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第20話「帰るべき場所」
しおりを挟む王都クレストヘイブンから「竜と勇者の農園」へと続く道は、春の陽光に照らされて美しく輝いていた。のどかな風景が広がる中、四人の旅人が東へと歩を進めている。レイン、フィリア、リーフィア、そしてガルム—異なる種族でありながら、今やかけがえのない仲間となった四人だ。
「もうすぐグリーンウッド村だね」レインは遠くに見える丘を指差した。「もう半日も歩けば着くだろう」
フィリアの顔に安堵の表情が浮かんだ。「やっと...帰れる」
その一言には、彼女自身も気づかなかった深い意味が込められていた。かつて孤独に洞窟で暮らしていた魔竜が、今では「帰る場所」を持つようになったのだ。
四人は王都での出来事を振り返りながら歩いていた。マルドゥークの陰謀を阻止した後、彼らは王宮に三日間滞在することになった。王立魔法学院と政府の一部高官たちは、「竜炎戦車」計画を隠蔽しようとしたが、国王の決断で事態は大きく変わった。
「あのときの国王の表情は忘れられないわ」リーフィアが言った。「マルドゥークの計画を知らされていなかったとは...」
「王立魔法学院はかなり独立した権限を持っているからな」レインは説明した。「国王の知らないところで進められていた計画も少なくないんだろう」
ガルムが低い声で付け加えた。「それにしても、よくあそこまでの条件を王国側に飲ませたものだ、レイン」
レインは少し照れたように笑った。彼は事件の解決後、国王との面会で大胆な条件を出していたのだ。「竜炎耕作機」の技術は農業目的でのみ広め、その監視役として「竜と勇者の農園」が技術提供の権限を持つこと。さらに、王国はグリーンウッド村の農業発展のための支援を約束することも要求した。
「元勇者の名声は役に立ったな」フィリアが小さく微笑んだ。
「むしろ、君たちの存在が大きかったんだよ」レインは三人を見渡した。「魔竜、エルフ、そして獣人—君たちが平和のために協力していることが、最大の説得力になった」
風が吹き抜け、春の香りが四人を包み込む。長い旅路の終わりが近づいていることを、自然も祝福しているかのようだった。
---
正午過ぎ、四人は丘の上に立っていた。眼下には「竜と勇者の農園」が広がり、その周りにグリーンウッド村の家々が見える。畑は新緑で覆われ、納屋の前には「竜炎耕作機」が置かれていた。
「変わっていないな...」レインはほっとしたように言った。
「いや、少し大きくなっているかもしれない」ガルムが鋭い目で農園を見た。「新しい区画が開かれているぞ」
確かに、東側には新たに耕された畑が広がっていた。村人たちが彼らの不在中に農園を拡張してくれたようだ。
フィリアの目が輝いた。「私たちの...帰る場所」
四人は丘を下り始めた。村の入り口に近づくと、まるで彼らの帰還を待っていたかのように、村人たちが集まり始めた。先頭を走るのはトモだった。
「戻ってきた!みんな、レインさんたちが戻ってきたよ!」
トモの声を合図に、村人たちが歓声を上げながら四人を迎えに来た。老若男女、子供たちまでもが笑顔で手を振っている。
「よく戻ってきたな」村長が前に進み出て、深々と頭を下げた。「無事で何よりだ」
「ただいま戻りました」レインは村長に頭を下げ返した。「ご心配をおかけしました」
「心配どころか、ずっと誇りに思っていたよ」村長は目を輝かせながら言った。「私たちの村から、王国を救った英雄たちが出たんだからな」
レインは驚いた表情になった。「知っているのですか?」
「うむ」村長は頷いた。「王国からの使者が来て、大まかな説明があった。また、村への支援も約束された」
リーフィアがレインに小声で言った。「国王は約束を早速守ったのね」
フィリアはこの歓迎の様子に少し戸惑いの表情を見せていた。彼女は人混みが苦手だったが、今回は違った。村人たちの目には恐怖や警戒ではなく、純粋な喜びと尊敬の色が浮かんでいたのだ。
子供たちがフィリアの周りに集まってきた。「フィリアさん、王都はどうだった?」「竜の姿になったの?」「悪い魔法使いを倒したんでしょう?」
彼女は一瞬驚いたが、すぐに柔らかな表情で子供たちに応えた。「王都は...とても大きくて、少し怖かったわ。でも、みんながいてくれたから大丈夫だった」
ガルムはリーフィアと共に、村の若者たちに囲まれていた。彼らは二人の冒険談に興味津々だった。普段は寡黙なガルムも、若者たちの純粋な好奇心に応えて、王都での出来事を語り始めた。
「トモ、農園はどうだった?」レインは少し心配そうに尋ねた。
「完璧です!」トモは胸を張った。「皆で協力して、毎日水やりや手入れをしました。それに、東側に新しい区画も作ったんですよ」
「ありがとう」レインは心からの感謝を込めて言った。「君たちがいなければ、安心して旅に出ることはできなかった」
「それに」トモは誇らしげに続けた。「『竜炎耕作機』も使いましたよ。フィリアさんがいなかったので、代わりの燃料を工夫して...うまくはなかったけど、少しだけ動きました」
レインは驚きと感心の表情を浮かべた。村人たちの創意工夫と、彼らの農園への愛情を感じたのだ。
村人たちの歓迎を受けながら、四人は「竜と勇者の農園」へと歩を進めた。その道すがら、何人もの村人が野菜や果物、焼きたてのパンなどを彼らに差し出してくる。疲れた旅人への思いやりだ。
「まるで英雄の凱旋みたいね」リーフィアが微笑んだ。
「僕たちはただ、自分たちの農園を守っただけだよ」レインは照れくさそうに言った。
「いいえ」村長が真剣な表情で言った。「あなたたちは村全体を、そして王国をも守ったのです。『竜炎耕作機』の技術が悪用されていたら...」
村人たちも深く頷いた。彼らは四人が何を守ったのか、その意味をよく理解していた。
---
夕方、「竜と勇者の農園」では即席の宴が開かれていた。村人たちが持ち寄った料理が長いテーブルに並び、子供たちは庭で遊び回っている。レインたちの小屋の前には、大きな焚き火が灯され、その周りに人々が集まっていた。
「乾杯!」村長がカップを高く掲げた。「『竜と勇者の農園』の四人に!そして平和な未来に!」
「乾杯!」村人たちの声が夕暮れの空に響いた。
フィリアはレインの隣に座り、静かに宴の様子を見つめていた。彼女の表情には、かつてない安らぎが浮かんでいた。
「疲れた?」レインが彼女に尋ねた。
「少し」フィリアは正直に答えた。「でも...良い疲れよ」
レインは微笑んだ。「王都での冒険は大変だったけど、この光景を見ると報われる気がするよ」
フィリアはしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。「レイン...ありがとう」
「何のお礼?」彼は不思議そうに尋ねた。
「全て...」彼女は視線を落とした。「あなたがいなければ、私はまだ洞窟で孤独に暮らしていた。人々に恐れられ、憎まれるだけの存在だった」
フィリアの声には感情が込められていた。「今の私には...帰るべき場所がある。待っていてくれる人たちがいる。それは...私にとって奇跡よ」
レインは彼女の言葉に心を打たれた。「フィリア...」
「この農園は」彼女は周囲を見渡した。「私にとって初めての本当の家なの」
彼女の赤い瞳に、涙の輝きが宿った。それは魔竜の涙、しかし今回はそれは喜びと感謝の涙だった。
リーフィアとガルムが二人に近づいてきた。彼らも宴で疲れたのか、少し離れた場所で静かに話したいようだった。
「すごい歓迎だな」ガルムがテーブルに座りながら言った。「獣人の村でさえ、ここまでのことはない」
「エルフの森も静かな祝いが好きだから」リーフィアも同意した。「でも、この温かさは特別ね」
「グリーンウッド村は...」レインは少し考えてから言った。「僕たちを家族のように受け入れてくれた。種族の違いを超えて」
「家族...」フィリアがその言葉を繰り返した。「そうね、ここは家族のような場所」
四人は静かに夜空を見上げた。満天の星が彼らを見下ろしている。どこか遠くで村人たちが歌を歌い始め、その優しい調べが風に乗って運ばれてきた。
「さて」リーフィアが明るい声で言った。「明日からまた農作業に戻るわね。あの新しい区画も手入れが必要そうだったわ」
「俺は納屋の修理をしよう」ガルムも計画を語った。「旅の間に壊れたところがあるようだ」
「『竜炎耕作機』も調整が必要ね」フィリアが付け加えた。「王国からの支援で改良できるかもしれない」
日常への会話が戻ってきたことに、レインは深い安堵感を覚えた。冒険は終わり、彼らは再び平和な農園生活に戻るのだ。しかし、今回の旅で得たものは大きかった。四人の絆はより強くなり、村との繋がりも深まった。
「あのさ」レインは少し思いついたように言った。「『竜炎耕作機』の技術を、もっと広めていくべきだと思うんだ」
三人が彼を見た。
「王都での約束通り、平和利用に限定してね」レインは続けた。「でも、他の村や町でも、この技術が役立つはず。食料不足に悩む地域もある」
「いい考えだ」ガルムが頷いた。「技術は広く共有されるべきだ」
「私も賛成よ」リーフィアも微笑んだ。「エルフの知識も役立てられる」
フィリアはしばらく考え込んでいたが、やがて静かに頷いた。「私の炎の力が...多くの人を助けられるなら」
彼女の言葉には決意が込められていた。かつては恐れられていた魔竜の力が、今は多くの人々の希望になろうとしている。
レインは満足げに微笑んだ。「よし、決まりだ。『竜と勇者の農園』の次の冒険は、この技術を広めること」
新たな目標を見つけた四人の表情には、静かな喜びと期待が浮かんでいた。
---
深夜、宴もようやく終わり、村人たちは家路についていった。四人は小屋の前の焚き火の周りに残っていた。
「明日は仕事があるから、そろそろ休もうか」レインが立ち上がりながら言った。
リーフィアとガルムも頷き、それぞれの部屋に向かった。フィリアはまだ焚き火の前に座り、炎を見つめていた。
「フィリア、どうした?」レインが振り返った。
「少し...考え事」彼女は静かに答えた。「王都で起きたこと...あの光のことを」
レインは再び彼女の隣に座った。あの時、マルドゥークの暴走した装置を止めるとき、フィリアの炎とレインの剣が共鳴し、青白い光を放ったのだ。
「あれは何だったんだろうね」レインも不思議そうに言った。
「わからない...」フィリアは炎を見つめながら言った。「でも、私の中で何かが変わった気がする」
彼女は手のひらを開き、小さな炎を灯した。その炎は以前と少し違っていた。より澄んだ青い光を放ち、優しく揺れている。
「前より...制御しやすい」彼女は驚いたように言った。「そして温かい」
レインは彼女の炎を見つめた。「きっと、これからも新しい発見があるだろうね。君の力の可能性は、まだ僕たちが知らないところにあるのかもしれない」
フィリアが静かに頷いた。「そうね...」
夜風が二人の周りを優しく撫でた。遠くから聞こえる虫の音と、焚き火のはぜる音だけが静寂を破っている。
「レイン」フィリアが突然言った。「私、ここにいていいのかしら」
「何を言ってるんだ?」レインは驚いた。「もちろんだよ。ここは君の家だ」
「でも...」
「フィリア」レインは彼女の目をまっすぐ見つめた。「『竜と勇者の農園』は君なしでは成り立たない。君はここの創設者の一人だ。そして、みんなの大切な仲間」
その言葉に、フィリアの表情が和らいだ。「ありがとう...」
「もう迷わなくていいんだよ」レインは優しく続けた。「ここが君の居場所だ」
フィリアは小さく微笑んだ。彼女の瞳に映る炎の光が、まるで彼女の内なる炎のように輝いていた。
二人はしばらく黙って焚き火を見つめていた。言葉にならない理解と信頼が、二人の間に流れていた。
---
翌朝、「竜と勇者の農園」は早くから活気に満ちていた。四人はそれぞれの仕事に取りかかり、日常が戻ってきた。
レインは新しい区画の手入れをし、リーフィアは特殊な種の準備をしていた。ガルムは納屋の修理に、フィリアは「竜炎耕作機」の点検に取り組んでいる。
村人たちも農園に訪れ、手伝いを申し出る者もいれば、単に会話を楽しみに来る者もいた。「竜と勇者の農園」は、村の中心的な存在になっていた。
レインは作業の手を止め、農園全体を見渡した。彼がこの地に来て初めて思い描いた光景が、今、目の前に広がっていた。平和な農園、共に働く仲間たち、村との温かな繋がり—かつての勇者が求めていた「本当の幸せ」だ。
フィリアが彼の元に来て、一緒に景色を見つめた。
「美しいわね」彼女がつぶやいた。
「ああ」レインは深く頷いた。「これが僕たちの作った世界だ」
二人は満足げに微笑み合った。彼らの旅はまだ終わっていない。これからも新しい挑戦が待っているだろう。しかし、どんな困難が訪れようとも、彼らには帰るべき場所がある。
「竜と勇者の農園」—異なる種族が共に暮らし、働き、夢を育む場所。それは彼らが作り上げた、小さくとも確かな平和の象徴だった。
遠くの空には、一羽の鳥が舞っていた。その姿は自由そのものを体現しているようで、農園の上を大きく円を描いて飛んでいる。まるで彼らの未来を示すかのように。
新しい日の光が、「竜と勇者の農園」を優しく包み込んでいた。
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