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第1章:出会いと始まり 第1話「雨の中の出会い」
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月の光が、森を銀色に染め上げる夜。
広大な平原の中央に、一匹の巨大な狼が佇んでいた。その毛皮は月明かりを受けて銀色に輝き、黄金の瞳は夜空を見上げていた。額には月のような紋様が浮かび上がり、背に走る模様も同様に煌めいている。
シルバームーン——神狼の王は深く息を吸い、そして吐いた。
「もはや時間がない」
彼の声は低く、しかし威厳に満ちていた。声に呼応するように、周囲の空気が震える。
「父上、本当にこれしか方法はないのですか?」
シルバームーンの前に立つのは、若い神狼。王と同じ銀色の毛皮と額の紋様を持つが、まだ若く、体も小さい。その目には迷いと不安が宿っていた。
「そうだ、アストラル。もはや他に選択肢はない」
シルバームーンは息子を見つめ、優しさと決意の混じった目をした。
「闇の神獣の封印は弱まりつつある。最後の戦いは避けられない。しかし、今の私たちには彼を完全に倒す力が足りない」
遠くで雷鳴が轟き、大地が揺れた。空の一角が黒く染まり始めている。
「息子よ、お前は次代の王となるべき存在。お前が育ち、力を得るまで、安全な場所に身を隠さねばならない」
「しかし、父上と母上はどうなるのですか?皆はどうなるのですか?」
若い神狼の声には切実な訴えが込められていた。
シルバームーンは一度目を閉じ、再び開いた。
「私たちは戦う。それが神狼の義務だ。しかし、お前は生き延びねばならない。いつか、力を取り戻し、この世界に戻ってくるために」
彼は息子の前に歩み寄り、額を寄せた。二つの紋様が触れ合い、光を放つ。
「父上…」
「恐れるな、アストラル。お前はひとりではない。運命が導くであろう『守護者』がお前の側にいる。その者と共に成長し、力を取り戻すのだ」
シルバームーンの姿が光に包まれ始める。それは魔法の儀式の始まりだった。
「七つの試練を乗り越え、真の神狼の王として目覚めよ。そして世界の均衡を取り戻すのだ」
儀式の光が若い神狼を包み込み、彼の姿が変わり始める。大きな体は次第に小さく、幼い子狼の姿へと変化していく。
「父上!」
恐怖と悲しみに満ちた叫びが、光の中から聞こえる。
「さらばだ、わが子よ。必ず再会の時が来る」
シルバームーンの声が響く中、光は強烈な輝きを放ち、そして一瞬で収束した。
平原には、もはや若い神狼の姿はなかった。
残されたシルバームーンは月に向かって吠え、その声は森全体に響き渡った。
「さて、来るがいい、闇の神獣よ。我が子が戻るまで、この封印を守り抜こう」
彼の背後では、無数の神獣たちが集まっていた。彼らも同様に、月に向かって唸り声を上げる。
——それは、最後の戦いの始まりだった。
* * *
異なる世界、異なる時間。
日本の片隅にある大学の教室で、一人の青年が窓の外を見つめていた。
「風間君、この問題の答えは?」
突然名前を呼ばれ、レイン・カザマは慌てて教授を見た。
「すみません、もう一度質問を」
教室に笑い声が広がる。
「授業中に空を見つめるのも結構だが、もう少し集中してくれたまえ」
教授は軽く苦笑し、別の学生を指名した。
レインは再び窓の外を見た。どういうわけか今日は落ち着かない。何かが起きる予感——そんな不思議な感覚が彼を包んでいた。
空には厚い雲が広がり、雨が降り始めようとしていた。
「なんだろう、この感覚…」
彼は小さくつぶやき、ノートを開いた。数式が並ぶページの隅に、彼は無意識のうちに月の形を描いていた。
この時、彼はまだ知らなかった。
この雨の日が、彼の人生を永遠に変える出会いの日になることを。
第1話「雨の中の出会い」
雨が止む気配はなかった。
風間レインは、灰色の空から降り注ぐ雨粒を見上げながら、自分がどこにいるのかを理解しようと必死だった。周囲には見知らぬ巨大な木々が立ち並び、その間を縫うように無数の雨筋が降り注いでいる。
「ここは...どこだ...」
たった数時間前までは、普通の大学の教室で講義を受けていたはずだった。講義が終わり、帰り道で突然の眩しい光に包まれたことを最後に、レインはこの見知らぬ森の中に立っていた。
スマートフォンを取り出してみるが、電波はおろか、電源すら入らない。雨はますます激しくなり、レインの服はすでに濡れ鼠になっていた。寒さに震えながら、彼は一瞬でも雨宿りできる場所を探すことにした。
「とりあえず、雨風をしのげる場所を...」
レインは鞄を頭の上に載せ、少しでも雨を防ごうとしながら足を進めた。茂みや木々の間を縫うように歩いていくと、足元は次第に泥濘んでいく。
その時だった。
「...キャン...」
かすかに聞こえた鳴き声に、レインは足を止めた。
「誰か...いるのか?」
再び耳を澄ませば、確かに小さな生き物の苦しそうな鳴き声が聞こえる。レインは声のする方向へと足を向けた。茂みをかき分け、鳴き声の主を探す。
そこには、泥に半分埋もれながら横たわる小さな生き物がいた。
「犬...?」
灰色の毛皮を持つ小さな子犬のような姿。だが、よく見ると普通の犬とは少し違っていた。耳の形、顔つき、そして何より目を開けた時に見えた金色の瞳。その瞳は一瞬だけレインを見上げ、また弱々しく閉じられた。
近づいてみると、子犬は体のあちこちに傷を負っていた。脇腹の毛は血で赤く染まり、前足も不自然な角度に曲がっている。
「誰かがやったのか...それとも野生動物に襲われたのか...」
レインには分からなかった。しかし、このまま放っておけば、子犬は間違いなく死んでしまうだろう。彼は迷うことなく鞄から手帳を取り出し、その紙をびりびりと破って簡易的な包帯を作った。そっと子犬の傷口に当て、ハンカチで軽く縛る。
「大丈夫だから。怖くないよ」
最初は警戒して身を縮めていた子犬も、レインの優しい声と手つきに少しずつ緊張を解いていく。金色の瞳がレインを見つめ、そこには恐怖とともに、かすかな希望の光が浮かんでいるように見えた。
「よし、この雨じゃお互いに風邪をひいてしまう。どこか雨宿りできる場所を探そう」
レインは子犬を両手で優しく抱き上げた。その小さな体はあまりにも軽く、震えていた。自分のジャケットを脱ぎ、それで子犬を包み込む。
「少しでも暖かく、だ...」
レインは子犬を腕に抱えたまま、森の中を進んでいった。雨脚はますます激しくなり、時折稲妻が空を切り裂く。彼は本能的に高台を目指して歩いた。
「あそこに...洞窟?」
遠くに岩肌が見える。近づいてみれば、確かに小さな洞窟の入り口があった。レインは足を速め、洞窟の中へと駆け込んだ。
「やっと雨が凌げる...」
洞窟の内部は意外と奥深く、雨風が直接届かない場所もあった。レインは子犬をそっと地面に下ろし、背中の鞄から残りの持ち物を確認した。
幸いなことに、この日は地学のフィールドワークの予定があり、通常より多くの物を持ち歩いていた。小さなランタン、マッチ、水筒、弁当箱と割り箸、ハンカチにタオル。それに地学の実習で使うはずだった小さなナイフ。
「火を起こせれば良いんだが...」
レインは洞窟の入り口付近から比較的乾いた小枝を集め、洞窟内部で火を起こす準備を始めた。フィールドワーク実習の経験が役に立つ。何度か失敗したものの、ようやく小さな炎が灯った。
「よし!」
火が周囲を照らし、同時に温かさも広がっていく。レインは子犬の元に戻った。子犬は目を閉じ、浅い呼吸を繰り返している。彼は改めて子犬の傷を確認した。
「あれ...?」
驚いたことに、さっきまで出血していた傷が、すでに止血しているように見えた。それどころか、傷そのものが少し小さくなっているようにも思える。
「気のせいか...」
とりあえず、レインは水筒の水で子犬の体を優しく拭い、泥と血を落とした。少しずつ毛の本来の色が見えてくる。灰色というより、銀色に近い美しい毛並み。そして前足のけがも、先ほどほど深刻には見えない。
「不思議だな...でも、とにかく良かった」
レインは弁当箱を開けた。昼に食べるつもりだった唐揚げ弁当。お腹が空いていたが、まずは子犬に少し分けることにした。唐揚げを細かく砕き、少し冷えた米と混ぜ合わせる。
「食べられるかな...」
彼はそっと子犬の口元に食べ物を運んだ。最初は反応がなかったが、匂いを嗅ぐと子犬はゆっくりと目を開けた。
その瞳は、炎の明かりに照らされて、まるで溶けた金のように輝いていた。
レインは思わず息を呑んだ。その目に映るのは、普通の野良犬とは明らかに違う知性と威厳だった。しかし、それも一瞬。すぐに子犬は弱々しく、しかし確かな意志を持って食べ物に口をつけた。
「そう、食べられるんだね。良かった」
レインは安堵の笑みを浮かべた。子犬は少しずつだが確実に食事を取り、力を取り戻しているようだ。レインも残りの弁当を口に運んだ。冷えていたが、この状況では温かい食事が取れることさえ贅沢に思えた。
食事を終え、子犬は少し落ち着いた様子になった。レインはハンカチを広げ、その上に子犬を優しく乗せた。自分のジャケットをさらに掛け、少しでも温かく過ごせるようにした。
「どこから来たんだろうね。飼い主がいるのかな」
レインは子犬に語りかけるように呟いた。子犬はレインを見つめ、何かを理解したかのように小さく鳴いた。
「キュン...」
その仕草があまりにも愛らしく、レインは思わず笑みを浮かべた。この状況がどれほど非現実的であろうと、この小さな生命との出会いは確かに彼の心を温めていた。
「明日には雨も上がるだろう。そうしたら、人が住む場所を探そう」
レインはそう言いながら、子犬の隣に寝転がった。火の近くで、少しでも暖を取るようにする。
子犬はしばらくレインを見つめていたが、やがてよちよちと動き、彼の胸元へと這い寄ってきた。そして丸くなり、レインの体温を求めるように身を寄せる。
「おいで」
レインは子犬を優しく抱きかかえた。小さな命の鼓動が彼の手のひらに伝わってくる。
「僕がいる限り、もう怖い思いはさせないよ」
そんな言葉が、自然と口から漏れた。
外では相変わらず雨が降り続いていたが、洞窟の中は小さな火と二つの命の温もりで満たされていた。レインは子犬の柔らかな寝息を聞きながら、明日のことを考え始めた。
どうやってここから抜け出すか。どうやって元の世界に戻るか。だが不思議なことに、この小さな命を抱きながら、そんな不安も少しずつ和らいでいくのを感じた。
「なんだか不思議な子だな...」
レインは子犬の頭を優しく撫でた。その時、月明かりが雲間から差し込み、洞窟の入り口を照らした。一瞬、子犬の額に薄い紋様のようなものが浮かび上がったように見えた。
「...?」
よく見ようとすると、もうそれは見えなくなっていた。疲れからの錯覚か、あるいは月明かりの戯れか。
レインは目を閉じた。何が起きているのか分からないが、少なくとも今夜は安全にこの場所で眠ることができる。そして明日、また新たな一歩を踏み出すだろう。
この小さな命と共に——。
こうして、異世界に迷い込んだ大学生と、謎の子犬との不思議な絆の物語が始まった。二人の前に待ち受ける運命を、まだ誰も知らなかった。
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