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第2巻 第3話:最強の新入生・シオン!宿命のライバル!?
しおりを挟む「天音くん、風香さんとの勝負すごかったね!」
昼食時、倉田は食堂で天音に興奮した様子で話しかけた。風香との勝負から一日が経ち、学園での二日目の午前中の授業が終わったところだった。
「あんな名門出身の人と互角に戦えるなんて、本当にすごいよ」
「そんなことないよ」
天音は謙遜しながらも、昨日の言霊バトルが学園内で大きな話題になっていることに少し恥ずかしさを感じていた。食堂内でも、チラチラと彼を見る視線が増えていた。
「でも風香さん、今日は授業に来てなかったね...」
「そうなの?」
「うん、『空詠みの塔』の授業で顔を見なかったから」
天音は少し心配になった。昨日の勝負で彼女の心に触れた時、複雑な感情の渦を感じ取っていた。自分との勝負の結果が彼女に何らかの影響を与えたのだろうか。
「新入生のくせに偉そうじゃないか」
突然、冷たい声が天音の背後から聞こえた。振り返ると、そこには数人の上級生たちが立っていた。中心にいるのは「真言の塔」の鷹志だ。
「鷹志...さん」
「風祭家の風香相手に引き分けただけで、調子に乗るな。井の中の蛙だぞ」
周囲の会話が静まり、食堂内の視線が彼らに集まる。
「僕は別に...」
「本当の強さってのを、見せてやろうか?」
鷹志が一歩前に出たとき、別の声が響いた。
「面白そうだな」
その声に食堂内の誰もが息を呑んだ。入口に立っていたのは、銀髪の少年だった。身長は天音より少し高く、その姿勢からは自信と力が溢れていた。常に木刀を携帯しているような格好で、紫色の鋭い瞳が印象的だった。
「シ、シオン...」
鷹志の顔が青ざめる。
「話は聞こえてるよ。『真言の塔』配属の新入生相手に、集団で威嚇かい?随分と小物だな」
シオンと呼ばれた少年が数歩進むと、鷹志たちは無意識に後ずさった。
「すみません...」
鷹志たちは慌てて頭を下げ、その場を去っていった。食堂内には再び緊張感が満ちていた。
「あの...ありがとう」
天音が礼を言おうとした瞬間、シオンの冷たい視線が彼に向けられた。
「『響け、言霊』の使い手か」
シオンの口調には興味と共に、どこか敵意のようなものも感じられた。
「君は...?」
「紫苑(シオン)。『炎語りの塔』所属」
簡潔な自己紹介の後、シオンは天音を見下ろした。
「噂では『響け、言霊』なんて珍しい力を持ってるらしいな。見せてもらおうか」
天音は困惑した表情を浮かべた。
「ここで?」
「そうだ。今すぐ」
シオンの言葉に、食堂内の生徒たちがざわめいた。
「ちょっと、やめてよ!」
倉田が間に入ろうとしたが、シオンは冷たい目で彼女を見据えただけで、倉田は言葉を失った。
「構わないよ」
天音は立ち上がった。鷹志たちのような集団での威嚇ではなく、シオンは一対一の勝負を求めていると感じた。そして、その目には純粋な強さへの探求のようなものがあった。
「場所を変えよう。ここでは迷惑だ」
天音が提案すると、シオンは無言で頷き、食堂を出ていった。天音も彼に続き、倉田も心配そうな表情で後を追った。
---
三人は学園の練習場に向かった。昨日、風香との勝負を行った場所だ。昼休みということもあり、練習場には他の生徒の姿はほとんどなかった。
「天音くん、大丈夫?」
倉田が小声で尋ねた。
「あの人、噂の...」
「噂?」
「『炎語りの塔』の最強の新入生だって。入学したばかりなのに、上級生にも負けたことがないって言われてる」
天音は少し緊張したが、シオンの実力を確かめたいという気持ちも芽生えていた。
「よし、始めよう」
シオンが静かに言うと、彼は円形アリーナの中央に立った。天音も対面の位置に立つ。
「ルールは簡単だ。実力を出し切れ」
それだけ言うと、シオンは木刀を構えた。
「木刀を使うの?」
「これは単なる媒介だ。言霊の発動を助けるものさ」
天音は身構えた。シオンの身体から漂う気配は、これまで対峙したどの相手とも違っていた。カゲロウの時のような鋭さではなく、もっと冷たく、研ぎ澄まされた感覚がある。
「響け、言霊!」
天音はまず、シオンの力を感知するために言霊を発動させた。波動が広がり、シオンの存在を捉える。
「おや、面白い力だ」
シオンはその波動を明らかに感じ取り、微笑んだ。
「だが、それだけでは...」
彼が木刀を一振りすると、空気が裂けるような音がした。
「言刃(ワードブレード)」
シオンの言霊が発動した瞬間、木刀から青白い光の刃が伸びた。それは実体のない言葉の刃だったが、確かな切れ味を持っているのが感じられた。
「これが...」
「言葉を切断力に変える。私の言霊だ」
シオンの姿が一瞬で消え、天音の横に現れた。言刃が閃く。
「くっ!」
天音は咄嗟に「疾風」の言霊で身体を加速させ、避けた。しかし、シオンの動きは予想以上に速く、天音の肩を言刃が掠めた。
「お!避けたか」
シオンの声に興味が混じる。
「でも、まだまだだ!」
彼の言刃が連続して天音を襲う。天音は「疾風」と「響け、言霊」を組み合わせ、何とかシオンの攻撃を捉えようとするが、その速さと精度は天音の予測を超えていた。
「弾け!」
天音が防御の言霊を放つが、シオンの言刃は防御を貫き、天音の胸元に迫った。
「言霊無効!」
シオンが新たな言霊を放った瞬間、天音の「弾け」が無力化された。
「防御言霊を無効化...!?」
シオンの言刃が天音の胸元を掠め、彼は勢いよく後方に吹き飛ばされた。
「天音くん!」
倉田が叫ぶ。天音はなんとか立ち上がったが、苦しそうな表情を浮かべていた。シオンの力は圧倒的だった。
「もう一つあるんじゃないのか?昨日、風香相手に使った『真実の声』とか言う奴だ」
シオンの言葉に、天音は驚いた。彼は昨日の勝負を見ていたのだろうか。
天音は「響け、真実の声」を試みた。だが、その力はまだ完全に制御できておらず、シオンの圧倒的な存在感に押され、十分に発動できなかった。
「まだ使いこなせないのか」
シオンの声には失望の色が混じっていた。
「言霊なんて結局、そんなものだ。本当に頼れるのは...」
彼の言刃が一層鋭さを増す。
「自分の技術と意志だけだ!」
シオンの一撃が天音を直撃し、彼はアリーナの端まで吹き飛ばされた。
「天音くん!もうやめて!」
倉田が天音のもとに駆け寄ろうとした時、シオンの冷たい声が彼女を止めた。
「邪魔するな。まだ終わっていない」
「でも...!」
「倉田さん、大丈夫...」
天音はなんとか立ち上がった。服は破れ、体のあちこちに傷を負っていたが、彼の目は真剣だった。
「なぜ...どうしてことだまの力をそんなに憎むの?」
天音の問いに、シオンの表情が一瞬硬くなった。
「憎む...?」
「あなたの言霊は強い。でも、その使い方には...言葉への憎しみを感じる」
シオンはしばらく黙っていたが、やがて冷ややかに笑った。
「鋭いな。でも、憎しみではない。拒絶だ」
「拒絶...?」
「言葉は人を裏切る。約束は破られ、真実は歪められる。言葉に力を与えることは、その裏切りに力を与えることと同じだ」
シオンの目に深い影が宿った。
「だから俺は、言霊の力を借りつつも、それに頼らない道を選んだ。言葉を力に変えながらも、言葉を信じない道をな」
天音はシオンの言葉に、何か深い傷の痕を感じた。「響け、言霊」を使えば、もっと彼の心に触れられるかもしれないが、今の状態では難しかった。
「見せてもらおう」
シオンが言刃を構える。
「お前の言霊が、俺の不信を打ち破れるのかどうかをな!」
シオンの最終攻撃が天音に迫る。天音は「疾風」を最大限に高め、なんとか避けようとした。だが、シオンの言刃はあまりにも速く、もはや避けきれないと悟った瞬間...
「やめなさい!」
烏丸先生の声が響いた。彼はアリーナの端から一瞬で飛び出し、二人の間に立ちはだかった。
「許可なく言霊バトルを行うことは禁止されている。特にこのレベルの激しい戦いはな」
烏丸先生の厳しい視線がシオンに向けられた。
「シオン、お前は入学してから何度目の違反だ?」
シオンは黙って木刀を下げた。
「すみません...」
天音が謝ろうとしたが、烏丸先生はシオンだけを見ていた。
「今回は見逃すが、次は懲罰対象だ。わかったな?」
シオンは無言で頷くと、天音に一瞥をくれ、アリーナを去っていった。
「天音くん!大丈夫?」
倉田が駆け寄る。
「ああ...なんとか」
烏丸先生が天音の傷を確認した。
「大したことはないようだな。医務室で手当てを受けるといい」
「先生、あの人は...」
「シオンか。確かに天才だ。入学して一週間だが、すでに多くの上級生を打ち破った。彼の『言刃』は言霊の中でも珍しく、攻撃に特化した力だ」
烏丸先生は少し考え込むように続けた。
「だが、彼には言葉を拒絶する矛盾がある。言霊を使いながらも、言葉そのものを信じていない。その矛盾が彼の力を不安定にしている」
天音は黙って頷いた。シオンの言葉から感じた違和感は、そういうことだったのか。
「どうして彼はそんなに言葉を...」
「それは彼自身の過去の問題だ。詮索するのは止めておけ」
烏丸先生はそれ以上の質問を遮り、天音に医務室へ行くよう促した。
---
医務室で傷の手当てを受けた後、天音は窓際のベッドで休んでいた。倉田は授業に戻るよう言われ、渋々退出していった。
「言葉への不信...」
天音は思考に沈んだ。シオンと自分は正反対だった。自分は言葉の力を信じ、それを深く理解しようとしている。一方シオンは、言葉を力として使いながらも、言葉そのものを拒絶していた。
「こんなところにいたのか」
冷たい声に、天音は顔を上げた。医務室の入口に風香が立っていた。
「風香さん...」
「怪我、大丈夫?」
風香の声には、珍しく心配の色が混じっていた。
「うん、かすり傷だけだから」
「そう...」
風香は医務室に入り、天音の隣のいすに腰掛けた。
「シオンとバトルしたって聞いたわ。無謀ね」
「君は昨日から...」
「ええ、少し考えることがあって。ごめんなさい」
天音は驚いた。風香が謝るとは予想していなかった。
「私、あなたを誤解していたみたい。昨日の勝負で...あなたが私の心を感じ取ったでしょう?」
天音は黙って頷いた。
「私は名門の重圧に押しつぶされそうになってた。そんな時、あなたが特別扱いされてるように見えて...嫉妬したのよ」
風香は素直に告白した。
「でも、あなたは本当の力を持ってる。それを今日、シオンとの戦いで証明したわ」
「僕は負けたよ?」
「負けたけど立ち向かった。それだけでも凄いことよ。シオンは...特別な存在だから」
「特別?」
風香はしばらく迷った後、小声で続けた。
「シオンは幼い頃に家族を失ったと聞いているわ。しかも...言霊の力で」
「言霊の力で家族を...?」
「詳しくは知らないけど、言葉の力を憎む理由は、そこにあるみたい」
天音は静かに考え込んだ。シオンの言葉への拒絶の背後には、そんな悲劇があったのか。
「彼には言いたいことがあるよ」
「何?」
「言葉は確かに裏切ることもある。でも、人を救うこともできる。僕はそう信じてる」
風香は少し驚いた表情をしたが、すぐに微笑んだ。
「あなたらしいわ...天音」
彼女が立ち上がり、医務室を出ようとしたとき、入口で鷹志とすれ違った。風香は何も言わずに通り過ぎ、鷹志は天音に近づいてきた。
「さっきは...すまなかった」
鷹志の声には素直な謝罪の色があった。
「シオンもお前に謝れと言っていたよ。『真言の塔』の先輩として、もっと筋を通せと」
「シオンが...?」
「ああ。不思議な奴だ。言葉を拒絶しながらも、筋は通す男だからな」
鷹志はそれだけ言うと、天音の傷を確認した。
「授業、休むか?」
「いや、大丈夫。行くよ」
天音は立ち上がった。体の痛みはあったが、気持ちは晴れ晴れとしていた。
医務室を出る前、天音は窓の外を見た。そこには中庭で一人、木刀を振るうシオンの姿があった。
「きっと、またあなたと戦うことになる...」
天音は小さく呟いた。シオンとの出会いは、単なる敵対関係を超えた何かを感じさせた。それは宿命的な繋がりのようなものだった。言葉を信じる者と拒絶する者。正反対でありながらも、どこか似た存在。
その日から、天音のことだま学園での生活は、さらに深みを増していくことになる。
(つづく)
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