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第6話「修行の始まりと竜の騎士団」
しおりを挟む「もう一度、集中してみろ」
竜王レオンハルトの声が、訓練場に響く。
私は目の前の標的に向かって、両手を伸ばした。体の中に流れる熱い力を、指先に集中させる。
「呼吸を忘れるな。力の流れに身を任せろ」
深く呼吸し、体内の力を感じながら、一気に解放した。
「はっ!」
指先から青白い光の筋が走り、目の前の石像に命中した。石像は粉々に砕け散った。
「…できた」
自分でも信じられなかった。つい一週間前までは、魔力がないと言われていた私が、今は石像を破壊するほどの力を放っている。
「見事だ」レオンハルトが近づいてきた。「一週間でここまで力をコントロールできるとは、驚異的だ」
「本当に?」
「ああ」彼はうなずいた。「竜の血を引いていても、その力を目覚めさせ、コントロールするには通常、数ヶ月はかかる。貴女の才能は特別だ」
彼の褒め言葉に、私の頬が熱くなった。今まで「才能がない」「平凡だ」と言われ続けてきたのに、今では「才能がある」「特別だ」と言われるのは、不思議な感覚だった。
「ありがとうございます、レオンハルト様」
「陛下と呼ぶ必要はない」彼は微笑んだ。「私の名前で呼んでくれて構わない」
「はい…レオンハルト」
彼の名前を直接呼ぶのは、まだ慣れない。だが、彼は満足そうに微笑んだ。
「さて、今日はもう一つ予定がある」彼は言った。「貴女に会わせたい者がいる」
------
訓練場を出て、私たちは城の別の区画へと向かった。
「ここは何処ですか?」
「騎士団の訓練所だ」
大きな扉が開くと、そこには広い空間が広がっていた。数十名の男女が、剣や槍を持って訓練している。彼らの動きは人間の騎士とは比べものにならないほど素早く、力強かった。
私たちが入ると、全員が活動を止め、レオンハルトに一斉に膝をついた。
「陛下」彼らは声を揃えて言った。
「立て」レオンハルトは命じた。「今日は特別なゲストを連れてきた。アリア・レスフォードだ」
訓練所の全ての視線が、私に向けられた。驚き、好奇心、そして中には疑いの目も混じっている。
「彼女は半竜の姫の末裔。我々の仲間だ」
レオンハルトの言葉に、騎士たちの間でざわめきが起こった。
「本当に半竜の姫の血を?」
「千年の予言が…」
「人間の姿だが…」
様々な囁きが聞こえてくる。
そのとき、一人の男が前に進み出た。銀の鎧を身につけ、銀髪を後ろで束ねている。鋭い灰色の瞳と、引き締まった体格。彼もまた竜族だとわかる。
「陛下」彼は一礼した。「彼女が本当に半竜の姫の血を引いているなら、証明が必要かと」
レオンハルトの目が僅かに細まった。
「ザイファー、疑っているのか」
「疑うのではなく、確認したいのです」ザイファーと呼ばれた男は冷静に答えた。「龍騎士団の団長として、その責任があります」
周囲の騎士たちが緊張した様子で見守る中、レオンハルトは一瞬考え、それから私の方を向いた。
「アリア、大丈夫か?」
彼の声には珍しく、心配の色が混じっていた。私は深呼吸し、決意を固めた。
「はい。証明します」
ザイファーの唇が微かに歪んだ。「それではこちらへ」
彼は訓練場の中央を指し示した。そこには魔法陣が描かれている。
私はレオンハルトに一度頷き、中央へと歩み出た。騎士たちが円形に取り囲み、静かに見守っている。
「この魔法陣は、血の真偽を確かめるものです」ザイファーが説明した。「龍の血を持つ者だけが、この光を赤から青に変えられる」
「何をすればいいの?」
「手のひらを切り、一滴の血を魔法陣の中心に落とすのです」
レオンハルトが不満そうに唸ったが、私は既に決心していた。小さなナイフを受け取り、左手のひらを軽く切った。痛みはほとんど感じない。
血が一滴、魔法陣の中心に落ちた。
最初、何も起こらなかった。ザイファーの目に勝ち誇る色が見えた気がした。
しかし次の瞬間、魔法陣が赤く輝き始め、その光が徐々に変化していった。赤から紫、そして鮮やかな青色へと。
しかもそれだけではなかった。青い光は徐々に強まり、やがて部屋全体を包み込むほどの強さになった。
「これは…!」ザイファーの声には、明らかな驚きがあった。
光が収まり、魔法陣は青白く輝いたまま静止した。
「これが証明になりますか?」私は静かに尋ねた。
訓練所は完全に静まり返っていた。ザイファーは口を開いたり閉じたりしたが、言葉が出ない様子だった。
「十分だろう」レオンハルトが前に出てきて、私の手を取った。傷口に軽く息を吹きかけると、不思議なことに傷が塞がっていった。
「陛下」ザイファーが頭を下げた。「失礼をお許しください。彼女が本物であることに、もはや疑いはありません」
「よかろう」レオンハルトは厳しい目で彼を見たが、すぐに表情を和らげた。「お前の慎重さは理解できる」
ザイファーは私の方に向き直り、今度は深々と膝をついた。
「アリア様、無礼をお許しください。龍騎士団の団長ザイファー・グランツェルと申します。今日より、私の剣は貴女のものです」
彼の言葉に、他の騎士たちも一斉に膝をついた。
「アリア様!」彼らは声を揃えて言った。
突然の敬意の示し方に、どう反応していいかわからなかった。一週間前までは王太子に捨てられ、家族からも追放された無能な令嬢。それが今や、竜族の騎士団が跪く存在になっている。
「み、皆さん、そんなに改まらないでください」慌てて言うと、レオンハルトが小さく笑った。
「アリア、彼らの尊敬は本物だ。受け入れるがいい」
私は深呼吸し、騎士たちを見た。
「ありがとう。まだ未熟ですが、皆さんの期待に応えられるよう努力します」
騎士たちの目に、敬意と共に暖かさが浮かんだ。
「さて」レオンハルトが言った。「アリアは今から武術の訓練も始める。ザイファー、その指導を任せたい」
「光栄です、陛下」ザイファーは頷いた。「最善を尽くします」
「待って」私は思わず声を上げた。「武術も?」
「もちろんだ」レオンハルトは当然のように言った。「魔力だけではなく、剣技も必要だ。半竜の血を引く者として」
「でも私、今までそんな訓練を…」
「恐れることはない」レオンハルトが私の肩に手を置いた。温かさと力強さが伝わってくる。「貴女ならできる。私が保証する」
彼の信頼に、胸が熱くなった。
「…わかりました」
「良い心がけだ」ザイファーが立ち上がった。「では明日から、剣術の基礎からお教えしましょう」
彼は冷静な表情だったが、先ほどよりは柔らかい印象に変わっていた。
「ザイファーは厳しいが、素晴らしい教師だ」レオンハルトが言った。「彼の教えを素直に受け入れるといい」
「はい」
私たちが訓練場を出ようとしたとき、一人の女性騎士が駆け寄ってきた。
「陛下、アリア様!」彼女は息を切らしていた。「竜の谷から緊急の報告です。人間の軍が国境に近づいています」
「何だと?」レオンハルトの顔が緊張に満ちた表情に変わった。
「恐らく、アリア様を探しているのではと…」
「私を?」驚いて尋ねた。
「詳しく話せ」レオンハルトが命じた。
「はい。レスフォード公爵の軍と、王国軍の一部が北の森の周辺を捜索しているようです。アリア様の居た別荘が焼け落ち、失踪したと考えているようです」
「別荘が燃えた?」
「恐らく、あの刺客たちの仕業でしょう」レオンハルトが低い声で言った。「貴女が見つからなかったことに苛立ち、証拠を消すために」
「でも、なぜ父上が…」
「気に入らない娘を追放し、そして消したかったのかもしれんな」
彼の言葉に胸が痛んだ。それでも、私の心は不思議と冷静だった。父の行動に驚きはなかった。
「ザイファー、国境の警備を強化しろ」レオンハルトが命じた。「人間たちが結界に近づいてはならない」
「承知しました」
「アリア」レオンハルトが私の方を向いた。「恐ろしかっただろう」
「いいえ」私は首を振った。「むしろ、はっきりしました。もう家族に縛られる必要はないんです」
彼の目に驚きが浮かんだ。次いで、その唇が微かな笑みを浮かべた。
「その強さ、気に入った」彼は私の頬に触れた。指先が熱く感じられる。「心配するな。ここでは誰も貴女を傷つけられない。私が守る」
その言葉には、不思議な重みがあった。単なる保護の約束ではなく、もっと深い、誓いのような響きがあった。
「ありがとう」
私たちの目が合い、一瞬、時間が止まったような感覚があった。彼の青緑色の瞳に、私は自分自身を見た気がした。
「明日から、もっと厳しい訓練が始まる」レオンハルトは言った。「準備はいいか?」
「はい」私は微笑んだ。「どんな訓練でも受けて立ちます」
彼は満足そうにうなずいた。
「その意気だ。半竜姫の真の末裔よ」
その日、私は初めて自分の生きる道を見つけた気がした。もう誰かに評価される存在ではなく、自分の力で生きていく。
そして、レオンハルトの目に映る私は、王太子が捨てた無価値な令嬢ではなく、竜の血を引く特別な存在だった。
この感覚は、初めて味わう自由だった。
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