「人形遣いの銀月譚~操り人形は英雄の魂を宿す~」

ソコニ

文字の大きさ
13 / 14

第十三話「魂の疲弊」

しおりを挟む

篠原家の道場に、木刀が打ち合う音が響いていた。
月詠は集中した表情で、五体の英傑の人形を同時に操っていた。「銀鶴」が剣技を、「炎月」が炎を、「氷花」が氷の矢を、「水鏡」が水流を、「風鈴」が風の刃を—それぞれが息の合った動きで、設置された的を次々と破壊していく。

「もう少し…」

月詠の額に汗が浮かび、呼吸が荒くなってきた。「魂縫い」の術を維持するのが徐々に難しくなっている。しかし、彼女は諦めなかった。満月まであと四日。「虚無喰い」との最終決戦に備え、彼女は限界を超えて自分を鍛えなければならなかった。

突然、鼻から血が滴り落ちた。視界がぼやけ、集中が途切れる。

「月詠!」

雪乃が駆け寄り、彼女を支えた。英傑たちの人形が一斉に動きを止め、床に落ちる。

「大丈夫。まだ…続けられる」

月詠は震える手で鼻血を拭おうとしたが、雪乃はそれを強く制した。

「だめです!もう限界です」

雪乃の声には珍しく厳しさがあった。彼女は最近、「水鏡」の力を使った癒しの術を磨き、月詠の体調を常に気にかけていた。

「あと四日しかないのよ」月詠は弱々しく抗議した。

「だからといって、自分を壊してどうするんですか」雪乃は柔らかくも断固とした口調で言った。「あなたの体が持たなければ、全てが無駄になります」

道場の入り口から、貞勝の声が響いた。

「雪乃の言う通りだ」

彼は道場に入ってきた。昨日の「銀月」覚醒の後、貞勝自身も疲労の色を隠せなかったが、それでも月詠より回復は早かった。「銀月」の力は彼の血に溶け込んでいるからだろう。

「『魂縫い』の限界はわかった。五体同時はまだ危険すぎる」貞勝は月詠の状態を見て判断した。「今は休むべきだ」

月詠は諦めの溜息をついた。二人の言うことはもっともだ。この調子では、最終決戦の前に力尽きてしまう。

「わかったわ…少し休むわ」

雪乃と貞勝は月詠を客間に連れ戻した。そこには既に「水鏡」の霊水を使った湯が用意されていた。月詠は感謝の気持ちを込めて雪乃を見た。

「本当にありがとう。あなたの癒しの力がなければ、私はとっくに倒れていたわ」

「お互い様です」雪乃は優しく微笑んだ。「私も月詠さんから多くを学んでいます」

月詠が湯に浸かっている間、貞勝は廊下で雪乃と小声で話していた。

「やはり、『魂の均衡』の術を教えるべきだな」

「『魂の均衡』…父が言っていた古い術ですね」雪乃が頷いた。「でも、それが本当に役立つのでしょうか?」

「ああ」貞勝は真剣な表情で言った。「あの術なら、『魂縫い』の負担を大幅に軽減できる。問題は…」

「教えるのが難しいということ」雪乃が言葉を継いだ。「操霊師でなければ完全には理解できない術だから」

貞勝は窓の外を見つめた。「だが、試す価値はある。彼女には素質がある」

---

夕方、月詠が休息を終えて客間から出ると、景親が彼女を書斎に呼んだ。そこには貞勝と雪乃、そして風間老も集まっていた。

「月詠」景親が切り出した。「お前の『魂縫い』の技術は確かに進歩しているが、まだ完璧ではない」

「はい…」月詠は素直に認めた。「特に五体以上を同時に操ると、体に大きな負担がかかります」

「そこで提案がある」景親は古い巻物を広げた。「『魂の均衡』という術を学んではどうだろうか」

「『魂の均衡』?」

「英傑の魂と自分の魂を均衡させる術だ」風間老が説明した。「単に操るのではなく、互いの魂が調和することで、負担を軽減できる」

月詠は興味を持った。「そんな術があるのですか?」

「古くから伝わる秘術だ」景親が頷いた。「操霊師の中でも、極めて高度な技術を持つ者だけが使えた」

「私にできるでしょうか?」

「試してみなければわからない」貞勝が言った。「だが、お前なら可能性はある」

景親は巻物を月詠に手渡した。そこには複雑な術式と、「魂の均衡」についての詳細な説明が記されていた。月詠は熱心に読み進めた。

「魂の糸を単に引っ張るのではなく、自分の魂と英傑の魂の間に橋を架ける…」彼女は記述を噛み砕いて理解しようとした。「そうすれば、力の流れがより自然になり、体への負担が減る」

「そういうことだ」風間老が頷いた。「人形を道具として扱うのではなく、パートナーとして扱うのだ」

月詠は巻物の内容を読み進めながら、徐々にイメージをつかんでいった。これは彼女がこれまで行ってきた「魂縫い」とは根本的に異なるアプローチだった。

「試してみたいです」彼女は決意を表明した。

「雪乃」景親が娘に声をかけた。「水鏡の力で彼女をサポートしてやれ」

「はい、父上」

五人は再び道場に移動した。月詠は「銀鶴」一体だけを取り出し、心を落ち着かせた。「魂の均衡」は一体から始めるのが良いだろう。

「まず、深く呼吸して魂の流れを感じるんだ」貞勝がアドバイスした。

月詠は目を閉じ、「銀鶴」との繋がりに集中した。今までは「魂の糸」を引っ張るようなイメージだったが、今回は違う。魂と魂の間に橋を架け、互いが自然に調和するイメージだ。

「『銀鶴』…あなたの魂を感じる」

月詠の意識が変化し始めた。「銀鶴」の存在がより鮮明に感じられる。今までと違い、彼の思考や感情までもが伝わってくるようだ。

「うまくいっているぞ」「銀鶴」の声が、今までよりずっと明瞭に心に響いた。「私の感覚も、お前に伝わっているだろう」

月詠は目を開けずに、「銀鶴」の人形を動かし始めた。その動きは今までよりも自然で、洗練されていた。まるで「銀鶴」自身が動いているかのようだ。

「すごい…」雪乃が感嘆の声を上げた。「まるで生きているみたい」

月詠はゆっくりと目を開けた。確かに「銀鶴」の人形の動きは違っていた。より力強く、より精密で、よりしなやかだ。そして何より、彼女自身の疲労がほとんど感じられない。

「これが『魂の均衡』…」

彼女は次に「炎月」も加えてみた。二体の人形を同時に「魂の均衡」状態で操る。最初は難しかったが、徐々にコツをつかんでいった。

「素晴らしい」風間老が称えた。「これほど早く理解するとは…」

月詠は三体目、四体目と徐々に増やしていった。以前よりも遥かに少ない負担で、英傑たちの力を引き出せることに気づいた。「魂の均衡」は、単に術を効率化するだけでなく、英傑たちとの絆をより深めることにも繋がっていた。

「これなら…五体全ての『魂縫い』も可能かもしれない」

月詠は「銀鶴」、「炎月」、「氷花」、「水鏡」、「風鈴」の五体と「魂の均衡」を形成した。少し集中を要するが、以前のような極度の疲労や鼻血は現れなかった。

「でも、『銀月』はまだ加えられないわね」月詠は貞勝を見た。「あなたの体に宿っているから」

「そこが課題だ」貞勝も考え込んだ。「私も『銀月』の力を使いこなせるようになったが、お前の『魂縫い』と完全に連携させるのは難しい」

「何か方法があるはずよ」月詠は前向きに言った。「『魂の均衡』を理解したことで、新たな可能性が見えてきたわ」

彼女は続けてもう少し練習し、「魂の均衡」をさらに深めていった。英傑たちとの絆が強まるにつれ、彼らの記憶や思いも少しずつ彼女に流れ込んでくる。それは過去の断片的な出来事であったり、「虚無喰い」との戦いの記憶であったり…

「視えるわ…『虚無喰い』の姿が…」

月詠の言葉に、全員が身を乗り出した。

「どんな姿だ?」景親が尋ねた。

「黒い影…いいえ、闇そのもの」月詠は英傑たちの記憶を辿るように語った。「形はなく、ただ闇が渦巻いている。そして…月の光を飲み込もうとしている」

「『虚無喰い』は月の力を糧にする」風間老が説明した。「満月の夜、その力は頂点に達する」

月詠は目を開け、練習を終えた。「魂の均衡」の術を学んだことで、彼女の「魂縫い」は新たな段階へと進化した。体への負担は大幅に減り、英傑たちとの連携も深まった。

「明日からは実戦的な訓練を始めよう」貞勝が提案した。「『虚無喰い』との戦いは、単なる力の闘いではない。戦略と連携が鍵となる」

全員が同意し、その日の訓練は終了した。月詠は疲れてはいたが、以前のような極度の消耗は感じなかった。「魂の均衡」は確かに彼女の救いとなった。

---

翌朝、宮廷から緊急の使者が篠原家を訪れた。

「将軍様の容態が急変されました!」

使者の声に、一同は緊張した面持ちになった。

「詳しく話せ」景親が命じた。

「昨夜から高熱に見舞われ、意識も朦朧としております。医師団も手の施しようがないと…」

景親は重い表情で貞勝を見た。「これは自然なことではない。『虚無喰い』の仕業かもしれん」

「満月が近づくにつれ、その力も強まっている」貞勝も同意した。「将軍に何かあれば、宮廷は混乱に陥る」

「そして混乱は闇陰流にとって好都合だ」風間老が言った。「彼らは『虚無喰い』の復活のために、さらなる混乱を望んでいる」

月詠も状況の深刻さを理解していた。将軍の病の悪化は、単なる偶然ではない。「虚無喰い」の力が月影国全体に及び始めているのだ。

「私たちも宮廷に戻るべきよ」彼女は提案した。「『魂の均衡』を学んだ今なら、力を発揮できる」

貞勝も頷いた。「そうだな。まず将軍の病を調べ、可能なら『水鏡』の力で緩和させる必要がある」

「私も行きます」雪乃が言った。「私の『水鏡』の力も役立つはず」

景親は少し迷ったが、最終的に許可した。「よかろう。だが、危険を感じたらすぐに戻るんだ」

四人は急いで宮廷に向かう準備を始めた。月詠は英傑たちの人形を丁寧に袂に隠し、「魂の均衡」を維持しやすいよう配置した。

宮廷に向かう途中、街の雰囲気が以前と違うことに気づいた。人々の表情には不安の色が濃く、街角では将軍の病についての噂話が飛び交っていた。

「立花家と篠原家の権力争いが再燃するだろう」

「いや、今度は別の家が台頭するという話だ」

「闇陰流という謎の一派が暗躍しているとも…」

様々な噂が飛び交う中、月詠たちは宮廷に到着した。門前では武士たちの警備が厳重になっていた。貞勝の身分で一行は中に通されたが、宮廷内の緊張感は明らかだった。

「貞勝様」首席人形師が駆け寄ってきた。「将軍様の容態は刻一刻と…」

彼は月詠を見ると、驚いた表情を浮かべた。「月影殿!無事だったのか。姿を消して以来、心配していたぞ」

「申し訳ありません」月詠は頭を下げた。「研究のために篠原家に滞在していました」

「今は将軍の病が優先だ」貞勝が話を切り替えた。「詳しい状況を教えてくれ」

一行は将軍の居室へと案内された。そこには既に多くの医師や側近たちが集まっていた。将軍は蒼白な顔で、寝台に横たわっていた。

「陰陽師の診断によれば、これは単なる病ではないとのこと」側近の一人が小声で説明した。「何か邪悪な力に侵されているようだ」

月詠は「魂の均衡」を通じて英傑たちの知恵を借り、将軍の状態を観察した。「水鏡」の感覚を使うと、将軍の体内に黒い霧のようなものが見えた。

「これは…『虚無喰い』の力の一部だわ」彼女は小声で貞勝に伝えた。「将軍の生命力を少しずつ奪っている」

「何とかならないか?」

「『水鏡』の力で緩和できるかもしれない」月詠は雪乃を見た。「二人で試しましょう」

二人は将軍の傍らに立ち、周囲の目を気にしながらも、そっと「水鏡」の力を発動させた。癒しの水の力が将軍の体を包み、黒い霧を少しずつ押し返していく。

「効いています」雪乃が囁いた。「でも、完全に取り除くことはできない」

「一時的な措置に過ぎないわ」月詠も同意した。「『虚無喰い』自体を倒さない限り、根本的な解決にはならない」

それでも、二人の力で将軍の容態は一時的に安定した。意識が戻り、熱も下がり始めた。側近たちは安堵の表情を浮かべたが、月詠と雪乃は真の危機がまだ去っていないことを知っていた。

将軍の病状が安定した後、月詠たちは別室に集められた。

「一体何をしたのだ?」筆頭側近が尋ねた。「医師団が為す術もなかったのに」

「古来からの秘薬の知識です」貞勝が適当に答えた。「詳細は言えませんが、篠原家に伝わる秘術です」

側近は半信半疑の表情だったが、それ以上追及はしなかった。

「立花殿」側近は話題を変えた。「後継者問題についても協議したい。将軍の容態が安定したといっても、お歳は高い。万一の事態に備え、後継者を決めておくべきだ」

「それは将軍自身が決めることだ」貞勝はきっぱりと言った。「私たちが口を挟むべきではない」

側近は不満そうな表情を浮かべたが、貞勝の威厳ある態度に反論できなかった。

部屋を出た後、月詠は貞勝に尋ねた。「後継者問題は深刻なのね」

「ああ」貞勝は表情を曇らせた。「将軍に男子がないため、養子を迎えるか、縁戚から選ぶかで意見が割れている。そして、篠原家と我が立花家が主な候補だ」

「それで闇陰流が宮廷内部に潜入している…」

「そうだ。彼らは権力争いを利用して、『虚無喰い』の復活を図っている」

四人は宮廷内の一室に案内され、今後の対策を話し合った。

「満月まであと三日」貞勝が言った。「それまでに『虚無喰い』が復活する場所を特定し、準備を整えなければならない」

「『銀月』の記憶から何か分かりますか?」月詠が尋ねた。

貞勝は少し考え込んだ。「断片的にだが…前回の封印は、月影山の頂上で行われたようだ」

「月影山…都の北にある聖なる山ね」雪乃が言った。

「そこが最も可能性が高い」貞勝は頷いた。「『虚無喰い』は月の力を最も受けやすい場所で復活するだろう」

「明日、調査に行きましょう」月詠が提案した。「その前に、もう少し『魂の均衡』を練習しておく必要があるわ」

四人は将軍の容態を見守りながら、宮廷内で一夜を過ごすことになった。月詠は自分の以前の宿舎に戻り、英傑たちと静かに対話した。

「『魂の均衡』は確かに効果的だ」「銀鶴」が語った。「だが、『虚無喰い』との戦いはさらに難しい。我々七英傑が全力を尽くしても、完全に倒すことはできなかった」

「でも、封印することはできたのよね」月詠が尋ねた。

「ああ」「炎月」が答えた。「我々の魂の力を使って、『虚無喰い』を月の世界へと閉じ込めた。だが、満月の時だけは、その力が再び地上に漏れ出す」

「そして今回は、闇陰流がその隙を狙っている」「氷花」が付け加えた。

月詠は窓から見える月を見上げた。あと三日で満月。彼女の最大の試練が迫っている。

そのとき、突然、激しい悲鳴が聞こえた。廊下から走り去る足音。何かが起きたのだ。

月詠は急いで部屋を出て、騒ぎの方向へと向かった。そこで見たものは、彼女の血を凍らせた。

「炎月」の人形が、何者かによって破壊されかけていたのだ。

「誰?!」

月詠の叫びに、黒装束の影が振り返った。その手には「炎月」の人形と、それを破壊しようとする短刀があった。

闇陰流の忍びだ。彼らはついに英傑の人形を標的にしたのだ。

「返して!」

月詠は咄嗟に「銀鶴」の力を借り、「魂の均衡」を形成した。「銀鶴」の人形が袂から飛び出し、闇陰流の忍びに向かって飛びかかる。

しかし、忍びも素早く、窓から逃げようとした。「炎月」の人形はまだ彼の手にあった。

「逃がさない!」

月詠は「氷花」と「風鈴」の力も加え、三体同時の「魂縫い」を発動させた。「氷花」が窓を氷で閉ざし、「風鈴」が忍びの周囲に強風を巻き起こす。

忍びは逃げ場を失い、月詠に向き直った。「操霊師め…」

彼は「炎月」の人形に短刀を突きつけた。「一歩でも近づけば、この人形は粉々だ」

月詠は足を止めた。「炎月」の人形が破壊されれば、その魂も大きな危機に瀕する。

その時、背後から素早い影が現れた。貞勝だ。彼は闇陰流の忍びの死角から接近し、一撃で気絶させた。

「危なかったな」

貞勝は忍びの手から「炎月」の人形を取り戻した。人形には小さな傷がついていたが、深刻な損傷には至っていなかった。

「ありがとう」月詠は安堵の表情で人形を受け取った。

「ここは安全ではない」貞勝は真剣な表情で言った。「闇陰流は既に宮廷内に深く潜入している。英傑の人形を狙っているのだ」

「でも、どうして『炎月』だけ?他の人形もあったのに」

「おそらく、一つずつ破壊する作戦なのだろう」貞勝は推測した。「全ての英傑を同時に失えば『虚無喰い』を封印できなくなる」

月詠は恐ろしい可能性に気づいた。もし「炎月」の人形が破壊されていたら…

「『魂縫い』の術に必要な七英傑が揃わなくなるわ」

「そういうことだ」貞勝は頷いた。「我々は身の安全と、人形の保護により気をつけなければならない」

月詠は「炎月」の人形を慎重に調べた。幸い、魂は無事だった。しかし、人形自体に小さな亀裂が入っていた。

「修繕が必要ね」

「今夜のうちに直した方がいい」貞勝がアドバイスした。「明日の月影山調査の前に」

月詠は頷き、道具を取りに自分の宿舎に戻った。しかし、部屋に入ると、そこにもう一つの予想外の出来事が待っていた。

「影走り」の人形が彼女を待っていたのだ。

「『影走り』!どうしてここに?」

「城内の監視を続けていたが、もはや隠れている時ではない」「影走り」が答えた。「闇陰流の動きが活発化している。彼らは満月の前に、お前たちを排除しようとしている」

月詠は「影走り」からの情報を聞きながら、「炎月」の人形の修繕を始めた。亀裂を丁寧に修復し、関節を調整する。作業をしながら、彼女は「魂の均衡」を通じて「炎月」の状態を確認した。

「無事でよかった…」

「あと少しで破壊されるところだった」「炎月」の声には珍しく動揺が感じられた。「人形が破壊されれば、私の魂も大きなダメージを受ける」

月詠は「炎月」に安心感を送りながら、修繕を続けた。人形が完全に修復されるまで、彼女は集中を途切れさせなかった。

「これで大丈夫」

修繕が終わると、月詠はようやく肩の力を抜いた。しかし、今夜の出来事は彼女に重要な教訓を与えた。英傑の人形は彼女の力の源であり、同時に弱点でもある。その保護は最優先事項だった。

「明日からは、より慎重に行動しなければ」

彼女は「魂の均衡」を通じて、全ての英傑たちに語りかけた。満月まであと三日。「虚無喰い」との決戦に向け、彼女はさらなる覚悟を決めた。

同時に、彼女の体には疲労の色が見えた。「魂縫い」の術を続けることで、彼女の「命の糸」は確実に細くなっていた。それは彼女自身も感じることだった。

「これが操霊師の宿命なのね…」

月詠は夜空を見上げ、祖母の言葉を思い出した。「人形に魂を宿らせる力には、必ず代償が伴う。それを受け入れる覚悟が、真の操霊師には必要なのだ」

彼女は決意を新たにし、残された短い時間の中で最大限の力を発揮する準備を整えた。

「おばあちゃん…見ていてね。あなたの教えを、私は最後まで守り抜くから」

窓から見える月は、日に日に大きくなっていた。満月の光を浴びて、「虚無喰い」が復活する日まで、あと三日。月詠の魂の疲弊と、最終決戦への覚悟が交錯する夜だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

処理中です...