『転生商帝 〜金で戦争も王国も支配する最強商人〜』

ソコニ

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第9話「貴族の息子、初めての値切りバトル」

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夏の日差しが強まる午後、ライアン商会の店内は静かだった。季節の変わり目における染料取引の大成功から一月。商会の評判は小さな商人たちの間で広がり始めていた。

「ライアン様」

ソフィアが事務室から顔を出した。彼女は徒弟として迎えられてから急速に成長し、今では帳簿管理の専門家として重宝されていた。

「馬車が止まりました。貴族の紋章があります」

ライアンは手元の書類から目を上げた。

「貴族?」

「はい。バルト家の紋章のようです」

彼は興味を持って立ち上がった。バルト家は古くからの中級貴族で、王都では相応の影響力を持っていた。エドモンドの商業連合への紹介状を通じて名前を聞いたことがある。

「客人を迎える準備を」

店内に若い男性が入ってきた。20代前半、華やかな貴族の衣装に身を包み、自信に満ちた態度。身なりから明らかに富裕層だが、その振る舞いには若干の傲慢さが感じられた。

「ライアン商会の主人は?」

青年の声は高く、やや鼻にかかっていた。

「私がライアンです」

彼は丁寧に頭を下げた。相手が誰であれ、商人としての礼儀を忘れない。

「アルフレッド・フォン・バルトだ。父はブライアン・フォン・バルト伯爵」

若い貴族は名乗ると、店内を見回した。新しく改装されたばかりの店内は清潔で整然としていたが、貴族の目には質素に映ったのだろう。

「何かお探しでしょうか?」

「うん、何か珍しいものだ」

アルフレッドは気ままに商品棚を見て回り始めた。

「来週、ランドール侯爵邸で夜会がある。そこで披露する珍品が欲しい」

ライアンはすぐに状況を把握した。貴族社会では、夜会での話題作りが重要な社交術。珍しい品物を披露することで注目を集め、地位を高める手段にするのだ。

「どのような品物をお考えでしょうか?」

「決めていない。ただ、他の貴族が持っていないもの。話題になるものがいい」

ライアンは一瞬考え、微笑んだ。

「特別なものをお見せしましょう」

彼は奥の金庫から小さな木箱を取り出した。それは先週、東方との取引で手に入れた品だった。ライアンは箱を丁寧に開け、中から小さな装飾品を取り出した。

「これは『星の涙』と呼ばれる東の大陸の装飾品です」

青白い金属で作られた星形の細工物。中心に青い宝石が埋め込まれ、光を受けると内部から星形の輝きが広がるように設計されていた。

「東の大陸?」

アルフレッドの目が好奇心で輝いた。

「そう、私の出身地です」

これは半分の真実だった。ライアンは「東の大陸の出身」という設定だが、この装飾品は実際には北方の工芸家から購入したものだった。しかし、「東の大陸」という謎めいた出所が品物に神秘性を加えることを、彼はよく理解していた。

「興味深い…」

アルフレッドは装飾品を手に取り、光に透かして見た。内部で青い光が星の形に輝く。

「これは何に使うのだ?」

「東の大陸では『願いの星』として知られています。重要な契約や約束の際、両者の間に置かれる儀式の品です」

ライアンは落ち着いた声で説明した。これもまた創作だったが、品物に物語を付与することで価値を高める戦略だった。

「どれほどの価値があるのだ?」

「市場価値でいえば50ゴールドほどです」

ライアンは適切な価格を提示した。高すぎず、かといって安すぎない。貴族が真剣に検討する価格帯だ。

アルフレッドは急に顔色を変えた。

「50ゴールド?こんな小さな物に?」

彼は鼻で笑った。

「20ゴールドだ。それが相応の値段だろう」

値切りの開始だ。ライアンは予想していた。貴族は商人に正価格を支払うのは恥と考える習慣があった。

「申し訳ありませんが、この品の価値は確かなものです」

ライアンは静かに言った。表情は穏やかだが、目は鋭かった。

「材料は東方の希少金属『星銀』。鍛造には特殊な技術が必要で、現在この大陸では複製できません」

実際には普通の銀に特殊な処理を施しただけだったが、「希少性」を強調することが重要だった。

「ほう、それでも30ゴールドが限界だ」

アルフレッドは強気に出た。

ここからが本当の交渉だった。ライアンは一瞬、目を閉じ、前世でのセールス心理学の知識を呼び覚ました。

「実はこの品、すでに他の貴族からも問い合わせがあるのです」

「誰だ?」

アルフレッドの声音が変わった。競争意識が刺激されたのだ。

「申し訳ありませんが、顧客情報は明かせません」

ライアンは申し訳なさそうに言った。

「ただ、来週のランドール侯爵邸の夜会に出席予定の方であることは確かです」

これは完全な虚構だったが、効果は絶大だった。アルフレッドの表情が一変した。

「そうか…」

彼は再び装飾品を手に取り、より慎重に観察し始めた。

「とはいえ、バルト様のような目利きの方にこそ相応しい品だと思います」

ライアンは巧みに褒め言葉を挟んだ。相手の自尊心を満足させる言葉だ。

「確かに、私ほどの鑑識眼を持つ者は少ないだろうな」

アルフレッドは得意げに言った。彼は装飾品をさらに細かく見始めた。

「しかし、45ゴールドというのは依然として高すぎる」

「45ゴールド?」

ライアンは静かに微笑んだ。相手が無意識に自ら価格を引き上げていた。最初の20ゴールドから30ゴールド、そして今や45ゴールド。しかし、彼はさらに駆け引きを続けた。

「バルト様、この品物の真の価値は金額だけではありません」

「何?」

「夜会でこれを披露された時のことを想像してみてください」

ライアンは声を落とし、アルフレッドの想像力を刺激した。

「誰も見たことのない東方の神秘。光を受けて内側から輝き出す青い星。その物語に皆が惹きつけられる…」

彼は手で小さなジェスチャーを加えながら、情景を生き生きと描写した。

「そしてバルト様が、東方の文化に精通した知識人として、その由来や意味を説明する。女性たちは感嘆の声を上げ、男性たちは羨望の目で見るでしょう」

アルフレッドの目が輝いた。彼の虚栄心が刺激されたのだ。

「確かに…これは話題になるだろうな」

「何より、他の誰も持っていない唯一無二の品です。その価値は金額では測れません」

ライアンは最後の一押しをした。

「価値と価格は異なるもの。真の価値を知る者だけが、この品の持つ意味を理解できるのです」

長い沈黙の後、アルフレッドが決断を下した。

「よし、買おう」

彼は胸を張って宣言した。

「だが、特別に60ゴールドを払おう。この品の価値に見合った金額だ」

ライアンは驚いた表情を作った。彼の最初の提示価格50ゴールドを上回る申し出だった。

「バルト様の鑑識眼に感服します」

彼は丁寧に頭を下げた。内心では計算通りの結果に満足していた。相手の心理を読み、適切に誘導することで、価格を操作する—現代のセールステクニックが異世界でも通用することが証明された瞬間だった。

取引が成立し、アルフレッドは満足げに店を後にした。

「驚きました」

アルフレッドが去った後、ソフィアが感嘆の声を上げた。彼女は交渉の様子を端で見ていた。

「最初の値切りから、最終的には提示価格より高く売るなんて」

「交渉とは駆け引きだ」

ライアンは静かに微笑んだ。

「重要なのは、相手が何を求めているかを理解すること。アルフレッド卿が求めていたのは単なる品物ではなく、社交界での優越感だった」

エレナも感心した様子で言った。

「私は貴族社会で育ちましたが、そのような心理を商取引に応用する発想はありませんでした」

「商売とは本質的に心理戦なんだ」

ライアンは二人に説明した。

「品物そのものよりも、その品物がもたらす感情や体験に価値がある。それを理解し、適切に伝えられれば、価格は二次的なものになる」

***

それから数日後、アルフレッドが再び商会を訪れた。今回は単身ではなく、中年の紳士を伴っていた。

「父上だ。ブライアン・フォン・バルト伯爵」

アルフレッドが誇らしげに紹介した。

「お目にかかれて光栄です、伯爵様」

ライアンは深々と頭を下げた。

「息子が君の店で買い物をしたようだな」

伯爵は威厳のある声で言った。その目は鋭く、ライアンを評価するように見つめていた。

「はい、東方の装飾品を」

「あの『星の涙』が夜会で大評判になった」

アルフレッドが興奮気味に言った。

「特に女性たちが熱中していたよ。ヴィクトリア侯爵夫人までもが、『ぜひ見せてほしい』と」

伯爵はゆっくりと頷いた。

「息子は値切ることもせず、むしろ提示価格より高く支払ったという」

その言葉に、ライアンは一瞬緊張した。貴族が商人に正価格以上を支払うことは、通常なら恥とされる。

「それは…」

「興味深い商人だ」

伯爵は微笑んだ。意外にも、彼は怒っていなかった。

「息子に商売の厳しさを教えてくれたようだな」

「いえ、私はただ品物の価値をお伝えしただけで…」

「謙遜する必要はない」

伯爵は手を上げて、ライアンの言葉を遮った。

「私は商人を軽蔑する貴族ではない。むしろ、優れた商才を尊重する者だ」

彼は店内を見回した。

「この短期間でここまで商会を発展させたという。君の評判は商業連合でも耳にしている」

「過分なお言葉です」

「エドモンド・ラグナーとも親しいそうだな」

「はい、多くの指導をいただいております」

伯爵は満足げに頷いた。

「我が家は代々、商業の重要性を理解してきた。富なくして権力なし、権力なくして安寧なし」

彼の言葉は、一般的な貴族の考えとは一線を画していた。

「次週、我が邸で小さな集まりがある。君も出席してはどうだ」

ライアンは驚いた。貴族の私邸への招待は、単なる商取引を超えた関係の始まりを意味した。

「光栄です」

「そこで『東の大陸』についても詳しく聞かせてもらいたい」

伯爵の目は親しげながらも鋭かった。彼は単なる社交辞令ではなく、本当にライアンに興味を持っているようだった。

「喜んで」

アルフレッドは得意げに言った。

「君は面白い商人だ、ライアン。父上にそう言ったんだ」

「お褒めいただき光栄です」

伯爵と息子が去った後、ライアンは深く考え込んだ。

「貴族社会への扉が開きました」

エレナが感嘆の声を上げた。彼女は貴族出身として、この招待の意味をよく理解していた。

「バルト家は王都では中堅だが、地方では大きな影響力を持つ名家です。彼らとのコネクションは大きな意味を持ちます」

ライアンは頷いた。

「商人と貴族。本来なら交わらない二つの世界が、徐々に結びつき始めている」

彼の目には、計画が一歩前進した満足感が宿っていた。

「『値切りバトル』での勝利が、思わぬ展開を生んだな」

ソフィアが不思議そうに尋ねた。

「どうして最初から高い価格をつけなかったのですか?提示価格を60ゴールドにすれば、交渉の手間も省けたのに」

ライアンは微笑んだ。

「交渉は単に金額を決めるためだけのものではない。それは関係を築く過程でもあるんだ」

彼は窓の外を見た。

「アルフレッドは自分が『勝った』と感じることで満足した。それが結果的に父親にも伝わり、私への関心につながった」

「まるでチェスのような駆け引きですね」

エレナが感心した様子で言った。

「その通り。商売もまた戦略の一種だ。一つの駒を動かすことで、盤面全体が変わる」

ライアンの頬に浮かんだ微笑みには、勝利の喜びと共に、次の一手への期待が込められていた。

「そして今、貴族社会という新たな盤面が私たちの前に広がり始めた」

***

バルト伯爵の邸宅への招待状を手に、ライアンは夜遅くまで書斎で思案していた。「東の大陸」について、より詳細な設定を考える必要があった。伯爵のような鋭い人物は、曖昧な説明では納得しないだろう。

「どこまで作り込むべきか…」

彼は地図や歴史書を参考にしながら、架空の「東の大陸」の文化や歴史を構築していった。前世の知識を活かし、中国、日本、韓国などのアジア文化をうまく融合させた設定を作り上げる。

「完璧ではないが、これで十分だろう」

彼は満足げに書類を閉じた。

「貴族社会の扉が開きつつある。次は、そこから得られる人脈と情報を商機へと変える」

ライアンの目には野心の炎が燃えていた。元奴隷から始まった彼の旅は、今や貴族との接点を持つまでに至った。そして彼はそれを単なる社交ではなく、より大きな計画の一部として位置づけていた。

「経済力で政治に影響を与える…その第一歩だ」

窓から見える満月の光が、彼の決意に満ちた表情を照らしていた。
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