魔楽戦国 〜最後の能楽師、異世界を舞う〜

ソコニ

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第6話:「異端の舞士たち」

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朝靄の中、幽真と椿姫は紅葉城の裏庭で共に舞の稽古をしていた。二人の舞が交わるたび、桃色と銀色の光が混ざり合い、美しい渦を形成する。

「もう少し腕の角度を」

幽真の指示に、椿姫は素直に従った。女性の舞士として公に認められて二週間、彼女は驚くほど急速に上達していた。

「こうか?」

「はい、そうです。『陰の舞』の動きを保ちながら、もう少し力を抜くと…」

幽真の言葉が途切れた。城門の方から騒がしい声が聞こえてきたからだ。

「何事だろう」

椿姫が眉をひそめる。二人は稽古を中断し、声の方向へ向かった。

城門前には、奇妙な一団が集まっていた。十人ほどの男女、全員が黒と赤を基調とした独特の装束を身につけ、異様な雰囲気を放っている。

「あれは…」

椿姫の表情が固くなった。

「影舞衆だ」

「影舞衆?」

幽真が問うと、椿姫は低い声で説明した。

「舞の異能者たちの集団。通常の舞とは異なる『破戒の舞』を使う。危険な連中だ」

影舞衆の中心には、一人の若者が立っていた。三十歳前後か、引き締まった体と鋭い眼光が印象的だ。腰には刀ではなく、特殊な形状の扇を差している。

「あれが彼らのリーダー、影丸だ」

影丸とその一団は、城内に案内されていった。幽真は不思議そうな表情で椿姫を見た。

「なぜ彼らが?」

「父上が召集したのだろう。彼らも舞士。この戦乱の世、力ある者はどこでも重宝される」

椿姫の表情には明らかに嫌悪感が表れていた。

---

大広間、荒神宗継は厳かに座り、影舞衆一行を見下ろしていた。その傍らには無名の翁の姿もある。

「影丸、よく来た」

宗継の声に、影丸は軽く頭を下げた。礼儀はあるが、従順さはうかがえない態度だ。

「ご招待に応じました、荒神殿」

「鬼門国との戦いが激化している。お前たちの力を借りたい」

「構いませんが…」

影丸はゆっくりと視線を上げた。

「相応の代価を」

宗継は無言で側近に目配せし、箱が運ばれてきた。中には大量の金貨と宝石。

「これで十分か」

影丸は中を一瞥し、頷いた。

「ええ、これなら我々の技術に見合います」

その時、影丸の視線が広間の片隅に立つ幽真と椿姫に向けられた。

「ほう…あの評判の『幽玄の花舞』と『陰の舞』…」

影丸の目が鋭く光った。

「面白い。彼らとも交流させていただきたい」

宗継は難しい表情を浮かべたが、やがて頷いた。

「よかろう。幽真、椿。影丸と挨拶するがよい」

二人は前に出て、深々と頭を下げた。

「白河幽真です」
「荒神椿です」

影丸は二人を興味深そうに見つめた。

「影舞衆の影丸だ。お前たちの舞、評判に聞いている。特に…」

彼は幽真の持つ天照ノ面を指差した。

「その面の力、見せてもらいたいものだ」

幽真は少し身構えた。この男から漂う気配は、これまでの舞士たちとは明らかに異なっていた。

「我々は明日から荒神軍に加わる。共闘を楽しみにしているよ」

影丸はそう言って退出していった。その後ろには、様々な表情の影舞衆の面々が続く。中でも一人の若い女性が、椿姫に意味ありげな視線を投げかけていた。

---

「あの連中、信用できないな」

広間を出た後、椿姫は不満げに言った。

「あの赤い髪の女、私を見る目が気に食わない」

「赤い髪?」

「ああ、影丸の後ろにいた女だ。紅と言ったか。女の舞士は珍しいから、私に興味があるのだろう」

幽真は思案顔で言った。

「影舞衆の舞、見てみたいですね。『破戒の舞』とはどんなものか」

「危険だぞ。彼らの舞は通常の舞とは違う。破壊的で、時に制御不能だと聞く」

「それでも…」

幽真の言葉が途切れた。廊下の向こうから、先ほどの影丸が歩いてくるのが見えたからだ。

「やあ、二人とも」

影丸は気さくな様子で近づいてきた。

「共に舞を語らないか? 互いの技を知ることは、戦場では重要だろう」

幽真は警戒しつつも、好奇心に勝てなかった。

「是非」

椿姫は渋々ながらも同意し、三人は城の練習場へと向かった。

---

「『破戒の舞』をご覧に入れよう」

練習場に着いた影丸は、中央に立った。彼は腰の特殊な扇を取り出し、ゆっくりと構えを取る。

「我々の舞の基本理念は単純だ。型を破り、自由になること」

影丸の周囲に、徐々に赤と黒の光が渦巻き始めた。彼の舞は幽真の知るどの舞とも違っていた。荒々しさもあるが単なる「荒舞」ではない。優美さもあるが「幽玄の舞」とも違う。それは全ての型や規則を意図的に破壊し、新たな形を生み出そうとする舞だった。

「型にとらわれた舞では、真の力は出せない。『破戒の舞』は、全ての束縛から解放された時に生まれる」

影丸の舞が進むにつれ、空間そのものが歪むように見えた。赤黒い光の渦は周囲の物体を浮かび上がらせ、ある種の破壊的なエネルギーを放出している。

「凄い…」

幽真は思わず呟いた。それは恐ろしくもあり、魅力的でもあった。全ての型を捨て、純粋に直感で舞う自由。そこには幽真が求めていた「革新」の可能性も感じられた。

「私の番だ」

影丸の舞が終わると、椿姫が前に出た。彼女の「陰の舞」は、影丸の舞と対照的だった。規律と自由のバランスが美しく、銀色の光が練習場を優雅に照らす。

「素晴らしい」

影丸は素直に感嘆の声を上げた。

「女性の舞士は珍しい。そして、これほどの才能はさらに稀だ」

椿姫は複雑な表情で礼を述べた。敵対心はあるものの、舞を理解する者からの称賛は素直に嬉しかったのだろう。

「我々の中にも女性の舞士がいる。紅を紹介しよう」

影丸の言葉に応じるように、先ほどの赤髪の女性が練習場に入ってきた。二十代前半、鮮やかな赤髪と情熱的な眼差しが印象的だ。

「紅だ。影舞衆の中でも特に才能ある女性舞士だ」

紅は椿姫に深々と頭を下げた。

「荒神椿姫、お会いできて光栄です。女性が舞うことを公に認められた方は、私たちにとって希望の光です」

椿姫は戸惑いつつも頷いた。

「最後に、幽真殿の舞を」

影丸の言葉に、幽真は天照ノ面を手に取った。彼は「幽玄の花舞」を舞い始めた。形式の美と力のバランス、そして「花」の概念を具現化した舞だ。

影丸は幽真の舞を食い入るように見つめていた。

「これが『幽玄の花舞』か…確かに美しい。だが…」

幽真の舞が終わると、影丸は真剣な表情で言った。

「型に縛られ過ぎている。もっと自由になれば、その面の力を完全に引き出せるだろう」

「型に縛られる…?」

「そう。『破戒の舞』を学べば、お前の可能性はさらに広がる」

幽真は考え込んだ。確かに、現代の能楽は型に縛られていた。それが彼と祖父の対立の原因でもあった。革新を求めて異世界に来た自分が、ここでも型の問題に直面しているのは皮肉だった。

「考えておきます」

影丸は満足げに頷いた。

「歓迎する。我々は毎晩、城外の森で稽古をしている。興味があれば来るといい」

三人が去った後、幽真は椿姫に問いかけた。

「どう思いましたか?」

「警戒すべきだ。彼らの舞には…危険な何かがある」

椿姫の表情は厳しかった。

「ただ…」

「ただ?」

「紅の言葉には、少し心動かされた。女性の舞士として、認められる世界を作りたいという思いは、私も同じだから」

幽真は椿姫の複雑な心境を理解した。伝統と革新の狭間で揺れるのは、彼も同じだった。

---

その夜、幽真は無名の翁を訪ねた。

「師匠、影舞衆についてお聞きしたいのです」

翁は静かに茶を啜りながら答えた。

「ああ、彼らか。舞の異端児たちだな」

「『破戒の舞』とは何なのでしょう?」

「文字通り、型を破る舞だ。通常の舞は型を守ることで力を得るが、彼らは逆に型を壊すことで力を引き出す」

翁は一息ついて続けた。

「実は『破戒の舞』も、風姿花伝の中に記述がある」

「えっ?」

「『時に型を破れ』『非型の型』…世阿弥も、型を超えた境地について語っている」

幽真は驚いた。彼の知る世阿弥の教えとは違った側面だった。

「しかし、彼らは一足飛びに型破りを求める。基礎なき革新は、時に危険だ」

「しかし彼らの舞には、確かな力がありました」

「そうだろう。彼らの道が間違っているとは言わん。ただ、その先に何を見るかが問題だ」

翁は幽真をじっと見つめた。

「お前は何を求める? 舞に何を見るのだ?」

「私は…」

幽真は言葉に詰まった。元の世界に帰りたい、能楽を現代に蘇らせたい、そんな思いはある。だが、この世界での舞の意味は何か。

「まだ分かりません」

「それでいい。急ぐな。答えを探す旅の途中だ」

翁の言葉に、幽真は小さく頷いた。

---

翌日、幽真は宗継に呼び出された。

「幽真、特別な任務を与える」

宗継の声は低く、周囲に聞こえないように配慮されていた。

「何でしょうか」

「影舞衆を調査してほしい」

幽真は驚いて顔を上げた。

「彼らは強力な舞士だが、その目的が分からん。単なる傭兵集団とは思えぬ」

「なぜ私に?」

「お前は彼らと親しくなれる立場にある。影丸はお前の舞に興味を示している。それを利用するのだ」

幽真は複雑な思いで黙り込んだ。

「もちろん、命令ではない。頼みだ」

宗継の表情には珍しく柔らかさがあった。

「分かりました。できる限りのことを」

「感謝する。だが、危険は冒すな。彼らが何か企んでいるなら、早急に知りたいだけだ」

幽真が退出しようとしたとき、宗継が一言付け加えた。

「椿のことも…頼む」

「はい」

幽真は深く頭を下げた。

---

夕暮れ時、幽真は城外の森へと向かった。影舞衆の稽古を見学するためだ。

森の奥、小さな空き地で影舞衆は集まっていた。影丸を中心に、様々な型破りの舞が練習されている。赤と黒の光が森を不気味に照らしていた。

「来たな、幽真」

影丸は幽真に気づくと、手招きした。

「見学じゃなく、参加してみないか?」

「いえ、今日は見るだけで」

「そうか。ならば『破戒の舞』の真髄を見せよう」

影丸は中央に立ち、異様な舞を舞い始めた。それは昨日見たものよりも激しく、より破壊的だった。周囲の木々が揺れ、地面さえも震える。

「舞の本質は破壊にある。古きを壊し、新しきを創る」

影丸の言葉が、舞の合間に投げかけられる。

「この世界は、舞による支配と抑圧の歴史だ。我々はそれを壊し、全ての人が自由に舞える世界を作る」

その言葉に、幽真は何かを感じ取った。彼らは単なる傭兵ではない。何か大きな目的を持っているようだ。

稽古が終わった後、紅が幽真に近づいてきた。

「椿姫様は来なかったのですね」

「はい、今日は城内の任務があるとのことで」

実際は、椿姫は影舞衆を警戒して来なかったのだが、幽真はそれを口にしなかった。

「残念です。彼女には是非、私たちの理念を知ってほしい」

紅の目は真剣だった。

「女性が舞うことを認められない世界を変えたい。それは椿姫様も同じはず」

「彼女には彼女の道があります」

「もちろん。でも、一人では変えられないことも、共に立てば変えられる」

紅の言葉には熱があり、幽真は思わず聞き入ってしまった。

「幽真殿も、型に縛られないことの自由を知るべきです。その面の力も、きっと何倍にも増すでしょう」

幽真は黙って天照ノ面を見つめた。確かに、彼はまだこの面の力を完全には引き出せていない。

「考えておきます」

帰り道、幽真は複雑な思いに包まれていた。影舞衆の目的、「破戒の舞」の力、そして自分自身の舞の道。全てが混沌としていた。

城に戻ると、椿姫が門で待っていた。

「どうだった?」

「まだ分からない。だが、彼らは単なる傭兵ではないようだ」

「やはり…」

「紅があなたに会いたがっていました」

椿姫は少し目を伏せた。

「私も…少し興味がある。女性の舞士として、彼女の考えを聞いてみたい」

「でも、警戒は怠らないでください」

「分かっている」

二人は静かに城内へと歩いていった。夜空には満月が輝き、その光は二人の影を長く伸ばしていた。

幽真の心の中で、疑問が渦巻いていた。

「影舞衆の真の目的は?」
「『破戒の舞』は本当に必要なのか?」
「椿姫は彼らに惹かれていくのか?」

そして最も重要な問い。

「私はどの道を選ぶべきなのか?」

(つづく)
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