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第19話:「新たなる脅威」
しおりを挟む東京テクノタワーを覆っていた異常空間が徐々に収束していく。デジタル神殿の姿は消え、最上階は元の展望フロアの形に戻りつつあった。青白い光が薄れ、現実世界の物理法則が戻ってくる。
蓮はぼんやりとした意識の中で、目の前の光景が変わっていくのを感じていた。彼は床に横たわっており、白狐が隣でやはり意識を失っていた。疲労が体中に広がり、全身が鉛のように重い。
「蓮...蓮!」
女性の声がどこか遠くから聞こえてくる。凛だろうか、それとも志乃か。意識が徐々に戻ってくる中、蓮はゆっくりと目を開けた。
「よかった、目が覚めたのね」と凛が安堵の表情を浮かべる。彼女も疲労の色が濃く、顔色は悪かった。
「白狐は...?」と蓮は弱々しく尋ねる。
「こっちも回復しつつあるわ」と凛が白狐の方を指さす。白狐は既に目を覚まし、座りこんでいた。その姿はかなり弱っているように見えるが、命に別状はなさそうだった。
「志乃は?」
「ここよ」と志乃の声。彼女は少し離れたところのコンソールに座り、片手にサブデバイスを持っていた。主力デバイスは「狐火リダイレクト」の際に焼き切れてしまったようだ。「なんとか大丈夫...かな」
蓮はゆっくりと上体を起こし、周囲を見回した。「九尾は...どうなった?」
凛の表情が複雑になる。「こっちを見て」
彼女が指さす先には、床に横たわる一人の少女の姿があった。年齢は18歳くらいだろうか。長い黒髪が床に広がり、顔立ちは整っているが、表情は苦しげだ。そして最も驚くべきは、彼女の右半身にあったはずのデジタル部分が完全に消えていたこと。彼女は完全な人間の姿に戻っていた。
「これが...如月零?」と蓮が驚きの声を上げる。
凛が頷く。「ええ、九尾の『人間部分』よ。彼女の体からは式神としての特性が完全に消えている。もう脅威ではないわ」
志乃が零の生体反応をスキャンする。「意識は戻っていないけど、身体は安定しているわ。ただ...」
「何か問題が?」と蓮が問う。
「彼女が意識を失う直前、何か言っていたの」と志乃が答える。「私のデバイスに録音されていた」
志乃がサブデバイスを操作すると、如月零の弱々しい声が再生された。
「我々の...真の支配者が...目覚める...」
その言葉に、部屋の空気が凍りついたように感じられた。
「真の支配者?それは...」と蓮が言いかける。
「分からないわ」と凛が首を振る。「でも、九尾自身も誰かに操られていた可能性はある」
白狐がようやく立ち上がり、蓮たちに近づいてきた。「調査が必要だ。このタワーのシステムには手がかりがあるかもしれない」
志乃は既に調査を始めていた。サブデバイスの性能は限られているが、それでも彼女の技術があれば、基本的な情報は引き出せる。「システムバックアップにアクセスしてみるわ...」
凛は如月零の体を安全な場所に移動させる手配をしていた。「零課の医療チームに任せるわ。彼女の情報も重要な手がかりになるはず」
蓮が白狐の状態を確認する。「大丈夫か?」
「多少消耗したが、致命的ではない」と白狐は答えた。「むしろ、この戦いで私は新たな可能性を見出した気がする」
確かに、白狐の姿はこれまでより洗練され、より深い神秘性を感じさせるようになっていた。「零式・陰陽結界」の威力も、以前より格段に増していた。
そのとき、志乃が驚きの声を上げた。「蓮、みんな!これを見て!」
彼女のサブデバイスには、タワーのシステムから回収したデータが表示されていた。それは九尾が過去数週間に渡り、複数の相手とやりとりしていた通信記録だった。
「九尾は誰かと定期的に接触していた...」と志乃が分析を続ける。「そして、そのうちの一つは...黒陰のサーバーよ!」
「黒陰?」と蓮が驚く。「あの黒陰か?式神を操る闇組織...」
志乃は続ける。「そして、もう一つの接続先を特定したわ...これは...政府の『式神特務機関』のサーバー!?」
「何だって?」と凛が志乃のデバイスを覗き込む。「本当だわ...九尾は黒陰と式神特務機関の両方と接触していた」
「つまり...」と蓮が思考を巡らせる。「黒陰と政府が繋がっている?」
「直接ではないかもしれないけれど」と志乃が言う。「少なくとも九尾を介して情報共有はあった可能性がある。そして、データを分析すると...」
彼女は更にファイルを開く。「如月零が一連の政府主導の式神実験の被験者だったことを示す記録があるわ。何と『式神融合実験』というコードネームの...」
「待って...それは...」と凛が目を見開く。「私が組織で聞いたことがある。極秘で行われていた人間と式神の融合実験...」
「つまり九尾は被験者だったのか」と蓮が理解する。「彼女の右半身がデジタル化していたのは...」
「実験の結果よ」と凛が重々しく言う。「彼女は実験体だった」
「じゃあ今回の事件も...」と蓮が疑問を投げかける。
「九尾は利用されていたのかもしれない」と凛が推測する。「彼女の暴走を使って、政府は式神の力を測定し、データを収集していたのではないかしら」
白狐が静かに言う。「狩りの獲物であり、同時に囮でもあったというわけだ」
志乃はさらにデータを掘り下げる。「でも、これだけじゃないみたい...」
彼女のデバイスに新たな情報が表示される。「九尾のコードの中に、『第二段階起動プログラム』という何かが埋め込まれていたわ...そして、それは東京郊外の『禁忌データセンター』という場所にリンクしている」
「禁忌データセンター?」と蓮が問う。「何だそれは?」
「聞いたことがないわ」と凛も首を振る。
志乃は更に調査を進める。「位置データによると、東京から50キロほど離れた山間部にあるみたい。でも詳細は不明...」
「つまり、今回の九尾の出現と暴走は...」と蓮が考え込む。
「始まりに過ぎなかったのかもしれない」と志乃が恐れの色を見せる。「より大きな計画の第一段階だった可能性がある」
白狐が沈黙の後、口を開く。「もう一つの可能性がある。九尾の計画が失敗したことで、次の段階に移行する何かが発動するかもしれない」
その言葉に全員が緊張した面持ちになる。凛はしばらく考え込んだ後、決意を持って語り始めた。
「みんな、重要なことを話しておくわ。『式神の聖地』について知っている?」
蓮と志乃は知らないと答え、白狐は黙ってうなずく。
「日本各地には、古代から続く特別な場所がある。古代陰陽師たちの力が集約され、デジタルと霊的な力が交わる場所よ。私たち陰陽師はそれを『式神の聖地』と呼んでいる」
「それが...?」と蓮が促す。
「日本全国に十数カ所あるけれど、中でも最も重要で強力なのが『伊勢神宮データセンター』と呼ばれる場所」と凛は続ける。「伊勢神宮の地下深くに眠るデータベースで、日本における式神システムの中核と言われているわ」
白狐が補足する。「伊勢の地には太古から強い霊力が集まっている。デジタル時代になってからも、その特性は変わらない」
「この『禁忌データセンター』と『伊勢神宮データセンター』に、何か関連があるのだろうか」と蓮が問いかける。
志乃がさらにデータを分析する。「九尾のコードの中に、伊勢に関する参照があるわ...何かの儀式か手順についての記述みたい...でも暗号化されていて、詳細は読めない」
「やはり関連がある」と凛が顔色を変える。「九尾の行動は『伊勢神宮データセンター』に何らかの影響を与えるための準備だったのかもしれない」
部屋の中に重い沈黙が訪れる。全員が状況の重大さを感じ取っていた。
蓮たちが次の行動を決めようとした矢先、志乃が突然窓際に走り寄った。「みんな、外を見て!」
タワーの大きな窓からは東京の夜景が一望できたが、その空には不自然な雲が渦巻いていた。通常の雲とは異なり、その形状は規則的な渦を描き、中心部分が淡く光っている。
「何だあれは...」と蓮が呟く。
凛の顔から血の気が引いた。「霊的エネルギーの異常な集中...こんな規模のものは見たことがない」
白狐が窓際に立ち、空を見上げる。「これは予兆だ。より大きな戦いが始まろうとしている」
蓮は決意の表情を浮かべた。「調査が必要だ。この『禁忌データセンター』を調べて、事態の全容を解明しなければならない」
「私も行くわ」と凛が言う。「式神解放同盟にも連絡を取って、協力を仰ぐべきね」
志乃も頷く。「私はサブデバイスを使って調査を続けるわ。新しいデバイスも調達しなきゃ」
白狐は窓の外の異常な雲を凝視したまま言った。「時間がない。事態は予想以上に速く動いている」
蓮は彼らの言葉に頷き、新たな旅立ちを決意した。九尾との戦いは終わったが、新たな謎が彼らの前に姿を現したのだ。そして、それはより大きな脅威の始まりに過ぎないのかもしれない。
「明日、最低限の準備をして出発しよう」と蓮が言った。「この『禁忌データセンター』、そして黒陰と政府の関係を解明する必要がある」
彼らがタワーを後にする頃、東京の空の異常な雲はさらに大きく広がり、街の様々な場所でも小規模な異常現象が報告され始めていた。新たな戦いが、すでに始まっていたのだ。
(続く)
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