「転生織姫の神具仕立て~針一本で最弱スキルから最強へ~」

ソコニ

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第1話「前世の記憶と祖母の遺産」

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霜が降りた早朝の寒気が肌を刺す。山霧に包まれた「糸守村」の墓地で、十六歳の少女・織姫は一人、粗末な墓石の前に膝をついていた。

「ばあ様…」

声を押し殺して織姫が呟くと、白い息が霧となって消えていく。髪を結う紅の紐以外、すべてが色褪せた喪服は、彼女の肌の白さをより際立たせていた。

「私、また一人になってしまいました」

織姫の胸に去来するのは、前世の記憶だった。現代日本で服飾デザイン専攻の大学生だった彼女は、コレクション発表会の準備に追われていた日に交通事故で命を落とした。気がつけば、この「織絵国」という異世界で赤子として生を受けていた。

両親は彼女が五歳の時に疫病で亡くなり、それからは裁縫師だった祖母・翁女(おきなめ)に育てられた。そして今、唯一の肉親である祖母も、老衰でこの世を去ってしまった。

村へ戻る山道で、織姫の耳に村人たちの囁き声が届く。

「あれが翁女の孫娘か。血筋からして役立たずの神職人じゃな」

「神具も作れぬ裁縫師風情が…」

「見た目は良いが、惚れる男はあるまい。気難しいときた」

背筋を伸ばし、視線を合わせないよう足早に通り過ぎる織姫。胸の奥に湧く苦い感情を押し殺して。

この世界の「織絵国」では、「神職人」と呼ばれる特殊な技能者が尊ばれていた。刀を鍛える刀鍛冶、薬を調合する薬師、陶器を作る陶工など、様々な職人が神の力を宿した「神具」を作り出す。彼らの作る神具は、普通の道具とは比べ物にならない力を発揮した。

しかし裁縫師は「着飾るだけの技」として「最弱の神職人」と蔑まれていた。神具のような特殊な力を持つ衣服を作れる裁縫師はほとんどおらず、せいぜい耐久性の高い衣服を作るぐらいが関の山だった。

織姫の祖母・翁女も村の裁縫師だったが、特別な力を持つ衣を作れるわけではなく、村人からの依頼も少なかった。それでも祖母は誇り高く、「いつか必ず、糸と針の真価が認められる時が来る」と信じていた。

自宅の粗末な小屋に帰り着いた織姫。板の間に座り込み、遺品の整理を始める。祖母の形見は、古びた裁縫道具と一台の糸車だけだった。

「これだけなの…」

前世では服飾デザイナーを目指していた彼女だが、この世界では「裁縫師」以外の道はない。村を出るにも金がなく、途方に暮れる。

その時、彼女の視界の隅に古ぼけた箱が入った。祖母が大切にしていた桐箱だ。開けてみると、中には美しい絹糸と、封がされた手紙があった。

「織姫へ」と書かれた手紙を取り出す。開封すると、祖母の達筆な文字が目に飛び込んできた。

『わが孫、織姫へ
そなたが、この手紙を読むときは、わしはもうこの世にはおらぬじゃろう。
短い間じゃったが、そなたを育てられて幸せじゃった。
そなたには特別な才があることを、わしは知っておる。「糸見の目」じゃ。
それは代々、わが家の娘子に受け継がれてきた神秘の力。
そなたの目は、わしには見えぬものが見える。
糸の声を聴き、布の命を感じることができる。
この力を恐れず、誇りを持って使うのじゃ。
そして、いつかは都に出て、本当の「神職人」としての道を歩むがよい。
この糸車は、わしの魂を宿した「神具」じゃ。きっと助けになるだろう。
そなたが真の神職人として名を成す日を、天から見守っておる。
―翁女より―』

震える手で手紙を胸に抱きしめる織姫。祖母は自分の中に特別な力があることを知っていたのだ。確かに彼女は時々、布や糸から微かな光が漂うように見えることがあった。だがそれは幻かと思い、誰にも話さなかった。

「糸見の目…」

その夜、織姫は不思議な夢を見た。祖母が糸車を回しながら語りかけてくる。

「織姫、そなたの運命は、糸と針にあるのじゃ。恐れず、前へ進むのじゃ」

目覚めた織姫の目に、月明かりに照らされた糸車が妙に輝いて見えた。前世での裁縫の技術と、祖母から学んだ和裁の技。それだけが自分の武器だ。明日から、自分一人で生きていかねばならない。

翌朝、早くから来客があった。村長の息吉(いくきち)だ。

「織姫、無理を言うようだが、娘の柚子の婚礼衣装を作ってはくれぬか」

息吉は無愛想だが、数少ない祖母の理解者だった。しかし同伴してきた妻の春江は「本当に大丈夫なのか」と心配げな様子。それもそのはず、柚子は村一番の美人で、お婿さんは隣村の豪商の息子。失敗は許されない重要な仕事だ。

「不安なのはわかるが、翁女には世話になった。最後の恩返しとして、孫にお願いしたい」と息吉は言う。

「引き受けます。必ず、柚子様が輝く衣装を仕立てます」

織姫は決意を胸に言い切った。これが彼女の神職人としての第一歩になるのだから。

***

仕事に取り掛かった織姫は、まず柚子の身体を採寸する。村長の家で柚子と対面すると、確かに美しい娘だったが、どこか青白く、か弱い印象を受けた。

「こんな大事な衣装、私に作れるかしら…」と不安げな柚子に、織姫は微笑みかけた。

「大丈夫です。きっと素敵な衣装になりますよ」

自信なさげに微笑む柚子の姿に、織姫は強い使命感を覚える。この娘が婚礼の日に、心から笑顔になれるような衣装を作りたい。

織姫が帰ろうとすると、村長の妻・春江が声をかけてきた。

「実は柚子が最近、体調を崩していてね。婚礼に間に合うか心配で…」

柚子の青白い顔色は病のせいだったのか。織姫は祖母の言葉を思い出し、「私に任せてください」と答えた。

家に戻った織姫は、祖母から譲り受けた絹布を広げた。柚子の婚礼衣装に使うのは贅沢かもしれないが、この一着に全てを懸けたい。

布を手に取ると、不思議なことが起きた。織姫の目に、布から微かに青い光が漂って見えたのだ。驚いて手を離すと、その光は消えた。

「これが…『糸見の目』?」

恐る恐る再び布に触れると、また光が見える。布の織り目一つ一つから漂う微かな光は、まるで布自体が呼吸しているかのようだった。

「この光…布の命なのかもしれない」

織姫は集中して、その光を観察した。すると布の持つ性質が、ありありと感じ取れるようになる。この布は丈夫で、水をはじき、寒さを防ぐ性質があるようだ。

試しに針を取り、糸を通す。針先から糸へと、彼女の指先からも微かな光が流れ込んでいく。まるで自分の思いが糸を伝って布に染み渡るかのよう。

「私の想いを込められるなら…」

織姫は決意した。前世での知識と祖母から学んだ和裁の技術を駆使し、さらに「糸見の目」で見える布と糸の特性を活かして、特別な婚礼衣装を作り上げよう。

彼女は前世で学んだデザイン画の技術で、まず衣装の全体像をスケッチした。伝統的な婚礼衣装をベースに、柚子の繊細な体型を美しく見せるライン、そして体を温め、活力を与えるような仕掛けを織り込む。

「糸見の目」で選んだ赤い糸は、活力を象徴する色。そこに祖母の桐箱から出てきた金色の糸を交えて、柚子の生命力を高める効果を狙った。

一針一針、集中して縫い進む織姫。気がつけば夜が明けていた。徹夜で作業を続けていたが、不思議と疲れを感じない。むしろ心地よい充実感で満たされていた。

完成した衣装は、見事な赤地に金糸で鶴と亀を刺繍した婚礼衣装。しかし普通の衣装とは違い、布地全体が微かに光を放っている。織姫自身も、この衣装が特別な力を持つことを直感的に感じていた。

「柚子様が、この衣装で幸せになりますように」

織姫は祈るような気持ちで、完成した衣装を見つめた。これが彼女の作る最初の「神具衣装」となるのだった。

***

試着の日、柚子は青白い顔で織姫の小屋を訪れた。

「織姫さん、遅くなってごめんなさい。体調が…」

その様子に心配した織姫は、急いで衣装を取り出す。

「どうぞ、着てみてください」

柚子が衣装を身につけると、驚くべきことが起きた。衣装が淡く輝き、その光が柚子の体を包み込んでいく。柚子の顔色が見る見るうちに良くなり、頬に健康的な赤みが差していく。

「あら…体が暖かい。そして、とても軽く感じる…」

柚子は自分の手を不思議そうに見つめ、小さくぴょんと跳ねてみせた。彼女自身も体の変化に驚いている様子。

「この衣装、なんだか特別ね。着ているだけで元気が湧いてくるわ」

織姫も驚いていた。自分の作った衣装が、実際に着る人に効果をもたらすとは。これが「神具衣装」の力なのか。

「織姫さん、ありがとう!これなら婚礼も安心だわ」

笑顔で帰っていく柚子を見送りながら、織姫は新たな可能性に胸を躍らせた。自分には確かに「糸見の目」があり、それを使えば特別な衣装が作れる。祖母が遺した手紙は本当だったのだ。

その晩、織姫は糸車の前で考え込んでいた。これからどうすればいいのか。村ではすでに「最弱の神職人」というレッテルを貼られている。本当の力を認めてもらうには、都に出るしかないのかもしれない。

「ばあ様の言う通り、都へ行くべきかしら…」

そのとき、不思議なことが起きた。糸車がゆっくりと回り始めたのだ。織姫が触れていないのに。そして、かすかな声が聞こえた。

「織姫…その通りじゃ…」

驚いて立ち上がる織姫。声の主は他にいない。まさか、この糸車が?

「あわてるな。わしはお前の祖母が魂を込めた『神具』じゃ。お前を導くために残された」

信じられない現実に戸惑う織姫だが、すでに「糸見の目」や「神具衣装」の実在を目の当たりにしていた。この話も受け入れるしかない。

「ばあ様が…あなたに魂を?」

「そうだ。お前には『糸見の目』がある。それは代々、我が家の血筋に受け継がれてきた特別な力だ。お前の祖母もかつては『神職人』として名を馳せた人物だったのだ」

織姫は驚きに目を見開いた。村人から蔑まれていた祖母が、かつては名の知れた神職人だったとは。

「しかし、ある事件をきっかけに故郷を追われ、この村に隠れ住むことになった。詳細はまだ話せぬ。お前がもっと力をつけてからだ」

糸車は続ける。

「お前には祖母の血が流れている。その力を恐れるな、受け入れるのだ。そして都へ行き、真の『神職人』として認められるのだ」

織姫は決意を固めた。祖母の遺志を継ぎ、「糸見の目」の力を使って真の神職人になる。そして、いつか「最弱」と呼ばれる裁縫師の地位を変えてみせる。

「わかりました。私は都を目指します。でも、その前に…」

織姫は視線を柚子の婚礼衣装のスケッチに移した。

「まずは柚子様の婚礼を成功させることが先決です。それが終わったら、旅立ちの準備を始めます」

糸車はゆっくりと回り、満足げな声で答えた。

「良い心がけじゃ。お前なら必ずや、針一本で最弱から最強へと上り詰めることができるだろう」

窓から差し込む月明かりの中、織姫の新たな人生の一歩が、今、始まろうとしていた。
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