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第1話「追放された無能神官」
しおりを挟む「『無能』レイン・ヴァルト、汝に告ぐ。本日をもってアンジェリア王国から追放する!」
神殿の大広間に、王国神官長の厳しい声が響き渡った。
私――レイン・ヴァルトは頭を垂れたまま、石畳の床を見つめていた。周囲からは嘲笑と蔑みの視線が刺さる。王国年に一度の大祭「神創祭」での神召喚に失敗した罰だ。
「なぜ神は降りてこなかった? なぜお前には神の加護がないのか?」
神官長は私の眼前で杖を打ち鳴らし、怒りをあらわにする。
「申し訳ありません」
それしか言えなかった。実際、私には神を召喚する才能がなかったのだから。
五年間、王都の神殿で神術理論を学び、神々の歴史と召喚術を極めようとしてきた。書物の上では常に上位の成績だった。だが、実践となるとまるで才能がない。
「アンジェリア王国は神々の加護を受けて国力を保っている。神を召喚できぬ者に神官の資格なし!」
神官長は私を睨み、周囲から「そうだ!」「無能はいらない!」という声が上がる。
アンジェリア王国では、神官の価値は召喚できる神の強さで決まる。優秀な神官は「炎の女神フレア」や「雷の神トール」など、強力な神々を召喚できる。彼らの力で国は守られ、豊かな恵みを受けていた。
そんな国で、一度も神を召喚できなかった私は確かに「無能」だったのだろう。
追放の儀式が終わると、衛兵たちに囲まれ神殿を後にした。私の持ち物は没収され、布の鞄に僅かな水と食料、数日分の衣服だけが与えられた。
「明日の朝までに国境を出よ」
冷たく言い放つ衛兵たちに囲まれ、王都の城門まで連行された。
***
「レイン坊や、ちょっと待ちなさい」
城門から出ようとした時、背後から声がかかった。振り返ると、私の師であったバルト神官が杖をついて近づいてきた。銀髪の老人は息を切らしていた。
「バルト先生…」
「追放が決まってすまなかった。あの老いぼれ神官長め、まだ昔の学派の対立を根に持っておって…」
バルト先生は、私が神殿に入った時から目をかけてくれた数少ない理解者だった。
「いえ、先生は何も悪くありません。私の才能がなかっただけです」
「違う!」
バルト先生は強く否定した。
「お前の才能は違う方向にある。理論知識は王国一。召喚術が機能しなかったのは、その才能が別の形で現れるべきだからだ」
私には先生の言わんとすることが理解できなかった。
「これを持っていきなさい」
バルト先生は懐から小さな革表紙の本を取り出した。
「これは?」
「とある古代の『神創術』に関する書物だ。王国では禁書とされている。神を『召喚』するのではなく、『創造』する術について書かれている」
「創造、ですか?」
「そう。お前はこの道に進むべきだと確信している」
先生は周囲を警戒して一瞥すると、本を私の懐に押し込んだ。
「さあ、行きなさい。いつか必ず再会できる日を待っているよ」
その言葉を最後に、私は城門から追い出された。
***
国境へ向かう道すがら、私はバルト先生からもらった本を開いてみた。
「古代神創術の基礎理論」
表紙にはそう書かれていたが、内容の大半は判読不明な古代文字で書かれていた。私が解読できるのはわずかな部分だけ。
「神は招くものではなく、作り出すもの…」
「素材と目的が一致すれば力は発現する…」
「資源と魂の共鳴こそが神の本質…」
断片的な文章からは、通常の神術理論とはまったく異なる思想が垣間見えた。神を「創造」するとは、いったいどういうことなのか。
考えながら歩いていると、日が暮れてきた。国境までは後半日の道のり。今夜は野営するしかないだろう。
道端の木陰に腰を下ろした私は、荷物を確認した。食料、水、着替え、そして…
「これは何だ?」
荷物の奥から、見覚えのない小さな布袋が出てきた。開けてみると中には「980G」と書かれた硬貨が入っていた。Gはガメルという王国の通貨単位だ。誰かが私の荷物に忍ばせたのだろうか? きっとバルト先生に違いない。
僅かな安心感を覚えながら、私は野営の準備を始めた。
明日からは王国の外。そこでどんな生活が待っているのか想像もつかなかったが、「無能」の烙印を押された身では、選択肢は限られている。
***
翌朝、国境の検問所に着いた。
「追放令状を見せろ」
無愛想な国境兵が言う。私は神殿から渡された羊皮紙の文書を差し出した。兵士は一瞥すると、蔑むように紙に印を押した。
「二度とアンジェリア王国に戻ってくるな。見つけ次第処刑だ」
その言葉と共に、大きな国境門が開かれた。
一歩踏み出す。もう戻れない。
振り返ると、高い城壁と美しい王都の姿が遠くに見えた。二十年間を過ごした故郷。その光景を最後に目に焼き付けると、私は前を向いて歩き出した。
***
国境を越えると、そこはサンドリア大公国の領土だった。王国との関係は良好とは言えず、難民や亡命者が多く流れ込む地域として知られている。
最初に目指したのは国境から半日ほどの距離にある「マロウ村」だった。小さな農村だが、交易路に面しているため旅人の往来が多く、仕事を見つけやすいと聞いていた。
村に着くと、市場が開かれていた。活気に満ちた声が響き、色とりどりの商品が並ぶ。王都ほど豪華ではないが、素朴で温かみのある雰囲気だ。
「宿はどこかな…」
辺りを見回していると、ふと目に入ったのは、市場の隅にある奇妙な露店だった。
「神々の創造キット、特価980G! 誰でも簡単に神が作れる!」
そんな怪しげな看板が立てられ、店の主人らしき白髪の老人が座っていた。
「神を創造?」
バルト先生の言葉が頭に浮かぶ。まさか、こんなところでその手がかりが見つかるとは。
好奇心に負け、私はその露店に足を向けた。
「いらっしゃい、お兄さん。神様に興味あるかい?」
老人は鋭い目で私を見つめた。その目は何かを見抜くような、不思議な光を帯びていた。
「神を創造するって、本当なんですか?」
「もちろん! このキットがあれば、誰でも簡単に自分だけの神を作れるよ。特別価格の980Gだ!」
老人は小さな木箱を示した。箱には「誰でも簡単! 神々創造キット」と書かれていた。
「冗談でしょう。神は神殿で召喚するもので…」
「ああ、そう思っているのはアンジェリア王国の連中だけさ」
老人は私の出身を見抜いたようだ。
「神を『召喚』するのと『創造』するのは違う。このキットは古代の知恵を使ってるんだ。興味ないかい?」
その言葉に、私の心が揺れた。追放されたばかりなのに、こんな怪しげな物に手を出すべきではない。しかし、バルト先生の言葉と革の本。そして「神創」という言葉の一致。偶然とは思えなかった。
「中身は何が入っているんですか?」
「基本的な神創材料さ。あとは使用者の才能と相性次第。何が生まれるかは使ってみないとわからない」
老人は意味深な笑みを浮かべた。
「980Gもありませんが…」
懐から硬貨を取り出すと、確かに「980G」と記されている。なんという偶然だろう。
「それで十分さ。それに、あんたには向いてる気がする」
老人は木箱を差し出した。私はためらいながらも、980Gと引き換えにそれを受け取った。
「使い方は中に説明書が入ってる。あとはあんた次第さ」
老人はそう言うと、不思議な笑みを浮かべた。
「あの、お名前は?」
「名乗るほどの者じゃない。ただの行商人さ」
そう言うと老人は立ち上がり、あっという間に露店をたたみ始めた。その素早さは老人とは思えぬ身のこなしだった。
「お、おじさん!」
振り返ると、老人の姿は市場の人混みに消えていた。不思議な出会いだったが、手元には確かに「神々創造キット」がある。
「まずは宿を探そう」
木箱を大事そうに抱え、私はマロウ村の宿を探し始めた。
***
「神官見習いだったんですか?」
マロウ亭という宿の主人は、私の身の上話を聞くと興味を示した。もちろん、追放された経緯は伏せて話した。
「はい、まあ…見習いで終わってしまいましたが」
「ウチには神官様のような方はなかなか来ないんですよ。せっかくだから、一晩の宿代と引き換えに、明日の朝に商売繁盛の祈祷をしてくれませんか?」
渡りに船だった。宿代を節約できるなら願ったり叶ったりだ。
「承知しました。最善を尽くします」
「ありがとう! じゃあ、二階の右から二番目の部屋を使ってくれ」
宿の主人からは親切に夕食まで振る舞われた。王国では身分の低い見習いだった私だが、ここでは「神官様」として扱われる。皮肉なものだ。
部屋に入ると、早速「神々創造キット」の中身を確認した。
木箱の中には、小さな石の台座、七色の粉末が入った小瓶、奇妙な形の小刀、そして使用説明書が入っていた。
説明書には以下のように書かれていた。
『神々創造キット・使用法』
1. 石の台座を平らな場所に置く
2. 作りたい神のイメージを明確に持つ
3. 七色の粉末を台座の上に撒く
4. 小刀で指先を軽く切り、血を一滴垂らす
5. 「創造の言葉」を唱える
最後の「創造の言葉」については、バルト先生からもらった古代の本に記載があった。私は急いで本を取り出し、読める箇所を探した。
「見つけた…」
本の一節には確かに「創造の言葉」らしき呪文が記されていた。
「神創キット」と古代の本。この二つの組み合わせは偶然ではないはずだ。きっとバルト先生は、私がこのキットを手に入れることを予見していたのかもしれない。
「よし、やってみよう」
私は指示通りに台座を設置し、作りたい神のイメージを考えた。
「そうだな…まずは優しい女神がいいかも。癒しの力を持つ神を…」
心の中でイメージを固めると、七色の粉末を台座に撒いた。次に小刀で指先を軽く切り、血を一滴垂らす。
「創世の名において、混沌より秩序を、無より有を。我が血と魂を捧げ、新たなる神の誕生を願う…」
古代の言葉で呪文を唱え終えると、突如、部屋全体が眩い光に包まれた。
まぶしさに目を閉じる私。光が消えた気配がして、恐る恐る目を開けると――
「こんにちは、ご主人様。癒しの女神ルナです。よろしくお願いします」
台座の上に、小柄で可愛らしい少女の姿をした女神が立っていた。
彼女は白い簡素な衣装を着け、銀色の髪が肩まで伸びている。しかし、神々しさとは無縁の、どこか弱々しい少女という印象だった。
「え…成功したの?」
私の驚きの声に、女神ルナは首を傾げた。
「もちろんですよ。あなたが創ってくれたんです。980円の予算で」
「980円…?」
「はい。普通の神様なら最低でも10万ゴールドくらいかかるんですけど、私は格安モデルなので」
ルナは少し恥ずかしそうに笑った。
「だから能力もちょっと…安定性に欠けるかもしれません。でも、ご主人様のために頑張ります!」
その言葉に、私はようやく状況を理解し始めた。
980Gで神を創造した。しかもそれは「格安モデル」らしい。
バルト先生が言っていた「神創術」――神を召喚するのではなく創造する術――が本当だったのだ。
「ねえねえ、私にできることはありますか? 癒しの力なら少しは使えるはずです!」
ルナは嬉しそうに両手を広げた。
これからどうなるのか全く予想がつかなかったが、一つだけ確かなことがあった。
私の「無能神官」としての生活は終わり、「神創師」としての新たな冒険が始まったのだ。
これが、追放されたその日に、980円で神を自作してしまった物語の始まり――。
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