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第十三話「魂の疲弊」
しおりを挟む篠原家の道場に、木刀が打ち合う音が響いていた。
月詠は集中した表情で、五体の英傑の人形を同時に操っていた。「銀鶴」が剣技を、「炎月」が炎を、「氷花」が氷の矢を、「水鏡」が水流を、「風鈴」が風の刃を—それぞれが息の合った動きで、設置された的を次々と破壊していく。
「もう少し…」
月詠の額に汗が浮かび、呼吸が荒くなってきた。「魂縫い」の術を維持するのが徐々に難しくなっている。しかし、彼女は諦めなかった。満月まであと四日。「虚無喰い」との最終決戦に備え、彼女は限界を超えて自分を鍛えなければならなかった。
突然、鼻から血が滴り落ちた。視界がぼやけ、集中が途切れる。
「月詠!」
雪乃が駆け寄り、彼女を支えた。英傑たちの人形が一斉に動きを止め、床に落ちる。
「大丈夫。まだ…続けられる」
月詠は震える手で鼻血を拭おうとしたが、雪乃はそれを強く制した。
「だめです!もう限界です」
雪乃の声には珍しく厳しさがあった。彼女は最近、「水鏡」の力を使った癒しの術を磨き、月詠の体調を常に気にかけていた。
「あと四日しかないのよ」月詠は弱々しく抗議した。
「だからといって、自分を壊してどうするんですか」雪乃は柔らかくも断固とした口調で言った。「あなたの体が持たなければ、全てが無駄になります」
道場の入り口から、貞勝の声が響いた。
「雪乃の言う通りだ」
彼は道場に入ってきた。昨日の「銀月」覚醒の後、貞勝自身も疲労の色を隠せなかったが、それでも月詠より回復は早かった。「銀月」の力は彼の血に溶け込んでいるからだろう。
「『魂縫い』の限界はわかった。五体同時はまだ危険すぎる」貞勝は月詠の状態を見て判断した。「今は休むべきだ」
月詠は諦めの溜息をついた。二人の言うことはもっともだ。この調子では、最終決戦の前に力尽きてしまう。
「わかったわ…少し休むわ」
雪乃と貞勝は月詠を客間に連れ戻した。そこには既に「水鏡」の霊水を使った湯が用意されていた。月詠は感謝の気持ちを込めて雪乃を見た。
「本当にありがとう。あなたの癒しの力がなければ、私はとっくに倒れていたわ」
「お互い様です」雪乃は優しく微笑んだ。「私も月詠さんから多くを学んでいます」
月詠が湯に浸かっている間、貞勝は廊下で雪乃と小声で話していた。
「やはり、『魂の均衡』の術を教えるべきだな」
「『魂の均衡』…父が言っていた古い術ですね」雪乃が頷いた。「でも、それが本当に役立つのでしょうか?」
「ああ」貞勝は真剣な表情で言った。「あの術なら、『魂縫い』の負担を大幅に軽減できる。問題は…」
「教えるのが難しいということ」雪乃が言葉を継いだ。「操霊師でなければ完全には理解できない術だから」
貞勝は窓の外を見つめた。「だが、試す価値はある。彼女には素質がある」
---
夕方、月詠が休息を終えて客間から出ると、景親が彼女を書斎に呼んだ。そこには貞勝と雪乃、そして風間老も集まっていた。
「月詠」景親が切り出した。「お前の『魂縫い』の技術は確かに進歩しているが、まだ完璧ではない」
「はい…」月詠は素直に認めた。「特に五体以上を同時に操ると、体に大きな負担がかかります」
「そこで提案がある」景親は古い巻物を広げた。「『魂の均衡』という術を学んではどうだろうか」
「『魂の均衡』?」
「英傑の魂と自分の魂を均衡させる術だ」風間老が説明した。「単に操るのではなく、互いの魂が調和することで、負担を軽減できる」
月詠は興味を持った。「そんな術があるのですか?」
「古くから伝わる秘術だ」景親が頷いた。「操霊師の中でも、極めて高度な技術を持つ者だけが使えた」
「私にできるでしょうか?」
「試してみなければわからない」貞勝が言った。「だが、お前なら可能性はある」
景親は巻物を月詠に手渡した。そこには複雑な術式と、「魂の均衡」についての詳細な説明が記されていた。月詠は熱心に読み進めた。
「魂の糸を単に引っ張るのではなく、自分の魂と英傑の魂の間に橋を架ける…」彼女は記述を噛み砕いて理解しようとした。「そうすれば、力の流れがより自然になり、体への負担が減る」
「そういうことだ」風間老が頷いた。「人形を道具として扱うのではなく、パートナーとして扱うのだ」
月詠は巻物の内容を読み進めながら、徐々にイメージをつかんでいった。これは彼女がこれまで行ってきた「魂縫い」とは根本的に異なるアプローチだった。
「試してみたいです」彼女は決意を表明した。
「雪乃」景親が娘に声をかけた。「水鏡の力で彼女をサポートしてやれ」
「はい、父上」
五人は再び道場に移動した。月詠は「銀鶴」一体だけを取り出し、心を落ち着かせた。「魂の均衡」は一体から始めるのが良いだろう。
「まず、深く呼吸して魂の流れを感じるんだ」貞勝がアドバイスした。
月詠は目を閉じ、「銀鶴」との繋がりに集中した。今までは「魂の糸」を引っ張るようなイメージだったが、今回は違う。魂と魂の間に橋を架け、互いが自然に調和するイメージだ。
「『銀鶴』…あなたの魂を感じる」
月詠の意識が変化し始めた。「銀鶴」の存在がより鮮明に感じられる。今までと違い、彼の思考や感情までもが伝わってくるようだ。
「うまくいっているぞ」「銀鶴」の声が、今までよりずっと明瞭に心に響いた。「私の感覚も、お前に伝わっているだろう」
月詠は目を開けずに、「銀鶴」の人形を動かし始めた。その動きは今までよりも自然で、洗練されていた。まるで「銀鶴」自身が動いているかのようだ。
「すごい…」雪乃が感嘆の声を上げた。「まるで生きているみたい」
月詠はゆっくりと目を開けた。確かに「銀鶴」の人形の動きは違っていた。より力強く、より精密で、よりしなやかだ。そして何より、彼女自身の疲労がほとんど感じられない。
「これが『魂の均衡』…」
彼女は次に「炎月」も加えてみた。二体の人形を同時に「魂の均衡」状態で操る。最初は難しかったが、徐々にコツをつかんでいった。
「素晴らしい」風間老が称えた。「これほど早く理解するとは…」
月詠は三体目、四体目と徐々に増やしていった。以前よりも遥かに少ない負担で、英傑たちの力を引き出せることに気づいた。「魂の均衡」は、単に術を効率化するだけでなく、英傑たちとの絆をより深めることにも繋がっていた。
「これなら…五体全ての『魂縫い』も可能かもしれない」
月詠は「銀鶴」、「炎月」、「氷花」、「水鏡」、「風鈴」の五体と「魂の均衡」を形成した。少し集中を要するが、以前のような極度の疲労や鼻血は現れなかった。
「でも、『銀月』はまだ加えられないわね」月詠は貞勝を見た。「あなたの体に宿っているから」
「そこが課題だ」貞勝も考え込んだ。「私も『銀月』の力を使いこなせるようになったが、お前の『魂縫い』と完全に連携させるのは難しい」
「何か方法があるはずよ」月詠は前向きに言った。「『魂の均衡』を理解したことで、新たな可能性が見えてきたわ」
彼女は続けてもう少し練習し、「魂の均衡」をさらに深めていった。英傑たちとの絆が強まるにつれ、彼らの記憶や思いも少しずつ彼女に流れ込んでくる。それは過去の断片的な出来事であったり、「虚無喰い」との戦いの記憶であったり…
「視えるわ…『虚無喰い』の姿が…」
月詠の言葉に、全員が身を乗り出した。
「どんな姿だ?」景親が尋ねた。
「黒い影…いいえ、闇そのもの」月詠は英傑たちの記憶を辿るように語った。「形はなく、ただ闇が渦巻いている。そして…月の光を飲み込もうとしている」
「『虚無喰い』は月の力を糧にする」風間老が説明した。「満月の夜、その力は頂点に達する」
月詠は目を開け、練習を終えた。「魂の均衡」の術を学んだことで、彼女の「魂縫い」は新たな段階へと進化した。体への負担は大幅に減り、英傑たちとの連携も深まった。
「明日からは実戦的な訓練を始めよう」貞勝が提案した。「『虚無喰い』との戦いは、単なる力の闘いではない。戦略と連携が鍵となる」
全員が同意し、その日の訓練は終了した。月詠は疲れてはいたが、以前のような極度の消耗は感じなかった。「魂の均衡」は確かに彼女の救いとなった。
---
翌朝、宮廷から緊急の使者が篠原家を訪れた。
「将軍様の容態が急変されました!」
使者の声に、一同は緊張した面持ちになった。
「詳しく話せ」景親が命じた。
「昨夜から高熱に見舞われ、意識も朦朧としております。医師団も手の施しようがないと…」
景親は重い表情で貞勝を見た。「これは自然なことではない。『虚無喰い』の仕業かもしれん」
「満月が近づくにつれ、その力も強まっている」貞勝も同意した。「将軍に何かあれば、宮廷は混乱に陥る」
「そして混乱は闇陰流にとって好都合だ」風間老が言った。「彼らは『虚無喰い』の復活のために、さらなる混乱を望んでいる」
月詠も状況の深刻さを理解していた。将軍の病の悪化は、単なる偶然ではない。「虚無喰い」の力が月影国全体に及び始めているのだ。
「私たちも宮廷に戻るべきよ」彼女は提案した。「『魂の均衡』を学んだ今なら、力を発揮できる」
貞勝も頷いた。「そうだな。まず将軍の病を調べ、可能なら『水鏡』の力で緩和させる必要がある」
「私も行きます」雪乃が言った。「私の『水鏡』の力も役立つはず」
景親は少し迷ったが、最終的に許可した。「よかろう。だが、危険を感じたらすぐに戻るんだ」
四人は急いで宮廷に向かう準備を始めた。月詠は英傑たちの人形を丁寧に袂に隠し、「魂の均衡」を維持しやすいよう配置した。
宮廷に向かう途中、街の雰囲気が以前と違うことに気づいた。人々の表情には不安の色が濃く、街角では将軍の病についての噂話が飛び交っていた。
「立花家と篠原家の権力争いが再燃するだろう」
「いや、今度は別の家が台頭するという話だ」
「闇陰流という謎の一派が暗躍しているとも…」
様々な噂が飛び交う中、月詠たちは宮廷に到着した。門前では武士たちの警備が厳重になっていた。貞勝の身分で一行は中に通されたが、宮廷内の緊張感は明らかだった。
「貞勝様」首席人形師が駆け寄ってきた。「将軍様の容態は刻一刻と…」
彼は月詠を見ると、驚いた表情を浮かべた。「月影殿!無事だったのか。姿を消して以来、心配していたぞ」
「申し訳ありません」月詠は頭を下げた。「研究のために篠原家に滞在していました」
「今は将軍の病が優先だ」貞勝が話を切り替えた。「詳しい状況を教えてくれ」
一行は将軍の居室へと案内された。そこには既に多くの医師や側近たちが集まっていた。将軍は蒼白な顔で、寝台に横たわっていた。
「陰陽師の診断によれば、これは単なる病ではないとのこと」側近の一人が小声で説明した。「何か邪悪な力に侵されているようだ」
月詠は「魂の均衡」を通じて英傑たちの知恵を借り、将軍の状態を観察した。「水鏡」の感覚を使うと、将軍の体内に黒い霧のようなものが見えた。
「これは…『虚無喰い』の力の一部だわ」彼女は小声で貞勝に伝えた。「将軍の生命力を少しずつ奪っている」
「何とかならないか?」
「『水鏡』の力で緩和できるかもしれない」月詠は雪乃を見た。「二人で試しましょう」
二人は将軍の傍らに立ち、周囲の目を気にしながらも、そっと「水鏡」の力を発動させた。癒しの水の力が将軍の体を包み、黒い霧を少しずつ押し返していく。
「効いています」雪乃が囁いた。「でも、完全に取り除くことはできない」
「一時的な措置に過ぎないわ」月詠も同意した。「『虚無喰い』自体を倒さない限り、根本的な解決にはならない」
それでも、二人の力で将軍の容態は一時的に安定した。意識が戻り、熱も下がり始めた。側近たちは安堵の表情を浮かべたが、月詠と雪乃は真の危機がまだ去っていないことを知っていた。
将軍の病状が安定した後、月詠たちは別室に集められた。
「一体何をしたのだ?」筆頭側近が尋ねた。「医師団が為す術もなかったのに」
「古来からの秘薬の知識です」貞勝が適当に答えた。「詳細は言えませんが、篠原家に伝わる秘術です」
側近は半信半疑の表情だったが、それ以上追及はしなかった。
「立花殿」側近は話題を変えた。「後継者問題についても協議したい。将軍の容態が安定したといっても、お歳は高い。万一の事態に備え、後継者を決めておくべきだ」
「それは将軍自身が決めることだ」貞勝はきっぱりと言った。「私たちが口を挟むべきではない」
側近は不満そうな表情を浮かべたが、貞勝の威厳ある態度に反論できなかった。
部屋を出た後、月詠は貞勝に尋ねた。「後継者問題は深刻なのね」
「ああ」貞勝は表情を曇らせた。「将軍に男子がないため、養子を迎えるか、縁戚から選ぶかで意見が割れている。そして、篠原家と我が立花家が主な候補だ」
「それで闇陰流が宮廷内部に潜入している…」
「そうだ。彼らは権力争いを利用して、『虚無喰い』の復活を図っている」
四人は宮廷内の一室に案内され、今後の対策を話し合った。
「満月まであと三日」貞勝が言った。「それまでに『虚無喰い』が復活する場所を特定し、準備を整えなければならない」
「『銀月』の記憶から何か分かりますか?」月詠が尋ねた。
貞勝は少し考え込んだ。「断片的にだが…前回の封印は、月影山の頂上で行われたようだ」
「月影山…都の北にある聖なる山ね」雪乃が言った。
「そこが最も可能性が高い」貞勝は頷いた。「『虚無喰い』は月の力を最も受けやすい場所で復活するだろう」
「明日、調査に行きましょう」月詠が提案した。「その前に、もう少し『魂の均衡』を練習しておく必要があるわ」
四人は将軍の容態を見守りながら、宮廷内で一夜を過ごすことになった。月詠は自分の以前の宿舎に戻り、英傑たちと静かに対話した。
「『魂の均衡』は確かに効果的だ」「銀鶴」が語った。「だが、『虚無喰い』との戦いはさらに難しい。我々七英傑が全力を尽くしても、完全に倒すことはできなかった」
「でも、封印することはできたのよね」月詠が尋ねた。
「ああ」「炎月」が答えた。「我々の魂の力を使って、『虚無喰い』を月の世界へと閉じ込めた。だが、満月の時だけは、その力が再び地上に漏れ出す」
「そして今回は、闇陰流がその隙を狙っている」「氷花」が付け加えた。
月詠は窓から見える月を見上げた。あと三日で満月。彼女の最大の試練が迫っている。
そのとき、突然、激しい悲鳴が聞こえた。廊下から走り去る足音。何かが起きたのだ。
月詠は急いで部屋を出て、騒ぎの方向へと向かった。そこで見たものは、彼女の血を凍らせた。
「炎月」の人形が、何者かによって破壊されかけていたのだ。
「誰?!」
月詠の叫びに、黒装束の影が振り返った。その手には「炎月」の人形と、それを破壊しようとする短刀があった。
闇陰流の忍びだ。彼らはついに英傑の人形を標的にしたのだ。
「返して!」
月詠は咄嗟に「銀鶴」の力を借り、「魂の均衡」を形成した。「銀鶴」の人形が袂から飛び出し、闇陰流の忍びに向かって飛びかかる。
しかし、忍びも素早く、窓から逃げようとした。「炎月」の人形はまだ彼の手にあった。
「逃がさない!」
月詠は「氷花」と「風鈴」の力も加え、三体同時の「魂縫い」を発動させた。「氷花」が窓を氷で閉ざし、「風鈴」が忍びの周囲に強風を巻き起こす。
忍びは逃げ場を失い、月詠に向き直った。「操霊師め…」
彼は「炎月」の人形に短刀を突きつけた。「一歩でも近づけば、この人形は粉々だ」
月詠は足を止めた。「炎月」の人形が破壊されれば、その魂も大きな危機に瀕する。
その時、背後から素早い影が現れた。貞勝だ。彼は闇陰流の忍びの死角から接近し、一撃で気絶させた。
「危なかったな」
貞勝は忍びの手から「炎月」の人形を取り戻した。人形には小さな傷がついていたが、深刻な損傷には至っていなかった。
「ありがとう」月詠は安堵の表情で人形を受け取った。
「ここは安全ではない」貞勝は真剣な表情で言った。「闇陰流は既に宮廷内に深く潜入している。英傑の人形を狙っているのだ」
「でも、どうして『炎月』だけ?他の人形もあったのに」
「おそらく、一つずつ破壊する作戦なのだろう」貞勝は推測した。「全ての英傑を同時に失えば『虚無喰い』を封印できなくなる」
月詠は恐ろしい可能性に気づいた。もし「炎月」の人形が破壊されていたら…
「『魂縫い』の術に必要な七英傑が揃わなくなるわ」
「そういうことだ」貞勝は頷いた。「我々は身の安全と、人形の保護により気をつけなければならない」
月詠は「炎月」の人形を慎重に調べた。幸い、魂は無事だった。しかし、人形自体に小さな亀裂が入っていた。
「修繕が必要ね」
「今夜のうちに直した方がいい」貞勝がアドバイスした。「明日の月影山調査の前に」
月詠は頷き、道具を取りに自分の宿舎に戻った。しかし、部屋に入ると、そこにもう一つの予想外の出来事が待っていた。
「影走り」の人形が彼女を待っていたのだ。
「『影走り』!どうしてここに?」
「城内の監視を続けていたが、もはや隠れている時ではない」「影走り」が答えた。「闇陰流の動きが活発化している。彼らは満月の前に、お前たちを排除しようとしている」
月詠は「影走り」からの情報を聞きながら、「炎月」の人形の修繕を始めた。亀裂を丁寧に修復し、関節を調整する。作業をしながら、彼女は「魂の均衡」を通じて「炎月」の状態を確認した。
「無事でよかった…」
「あと少しで破壊されるところだった」「炎月」の声には珍しく動揺が感じられた。「人形が破壊されれば、私の魂も大きなダメージを受ける」
月詠は「炎月」に安心感を送りながら、修繕を続けた。人形が完全に修復されるまで、彼女は集中を途切れさせなかった。
「これで大丈夫」
修繕が終わると、月詠はようやく肩の力を抜いた。しかし、今夜の出来事は彼女に重要な教訓を与えた。英傑の人形は彼女の力の源であり、同時に弱点でもある。その保護は最優先事項だった。
「明日からは、より慎重に行動しなければ」
彼女は「魂の均衡」を通じて、全ての英傑たちに語りかけた。満月まであと三日。「虚無喰い」との決戦に向け、彼女はさらなる覚悟を決めた。
同時に、彼女の体には疲労の色が見えた。「魂縫い」の術を続けることで、彼女の「命の糸」は確実に細くなっていた。それは彼女自身も感じることだった。
「これが操霊師の宿命なのね…」
月詠は夜空を見上げ、祖母の言葉を思い出した。「人形に魂を宿らせる力には、必ず代償が伴う。それを受け入れる覚悟が、真の操霊師には必要なのだ」
彼女は決意を新たにし、残された短い時間の中で最大限の力を発揮する準備を整えた。
「おばあちゃん…見ていてね。あなたの教えを、私は最後まで守り抜くから」
窓から見える月は、日に日に大きくなっていた。満月の光を浴びて、「虚無喰い」が復活する日まで、あと三日。月詠の魂の疲弊と、最終決戦への覚悟が交錯する夜だった。
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