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第2話「冷たい家族と辺境への旅路」
しおりを挟む「お姉様、本当に行ってしまうの?」
荷物を馬車に積み込む私の隣で、妹のエリーゼが不安そうな顔をしていた。十二歳の彼女だけが、この家で私に優しい言葉をかけてくれる存在だった。
「ええ、父上の命令だから」
私は微笑みを浮かべようとしたが、どこか虚ろな表情になってしまった。昨夜の婚約破棄の記憶が、まだ生々しく心に残っている。
「でも、辺境の別荘って……あそこは誰も住んでいないところよ」エリーゼが心配そうに言った。「それに、北の森の近くは危険だって聞くわ」
「大丈夫よ。私には護衛がついているし」
実際には、護衛は最低限の人数だったが、エリーゼを心配させたくなかった。
「それに、少し静かに過ごす時間も必要かもしれないわ」
「お姉様……」
エリーゼが悲しそうな目で見つめてきた。彼女はまだ幼いながらも、これが単なる「反省期間」ではなく、事実上の追放であることを感じ取っていたようだ。
「アリア」
振り返ると、母が冷たい表情で立っていた。かつては優しかった母も、今では私を見る目が変わっていた。
「出発の準備はできたのか?」
「はい、母上」
「エリーゼ、あまりアリアに近づかないように」母はエリーゼの肩を掴み、私から引き離した。「お前まで評判を落とすわけにはいかないのよ」
「でも、お母様……」
「いいから」
母の厳しい視線に、エリーゼは黙って従った。その小さな背中を見て、私は胸が締め付けられる思いだった。
「アリア」母が私に向き直った。「レスフォード家の名誉を傷つけたことを忘れないで。あなたのせいで、家の評判が落ちたのよ」
「申し訳ありません、母上」
頭を下げる私に、母はため息をついた。
「辺境の別荘では、静かに過ごしなさい。そして、王都の噂が収まるまで、決して戻ってこないで」
それが最後の言葉だった。母はエリーゼを連れて屋敷へと戻っていった。
私は黙って馬車に乗り込んだ。
------
辺境への旅は三日間続いた。
王都からレスフォード領へ、そして領地の中心部から北へと進む。風景は徐々に変わり、豊かな田園地帯から、荒涼とした土地へと変わっていった。
馬車の窓から見える景色は、日に日に寂しくなっていく。人々の姿も少なくなり、代わりに深い森が広がるようになった。
「あれが北の森です」
護衛の隊長が指さす方向には、不気味なほど濃い緑の森が見えた。
「魔獣が出るという噂のある場所です。別荘には近づかないはずですが、用心したほうがいいでしょう」
「ありがとう」
だが、私の心の中では不思議な感情が湧いていた。恐怖ではなく、どこか懐かしさのようなもの。あの森が私を呼んでいるような、奇妙な感覚。
馬車が止まり、私たちは最終目的地に到着した。
「レスフォード北別荘です、お嬢様」
建物は思ったより立派だったが、長い間使われていなかったようで、至る所に埃が積もっていた。窓ガラスは曇り、庭は雑草に覆われている。
「ここを掃除して、少しでも住みやすくしましょう」
私は袖をまくり上げた。泣いているだけでは何も変わらない。今は現実を受け入れ、この状況でできることをするしかなかった。
護衛たちも手伝ってくれたが、夕方になると、彼らは馬車に乗り込んだ。
「お嬢様、申し訳ありませんが、私たちはこれで戻らなければなりません」
「え?」驚いて尋ねる。「一人にするつもりなの?」
護衛の隊長は申し訳なさそうに目を伏せた。
「公爵様の命令です。三日後に食料を届けに来ますので、それまで館内にお留まりください」
そうか、父上の命令だったのか。本当に私を完全に切り離す気なのだ。
別荘には最低限の食料と日用品が置かれていた。生きていくには十分だが、王都の贅沢な生活とは比べものにならない。
「行ってらっしゃい」
去っていく馬車を見送りながら、私は深く息を吐いた。これが私の新しい生活の始まり。王太子の婚約者から、誰にも必要とされない存在へ。
夕暮れが迫り、別荘に暗い影が落ちてきた。北の森からは、風に乗って獣の遠吠えが聞こえてくる。
恐怖と孤独が襲ってきた。私は部屋に戻り、ベッドに腰掛けた。窓の外を見ると、再び満月が空に浮かんでいた。
「これから私はどうなるの……?」
答えのない問いを夜空に投げかけながら、私は一人、暗い部屋で目を閉じた。
森の方から、何か大きな存在の気配を感じたような気がしたが、疲れた心は、それが何なのか考える余裕すらなかった。
明日からの生活に思いを巡らせながら、私は浅い眠りに落ちていった。
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