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第3章:力の目覚め 第8話「古い伝説」
しおりを挟む足首の怪我のため、レインは数日間、家で休養することになった。村長マクスウェルの計らいで、村の医師が毎日診察に訪れ、市場の仕事も一時的に休むことができた。
ミーナは毎日のように食事を届けてくれた。彼女だけでなく、多くの村人たちがレインの家を訪れ、回復を願って果物や手作りの菓子を持ってきてくれた。
「みんな優しいね」
レインは窓辺の椅子に腰掛け、村人から贈られた花を眺めながらつぶやいた。ルーンはいつものように彼の足元で丸くなっていたが、森での出来事以来、何か変わったように感じられた。以前よりも警戒心が強くなり、常にレインを守るような姿勢を見せていたのだ。
「気にしすぎだよ、ルーン。ここは安全だから」
レインがルーンの頭を撫でると、彼は少し緊張を解いたが、それでも目は常に周囲を観察していた。
ノックの音がして、ドアが開いた。リディアが薬草の袋を持って入ってきた。
「具合はどう?」
「だいぶ良くなったよ。明日には杖なしで歩けそうだ」
リディアは安堵の表情を浮かべ、持参した薬草を煎じ始めた。
「これを飲むと、回復が早まるわ」
リディアが言いながら薬を準備していると、再びノックの音がした。
「どうぞ」
扉が開き、村長マクスウェルとガリウス長老が姿を現した。レインとリディアは驚いて立ち上がろうとしたが、長老は手で制した。
「座っておきなさい。特に君は、その足を休めるべきだ」
長老がレインに言うと、村長も頷いた。
「森での出来事を聞いてな。リディアから報告を受けた。君とルーンの活躍に感謝している」
「いえ、僕は何もしていません。ルーンがリディアさんと僕を救ってくれたんです」
レインはルーンを見た。ルーンは長老の姿を見るとすぐに立ち上がり、敬意を示すかのように静かに座った。その姿勢には威厳があり、単なるペットのそれではなかった。
「ルーンの力が目覚め始めたようだな」
長老はルーンの近くまで進み、その額の紋様に触れた。まるで儀式のような動作だった。
「あの日、リディアの言うとおり、ルーンは銀色の光を放っていました」
レインの言葉に、長老は深く頷いた。
「それは『月の輝き』と呼ばれる神狼の力だ。とても古い力で、特別な血筋の者にしか現れない」
「特別な血筋…?」
「ルーンが普通の神狼ではないことは、私にもマクスウェルにも明らかになってきた」
長老はそう言って、持ってきていた古い革の鞄から、一枚の羊皮紙を取り出した。そこには、様々な神獣が描かれていた。中央には、銀色に輝く大きな狼の姿があった。その狼の額には、ルーンと同じ月の紋様があった。
「これが神狼の王…『銀月の王』だ」
レインは絵に見入った。威厳に満ちた狼の姿は、小さなルーンとは大きく異なっていたが、その目と紋様は紛れもなく同じだった。
「神狼の王…」
「ルーンは恐らく、その血筋を引いている。額の紋様の形と、森で見せた力がそれを示している」
リディアが手を口に当て、驚きの声を上げた。
「神狼の王の末裔だというの?」
長老はゆっくりと頷いた。
「君の足が治ったら、村の祠に案内したい。そこには、神狼たちの物語が刻まれている」
レインは感謝の意を示した。ルーンの正体について、もっと知りたいと思っていたからだ。
翌日、レインの足は予想以上に回復していた。薬草の効果もあったが、彼自身の回復力もかなり高かった。診察に来た医師も驚いていた。
「異例の回復速度だ。まるで何かに守られているようだな」
医師の言葉に、レインはルーンを見た。ルーンは彼を見つめ返し、何かを伝えようとするような目をしていた。
午後、ガリウス長老がレインを迎えに来た。ルーンも一緒に、村の北西にある小さな丘へと向かった。丘の上には古い石造りの祠があり、風雨にさらされた外壁には様々な浮き彫りが施されていた。
「この祠は千年以上前に建てられたもの。この地に人間が住み始める前から存在していたと言われている」
長老は扉を開け、内部に案内した。祠の中は薄暗く、数本の古い松明が灯されていた。壁一面には壮大な壁画が描かれていた。
「これが…神獣たちの物語」
長老が松明を手に取り、壁画を照らした。そこには様々な獣の姿が描かれていた。鷹のような鳥、鹿のような角を持つ獣、そして銀色の狼たち。彼らは人間と共に暮らし、共に戦う姿が描かれていた。
「かつてこの世界には、様々な神獣が存在した。彼らは自然の力を司り、人間と共存していた。特に神狼は月の力を宿し、夜の守護者として崇められていた」
レインは壁画に見入った。それは彼が元の世界で見た神話の絵巻物のようだった。
「神狼たちの中でも、特に月の紋様を持つ一族は『銀の紋様の一族』と呼ばれ、神狼の中でも王家の血筋とされていた」
壁画の中央には、巨大な銀色の狼が描かれていた。その周りには多くの狼が集まり、敬意を示す姿があった。
「彼らは平和に暮らしていたが、ある時、大きな戦いが起こった」
長老は壁の別の部分を指した。そこには、暗い影のような存在と戦う神獣たちの姿があった。
「闇の神獣と呼ばれる存在が現れ、世界に混沌をもたらそうとした。神獣たちはこれと戦ったが、力及ばず、多くが命を落とした」
壁画の最後の部分には、倒れる神獣たちと、悲しみに暮れる人間たちの姿があった。そして、最後の一匹の銀色の狼が、月に向かって遠吠えする姿も。
「最後に残った神狼の王は、自らの力を使って闇の神獣を封印した。しかし、その代償として神狼たちは姿を消し、伝説となった」
レインはルーンを見た。ルーンも壁画をじっと見つめていた。その目には何か懐かしさのようなものが宿っているように見えた。
「この伝説が示すのは、神狼たちが単なる獣ではなく、世界の均衡を保つ重要な存在だったということだ」
長老は壁画の前から離れ、祠の中央にある小さな祭壇へと向かった。
「そして、予言にはこうある。『月の紋様を持つ最後の王が再び現れたとき、世界は大きな選択を迫られる』と」
レインは驚いた。
「最後の王…それがルーンだとでも?」
「可能性はある」
長老は静かに言った。
「ルーンはまだ幼く、その力も目覚めたばかりだ。しかし、彼の中に眠る力は計り知れない」
レインはルーンを見つめた。小さな体と柔らかな毛並みからは想像できないほどの運命を背負っているというのは信じ難かった。しかし、森でのブラッドファングとの遭遇で見せた力は、確かに普通ではなかった。
「でも、なぜルーンがこんな姿で現れたのでしょう?そして、なぜ私と…」
「それは大きな謎だ」
長老は祭壇の上に置かれた小さな箱を開け、中から銀色の小さな鈴を取り出した。
「これは『月の鈴』と呼ばれるもの。神狼に対して特別な意味を持つと言われている」
長老はその鈴をルーンの前に置いた。ルーンは鈴をしばらく見つめた後、鼻先で軽く触れた。その瞬間、鈴は柔らかな音色を奏で、ルーンの額の紋様が淡く光り始めた。
「反応している…」
長老は驚きの表情を浮かべた。
「この鈴は千年もの間、ほとんど音を出さなかった。神狼の血を引く者にしか反応しないと言われている」
鈴の音が止み、ルーンの紋様の光も消えた。しかし、その光景は、ルーンが神狼の末裔であるという確信をさらに強めた。
祠を出ると、空は夕暮れ時を迎えていた。丘の上から村を見下ろすと、穏やかな生活を送る人々の姿が見えた。
「神狼の末裔が現れたということは、この世界に何かが起ころうとしている証かもしれない」
長老は村を見下ろしながら言った。
「ルーンを守りなさい、レイン。彼はこれからもっと強くなる。そして、君もその守護者として、共に成長していくことになるだろう」
レインは頷いた。ルーンが神狼の王の血を引いているという事実は、彼にとっても大きな責任を意味していた。
「ルーンを守ります。それが私にできる最低限のことです」
「よい」
長老は満足げに頷いた。
村に戻る途中、ルーンの体が突然、光り始めた。夕暮れの中で、彼の全身が銀色に輝き、額の紋様だけでなく、全身に神秘的な紋様が浮かび上がった。
「ルーン…?」
レインが驚いて声をかけると、ルーンは月を見上げていた。満月が昇り始めていたのだ。
「この子は確かに選ばれし神獣の一族だ」
長老は畏敬の念を込めて言った。
「彼の運命は、君と共にあるレイン。君たちの出会いは決して偶然ではなかった」
レインは光に包まれたルーンを抱き上げた。その温かさと、寄せてくる信頼は、レインの心を強く揺さぶった。
「何があっても一緒だよ、ルーン」
ルーンの目には理解と感謝の光が宿っていた。
家に戻ると、玄関先でリディアが待っていた。彼女はルーンの姿を見て、驚きの表情を浮かべた。
「そうなのね…ルーンは本当に神狼の王の血を引いているのね」
「ええ、長老も確信しているようです」
三人は家に入り、リディアが持ってきた夕食を共にした。静かな食事の中、レインは今日知った古い伝説について考えていた。
「リディア、『闇の神獣』について何か知っていますか?」
「詳しくはないの。ただ、伝説では月の対極にある太陽の力を持つ神獣が、力に溺れて堕ちたと言われているわ」
「太陽と月…」
レインは思わず窓の外に浮かぶ満月を見た。その光が部屋を銀色に染めていた。
「神狼が月の力を司るなら、闇の神獣は何を司るのだろう?」
「暗闇と混沌よ」
リディアは静かに答えた。
「だからこそ、神狼たちは世界を守るために立ち上がったの。特に王家の血筋を引く者たちは、大きな犠牲を払って闇の神獣と戦ったわ」
レインはルーンを見つめた。彼の小さな体に秘められた大きな力と運命。それはあまりにも重く、時に残酷にも思えた。
「私はルーンを守る。彼が何者であれ、どんな力を持っていようと、まず彼を守ることが先決だ」
リディアは優しく微笑んだ。
「あなたとルーンの絆は特別よ。それが二人の強さになるでしょう」
リディアが帰った後、レインはルーンと一緒にベッドに横になった。ルーンは彼の胸の上で丸くなり、安心した様子で眠りについた。
しかし、レインの心はまだ落ち着かなかった。今日知った伝説と、ルーンの正体。そして、彼が背負っているかもしれない大きな運命。それらは全て、レイン自身の異世界転移と何か関係があるのだろうか。
窓から差し込む月明かりの中、レインはふと壁を見た。そこに映るのはレインとルーンの影だったが、なぜかルーンの影だけが実際の姿よりもはるかに大きく、威厳のある狼の姿のように見えた。
「錯覚か…?」
レインは目をこすった。再び見ると、そこには普通の子犬の影があるだけだった。
「神狼の王か…」
レインはルーンの頭を優しく撫でた。
「君がどんな存在であれ、僕にとっては大切な仲間だよ。それだけは変わらない」
ルーンは眠りの中で小さく鳴き、レインの手に頬ずりした。その温かさと信頼が、レインの心を強く打った。
彼は夜空を見上げた。満月が明るく輝いていた。その光の下で、レインとルーンの新たな旅が始まろうとしていた。神狼の王の末裔と異世界から来た守護者の旅が。
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