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第4章 第3話「反響する声」
しおりを挟む「―その座標は、地下鉄の廃駅を示していました」
翔真が配信用マイクに向かって話しかける。深夜のポッドキャスト配信、第二回目の放送が始まっていた。
「先日の配信から48時間。私たちは七瀬病院で新たな手がかりを得ました。そして今、その声の導きに従って―」
チャット欄にコメントが流れ始める。
『また、あの声が聞こえるの?』
『前回の配信、怖かった…』
『でも、気になる』
「今回は通常の配信場所ではなく、現地からの中継となります」
カメラが周囲を映す。使われなくなった地下鉄のホーム。埃にまみれた壁と、錆びついた案内板。かすかに響く水滴の音。
「水無月さん、音声の状態は?」
モニター越しに映るカレンの姿。彼女は集中した様子で機材を確認している。
「はい。今のところ正常です。でも…」
言葉が途切れた瞬間、反響音が地下空間に広がった。
「これは」
誰かの足音。しかし、カメラに映るのは翔真とカレン、そして撮影スタッフの山田だけ。
『足音、聞こえた』
『誰かいるの?』
『生配信だよね?』
チャット欄が騒がしくなる。
カレンの持つ音声解析機器が、突如として警告音を発する。
「これ、変です」カレンが画面を覗き込む。「通常ありえない周波数帯が…」
その時、ホームの反対側から、電車が接近する音が響いた。
しかし、この路線は10年前に廃止されている。
電車の接近音が、地下空間に反響する。
「おかしいですよね」翔真がカメラに向かって説明する。「この路線は完全に廃止されているはずなのに」
『本物の電車?』
『これやばくない?』
『音だけ...かも』
チャット欄のコメントが次々と流れる中、カレンが機材の画面を指差した。
「この波形、見てください」
通常の電車音なら、一定のパターンを示すはず。しかし、画面に表示されているのは、異常に歪んだ波形。まるで、人の声が電車音に変換されたかのような。
「これ、解析してみます」
カレンがノートPCを操作し始めた瞬間、ホーム全体に反響音が響き渡る。
「只今、地下鉄×××線、まもなく到着いたします。ご注意ください」
錆びついたスピーカーから、アナウンスが流れる。しかし、その声は、徐々に別の何かに変わっていく。
「まもなく、記録を開始します」
「あなたの声も、永遠の一部に」
「この場所で、1989年に」
複数の声が重なり合い、やがて一つの声へと収束していく。
「すみません、ちょっと待って」カレンが声を上げる。「このアナウンス、私の兄の...」
地下空間に、轟音が響き渡った。
画面上のチャット欄が急激に動き始める。
『自分のスマホからもアナウンスが!』
『イヤホンつけてないのに声が』
『電車の音、近づいてる?』
その時、カレンのPCに、Voice_Archiveからの新たなメッセージが届く。
『あの日の最終電車は、まだ到着していません』
ホームの端から、光が差し始めた。
光が近づいてくる。しかし、それは通常の電車のヘッドライトとは違っていた。まるで古いフィルム映像のような、粒子の荒い光。
「カメラ、光の方向に」翔真が指示を出す。
しかし、配信画面が激しくノイズで乱れ始める。視聴者のコメントが、異常な速度で流れていく。
『画面が歪んでる』
『音が、音が変』
『これ、私の声?』
『助けて』
『まだ、電車の中』
それぞれのコメントが、まるで生の声のように響き始めた。地下空間が、無数の声で満たされていく。
「翔真さん!」カレンが叫ぶ。「音声解析機器が、破裂しそうなくらいの入力を...」
その時、ホームに「電車」が入ってきた。
しかし、そこにあるのは、通常の車両ではない。半透明で、まるでフィルムに投影されたような姿。車内には、人影が見える。
「これは」翔真が息を呑む。「1989年の...」
「兄さん!」
カレンが前に出ようとした瞬間、全ての機材から轟音が響き渡る。配信機器、スマートフォン、音声解析装置、全てが一斉に。
「まもなく、この電車は終着点に到着します」
アナウンスが、歪んだ声に変わっていく。
「そこで、全ての記録は─」
突然の暗転。全ての機器が停止した。
沈黙が訪れる。
そして、闇の中から、一つの声。
「もう一度、あの日に戻りませんか?」
それは、カレンの兄、アキラの声だった。しかし、同時に何か別のものの声でもあるように聞こえた。
緊急照明が点灯する。ホームには、半透明の「電車」の残像だけが。
全員のスマートフォンに、同時に着信が入る。
送信者:Voice_Archive
『記録は続いています。次は、終着点で』
添付されていたのは、古びた路線図。そこには、通常の路線図には載っていない、一つの駅が記されていた。
「1989年8月15日、最終電車の行き先」カレンが呟く。「兄さんが、最後に向かった場所」
配信は終了した。しかし、記録された声は、彼らを次なる場所へと導こうとしていた。
全ては、「終着点」で明らかになる。
(第3話 完)
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