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第8話「交換日記」
しおりを挟む朝、真琴が目を覚ますと、窓から差し込む光は薄暗く、外はまだ霧に包まれていた。昨夜も悪夢に悩まされ、何度も目が覚めた。その度に鏡を確認したが、幸い赤い手形は現れなかった。
「白夜祭まであと二日…」
真琴は呟きながらベッドから起き上がった。頭の中は混乱していた。葉月は封印を強化すべきだと言い、佐々木美咲は解放すべきだと主張する。どちらが正しいのか、判断できない。
制服に着替え、朝食も取らずに学校へ向かった。今日は何とか葉月と二人きりで話をし、全ての真実を聞き出したかった。そして、佐々木美咲の正体についても。
校舎に入ると、既に白夜祭の準備で生徒たちが忙しく動き回っていた。廊下には色とりどりの装飾が飾られ、白夜祭のポスターが貼られていた。表向きは普通の学園祭の雰囲気だったが、真琴の目には全てが不気味に見えた。
3年B組の教室に向かう途中、真琴は百瀬先生を探した。昨日は体調不良で休んだという彼女だが、今日は来ているだろうか。職員室をのぞくと、百瀬先生の席は空いたままだった。
「百瀬先生はまだ休みですか?」真琴は近くにいた川島先生に尋ねた。
「ええ、まだ連絡がありません。珍しいですね、彼女が二日も休むなんて」
その言葉に不安を感じながらも、真琴は教室へと向かった。教室のドアを開けると、生徒たちは白夜祭の準備で忙しそうにしていた。窓際の席には佐々木美咲の姿があり、彼女は黙々と何かを書いていた。しかし、朝倉葉月の姿はなかった。
「おはようございます」
生徒たちは一斉に立ち上がり挨拶した。真琴は出席を取り始めたが、葉月の名前を呼んでも返事がなかった。
「朝倉さんは?」
教室内がしんと静まり返った。誰も答えようとしない。やがて、佐々木美咲が静かに立ち上がった。
「朝倉さんは今日、体調不良で休みです」
その言葉に真琴は焦りを感じた。葉月まで休むなんて。昨日、彼女は確かに具合が悪そうに見えたが…。
「そう、ありがとう」
真琴は授業を進めながらも、心の中は不安でいっぱいだった。葉月は本当に単なる体調不良なのか、それとも何か別の理由があるのか。
授業が終わり、休み時間になった。生徒たちは白夜祭の準備で教室を出て行き、真琴も職員室に戻ろうとした。しかし、ふと思いついて葉月の机を見ることにした。もしかしたら何か手がかりがあるかもしれない。
葉月の机の中は整然としていた。教科書やノートが綺麗に並べられ、特に不自然なものはない。しかし、一番奥に薄い青いノートがあることに気づいた。表紙には「交換日記」と書かれていた。
周囲に誰もいないことを確認し、真琴はそのノートを取り出した。開くと、中は二種類の筆跡で書かれていた。一つは明らかに葉月のもの。もう一つは独特の流れるような筆跡で、各エントリーの最後には「M」というサインがあるだけだった。
最初のページは三ヶ月前のもので、葉月が書いていた。
『初めまして、M様。祖母から聞いていました。あなたとこうして文通できることを光栄に思います。白夜祭が近づいてきました。私に何ができるでしょうか。』
それに対する「M」の返事は謎めいていた。
『葉月、ついに会えましたね。五十年間、私はこの日を待っていました。あなたは祖母そっくりです。白夜祭では、あなたは重要な役割を担います。「鍵」の一人として。でも恐れないで。私があなたを守ります。』
真琴はページをめくり、二人のやり取りを読み進めた。葉月と「M」は白夜祭について、そして「影たち」について頻繁に言及していた。ところどころに不可解な文章があった。
『彼らは私たちを食べる』
『鏡の向こうに閉じ込められた』
『赤い手形は彼らの印』
『七日で消える、でも記憶だけは残る』
そして、一週間前のエントリーには、真琴の名前が登場していた。
『新しい先生が来ました。高遠真琴先生です。彼女は「救い手」かもしれません。M様、彼女を守るべきでしょうか?』
「M」の返答は衝撃的だった。
『彼女が来たか。予言通りだ。彼女は選ばれし者、最後の「鍵」です。しかし、彼女の選択によって全てが決まる。葉月、彼女を導きなさい。でも、真実は伝えてはいけない。まだその時ではない。』
真琴は手が震えるのを感じた。「M」は自分の到着を予言していたのか。そして葉月は初めから自分を監視していたのか。
日記の最後のページを開くと、昨日の日付で「M」からの最新のメッセージがあった。そこには一行だけ書かれていた。
『次はあなたの番です、先生』
真琴は思わずノートを落としてしまった。その音に驚き、慌てて拾い上げる。メッセージは確かに自分に向けたものだった。しかし、葉月はこの日記を自分に見せるつもりはなかったはずだ。どういうことなのか。
「先生、何をしているんですか?」
声がして振り返ると、教室の入口に佐々木美咲が立っていた。彼女は真琴の手にある交換日記を見て、表情が変わった。
「それは…葉月の日記ですね」
「ええ、ちょっと…」言い訳をしようとしたが、言葉が出なかった。
佐々木は教室に入り、ドアを閉めた。
「読みましたか?」
真琴は観念して頷いた。「ええ、少し」
「『M』についても?」
「あなたは知っているの?Mって誰?」
佐々木は窓際に移動し、外を見つめた。
「『M』は朝倉梨子です。葉月の祖母。五十年前の儀式で最初に鏡の向こう側に行った人物」
その答えに真琴は驚いた。葉月は祖母と交換日記をしていたのか。しかし、それは不可能なはずだ。
「でも、どうやって?」
「鏡を通じてです。葉月は毎晩、特別な鏡にメッセージを書き、朝になると返事が届く」
佐々木は真琴をじっと見つめた。
「先生、その日記には何か…あなたへのメッセージはありませんでしたか?」
真琴は一瞬迷ったが、正直に答えることにした。
「『次はあなたの番です、先生』と書かれていた」
佐々木の表情が硬くなった。
「やはり…時間がないようです」
「どういう意味?」
「白夜祭で、彼らはあなたを『鍵』として使おうとしています。でも、本当の目的は…」
佐々木の言葉は、廊下から聞こえてきた足音によって遮られた。彼女は慌てて真琴から離れ、「後で話しましょう」と小声で言い残すと、自分の席に戻った。
教室のドアが開き、佐伯教頭が入ってきた。
「高遠先生、ここにいたのですか」
「はい、授業の準備を」
佐伯は教室内を見回し、佐々木美咲に気づいた。二人は一瞬見つめ合い、何かを交わしているようだった。
「校長先生がお呼びです。至急、校長室へ」
真琴は葉月の机に交換日記を戻し、佐伯に従った。廊下を歩きながら、佐伯は白夜祭の準備について尋ねてきた。
「3年B組の『鏡の部屋』、順調ですか?」
「ええ、生徒たちが熱心に取り組んでいます」
「それは良かった。今年の白夜祭は特別ですからね」
その言葉に込められた意味を考えながら、真琴は校長室に到着した。ノックをすると、中から「どうぞ」という声が聞こえた。
校長室では、神崎校長が窓際に立っていた。振り返った彼の表情は、いつもより厳かに見えた。
「高遠先生、お忙しいところ申し訳ない」
「いいえ」
「白夜祭まであと二日となりました。3年B組の展示について、少しお話ししたいのです」
神崎は机から古い写真を取り出した。それは五十年前の白夜祭の写真で、「鏡の部屋」の様子が写っていた。中央に大きな鏡が置かれ、周囲に七つの小さな鏡が円形に配置されている。そして、その周りに七人の生徒が立っていた。
「伝統的な配置があるのです。この通りに設置していただきたい」
「はい、わかりました」
真琴は写真を受け取った。よく見ると、七人の生徒の一人は朝倉葉月にそっくりな少女だった。おそらく朝倉梨子だろう。
「それから、高遠先生」神崎は真琴をじっと見つめた。「白夜祭当日は、あなたにも特別な役割をお願いしたい」
「私に?」
「ええ、新任教師として、儀式…いえ、オープニングセレモニーの立会人になっていただきたい」
神崎の言い間違いは明らかに意図的だった。真琴は不安を感じながらも、表面上は従順に頷いた。
「承知しました」
「素晴らしい。それでは、準備を続けてください」
校長室を出た真琴は、深い不安に包まれていた。全ての人が自分を何らかの「役割」に引き込もうとしている。葉月も、佐々木も、そして学園の教師たちも。
午後の授業では、生徒たちは「鏡の部屋」の準備に取りかかった。古い鏡が教室に運び込まれ、配置が検討された。佐々木美咲は積極的に指示を出し、他の生徒たちもそれに従っていた。
放課後、真琴は職員室に戻り、葉月の家の住所を調べることにした。彼女が本当に体調不良なのか確かめる必要があった。しかし、生徒名簿を見ても、朝倉葉月の住所欄は空白だった。
「奇妙ね…」真琴はつぶやいた。
「何がですか?」
声がして振り返ると、川島先生が立っていた。
「朝倉葉月さんの住所が名簿にないんです」
川島は首を傾げた。「朝倉さんは学園の寮に住んでいますよ。彼女は特別な事情で、常に学園内にいることになっています」
「特別な事情?」
「詳しくは知りませんが、家族の都合だとか。彼女の祖母も昔この学園に関わっていたそうです」
その情報に、真琴はますます混乱した。葉月は常に学園内にいるのか。それなら、今日どこにいるのだろう。
「彼女の部屋はどこですか?」
「東寮の3階、一番奥の部屋です。でも、教師が生徒の部屋に入るのは…」
「心配なので、様子を見に行きたいんです」
川島は少し迷ったが、頷いた。「わかりました。でも、寮監に断りを入れてからにしてください」
真琴は川島に礼を言い、東寮に向かった。途中、図書室の前を通りかかると、中から佐々木美咲が出てきた。彼女は真琴を見ると、少し驚いたような表情を見せた。
「先生、どこへ?」
「葉月さんの様子を見に行くところ」
佐々木の表情が変わった。「行かない方がいい」
「なぜ?」
「彼女は…今、特別な準備をしているんです。邪魔をすると危険」
その言葉に真琴は首を傾げた。「準備?どんな?」
「白夜祭のための。先生、今夜、私と会いませんか?全てをお話しします」
真琴は迷った。佐々木美咲は信用できるのか。彼女も「影」の一人だ。しかし、他に情報源がない今、彼女の話を聞くことも選択肢の一つだった。
「わかったわ。どこで?」
「夜10時、音楽室で」
佐々木はそう言い残すと、廊下の奥へと消えていった。真琴は少し立ち止まり、考えた。葉月の様子を見るべきか、それとも佐々木の言葉を信じるべきか。
結局、真琴は東寮に向かうことにした。寮監に事情を説明し、葉月の部屋へと案内された。
「朝倉さんは朝から出ていません。体調不良と聞いていますが…」寮監は心配そうに言った。
葉月の部屋のドアをノックしたが、返事はなかった。寮監が鍵を開け、真琴は中に入った。
部屋の中は整然としていたが、誰もいなかった。ベッドは綺麗に整えられ、机の上には教科書が積まれていた。壁には古い写真が飾られており、それは明らかに五十年前の白夜学園の様子だった。
「いない…」真琴はつぶやいた。
「おかしいですね。朝から出ていないはずなのに」寮監は首を傾げた。
真琴は部屋の中を見回した。何か手がかりはないかと。すると、机の上に小さなメモが置かれているのに気づいた。それを取り上げると、「先生へ」と書かれていた。
寮監が席を外した隙に、真琴はメモを開いた。そこには葉月の筆跡で短いメッセージが書かれていた。
『先生、私は準備をしています。日記を読まれたことは知っています。でも、それは計画の一部でした。M様のメッセージは本当です。次はあなたの番です。白夜祭の日、中央の鏡の前に立ってください。そうすれば全てがわかります。』
メッセージの意味を考えながら、真琴は部屋を後にした。葉月は自分が日記を読むことを予想していたのか。そして「計画の一部」とは何なのか。
寮に戻った真琴は、夕食も喉を通らず、佐々木美咲との約束の時間を待った。窓の外は既に暗く、月明かりだけが校舎を照らしていた。
時計が10時を指す少し前、真琴は寮を抜け出し、校舎へと向かった。廊下は薄暗く、足音だけが響く。音楽室に近づくと、中から微かなピアノの音が聞こえてきた。
真琴はそっとドアを開けた。中は月明かりで薄く照らされ、ピアノの前に佐々木美咲が座っていた。彼女は真琴に気づくと演奏を止め、振り返った。
「来てくれましたね」
「約束したから」真琴は音楽室に入り、扉を閉めた。「話を聞かせて」
佐々木はピアノから立ち上がり、窓際に移動した。月明かりに照らされた彼女の姿は、どこか幻想的に見えた。
「私は五十年前、最初の儀式で犠牲になった佐々木美咲です。あの日、私たちは『鏡界実験』と呼ばれる儀式に参加しました。七人の生徒が選ばれ、七つの鏡の前に立った」
「その一人が朝倉梨子…葉月の祖母」
「そう。彼女は儀式の司祭でした。でも、儀式は失敗した。いや、むしろ予想外の成功を収めた。鏡の向こう側との接続が確立され、私たちは引きずり込まれた」
佐々木の話によれば、鏡の向こう側は「影の世界」と呼ばれる場所で、そこでは時間の流れが異なり、記憶や思いが実体化するという。彼らは人間の記憶を食べて生きる存在になった。
「五十年間、私たちは生き続けてきました。定期的に新しい生け贄を受け入れ、時々こちらの世界に戻ってくる。でも、それは本当の姿ではない」
「じゃあ、あなたは何のために戻ってきたの?」
佐々木は真琴をじっと見つめた。
「あなたを救うために。そして、この終わりなき循環を止めるために」
「どうやって?」
「白夜祭の儀式で、あなたは中央の鏡の前に立つことになる。その時、二つの選択肢がある。封印を強化するか、解放するか」
「葉月は封印を強化すべきだと言い、あなたは解放すべきだと」
佐々木は悲しげに微笑んだ。
「葉月は真実を知りません。彼女は祖母に操られている。封印を強化すれば、今後も犠牲者は続く。でも解放すれば…全てが終わる」
「全てが?でも、それは危険ではないの?」
「危険です。でも、それが唯一の解決策。先生、あなたは特別な存在。あなただけが選択できる」
佐々木は真琴に近づき、手を取った。その手は冷たく、震えていた。
「信じてください。あなたが来るのを五十年待っていました」
真琴は混乱していた。誰を信じれば良いのか。葉月か、佐々木か。どちらの言うことが本当なのか。
「考えておくわ」
佐々木は頷き、ピアノに戻った。
「もう遅いです。お休みなさい、先生。あと二日、気をつけて」
真琴は音楽室を後にし、寮に戻った。部屋に入るとすぐに窓を確認し、カーテンを引いた。今夜は誰にも邪魔されたくなかった。
ベッドに横になったが、なかなか眠れない。佐々木の話、葉月のメッセージ、そして交換日記の内容が頭の中でぐるぐると回っていた。
「次はあなたの番です、先生」
その言葉の意味を考えながら、真琴はようやく眠りに落ちた。しかし、夜中に何かの気配で目を覚ました。部屋の中には月明かりが差し込み、鏡が銀色に輝いていた。
真琴がよく見ると、鏡の表面に赤い手形が浮かび上がっていた。以前見たものより大きく、鮮明な手形。まるで誰かが血のついた手をついさっき押し付けたかのようだった。
恐怖で身を固くしながらも、真琴は鏡に近づいた。手形の下には、小さな文字で何かが書かれていた。
『時間がない。決断を。』
真琴は震える手で鏡に触れようとした。すると、手形が動いたような気がした。まるで生きているかのように。
急いでベッドに戻った真琴は、朝まで目を閉じなかった。窓の外では、白夜学園が月明かりに照らされ、不気味な影を落としていた。
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