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第15話「葉月の告白」
しおりを挟む白夜祭の夜が明け、学園は静寂に包まれていた。昨夜の混乱から一夜明け、生徒たちは自宅に帰され、当面の間休校となった。校舎には警察や関係者が出入りし、神崎校長と佐伯教頭の失踪について調査が行われていた。
真琴は寮の自室でベッドに横たわっていた。昨夜の出来事は現実とは思えないほど衝撃的だった。「身代わりの儀」、「影の王」、そして朝倉梨子の魂の解放。全てが終わったはずなのに、まだ解決していない謎があった。
窓の外を見ると、朝の霧が学園を覆い、どこか浄化されたように見えた。真琴はゆっくりと起き上がり、昨夜から握りしめていたペンダントを見つめた。朝倉梨子のペンダント。その中に入っていた写真は消え、ただの空のペンダントになっていた。
「全て終わったのかしら…」
そのとき、ドアをノックする音がした。
「高遠先生、いらっしゃいますか?」
葉月の声だった。真琴は深呼吸し、ドアを開けた。そこには疲れた表情の葉月が立っていた。彼女は昨夜の儀式で着ていた白い衣装ではなく、普段の制服姿だった。
「葉月さん、入って」
真琴は葉月を部屋に招き入れた。葉月は窓際の椅子に腰掛け、静かに外の風景を眺めた。
「もう霧が晴れ始めています」葉月は小さな声で言った。「五十年間、この学園を覆っていた霧が」
真琴は葉月の前に立ち、じっと彼女を見つめた。昨夜まで、この少女の中には朝倉梨子の魂の一部が宿っていたのだ。今の彼女は完全に葉月自身なのだろうか。
「葉月さん、あなたは本当は誰?」
葉月は真琴を見上げ、悲しげに微笑んだ。
「私は朝倉葉月です。朝倉梨子の孫娘」
「でも、あなたの中には祖母の魂が…」
「はい、私の中には祖母の意識が時々現れていました。しかし、それは昨夜で終わりました」
葉月は立ち上がり、窓の外を指さした。
「あそこに見える古い校舎で、五十年前に全てが始まりました。祖母が『鏡界実験』と呼ばれる儀式に参加した場所です」
真琴は黙って葉月の言葉に耳を傾けた。
「私の家系は代々この土地に住み、古い鏡の秘儀を守ってきました。祖母・梨子は特に才能があり、神崎が白夜学園を建てた時、彼の助手として招かれたのです」
葉月は深く息を吸い、続けた。
「しかし、神崎の本当の目的は鏡の向こう側にいる『影の王』を召喚することだったのです。彼は不老不死を求め、影の力を欲していました」
「それで儀式が行われた…」
「はい。五十年前の白夜祭の夜、七人の生徒が選ばれ、儀式が行われました。しかし、祖母は最後の瞬間に真実に気づき、儀式を妨害しようとしました」
葉月の目に涙が浮かんだ。
「結果として、祖母を含む七人の生徒は鏡の向こう側に閉じ込められました。しかし、祖母の魂は特別だったため、完全には消えませんでした。彼女の魂の一部は現世に残り、娘である私の母に、そして私に受け継がれたのです」
「だから、あなたは時々…」
「はい、祖母になっていました。特に白夜祭が近づくにつれ、祖母の意識が強くなりました。私は気づくと別の場所にいたり, 記憶が飛んでいたりすることがよくありました」
葉月は真琴の目をまっすぐ見つめた。
「私は自分が50年前の生徒・朝倉梨子の子孫であり、代々儀式の司祭を務めてきました。それは私たちの宿命だったのです」
「司祭として…何をしてきたの?」
葉月は苦しそうな表情を浮かべた。
「『身代わりの儀』を執り行うことです。七日ごとに一人、選ばれた生徒を鏡の向こう側に送る儀式を」
その言葉に、真琴は息を呑んだ。
「中村君も…」
「はい、彼も犠牲者の一人でした。しかし、それは封印を維持するために必要だったのです。もし『身代わり』を送らなければ、封印が破れ、影たちが大量に流れ込んでくる危険があった」
葉月の声は震えていた。
「失踪した生徒たち全員が鏡の向こう側へ送られました。しかし、それも限界に近づいていました。鏡の向こう側では、彼らの魂が影たちに食べられ、徐々に影たちの数が増えていったのです」
「そして、最終的には五十年に一度の大儀式で…」
「はい、完全な解放か、完全な封印かを決める儀式が必要だったのです」
葉月は立ち上がり、真琴のそばに来た。
「私の中の祖母は、表面上は神崎たちに協力するふりをしながら、実は封印を強化する準備をしていました。そのために、あなたが必要だったのです」
「選ばれし者として」
「はい。五十年前から予言されていました。『純粋な魂を持つ者が来たとき、選択が全てを決める』と」
葉月は真琴の手を取った。彼女の手は小さく、冷たかった。
「私は時々、祖母が何をしているのか覚えていませんでした。音楽室での儀式も、後から断片的にしか思い出せません。でも、祖母の意志は感じていました。彼女は封印を完全なものにし、鏡の向こう側に閉じ込められた魂たちを解放したかったのです」
真琴は葉月の言葉を消化しようとしていた。
「では、昨日の儀式で本当に全て終わったの?」
葉月は小さく首を横に振った。
「完全には終わっていません。確かに『影の王』は封印され、神崎と佐伯は消えました。しかし…」
「しかし?」
「鏡の向こう側に送られた生徒たちは戻ってきません。彼らの魂は解放されましたが、この世界には戻れないのです」
その言葉に、真琴の胸が痛んだ。中村俊介をはじめ、多くの生徒たちが犠牲となったのだ。
「それに、鏡そのものはまだ存在しています」葉月は続けた。「封印は強化されましたが、完全に破壊されたわけではありません」
「それはどういう意味?」
「いつか、誰かが再び鏡の力に魅了され、儀式を行おうとする可能性があるということです。歴史は繰り返すものです」
真琴は窓の外を見た。学園は静かだったが、どこか不安が残る静けさだった。
「では、これからどうすれば…」
「私たちの家系の役目はまだ終わっていません」葉月は決意を込めて言った。「鏡を監視し、二度と誰も犠牲にならないよう見守り続けなければなりません」
葉月はポケットから小さな古い鍵を取り出した。
「これは封印室の鍵です。祖母から代々受け継がれてきました。これからは私が守ります」
真琴は葉月をじっと見つめた。幼い少女の体に背負わされた重大な責任。それは不公平にも思えた。
「私も手伝うわ」真琴は言った。「あなた一人に任せるわけにはいかない」
葉月は驚いたように真琴を見上げた。
「でも先生、あなたはもう自由です。儀式は終わりました」
「それでも、私は選ばれし者として呼ばれた。そして、私はこの学園の教師として、生徒たちを守る責任がある」
真琴の決意に、葉月の目に涙が浮かんだ。
「ありがとうございます」
二人は窓の外を見つめた。霧が晴れ始め、学園の輪郭がはっきりと見えてきていた。
「葉月さん、もう一つ聞かせて」真琴は尋ねた。「あなたの祖母は本当に解放されたの?」
葉月はしばらく考え、静かに答えた。
「半分です。祖母の魂の一部は解放され、安らかになりました。しかし、もう一部は…」
「もう一部は?」
「私の中に残っています。私たちの血の中に。それは祝福であり、呪いでもあります」
葉月は自分の胸に手を当てた。
「祖母の記憶と力は、これからも私を導いてくれるでしょう。そして、いつか私の子に、その子の子に受け継がれていくのです」
真琴は葉月の肩に手を置いた。
「一人じゃないわ。私がいる」
葉月は感謝の笑顔を見せた。それは昨日までの彼女とは違う、より純粋で自然な笑顔だった。
そのとき、ドアをノックする音がした。開けると、そこには百瀬先生が立っていた。彼女の表情は疲れているが、どこか晴れやかだった。
「おはよう、二人とも」百瀬は言った。「警察の事情聴取が始まるわ。準備はいい?」
真琴と葉月は頷いた。今から始まるのは、白夜学園の新しい歴史だった。五十年の闇の歴史に終止符を打ち、真実を語る時が来たのだ。
「行きましょう」葉月は言った。「私たちの役目はまだ終わっていません」
三人は寮を出て、朝の光に包まれた校舎へと向かった。五十年前に始まった長い悪夢は終わり、新たな日々が始まろうとしていた。しかし、鏡の力が完全に消えたわけではなく、その監視者としての役目はこれからも続くのだ。
真琴は空を見上げた。青空の下、白夜学園は静かに佇んでいた。もはや霧に覆われることなく、太陽の光を浴びて輝いていた。しかし、その深部には依然として秘密が眠っていることを、真琴は知っていた。
そして、その秘密を守ることが、これからの自分の使命なのだと感じていた。
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