽出も、すべては世界を救うためだ」厳勝は熱をこもった声で言った。「感情統合体が完成すれば、人類の感情を一括管理し、魂災の発生を防ぐことができたはずだ...」

------

蒼は厳勝の話を黙って聞いていた。彼の言葉には真実が含まれていると感じる一方で、その方法には深い疑念を覚えた。

「感情を失った世界に何の意味がある?」蒼は静かに問いかけた。「それは生きているとは言えない」

厳勝は苦笑した。「お前の父も同じことを言った。『感情なき人間は人間ではない』とな」

「父は正しかった」蒼は強く言った。「感情があるからこそ、人は成長し、絆を結び、世界を変えていける」

「理想論だ」厳勝は冷たく言った。「感情が世界を滅ぼすというのに」

蒼は立ち上がり、崩壊した儀式場を見渡した。床には多数の「無感情者」たちが横たわっていた。彼らの表情は空虚で、目には光がなかった。かつては家族を愛し、友人と笑い、夢を持っていた人々だ。

「これが救いだと?」蒼は無感情者たちを指さした。「彼らは生きた人形だ。これが厳勝の言う救われた世界か?」

「犠牲なしに世界は救えない」厳勝は反論した。「彼らは平和のための必要な代償だ」

蒼は怒りを抑えながら、鏡に目を向けた。儀式の失敗で不安定になった感情の鏡は、かすかに脈動するように光を放っていた。

「千冬、この鏡を安定させる方法はないのか?」蒼が尋ねた。

千冬は首を振った。「分からない。儀式は最終段階まで進んでいた。このままでは...」

彼女の言葉が途切れたとき、鏡から再び強い光が放たれ始めた。光は次第に強くなり、儀式場全体を照らし出す。

「まずい!」厳勝が叫んだ。「残留エネルギーが暴走している!」

床に横たわっていた無感情者たちが、突然苦しみ始めた。彼らは体を痙攣させ、声にならない叫びを上げる。彼らの体から青白い霧のようなものが引き出され、鏡に吸い込まれていった。

「何が起きている?」蒼は千冬に尋ねた。

「鏡が...彼らの残りの魂まで吸収している」千冬は恐怖の表情を見せた。「このままでは彼らは死んでしまう」

「止めなければ!」蒼は鏡に向かって走り出した。

「待て!」厳勝が叫んだ。「触れれば、お前も吸収される!」

蒼は立ち止まり、右手の轉魂の紋様を見つめた。「他に方法がないなら...」

「蒼、危険よ!」千冬が警告した。

しかし、蒼の決意は固かった。「彼らを救わなければ。父ならそうするはずだ」

蒼は慎重に鏡に近づいた。鏡の周囲には青白い光の渦が形成され、無感情者たちから引き出された魂のエネルギーが渦巻いていた。

「私の轉魂の力で...」蒼は右手を鏡に向けて伸ばした。

その瞬間、背後から声が聞こえた。

「蒼!」

振り返ると、そこには綾音と風間が立っていた。二人は息を切らしながら駆け寄ってくる。

「綾音、風間さん!」蒼は驚きの声を上げた。「どうしてここに?」

「上階の人々の避難を手伝った後、風間さんと合流したの」綾音が説明した。「彼が特別な道を知っていたわ」

風間は儀式場を一瞬で把握し、厳勝に冷たい視線を向けた。「やはり、お前だったか」

「風間...」厳勝は顔を歪めた。「まだ生きていたのか」

「娘を実験台にした罪は決して許さん」風間の声は低く、怒りに震えていた。

蒼は二人の対話を中断させた。「今はそれどころじゃない。鏡が不安定になっている。彼らの魂を吸収し始めた」

風間は鏡を見て、眉をひそめた。「これは...感情統合の暴走だ」

「止める方法は?」蒼が尋ねた。

風間はしばらく考え込んだ後、「一つだけある」と言った。「鏡に吸収された感情を、元の持ち主に戻す方法だ」

「どうやって?」

「轉魂の力を使え」風間は蒼を見た。「お前の父も同じことをした。霧原での事故の後、彼は自らの轉魂の力で魂災を食い止めようとした」

蒼は風間の言葉に驚いた。「父が...」

「轉魂使いの力は、魂と魂を繋ぐ力だ」風間は続けた。「鏡に溜まった感情エネルギーを感じ取り、それぞれの持ち主に戻せるはずだ」

蒼は決意し、再び鏡に向き直った。「やってみる」

彼は右手を鏡に向けて伸ばした。轉魂の紋様が金色に輝き始める。

「ここからは私も手伝うわ」綾音が蒼の隣に立った。彼女の体から青白い炎が立ち上り、蒼の金色の光と混じり合う。

「千冬も来て」蒼が彼女を呼んだ。「三人の力を合わせよう」

千冬は少し躊躇った後、二人の側に立った。彼女の周りに冷気が漂い、他の二人の力と混ざり合う。

三人の力が一つになり、鏡に向かって伸びていく。蒼は轉魂の力を最大限に引き出し、鏡の中の感情エネルギーに意識を向けた。

「感じる...」蒼は目を閉じた。「彼らの感情が...呼びかけている...」

鏡の中では、様々な色の感情エネルギーが渦巻いていた。怒り、悲しみ、喜び、愛...すべての感情が混ざり合いながらも、それぞれが元の持ち主を求めていた。

蒼は轉魂の力で、それらの感情と持ち主の間に橋を架けるイメージを描いた。金色の光の糸が鏡から伸び、床に横たわる無感情者たちへと繋がっていく。

「戻るんだ...」蒼は意識の中で呼びかけた。「本来の場所へ...」

鏡の光が弱まり始め、代わりに無感情者たちの体が淡く光り始めた。彼らの表情に、少しずつ色が戻っていく。

「成功している!」綾音が喜びの声を上げた。

しかし、作業は容易ではなかった。感情エネルギーは膨大で、三人の力だけでは不十分だった。蒼の体から汗が噴き出し、呼吸が荒くなる。

「足りない...」蒼は歯を食いしばった。「もっと力が...」

その時、背後から手が彼の肩に置かれた。振り返ると、風間が立っていた。

「私の力も使え」風間が言った。「轉魂契約だ」

蒼は頷き、風間と手を握った。轉魂の紋様が再び輝き、二人の間に契約が成立する。風間の「感情増幅」の能力が蒼に流れ込み、彼の力は一層強くなった。

「これで...」蒼は再び鏡に向き合った。

風間の能力を使い、蒼は感情エネルギーをさらに正確に制御できるようになった。感情の一つ一つを識別し、それぞれの持ち主へと正確に導いていく。

光の糸が次々と無感情者たちに繋がり、彼らの体が光に包まれていく。しばらくすると、一人、また一人と彼らが目を覚まし始めた。

「戻ってきた...」千冬が驚いたように言った。「彼らの感情が...」

確かに、目覚めた人々の目には光が戻り、表情には様々な感情が浮かんでいた。混乱、恐怖、そして安堵...それらは全て、彼らが再び感情を取り戻したことを示していた。

鏡の光が徐々に弱まり、やがて通常の状態に戻った。蒼は力尽き、膝をついた。

「やった...」彼は疲れた声で言った。

「皆の感情が戻ったわ」綾音が喜びの表情を見せた。

しかし、厳勝は怒りに顔を歪めていた。「何をした!我々の研究が...魂災を防ぐ手段が...」

「それは間違った方法だ」風間が厳勝を遮った。「人の感情を奪う行為が、どうして世界を救うことになる?それこそが新たな魂災を引き起こすだけだ」

厳勝は反論しようとしたが、言葉に詰まった。彼の周りに立ち上がった無感情者たちが、恨みと怒りの眼差しで彼を見つめていた。

「私の家族は...どこ?」
「何年も閉じ込められていたのか?」
「記憶が...曖昧だ...」

彼らの声が儀式場に響き、厳勝は後ずさった。

「これで終わりだ、厳勝」蒼は静かに言った。「もう誰の感情も奪わせない」

厳勝は憎しみの目で蒼を見つめた。「お前は父親と同じだ...感情を守るという理想のために、世界を危険にさらす...」

彼は突然、懐から小さな装置を取り出した。「だが、まだ終わっていない!」

厳勝がボタンを押すと、地下全体が大きく揺れ始めた。天井から大きな岩が落ち、壁にひびが入る。

「自爆装置を起動した!」風間が叫んだ。「全員、ここから出るんだ!」

蒼は立ち上がり、感情を取り戻した人々に避難を促した。彼らは混乱しながらも、出口へと向かい始める。

「千冬、皆を案内して!」蒼が指示した。

千冬は頷き、避難者たちを導き始めた。綾音と風間も手伝い、彼らを安全に誘導する。

「鏡は?」綾音が不安そうに鏡を見た。

「持っていくしかない」蒼は決断した。「厳勝の手に渡すわけにはいかない」

蒼が鏡に近づこうとした時、厳勝が彼の前に立ちはだかった。

「渡さん!」厳勝は叫んだ。「魂器は私のものだ!」

「もうやめろ、厳勝」蒼は冷静に言った。「建物が崩壊する。死にたいのか?」

「魂器なしでは生きる意味もない...」厳勝の目は狂気に満ちていた。

蒼は厳勝を見つめ、その目に映る絶望と執着を見た。「父の友人だったんだろう?なぜこんな道を...」

「零王には理解できなかった」厳勝は苦い表情で言った。「感情という呪縛から人類を解放する意義を...」

天井からさらに大きな岩が落ち、二人の間に落下した。蒼は飛び退き、厳勝は鏡の方へと転がった。

「蒼!」風間が入口から叫んだ。「もう時間がない!」

蒼は立ち上がり、鏡に向かって走った。厳勝も同時に鏡に手を伸ばす。二人の手が同時に鏡に触れた瞬間、鏡から強烈な光が放たれた。

「うおおっ!」蒼は光に包まれ、意識が遠のくのを感じた。

最後に見たのは、鏡の表面に映る自分自身の顔と、その背後に立つ父の幻影だった。
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