「お風呂の神様になった柴犬、異世界を癒す温泉伝説」

ソコニ

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第19話:「冷泉軍団の罠」

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翠泉での温泉エルフとの協力、紅泉での湯舞竜との契約締結と、テラマリア大温泉郷計画は着実に進展していた。ぽんずタウンの計画本部には、連日各地からの報告が届き、建設は予定よりも速いペースで進んでいた。

「次は蒼泉だね!」ぽんずは地図の青く輝く部分を指差した。「浄化の力を持つ青の湯。ここには癒しと美容のための施設を作りたいな」

エリックは頷きながら設計図を広げた。「蒼泉の守護者アズリアとはすでに連絡を取っている。彼女も私たちの計画に協力的だ」

「本当に順調ね」ミナは嬉しそうに言った。「温泉エルフも湯舞竜も、最初は警戒的だったのに、今では大切な仲間になったわ」

三人が蒼泉での建設計画を話し合っていると、突然ドアが勢いよく開き、若い使者が息を切らせて飛び込んできた。

「大変です!蒼泉で異変が起きています!」

彼の緊張した表情に、一同は身構えた。

「どんな異変だ?」エリックが尋ねる。

「建設予定地が突然、白い霜で覆われたんです。周囲の水も凍りついて…蒼泉の守護者アズリアさんも困惑されています」

この報告を聞き、ぽんずたちは急いで蒼泉へと向かった。蒼泉は清らかな青色の湖に囲まれた美しい地域だったが、到着してみると、確かに異変が起きていた。建設予定地一帯が白い霜で覆われ、湖の一部が氷結している。空気も冷たく、息が白く凍る。

青い長い髪を持つ美しい水の精霊アズリアが、困惑した表情で彼らを迎えた。

「ぽんず、エリック、ミナ…よく来てくれた」アズリアの声は湖のせせらぎのように柔らかい。「昨晩から突然始まったの。私の力でも元に戻せないわ」

エリックは凍りついた地面を調べ、眉をひそめた。「これは自然現象ではない。明らかに魔法の痕跡がある」

ぽんずは慎重に凍った湖面に近づき、「お手」の力で表面に触れた。すると、氷の下から微かに白い光が浮かび上がった。

「エリック、ここを見て!氷の下に何かある!」

エリックとミナが駆け寄り、三人で氷を割って中を調べると、奇妙な杭が埋め込まれているのを発見した。それは青白く光る結晶で作られており、周囲に冷気を放出していた。

「これは…『冷却の杭』!」エリックは驚きの声を上げた。「冷王の時代に使われていた魔法装置だ。周囲の熱を吸収して冷気に変える」

「冷泉軍団の仕業ね」ミナは眉をひそめた。

アズリアが近づいて杭を見つめ、悲しげな表情を浮かべた。「彼らは蒼泉の力を否定しようとしているの?私たちの水は生命の源なのに…」

ぽんずは決意の表情で言った。「冷却の杭を全て見つけて取り除きましょう。それには冷泉軍団の本拠地も突き止める必要があります」

彼らは手分けして蒼泉地域を調査し、次々と冷却の杭を発見。エリックとミナ、そしてアズリアが杭を取り除く作業を進める中、ぽんずは別の計画を立てていた。

「僕は冷泉軍団を追跡して、本拠地を突き止めます」

「危険すぎる!」ミナは心配そうに言った。

「でも、根本的な解決には必要なんだ」ぽんずは毅然と答えた。「僕には『伏せ』の力がある。姿を隠して彼らを追跡できるよ」

議論の末、ぽんずの提案が受け入れられた。彼らは夜を待ち、冷泉軍団の構成員が新たな冷却の杭を設置しに来るのを見張ることにした。

夜半過ぎ、予想通り青白い服を着た二人の人影が蒼泉に忍び寄ってきた。氷の仮面で顔を隠し、背中には新たな冷却の杭を背負っている。

「伏せ!」

ぽんずは小さく呟き、その体が周囲の景色に溶け込むように半透明になった。気配を消しながら、彼は冷泉軍団の二人を追跡し始めた。

追跡は容易ではなかった。彼らは警戒心が強く、何度も振り返って確認していた。そして予想外だったのは、彼らが使う移動手段だった。仕事を終えた二人は小さな氷の橇を取り出し、それに乗って驚くべき速さで雪原を滑走し始めたのだ。

ぽんずは全力で追いかけたが、すぐに彼らを見失いそうになった。しかし、雪に残る橇の跡をたどることで、何とか追跡を継続。跡は北の雪山へと続いていた。

「雪山…冷王の旧領地に近いな」

ぽんずは吹雪の中、必死で前進した。寒さは厳しく、小さな体には過酷な環境だったが、「温まる」の力で体温を保ちながら進み続けた。

雪山の中腹に差しかかったとき、突然雪の壁が開き、氷の橇が中に消えていくのを目撃した。ぽんずは急いでその場所に向かい、壁が閉じる直前に滑り込んだ。

内部は広大な氷の洞窟だった。洞窟内は外よりも温度が高く、至る所に青白い光を放つ結晶が埋め込まれていた。壁には複雑な氷の模様が彫られ、天井からは氷柱が垂れ下がっている。

「冷泉軍団の秘密基地…」

ぽんずは「伏せ」の力を維持しながら、慎重に奥へと進んだ。通路は複雑に入り組んでいたが、彼は注意深く周囲の会話や足音を頼りに進んでいった。

洞窟の中心部に到達したぽんずは、息を呑む光景を目にした。巨大な円形のホールには、中央に氷の玉座があり、そこに一人の男が座っていた。彼の周りには数十人の冷泉軍団員が集まり、報告を聞いているようだった。

玉座に座る男は長い白髪と青白い肌を持ち、氷の王冠のような装飾を頭に付けていた。彼こそが冷泉軍団のリーダー「ウィンターフロスト」に違いなかった。

「蒼泉での作戦は順調か?」ウィンターフロストの声は冷たく澄んでいた。

「はい、冷却の杭を予定通り設置しました」報告する団員は恭しく頭を下げた。「しかし…一部は発見されて撤去されたようです」

「予想通りだ」ウィンターフロストは冷静に応じた。「あの犬…ぽんずの妨害は想定内だ」

ぽんずはさらに近づき、彼らの会話に耳を傾けた。すると、思いもよらない情報が明らかになった。

「ウィンターフロスト様、かつての主君である暖王(元・冷王)からの使者が来ています」別の団員が報告した。

ウィンターフロストの表情が一瞬曇った。「通せ」

数分後、暖王の使者が入室した。彼はウィンターフロストに丁寧に一通の書状を手渡した。

「我が主君は、あなたの行動を憂慮されています。温泉リゾート計画への妨害を直ちに中止し、帰参するよう求めておられます」

ウィンターフロストは静かに書状に目を通し、微かに首を振った。

「伝えよ。私は主君を裏切ったわけではない。ただ、失われようとしている『冷たさの価値』を守りたいだけだと」

「しかし、主君は既に温泉の価値も認められ…」

「私は主君の決断を尊重している」ウィンターフロストは言葉を遮った。「だが、すべてが温かさに塗り替えられていいはずがない。この世界には冷たさも必要だ。雪や氷の美しさ、冷たい水の清涼感…それらの価値が失われようとしている」

ぽんずはその言葉に、思わず「伏せ」の力を弱めてしまった。一瞬だけ彼の姿が現れ、すぐに消えたが、鋭い観察眼を持つウィンターフロストには見逃せなかった。

「誰だ!」彼は立ち上がり、氷の杖を手に取った。「侵入者がいる!」

場内が騒然となる中、ぽんずは「伏せ」の力を解き、堂々と姿を現した。

「僕はぽんず。話し合いに来ました」

ウィンターフロストは厳しい目でぽんずを見つめたが、団員たちに手で制止の合図を送った。

「勇気ある小犬だな。我が本拠地に単身潜入するとは」彼の口調には僅かな敬意が混じっていた。「だが、話し合いで何が変わるというのだ?」

「あなたの言葉を聞いて、少し分かった気がします」ぽんずは真摯に応えた。「冷たさにも価値がある。それは否定しません」

ウィンターフロストは眉を上げた。「ほう?」

「温かさも冷たさも、どちらも大切なんです。バランスが重要なんだと思います」ぽんずは一歩前に進んだ。「実は、温泉リゾートにも冷たさの技術は必要なんです」

「どういうことだ?」

「熱すぎる温泉を適温に冷ます技術、暑い夏に涼を取る冷泉施設、温冷交互浴のための冷水設備…」ぽんずは熱心に説明した。「冷泉軍団の技術を、妨害ではなく、温泉文化の一部として活かせないでしょうか?」

この提案にウィンターフロストは長い間黙り込んだ。彼の青い瞳には、思考の光が揺れていた。

「面白い提案だ」彼はようやく口を開いた。「だが、そう簡単に信じられるものではない。温泉派が本当に冷たさを尊重するとは思えん」

「それなら、一緒に新しい温泉文化を創りましょう」ぽんずは熱意を込めて言った。「温冷のバランスを大切にした、真の癒しの場所を」

ウィンターフロストの表情が柔らかくなったように見えたが、すぐに元の厳しさに戻った。

「甘い言葉だ」彼は冷たく言い放った。「私は見せてもらう。本当に冷たさの価値が認められるのかを」

彼は立ち上がり、杖を高く掲げた。

「今、私はお前を見逃す。だが、我々の戦いはまだ終わっていない。次なる作戦を予告しよう—翠泉郷への『大寒波』攻撃だ。それを止められるか、温泉の使いよ」

激しい吹雪が洞窟内に巻き起こり、ぽんずの視界を遮った。吹雪が収まると、ウィンターフロストの姿はなく、団員たちも姿を消していた。

ぽんずは急いで洞窟から脱出し、仲間たちの元へと戻った。蒼泉では、アズリアとエリック、ミナが最後の冷却の杭を取り除いたところだった。

「ぽんず!無事だったのね!」ミナは安堵の表情で駆け寄った。

ぽんずは冷泉軍団の本拠地で見聞きしたことをすべて報告した。ウィンターフロストの主張、冷たさの価値、そして「大寒波」攻撃の予告まで。

「厄介な相手だな」エリックは考え込んだ。「かつての冷王に仕えた氷の魔術師…その力は侮れない」

「でも、ぽんずの言うとおり、温冷のバランスという考え方は重要かもしれないわ」アズリアは穏やかに言った。「水の精霊として、私も流れる水と凍った氷、両方の美しさを知っています」

「翠泉への大寒波攻撃…」ミナは心配そうに言った。「温泉エルフたちが危険ね」

「すぐに警告を送ろう」エリックは行動的に提案した。「そして防衛策を練る必要がある」

その日の夕方、蒼泉の氷は溶け始め、青い湖は再び穏やかな輝きを取り戻した。アズリアは感謝の意を込めて、特別な「浄化の雫」をぽんずたちに贈った。

「これは蒼泉の力が凝縮された宝石。いざというときに使ってください」

ぽんずタウンに戻った一行は、早速翠泉への警告と防衛策の準備を始めた。冷泉軍団との対決は、新たな段階に入ろうとしていた。

しかし、ぽんずの心の中には、単なる対立ではなく、「温冷のバランス」という新たな可能性も芽生えていた。ウィンターフロストとの対話が、思わぬ形で温泉文化に新たな視点をもたらしたのだ。

「温かさと冷たさ、両方が調和する温泉リゾート…それも素敵かもしれないね」

ぽんずは窓の外を見つめながら、静かに呟いた。雪が舞い始めた夜空に、次の挑戦への決意を新たにしていた。

(この話は続く)
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