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第2巻 第4話:禁断のことだま…消滅する言葉!?
しおりを挟む「今朝、『水鏡の塔』でまた一人、言霊が使えなくなった生徒が出たそうだよ」
ことだま学園の食堂で、天音は倉田から衝撃的な情報を聞いた。ここ数日、学園内で奇妙な出来事が続いていた。生徒たちが突然、言霊を使えなくなるという事態が次々と発生していたのだ。
「今回で5人目だって...」
倉田の声には不安が混じっていた。シオンとのバトルから一週間が経ち、天音の傷も癒えていたが、学園内の雰囲気は日に日に緊張感を増していた。
「どうして急に言霊が使えなくなるんだろう...」
天音が考え込んでいると、食堂のドアが勢いよく開き、風香が入ってきた。彼女は天音と倉田のテーブルに直行した。
「聞いたわ。また『ことだま消失事件』が...」
風香の表情は真剣だった。シオンとのバトル以来、彼女の天音に対する態度は大きく変わり、敵対から協力へと移行していた。
「風香さん、何か情報はある?」
「うん。今回の被害者は水咲(みさき)さんって2年生。『水鏡の塔』の優等生なの。昨日までは普通に言霊を使えていたのに、今朝突然...」
風香が言いかけたとき、食堂内に学園長の声が響いた。魔法のように拡大された声だった。
「全生徒に告ぐ。今日の午後の授業は全て中止とする。全員、各自の塔に戻り、指示があるまで外出を控えるように」
学園長の声が消えると、食堂内はざわめきに包まれた。
「何かあったのかしら...」
倉田が不安そうに尋ねる。
「きっと『ことだま消失事件』の対応ね」
風香が静かに答えた。
「でも、単に塔に閉じこもっていても、解決策は見つからないわ」
「そうだね...僕たちで調査してみない?」
天音の提案に、風香は少し驚いた様子だった。
「調査って...どうやって?」
「まず、被害者たちに共通点がないか探ってみよう。塔、学年、言霊の種類...何か関連があるかもしれない」
風香は考え込んだ後、頷いた。
「いいわ。私も協力する。『空詠みの塔』の被害者のことは私が調べるわ」
「ありがとう。僕は『水鏡の塔』と『真言の塔』を担当するよ」
「あの...私も何かできることない?」
倉田も手伝いたいという表情だった。
「倉田さんは『ことだま図書館』で類似事件の記録がないか調べてもらえる?」
「うん、わかった!」
三人はそれぞれの役割を確認し合った後、行動を開始することにした。午後の授業中止の指示は逆に好都合だった。
---
「なるほど...」
天音は「水鏡の塔」での聞き込みを終え、中庭のベンチで情報を整理していた。被害者たちから直接話を聞くことはできなかったが、友人や同室の生徒から状況は把握できた。
「天音くん!」
倉田が図書館からの帰り道、天音を見つけて駆け寄ってきた。
「何か見つかった?」
「うん。過去に似たような事件があったみたい。約30年前、言霊を使えなくなる生徒が続出した事件よ」
「30年前...?原因は?」
「わからないの。記録が途中で終わってて...」
倉田は申し訳なさそうに言った。
「でも、一つだけ気になることが。その事件は『言葉喰い』と呼ばれていたらしいの」
「言葉喰い...」
天音は入学時の試験を思い出した。「言葉喰らい」の異名を持つハンターの役を演じていた上級生・桐島。あの名前は単なる偶然ではなかったのかもしれない。
「倉田さん、ありがとう。重要な情報だよ」
そのとき、天音のポケットの中で小さな紙が光り始めた。風香からの「言霊便り」だった。言霊を封じ込めた紙で、開くと封じられた言葉が音声として再生される通信手段だ。
天音が紙を開くと、風香の焦った声が流れ出た。
「天音、大変!『空詠みの塔』で新たな被害者が出たわ。しかも...私の親友の美咲(みさき)よ。すぐに来て!」
天音は顔色を変え、倉田に向き直った。
「『空詠みの塔』に行かなきゃ。倉田さんは塔に戻って、これ以上情報がないか調べてくれない?」
「わかった。気をつけてね」
二人は別れ、天音は急いで「空詠みの塔」へと向かった。
---
「空詠みの塔」に到着すると、そこには明らかに異様な雰囲気が漂っていた。通常なら明るく開放的なこの塔が、今は重い沈黙に包まれている。
「風香さん...」
天音が風香の名を呼びながら塔の中を進むと、上級生らしき生徒が彼を呼び止めた。
「君は『真言の塔』の生徒だね?今は各塔に戻るよう指示が出ているはずだが」
「風香さんに呼ばれたんです。緊急事態で...」
上級生は少し考えた後、頷いた。
「風香なら3階の瞑想室にいる。美咲の件で取り乱していたよ」
天音は礼を言い、急いで階段を上った。瞑想室に着くと、そこには風香が一人、窓際に立っていた。
「風香さん」
天音が声をかけると、風香はゆっくりと振り返った。その表情には深い憂いが浮かんでいた。
「天音...美咲が...」
「大丈夫?何があったの?」
「美咲が突然、言霊を使えなくなったの。しかも目の前で...」
風香の声が震えていた。
「君の目の前で?どんな状況だったか教えて」
天音は冷静さを保ちながら尋ねた。
「私たち、この瞑想室で言霊の練習をしていたの。美咲は『光の言霊』の使い手で...突然、彼女の周りに黒い影のようなものが現れたと思ったら、彼女の声から言霊の力が消えていったの」
「黒い影...?」
「ええ。床から立ち上る煙のような...でも実体はなくて」
天音は部屋を見回した。今は風香と自分しかいない。
「美咲さんは?」
「医務室よ。言霊喪失のショックで倒れてしまって...」
風香の目に涙が浮かんだ。
「私のせいなの。私が誘わなければ...」
「そんなことない。君のせいじゃないよ」
天音は慰めようとしたが、風香は首を振った。
「いいえ、私のせい。美咲は私の誘いで『空詠みの塔』に入学したの。彼女の力は弱かったけど...私が力になると約束したから」
天音は黙って風香の話を聞いた。風香と美咲は幼なじみで、互いに支え合ってきたという。美咲の言霊の力は弱く、学園に入れるかどうか不安だったが、風香が推薦したという。
「彼女の力は小さくても、純粋だった...」
風香の声が途切れた瞬間、部屋の温度が急に下がったように感じた。天音が警戒して周囲を見回すと、床から黒い靄のようなものが立ち上っていた。
「風香さん、これが...!」
黒い靄は形を変え、徐々に人型に近づいていく。しかし実体はなく、煙のように揺らめいていた。
「これが美咲を...!」
風香が立ち上がり、決意の表情を浮かべた。
「疾風!」
彼女の言霊が放たれ、鋭い風が黒い影を直撃した。しかし、影はまるで風を吸収するかのように、さらに大きく膨れ上がった。
「やめて!効かないよ!」
天音の警告も空しく、風香は次々と言霊を放った。
「風爪!」「風の壁!」「竜巻!」
風の言霊が次々と影を襲うが、効果はなかった。それどころか、影はさらに大きくなり、今度は風香に向かって伸びていった。
「風香さん、危ない!」
天音が叫んだ時には遅く、黒い影が風香を包み込んだ。
「きゃっ...!」
風香の悲鳴が響き、影が引いた後の彼女は床に崩れ落ちていた。
「風香さん!」
天音が駆け寄ると、風香は苦しそうに呟いた。
「声が...出ない...」
「何?」
「言霊が...消えた...」
風香の顔は青ざめていた。彼女は喉に手を当て、何度も「疾風」と口にしたが、何も起こらなかった。
「言霊が...使えない...」
黒い影は徐々に部屋の隅へと後退していった。天音は「響け、言霊」を発動させ、その影の正体を感知しようとした。
「響け、言霊!」
波動が部屋中に広がり、影の存在を捉えようとする。すると驚くべきことに、その影からわずかながら「返信」があった。それは言葉ではなく、感情のようなものだった。
「痛み...恐怖...そして...飢え?」
天音が感じ取ったものを言葉にすると、風香が驚いた表情を見せた。
「それって...まるで生きているみたい」
「そうかもしれない。でもこれは言霊じゃない。もっと原始的な...言葉以前の力のようだ」
黒い影は天音の「響け、言霊」に反応し、わずかに後退した。まるで、天音の力を恐れているかのようだった。
「停止!」
天音が言霊を放つと、影は一瞬動きを止めた。
「理解せよ!」
先日の「ことだま試練」で使った言霊だ。影の本質を理解しようとする言霊が放たれる。その瞬間、影から強い拒絶感が放たれた。
「ぐっ...!」
天音は精神的な衝撃を受け、一歩後退した。その隙に、影は壁を通り抜けるように消えていった。
「逃げた...」
天音は風香の状態を確認した。彼女は立ち上がれるようになっていたが、声はかすれ、言霊は全く使えない状態だった。
「医務室に行こう」
天音が風香を支えながら扉に向かったとき、風香が急に足を止めた。
「待って...黒板...」
彼女が指さす先の黒板に、不気味な文字が浮かび上がっていた。黒い靄のような文字だった。
「言葉を喰らう者、再び目覚める」
二人は恐怖に震えながらも、その意味を考えた。
「言葉喰い...倉田さんが言っていた30年前の事件と同じ...」
天音は思わず呟いた。
---
医務室で風香の検査が行われている間、天音は廊下で待っていた。「言葉喰い」の正体を追う必要があったが、今は風香の容体が心配だった。
「天音」
振り返ると、シオンが立っていた。彼の表情は冷たいが、どこか焦りのようなものも見えた。
「シオン...どうして?」
「『空詠みの塔』でまた被害者が出たと聞いた。風香か?」
天音は頷いた。
「君も調査してるの?」
「ああ...」
シオンは少し言葉を選ぶように間を置いた。
「『言葉喰い』なんてものが本当にあるなら、それは危険すぎる。言葉の力を完全に奪うなんて...」
彼の表情に、心の奥底にある恐怖が垣間見えた気がした。
「何か知ってるなら、教えてほしい」
天音は真剣に頼んだ。
シオンは少し迷った様子だったが、やがて決意したように話し始めた。
「伝説では、『言葉喰い』は禁断の言霊の一種とされている。言葉そのものを消し去る力を持ち、一度発動すると止められない」
「禁断の言霊...」
「ああ。そして、その言霊を使った者は、やがて自らの言葉も失う。自業自得というわけだ」
天音は言葉を失った。そんな恐ろしい力があるのか。
「でも、なぜ今になって...」
「それは私も知りたい」
シオンの表情が硬くなった。
「天音、お前に頼みがある」
「何?」
「風香を...助けてやってくれ」
その言葉に、天音は驚いた。シオンがそんな頼み事をするとは思っていなかった。
「もちろん。でも、どうして君が...」
「俺には言霊を憎む理由がある。でも...無実の者が言葉を奪われるのは、見過ごせない」
シオンはそれだけ言うと、背を向けた。
「俺も『言葉喰い』について調べる。何か分かったら連絡する」
彼が去った後、医務室のドアが開き、風香が出てきた。彼女の表情は暗かった。
「医師の診断は?」
「言霊喪失...原因不明。回復の見込みも...」
風香の声は途切れがちだった。
「諦めないで。必ず方法を見つけるから」
天音は力強く言った。
「でも...どうやって...」
「まず、『言葉喰い』の正体を突き止める。30年前の事件との関連も調べる」
天音は決意を固めた。
「それに、『響け、言霊』で黒い影と交信できた。まだ手がかりはある」
風香の目に、わずかな希望の光が戻った。
「ありがとう...天音」
二人が医務室を出ようとしたとき、学園全体に学園長の声が響いた。
「全生徒に告ぐ。明日から当分の間、全ての言霊実技授業を中止する。各塔の出入りも許可制とする。『ことだま消失事件』の原因が究明されるまで、言霊の使用は最小限に控えるように」
風香と天音は顔を見合わせた。状況は日に日に深刻化していた。
「犯人を見つけなきゃ...」
天音が呟くと、風香は彼の腕を掴んだ。
「私も手伝う。言霊は使えなくても...」
「でも...」
「お願い。美咲のためにも...私にできることをさせて」
風香の目には決意が宿っていた。天音は黙って頷いた。
「わかった。一緒に『言葉喰い』の正体を追おう」
二人は固く握手を交わした。明日から、本格的な調査が始まる。そして、それは天音たちがまだ知らない、より大きな脅威との対峙への第一歩でもあった。
(つづく)
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