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第36話「別れと旅立ち」
しおりを挟む激しい戦いの中、蒼は全力で「焔牙のレオ」と対峙していた。里の術者たちの援護を受けながらも、レオの炎の攻撃は絶え間なく放たれ続ける。
「ははは!これでも食らえ!」レオは両手から巨大な炎の龍を放った。
蒼は千冬から借りた「感情凍結」の力で必死に防御するが、レオの炎の勢いが増すたびに押し戻されていく。
「蒼!」千冬が隣に駆け寄った。「これ以上は危険よ!」
「だが、逃げる道は...」蒼は周囲を見回した。彼らはすでに東門から百メートルほど離れていたが、まだ零番隊の包囲網の中にいる。
その時、彼らの背後から強い魂力の波動が感じられた。振り返ると、そこには鳳凰院玄示の姿があった。彼の周りには六人の長老が円陣を組み、複雑な術印を展開していた。
「深宮蒼!こちらへ来い!」玄示の声が緊迫した状況の中でも明確に届いた。
「玄示議長!」蒼は驚きながらも、仲間たちに合図して退却を始めた。
戦場から脱出しようとする蒼たちに気づいたレオは、「逃がさん!」と叫びながら追撃の炎を放った。しかし、里の術者たちが盾となり、レオの攻撃を防いだ。
「急げ!」術者の一人が叫んだ。「我々が時間を稼ぐ!」
蒼たちは全力で玄示の元へと走った。
「準備ができている」玄示は集中しながら言った。「今から『転移の魂術』を使う。お前たちを魂の洞窟の入口まで瞬時に移動させる」
「そんな術が...」蒼は驚きの声を上げた。
「古来より伝わる秘術だ」玄示の顔には緊張の色が濃かった。「だが、使用者に大きな負担がかかる。一度しか使えない」
「そんな危険な...」
「議論している時間はない!」玄示が一喝した。「さあ、この魂術陣の中心に立て!」
蒼、千冬、綾音の三人は言われた通りに魂術陣の中心に位置した。周囲では激しい戦闘が続いている。レオは術者たちを次々と倒しながら、蒼たちに近づこうとしていた。
「準備はいいか?」玄示が最後の確認をした。
三人は頷いた。
「では、行くぞ」玄示は両手を高く掲げ、古代の言葉で呪文を唱え始めた。魂術陣が金色に輝き、蒼たちの周りに光の柱が立ち上がる。
「なんだと!?」遠くからレオの驚きの声が聞こえた。
転移の魂術が完成に近づく中、蒼は玄示の姿を見た。彼の体から徐々に力が失われていくのが分かる。この術は相当な代償を要求しているのだ。
「玄示議長!無理をしないで!」蒼が叫んだ。
「心配するな...」玄示は苦しそうに微笑んだ。「里長としての...私の務めだ...」
光が最高潮に達した瞬間、蒼の視界が真っ白になった。体が宙に浮くような感覚があり、次の瞬間、彼らの周りの景色が一変した。
三人は魂の洞窟の入口の前に立っていた。
「成功したの...?」千冬が周囲を見回した。
「転移の魂術...」綾音は驚きの声を上げた。「伝説の術...」
蒼はまだ体の感覚が定まらず、ふらついた。転移による影響だろう。しかし、彼らは確かに安全な場所に移動していた。
「玄示議長は大丈夫だろうか...」蒼は戦場を思い、心配した。
「心配ないさ」
声の方を向くと、洞窟の入口から奏人が姿を現した。彼は既に洞窟に到着しており、三人を待っていたようだ。
「奏人!」蒼は安堵の声を上げた。
「無事で何よりだ」奏人が近づいてきた。「玄示議長から、お前たちが来ると聞いていた」
「玄示議長は?」千冬が不安そうに尋ねた。
「転移の魂術の後、疲労で倒れたが命に別状はない」奏人は答えた。「里の守護者たちが彼を安全な場所に移動させた」
三人はほっと胸をなでおろした。
「でも、零番隊は?」蒼が心配した。
「今は撤退したようだ」奏人は穏やかに言った。「転移の魂術の光が彼らを一時的に撃退した。だが...」
彼の表情が暗くなった。
「だが?」
「彼らはすぐに態勢を立て直すだろう」奏人は厳しい現実を告げた。「特に霧島烈が動き出せば...」
四人は沈黙に包まれた。霧島烈の強さは彼らが身をもって知っている。
「もう時間がない」奏人が決断を促した。「今すぐ洞窟を通って脱出しよう」
四人は魂の洞窟の入口へと向かった。奏人が先導し、暗い洞窟内に光球を放って道を照らす。
洞窟内は静寂に包まれ、彼らの足音だけが響いている。
「蒼」奏人が歩きながら話し始めた。「次の魂器について、追加情報がある」
「何だ?」蒼は興味を示した。
「時の砂時計は『時の神殿』と呼ばれる場所にある」奏人は説明した。「だが、それは特定の条件下でのみ姿を現す」
「特定の条件?」
「そう」奏人は頷いた。「時の砂時計は通常の時間の流れからは隠されている。それを見つけるには、『時の流れの交差点』に立つ必要がある」
「時の流れの交差点...」蒼は理解しようと努めた。「それは具体的には?」
「玄示議長から渡された巻物に記されているはずだ」奏人は答えた。「解読できれば、時の神殿の場所と、砂時計を見つける方法が分かるだろう」
蒼は懐にある巻物の存在を確認した。玄示から託されたその巻物には、時の砂時計への手がかりが記されているのだ。
洞窟内をさらに進むと、奏人が足を止めた。
「ここで別れよう」
「え?」三人は驚いた。
「私は里に戻る」奏人は静かに言った。「里の防衛力を強化し、零番隊の次の動きに備えなければならない」
「でも、一人で大丈夫なの?」千冬が心配した。
「心配するな」奏人は微笑んだ。「私は里で生まれ育った。秘密の道をいくつも知っている」
蒼は複雑な思いで奏人を見つめた。つい最近再会したばかりの幼なじみと、また別れなければならない。
「奏人...本当にありがとう」蒼は心からの言葉を伝えた。
「礼を言うのはまだ早い」奏人の表情が真剣になった。「我々の戦いはまだ始まったばかりだ」
彼は懐から小さな結晶を取り出し、蒼に手渡した。その結晶は淡い青色に輝いている。
「これは...?」
「お前の記憶の一部だ」奏人は静かに言った。「私が保管していたものだ」
蒼は驚いて結晶を見つめた。「僕の記憶...?」
「そう」奏人は頷いた。「お前と私が子供の頃に過ごした日々の記憶だ。いずれ必要になる時が来るだろう」
「どうやって使うんだ?」
「それは...お前自身が見つけ出す必要がある」奏人は答えた。「轉魂の力が十分に成長すれば、この結晶の中の記憶にアクセスできるはずだ」
蒼は慎重に結晶を受け取り、大切に懐にしまった。「必ず思い出す」
奏人は最後に重要な情報を伝えた。「この洞窟をさらに進めば、約二キロで外に出られる。そこから北東の方角に進めば、地図に記された山岳地帯に辿り着くだろう」
「分かった」蒼は頷いた。
「そして...」奏人は真剣な表情で付け加えた。「途中で休む時は必ず警戒を怠るな。零番隊は執念深い。特に霧島烈は...」
「分かっている」蒼は奏人の肩に手を置いた。「必ず無事に時の砂時計を見つけ出す」
「そして里に戻ってくるんだ」奏人は微笑んだ。「約束だ」
「約束する」蒼も笑顔を返した。
奏人は綾音と千冬にも別れの言葉を告げた。「二人とも、蒼を頼む。彼の力はまだ完全に目覚めていない。守ってやってくれ」
「任せて」千冬が答えた。
「私も...できる限りのことをするわ」綾音も頷いた。
最後の別れの時が来た。奏人は洞窟の壁に何かの術印を描いた。壁の一部が淡く光り、そこに通路が現れる。
「これが里への近道だ」奏人は説明した。「私はここを通って戻る」
「必ず再会しよう」蒼は固く約束した。
「ああ、必ず」奏人も頷いた。
彼は最後にもう一つの言葉を残した。「蒼...お前の父は生きている。そして、彼は何かを計画している。魂器を集めれば、おのずとその真相に辿り着くだろう」
その言葉を残し、奏人は通路に入っていった。光が一瞬彼の姿を包み、そして彼は消えた。通路も閉じ、壁は元の姿に戻った。
「行こう」蒼は決意を新たにした。「次の魂器を求めて」
三人は洞窟の奥へと進んでいった。
***
約一時間後、彼らは洞窟の出口に辿り着いた。外の光が少しずつ見え始める。
「やっと外だ」千冬はほっとした様子で言った。
出口に近づくにつれ、新鮮な空気が感じられるようになった。洞窟の湿った空気から解放され、三人は深呼吸した。
外に出ると、彼らの目の前には広大な森が広がっていた。夕暮れの光に照らされ、木々が金色に輝いている。
彼らは少し歩き、小高い丘に登った。そこからは、来た道を振り返ることができた。遠くには術者組合の里がかすかに見えている。
「里は...」蒼が言葉を詰まらせた。
里の周りには再び霧が立ち込め始めていた。結界が強化されているのだ。徐々に里の姿が霧の中に溶け込み、やがて完全に見えなくなった。
「結界が元に戻った」綾音が静かに言った。「里は再び外界から隠された」
「これで零番隊も簡単には近づけないわ」千冬が安堵の表情を浮かべた。
「奏人や玄示議長...皆無事だといいな」蒼は里の方向を見つめながら呟いた。
三人は暫く丘の上に立ち、里との別れを噛みしめていた。短い滞在だったが、多くの出会いと学びがあった。そして何より、蒼は自分の過去との繋がりを見つけることができた。
「さて」蒼は巻物を取り出した。「北東に進むんだよね」
彼は巻物を広げ、地図を確認した。地図には山岳地帯が描かれており、「時の神殿」と思われる場所が印されていた。
「ここまでは数日かかりそうね」千冬が地図を覗き込んだ。
「急がなきゃ」綾音が言った。「零番隊も動き出すはず」
「そうだな」蒼は頷いた。「では、行こうか」
三人は丘を下り、北東の方角へと歩き始めた。未知の旅路が彼らを待っている。
***
その頃、里から遠く離れた場所で、霧島烈は上官に報告していた。
黒い衣装に身を包んだ霧島は、石造りの暗い部屋の中で膝をついていた。部屋の奥には、光に背を向けた人影があった。その姿は闇に溶け込み、ほとんど見えない。
「申し訳ありません」霧島は頭を垂れた。「深宮蒼の捕獲に失敗しました」
「なぜだ?」奥の人影から低い声が響いた。
「里の長老たちが予想外の抵抗を見せました」霧島は答えた。「特に、転移の魂術までも使ってきました」
「転移の魂術...」人影の声に驚きが混じった。「あの術をまだ使える者がいたとは...」
霧島は続けた。「さらに、深宮蒼自身も予想以上の力を持っていました。『記憶の欠片召喚』...彼は轉魂の真髄に近づきつつあります」
「王血が目覚め始めたか...」人影がわずかに動いた。「では、もう時間がないな」
「次は私自身が対処します」霧島は決意を示した。「彼らは時の砂時計を目指しているはずです。そこで待ち伏せれば...」
「いや」人影が遮った。「次は私自身が行く」
霧島は驚いて顔を上げた。「しかし、当主様...」
「心配するな」人影—魂器回収機関の当主—は静かに言った。「時は満ちつつある。七大魂器の力が呼応し始めている。我々も最終段階に入るべきだ」
「はい...」霧島は従った。
「それに」当主の声がさらに低くなった。「深宮零王の息子に、会ってみたいのだ...」
部屋の中に重い沈黙が流れた。
***
森の中を歩く蒼たちは、宿営の準備を始めていた。日が落ち、暗くなる前に安全な場所を確保する必要があった。
「ここならいいかな」千冬が小さな空き地を見つけた。周囲は木々に囲まれ、比較的安全に見える。
「中央に火を起こそう」蒼は薪を集め始めた。
綾音は周囲を警戒しながら、魂術で結界を張った。「これで少しは安心できるわ」
火が灯されると、三人はその周りに腰を下ろした。長い一日の疲れが出てきている。
「本当に色々あったね...」千冬が火を見つめながら言った。
「ああ」蒼も頷いた。「里での出来事、零番隊との戦い...全てが現実とは思えないよ」
「でも、収穫もあったわ」綾音が優しく言った。「蒼の過去についての手がかり、父についての情報...」
「そして、新しい力」蒼は自分の右手を見つめた。「記憶の欠片召喚...まだ完全には使いこなせないけど」
「きっとマスターできるわ」千冬は励ました。「あなたは日に日に強くなっている」
蒼は微笑み、懐から奏人が渡した記憶の結晶を取り出した。淡い青色に輝くその結晶には、蒼の失われた記憶の一部が封じられている。
「どうやってこれを見るんだろう」蒼は結晶を火の光に透かして見た。
「轉魂の力で...」綾音が提案した。「記憶と繋がるなら、轉魂の力で結晶と契約するみたいに...」
「試してみようか」蒼は結晶を両手で包み、轉魂の力を集中させた。
結晶がかすかに光を増したが、それ以上の変化はなかった。
「まだ力が足りないのかな...」蒼は少し落胆した。
「無理しないで」千冬が優しく言った。「時が来れば、自然と開くわ」
蒼は結晶を大切にしまい、ため息をついた。
「時の砂時計...『時の流れの交差点』...奏人の言葉が気になる」
「巻物にその答えがあるはず」綾音は励ました。
蒼は再び巻物を広げた。難解な暗号と古代の文字が記されている。
「解読するのに時間がかかりそうだ」蒼は巻物の複雑さに圧倒されていた。
「でも、一歩ずつ進めばいいの」千冬は前向きに言った。「私たちには時間がある」
「そうだね」蒼も気持ちを切り替えた。「まずは休息を取って、明日から本格的に解読に取り組もう」
三人は食事を終え、交代で見張りをしながら休むことにした。星空の下、彼らの新たな旅が始まろうとしていた。
蒼は就寝前、もう一度記憶の結晶を握りしめた。奏人の言葉が頭に浮かぶ。
「いずれ必要になる時が来るだろう...」
彼は静かに誓った。「父の真実、そして僕自身の過去...必ず見つけ出してみせる」
夜空には無数の星が瞬き、まるで彼らの旅を見守っているかのようだった。時の砂時計を求めての長い旅路は、まだ始まったばかり。そして、その先には未知の試練と真実が待ち受けていた。
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