ことだま戦記 〜話せばリアル〜

ソコニ

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第2巻 第5話:学園最強の教師・獅堂(しどう)登場!

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翌朝、ことだま学園の大講堂には緊張感が漂っていた。全校生徒が集められ、学園長の言霊翁が演壇に立っていた。

「諸君、『ことだま消失事件』の深刻さは日に日に増している。すでに十名の生徒が言霊を失い、その回復の兆しは見られない」

静寂の中、学生たちの不安な視線が行き交った。天音は風香の隣に座っていた。彼女は昨日の事件で言霊を失ったものの、天音の懇願により、今日の全校集会には特別に参加を許可されていた。

「本日より、この事態に対処するための特別チームを結成した。指揮を執るのは...」

学園長が一旦言葉を切ると、大講堂の入口から一人の男性が現れた。厳格な表情の中年男性。落ち着いた歩みで演壇に近づくその姿に、生徒たちからどよめきが起こった。

「獅堂(しどう)教授だ...」
「あの獅堂が...」
「最強の教師が動くなんて...」

周囲の囁きに、天音は首を傾げた。

「獅堂って誰?」

天音の問いに、風香が小声で答えた。

「獅堂教授よ。『真言の塔』の最高責任者で、『真実を見抜くことだま』の使い手。学園最強の教師と言われてる」

天音は驚いた。「真言の塔」の責任者なら、自分の上司にあたる存在だ。しかし、入学してから一度も姿を見たことがなかった。

獅堂教授は演壇に立ち、厳格な声で話し始めた。

「私は獅堂。この事態の解決のため、全力を尽くす」

簡潔な挨拶の後、彼は鋭い目で会場を見回した。その視線が天音に止まった瞬間、天音は不思議な感覚に包まれた。まるで心の奥底まで見透かされているような...

「事件の調査のため、一部の生徒に協力を求める。名前を呼ばれた者は、放課後に『真言の塔』の特別室に集合せよ」

獅堂教授は一枚の紙を取り出し、名前を読み上げ始めた。

「『真言の塔』、天音」
「『空詠みの塔』、風香」
「『炎語りの塔』、シオン」

天音と風香は驚きの表情で顔を見合わせた。なぜ自分たちが選ばれたのか。そして、シオンまで...

獅堂教授はさらに数名の名前を読み上げた後、再び学生たちを見回した。

「この事態は単なる偶然ではない。背後には大きな意図が潜んでいる。選ばれた諸君の力が必要だ」

集会が終わり、生徒たちが退出する中、天音は風香と共に立ち尽くしていた。

「どうして私たちが...」

風香の言葉に、天音も首を傾げた。特に風香は今、言霊が使えない状態だ。そんな彼女が選ばれるとは。

「天音」

突然、後ろから声がかかった。振り返ると、シオンが立っていた。

「お前もか」

「ああ...でも、なぜ僕たちが?」

シオンは少し考え込むように瞳を細めた。

「さあな。だが、獅堂教授には従うしかない。彼は...本物だ」

その言葉には珍しく、尊敬の色が混じっていた。

---

放課後、指定された「真言の塔」の特別室に天音たちが集まった。選ばれた生徒は全部で7名。天音、風香、シオンの他に、水鏡の塔から二人、大地の塔と炎語りの塔から一人ずつだった。

「来たか」

獅堂教授が室内に入ってきた。近くで見ると、その存在感はさらに強烈だった。厳格な表情の中に、知性と強さが宿っている。

「まず、なぜ君たちを選んだのか説明しよう」

獅堂教授は一人一人を見つめながら話した。

「君たちはそれぞれ、特殊な言霊の資質を持つ。『言葉喰い』の正体を突き止めるには、多様な視点が必要だ」

「でも...私はもう言霊が...」

風香が弱々しく言うと、獅堂教授は初めて柔らかな表情を見せた。

「だからこそだ、風香。君は『言葉喰い』の被害者として、貴重な情報源になる」

獅堂教授は中央に置かれた大きなテーブルに近づき、その上に古い羊皮紙を広げた。そこには複雑な図形と文字が描かれていた。

「これは30年前の『言葉喰い事件』の記録だ。当時も今回と同様、突然生徒たちが言霊を失う事態が発生した」

天音は身を乗り出した。倉田が見つけた情報と一致する。

「原因は何だったんですか?」

天音の質問に、獅堂教授は暗い表情で答えた。

「正確な原因は特定されなかった。しかし...」

彼は一瞬言葉を選ぶように間を置いた。

「『言霊の王』を復活させようとする者たちが関わっていたという記録がある」

「言霊の王...」

天音はハッとした。仙人から言霊の王についての話を聞いたことがある。千年前、最も強力な言霊使いで、言葉の力で世界を支配しようとした存在。言霊使いたちが団結して封印した伝説の存在だ。

「言霊の王が関係してるって、どういうことですか?」

シオンが鋭く質問した。

「言霊の王を復活させるには、膨大な『言葉の力』が必要だ。そのため、多くの言霊使いから力を奪い、それを蓄積しているのではないかと考えられる」

「誰が...?」

獅堂教授は肩をすくめた。

「それこそ、私たちが探るべきことだ」

彼はテーブルの上に別の資料を広げた。

「各自、被害者の情報を調査してほしい。風香、君は自分自身の体験を詳細に書き出してくれ」

皆が与えられた役割を確認する中、獅堂教授は天音に近づいた。

「天音、君には別の任務がある。私に付いてきなさい」

天音は驚いたが、素直に従った。二人は特別室を出て、「真言の塔」の上層へと向かった。

---

「ここが私の研究室だ」

獅堂教授が案内したのは、「真言の塔」の最上階にある広い部屋だった。壁一面に本が並び、中央には実験台のような大きな机が置かれている。窓からは学園全体が一望でき、七つの塔が星形の配置で見渡せた。

「座りなさい」

天音が指示された椅子に座ると、獅堂教授は彼の正面に立った。

「天音、君の『響け、言霊』について詳しく聞かせてほしい」

天音は自分の言霊の力について、これまでの経験や感覚を説明した。カゲロウとの戦い、風香やシオンとのバトル、そして昨日の「黒い影」との接触も。

獅堂教授は黙って聞き、時折頷いた。

「なるほど...予想以上だ」

「予想以上...?」

「ああ。君の『響け、言霊』は非常に珍しい。言葉の波動を感じ取るだけでなく、心と心を繋ぐ力を持っている」

獅堂教授は窓辺に歩み寄り、外を見つめながら続けた。

「言霊の本質は、心と言葉の融合にある。多くの言霊使いは、言葉の表面的な力にのみ頼っている。だが、真の強さは言葉の奥にある」

彼は天音を振り返った。

「『響け、言霊』は、その本質に最も近い力だ。だからこそ、『言葉喰い』との接触ができた」

天音は少し混乱していた。

「でも、どうすれば『言葉喰い』を止められるんですか?」

「それを探るのが、今日の訓練だ」

獅堂教授は研究室の中央に移動した。

「天音、私と向き合いなさい」

天音は立ち上がり、獅堂教授と向かい合った。

「これから『真実の言霊バトル』を行う。私の言霊に対抗してみろ」

「え?でも...」

天音は躊躇した。学園最強の教師との言霊バトル?勝ち目はないだろう。

「恐れることはない。これは試験ではなく、訓練だ」

獅堂教授の目に優しさが宿った。

「始めるぞ...真実を見よ!」

彼の言霊が放たれた瞬間、天音の周囲の景色が変わった。まるで研究室の空間が透明になり、その奥に別の風景が見えるかのようだった。過去の記憶?それとも別の場所の映像?

「これが...」

「『真実を見抜くことだま』の力だ。隠されたものを映し出す」

獅堂教授の言霊の力に、天音は圧倒された。

「どうだ?対抗できるか?」

天音は咄嗟に「響け、言霊」を発動させた。

「響け、言霊!」

彼の波動が広がり、獅堂教授の言霊と衝突する。しかし、獅堂教授の力はあまりにも強大で、天音の波動はすぐに押し戻された。

「まだだ!もっと深く、言葉の本質に触れろ!」

獅堂教授の声に促され、天音は集中を深めた。「響け」の本当の意味は何だろう...単に音が反響することではなく、心に響き渡ること。言葉が心を揺さぶり、共鳴すること...

「響け、心の声!」

天音の言霊が進化した瞬間、彼の波動が大きく広がった。獅堂教授の「真実を見よ」の力に対抗するだけでなく、その向こう側にある何かを感じ取れるようになった。

「これは...先生の心...?」

天音の目に、獅堂教授の過去の断片が映し出される。若かりし日の彼、言霊の修行、そして...何かを守るために戦う姿。

「素晴らしい!」

獅堂教授が笑みを浮かべた。

「『響け、心の声』...君の言霊がさらに進化した。これなら『言葉喰い』と対話できるかもしれん」

天音は驚きながらも、自分の力の新たな可能性に気づいた。「響け、言霊」は単に相手の動きを感知するだけでなく、心の内側にまで届く力だったのだ。

「先生、昨日の黒い影...あれが『言葉喰い』なら、どうすれば止められますか?」

獅堂教授は真剣な表情になった。

「『言葉喰い』は禁断の言霊の一種だ。言葉を食らうことで力を得る存在。それを止めるには...」

彼は一瞬言葉を選ぶように間を置いた。

「言葉の本質を取り戻す必要がある。失われた言葉を再び呼び覚ますんだ」

「どうやって...?」

「それこそが、君の『響け、心の声』の役割だ」

獅堂教授は資料棚から古い書物を取り出した。

「この本に、『失われた言葉を取り戻す儀式』の手順が記されている。だが、核となるのは強力な『響き』の言霊だ」

天音は書物を受け取り、ページをめくった。複雑な魔法陣のような図と、彼には読めない古い文字が書かれていた。

「これを解読して...」

「私が手伝おう。だが、儀式を行うのは君だ。君の『響け、心の声』こそが鍵となる」

獅堂教授は突然、警戒するように窓の外を見た。

「急がねばならん。事態は私たちの想像以上に進行している」

「どういうことですか?」

「『言葉喰い』の背後には、組織的な動きがある。言霊の王の復活を目指す者たちだ」

獅堂教授の表情は暗く沈んだ。

「彼らの目的は単に言霊を奪うことではない。より大きな計画の一部だ」

「どんな計画...?」

「言葉そのものを支配する計画だ」

獅堂教授の言葉に、天音は戦慄した。言葉を支配するとはどういうことか。それは全ての言霊使いの力を奪うことを意味するのか。いや、それ以上に...

「しかも、彼らは学園内にも手先を送り込んでいる可能性が高い」

「学園内に!?」

「ああ。だからこそ、我々の動きも慎重でなければならない」

獅堂教授は天音の肩に手を置いた。

「天音、これからの日々、君は常に警戒しなければならない。特に『響け、心の声』の力を使う際は慎重に。その力は諸刃の剣だ。敵に感知されれば、次の標的になる可能性がある」

天音は重大さを理解し、静かに頷いた。

「わかりました。でも...風香さんたちを助けるために、力を使わなければ...」

「ああ、その通りだ。だからこそ、君はさらに強くならねばならない」

獅堂教授は書棚から別の本を取り出した。

「これは『言霊の実戦書』だ。様々な言霊の組み合わせや応用技が記されている。今夜から学んでおくように」

天音は感謝の言葉を述べ、本を受け取った。

「そして、風香のことだ...」

獅堂教授の表情が少し和らいだ。

「彼女の言霊は完全に失われたわけではない。眠っているんだ。君の『響け、心の声』で、彼女の心の奥底に眠る言葉を呼び覚ますことができるかもしれない」

天音の目が希望に輝いた。

「本当ですか!?」

「ああ。だが、それには大きな力と集中が必要だ。今の君にはまだ難しいだろう。もっと修行を積んでからだ」

「わかりました。必ず風香さんを救います」

獅堂教授は満足げに頷いた。

「今日の訓練はここまでだ。他の生徒たちも待っているだろう」

二人が研究室を出ようとしたとき、獅堂教授が最後に一言付け加えた。

「天音、一つ忠告しておく」

「何でしょう?」

「信じられるのは、自分自身と、本当の意味で心を通わせた者だけだ。この学園の誰もが味方とは限らない」

その言葉は重く、天音の心に沈んだ。

---

特別室に戻ると、他の生徒たちはすでに調査の報告を終えていた。風香が天音に近づいてきた。

「どうだった?」

「うん...色々と教わったよ」

天音は獅堂教授から聞いた内容のうち、風香の言霊が完全に失われたわけではないという希望だけを伝えた。彼女の顔に安堵の表情が広がる。

「本当?私の言霊が戻る可能性があるの?」

「ああ、必ず取り戻してみせる」

シオンが二人に近づいてきた。

「獅堂教授から何を教わった?」

天音はシオンを見つめ、一瞬躊躇した。獅堂教授の忠告が脳裏をよぎる。信じられるのは心を通わせた者だけ...

「『響け、言霊』の新たな使い方だよ。言葉の本質に近づく方法」

シオンは興味深そうに目を細めた。

「そうか...あの教授は本物だ。彼から学べるならラッキーだな」

獅堂教授がみんなの前に立ち、今日の集会を締めくくった。

「諸君、今日の調査結果をまとめる。明日から本格的な対策を始める。それまでは各自、言霊の使用を最小限に控えるように」

全員が頷き、部屋を出ていった。廊下で、シオンが天音を呼び止めた。

「天音、一つ聞きたい」

「何?」

「獅堂教授は...『言霊の王』についてどう話した?」

天音は驚いた。なぜシオンがそれを尋ねるのか。

「単に過去の伝説として...」

「そうか」

シオンの表情に、一瞬何かが浮かんだ気がした。しかし、すぐに普段の冷たい表情に戻った。

「気をつけろよ。この事件、想像以上に深いかもしれない」

彼はそれだけ言うと、立ち去った。

天音は獅堂教授の言葉を思い出した。「言葉そのものを支配する計画」...その恐ろしさを考えると、背筋が冷たくなった。

「絶対に止めなきゃ...」

天音は固く決意した。風香の言霊を取り戻すこと、そして学園を襲う「言葉喰い」の正体を暴くこと。その先には、さらに大きな戦いが待っているのかもしれない。

(つづく)
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