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第7話「苛烈な修行と竜王の温もり」
しおりを挟む「もっと腰を落として!その姿勢では最初の一撃で倒される」
ザイファーの厳しい声が訓練場に響く。
「はっ!」
私は木剣を握りしめ、教えられた通りの姿勢で相手に向き合った。向かい合うのは女性騎士のエレナ。彼女は優しい笑顔とは裏腹に、剣の腕前は騎士団でも上位に入るという。
「準備はいいか?」
「はい!」
エレナが一瞬で間合いを詰め、木剣を振り下ろした。私は何とか受け止めようとしたが、衝撃で腕が痺れ、次の瞬間には床に倒れていた。
「起きろ」ザイファーの冷たい声。「もう十二回目だ。まだ一度も受け止められていない」
「すみません…」
私は震える足で立ち上がった。全身が痛み、汗で服が貼りついている。
「アリア様、大丈夫ですか?」エレナが心配そうに尋ねた。
「ええ、平気よ」
そうは言ったものの、体が言うことを聞かない。三日目の剣術訓練は、想像以上に過酷だった。
「休憩だ」ザイファーが言った。「十分休め。その後、再開する」
彼は冷静な表情のまま、訓練場の端へと歩いて行った。
「アリア様」エレナが水の入った杯を差し出した。「お飲みください」
「ありがとう」
喉が渇ききっていた。水を一気に飲み干す。
「慣れるまで大変ですよ」エレナは優しく言った。「でも、アリア様なら必ずできます」
「そう思う?人間の私が、竜族の剣術なんて…」
「半竜の血を引いているじゃないですか」彼女は微笑んだ。「それに、陛下があなたを信じているのです。それだけで十分な理由です」
確かに、レオンハルトは私の才能を絶大に信頼してくれていた。魔力の訓練では目覚ましい進歩を見せたが、剣術となるとまだまだだ。
「ザイファー団長は厳しいですが、実は誰よりも真剣に教えてくれています」エレナが小声で付け加えた。「普段は新人の訓練なんて見向きもしないのに」
「そうなの?」
「ええ。陛下直々の命令とはいえ、団長自ら指導するのは特別なことです」
それを聞いて、少し心が軽くなった。
休憩が終わると、再び訓練が始まった。今度は剣を構える基本姿勢からやり直す。
「肩の力を抜け。剣は体の延長だ。自分の腕のように扱え」
ザイファーの指示に従い、何度も何度も同じ動きを繰り返す。
「左足をもう少し前に。そう、その調子だ」
彼の声に僅かな褒め言葉が混じったことに、私は驚いた。
------
「終わりだ」
日が傾きかけた頃、ようやく訓練が終了した。私の体は疲労で限界に達し、木剣を支える力もほとんど残っていなかった。
「明日も同じ時間に」ザイファーは言い残すと、訓練場を去っていった。
「お疲れ様でした、アリア様」エレナが微笑んだ。「今日はとても良かったですよ」
「本当?まだ一度も受け止められなかったのに…」
「最後の姿勢は格段に良くなっていました」彼女は真剣に言った。「団長も認めていましたよ」
その言葉が少しだけ励みになった。
部屋に戻ると、シルヴィアが温かい湯を準備してくれていた。
「お疲れ様でした、アリア様」彼女が丁寧に頭を下げる。「お風呂をご用意しました。筋肉の痛みを和らげる薬草を入れてあります」
「ありがとう、シルヴィア」
湯船に浸かると、薬草の香りが立ち込め、痛みが徐々に和らいでいった。温かい湯が体を包み込む感覚に、思わずため息が漏れる。
「アリア様は本当によく頑張っていらっしゃいます」シルヴィアが髪を洗ってくれながら言った。「城中の誰もが感心しているんですよ」
「そんな…まだ何もできていないのに」
「いいえ」彼女はきっぱりと言った。「人間界から来たばかりの方が、竜族の訓練についていくなんて、前代未聞のことです。特に魔力の習得の早さは驚異的だと」
シルヴィアの言葉に、少し恥ずかしさを感じた。でも、努力を認められることは嬉しかった。
風呂から上がると、新しい服が用意されていた。竜族風のデザインだが、動きやすく調整された衣装だ。
「陛下からの贈り物です」シルヴィアが説明した。「訓練にも適した特別な素材で作られています」
レオンハルトからの贈り物…。心が温かくなる。
------
食事を終え、部屋で休んでいると、ノックの音がした。
「どうぞ」
扉が開き、レオンハルトが姿を現した。
「失礼する」彼は静かに言った。「具合はどうだ?」
「レオンハルト」思わず立ち上がりかけるが、体が痛んで顔をしかめた。
「無理をするな」彼が近づいてきて、私の隣に腰を下ろした。「ザイファーの訓練は厳しいと聞いている」
「ええ、でも必要なことだと思います」
「そうか」彼は少し驚いたように見えた。「文句も言わないとは、感心だ」
「何の経験もない私が、竜族の騎士と同じように戦えるわけがないですから」私は正直に言った。「厳しい訓練は当然です」
レオンハルトは満足そうに微笑んだ。
「その心構えが素晴らしい」彼は言った。「ザイファーも貴女の姿勢を褒めていたぞ」
「本当ですか?」思わず目を見開いた。
「ああ。『人間の姿をしているが、精神は立派な竜族だ』と」
その言葉に、胸が熱くなった。厳格なザイファーからの褒め言葉は、予想外だった。
「嬉しいです…」
「それと、これを持ってきた」
レオンハルトは小さな瓶を取り出した。中には青い液体が入っている。
「傷の治癒と筋肉の回復を早める薬だ。通常は重傷を負った騎士にしか与えないが、特別に」
「ありがとうございます」
瓶を受け取ると、彼の手が一瞬、私の指に触れた。その接触だけで、電流のような感覚が走る。
「少しだけで効果がある。飲むといい」
彼の指示に従い、小さく一口だけ飲んだ。不思議な味だったが、すぐに体の中に暖かさが広がっていくのを感じた。
「効いてきました…」驚いて言う。「痛みが和らいでいきます」
「竜の魔力で作った薬だ」レオンハルトは説明した。「貴女のような半竜の血を引く者にも効果がある」
彼の視線が私の顔を捉えた。その眼差しには、何か言葉にできない感情が宿っていた。
「アリア」彼の声は低く、柔らかくなった。「貴女の頑張りを、私は誇りに思っている」
「レオンハルト…」
「人間たちは貴女の価値を理解できなかった。だが私は違う」彼の声には情熱が込められていた。「貴女は特別な存在だ。それは血筋だけではない。貴女自身の強さ、意志の力が」
彼の言葉に、目に涙が浮かんだ。今まで誰にもそんなことを言われたことがなかった。
「ありがとう…」
レオンハルトは静かに手を伸ばし、私の頬から一筋の涙を拭った。その指の温もりが心地よかった。
「明日からの訓練は、私も見学させてもらう」彼は言った。「貴女の成長を見たい」
「恥ずかしいです」思わず顔を赤らめた。「まだ何もできないのに」
「それでも、見たい」彼の目が真剣だった。「貴女の全てを」
その言葉に込められた意味を考える暇もなく、彼は立ち上がった。
「ゆっくり休むといい」レオンハルトは優しく言った。「明日も大変な一日になるだろう」
「はい」
彼は一瞬躊躇ったように見えたが、すぐに通常の表情に戻った。
「おやすみ、アリア」
「おやすみなさい、レオンハルト」
彼が部屋を出た後も、その温かい存在の余韻が残っていた。竜王の薬のおかげか、それとも彼の言葉のおかげか、体の痛みはほとんど消えていた。
窓の外を見ると、竜族の国の夜空には、人間界では見たことのない美しい星々が輝いていた。
「これが私の新しい人生…」
静かに呟きながら、私は明日への力を蓄えるため、深い眠りに落ちていった。
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