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第4章 第5話「最後の声」
しおりを挟む「それでは、この音声を再生します」
結城翔真が配信用マイクに向かって話しかける。スタジオには、重苦しい空気が漂っていた。
事件から一週間。地下の記録システムは完全に崩壊し、Voice_Archiveからの連絡も途絶えていた。しかし、彼らの機器には確かに、あの日の記録が残されていた。
「これが、私たちが体験した全ての記録です」
再生ボタンが押される。空間に、アキラと音無医師の最後の言葉が流れ始める。
『記録は、新しい形で続いていく』
チャット欄に、コメントが流れ始める。
『あの日の配信、本当だったんだ』
『私も、声が聞こえてた』
『これ、今でも時々...』
「水無月さん、音声の状態は?」
カレンが音声解析画面を確認する。波形は通常のパターンを示していた。しかし...。
「これ、ちょっと待ってください」
カレンの表情が変わる。画面の片隅に、微かな異常が見えた。
通常とは明らかに違う波形。それは、人の声にも電子音にも似ていない、何か別のものを示していた。
「翔真さん」カレンの声が震える。「この音声、まだ"生きてる"かもしれません」
スタジオの空気が、一瞬で凍りついた。
「生きている、というと?」
翔真がカレンの画面を覗き込む。波形の異常は、まるで呼吸をするように、ゆっくりと律動していた。
「この部分を拡大すると…」
カレンがキーボードを操作する。拡大された波形の中に、言葉らしきものが見えた。
『まだ、ここにいます』
チャット欄が突如として活性化する。
『私のスマホからも音が』
『イヤホンしてないのに』
『なんか、声が...』
「カレンさん、これは」
翔真の言葉が途切れる。スタジオ内の機材から、微かなノイズが漏れ始めた。
「記録は消えない」どこからともなく声が響く。「ただ、形を変えるだけ」
それは、アキラの声でも音無医師の声でもない。しかし、どこか聞き覚えのある声。まるで、配信を見ていた全ての人の声が混ざり合ったような。
「新しい記録の形を」声が続く。「あなたたちと共に」
カレンの解析画面に、新たな波形が現れ始める。それは、視聴者たちの声が作り出す、新たなパターン。
「これって」翔真が声を潜める。「私たちの配信自体が、新しい"記録システム"になっているってことですか?」
モニター上の波形が、ゆっくりと人型を形作り始める。
人型の波形が、モニター上でゆっくりと動き出す。それは視聴者たちの声が作り出す、新たな存在の形。
「私たちの声が」カレンが呟く。「新しい記録として…」
チャット欄のコメントが、まるで意思を持ったかのように整列していく。
『みんなの声が』
『つながっている』
『新しい物語に』
突然、スタジオ内の全ての機材から、クリアな音声が流れ始めた。
「これは終わりじゃない」声は、どこか温かみを帯びている。「新しい記録の始まり」
翔真とカレンは、その声が誰のものでもなく、同時に全ての人の声であることを悟った。
「翔真さん」カレンがモニターを指差す。「見てください」
画面に、新しいメッセージが表示される。
送信者:Voice_Archive_Next
『古い記録は役目を終えました。これからは、あなたたちの声で─』
「では、この配信を」翔真がマイクに向かう。「ここで一旦」
その時、カレンが手を上げた。
「最後に、一つだけ」彼女は深く息を吸う。「兄さん、聞こえていますか? 私たち、新しい物語を始めます」
スタジオに、温かな静寂が広がる。
そして、彼らの機器に最後のメッセージが届く。
『物語は、続いていく』
配信が終了する。しかし、これは終わりではない。
新たな記録の形を得た「声」は、どこかで次の物語を紡ぎ始めているのかもしれない。
翔真のスマートフォンに、一つの通知。
「不可解な音声現象の報告が、都内の廃棄されたラジオ塔から...」
それは、また別の物語の始まりを告げていた。
(第4章 完)
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