悪役令嬢の執事、未来視で無双する

ソコニ

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第5話:破滅へのカウントダウン

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春の祝祭から一夜明けた朝、ルーベンシュタイン家の屋敷では静かな緊張が漂っていた。

「レティシア様、本日のご予定はご覧の通りです。午前中は家庭教師との文学レッスン、午後は社交界の茶会です」

クロヴィスは完璧に整えられた朝食のテーブルの横に立ち、スケジュール表を主に示した。しかし、彼の心は表面上の執事の仕事とは別のところにあった。

春の祝祭で聖女ディアナと対面してから、彼の未来視はより鮮明に、より頻繁に現れるようになっていた。特に3日後の運命的な瞬間—レティシアが王宮の東翼でアレクシスとディアナの密会を目撃する場面—は、まるで警告のように繰り返し彼の脳裏に浮かんでいた。

「そうね」

レティシアは紅茶に口をつけ、ゆっくりと頷いた。彼女の青い瞳には、昨夜の祝祭での出来事がまだ影を落としているようだった。

「クロヴィス、王宮への訪問を明日に予定しておいて」

クロヴィスの全身に緊張が走った。それは未来視が示した最悪のシナリオへの第一歩だった。

「レティシア様、申し訳ありませんが、それはお勧めできません」

彼は慎重に言葉を選んだ。

「明日から3日間は、できればお屋敷から出られないほうが...」

「どうして?」

レティシアの鋭い目が彼を見据えた。彼女は直感的に彼の異変を感じ取ったようだ。

「クロヴィス、あなた何か隠しているわね。正直に話して」

「...はい」

クロヴィスは深く息を吸い、決心した。ここで全てを明かすことは危険かもしれないが、主を守るためには必要なリスクだった。

「実は、未来視で3日後の出来事を詳細に見たのです。その日、あなたは王宮の東翼で王太子殿下と聖女ディアナの密会を目撃します。その衝撃が、婚約破棄への決定的な引き金になるのです」

レティシアは静かに紅茶のカップを置いた。その表情からは感情を読み取ることができなかった。

「詳しく教えて」

「東の塔に続く廊下、第三の窓のそばで、二人は...親密な関係にあることを示す行動をとっています。あなたはそれを偶然目撃し、激しく動揺します」

クロヴィスは見た映像の詳細を伝えた。実際には、王太子がディアナに口づけをし、「君こそ私の本当の婚約者だ」と告げる場面まであったが、レティシアへの配慮からその部分は省略した。

「そして、それが婚約破棄へと...」

彼女は考え込むように言葉を途切れさせた。

「はい。その3ヶ月後、公の場で婚約破棄が宣言されます」

レティシアは窓辺に立ち、庭を見下ろした。彼女の細い肩は何かを決意したかのように緊張していた。

「だからこそ、行かなければならないのよ」

彼女が振り返った時、その顔には強い決意が浮かんでいた。

「私の目で、彼らの関係を確かめる必要があるわ」

クロヴィスは顔をしかめた。「しかし、それこそが未来視が示した—」

「未来はあなたの言う通り流動的なはず。ならば、同じ状況でも違う行動をとれば、結果も変わるでしょう?」

彼女の論理は確かに筋が通っていた。しかし、クロヴィスには別の懸念があった。

「ですが、その場に居合わせるだけでも、あなたの心に傷を負わせることになります。私はそれを...」

「クロヴィス」

彼女の声は静かながらも、揺るぎない意志を含んでいた。

「私は『高慢な悪役令嬢』かもしれないけれど、逃げる女ではないわ。それに...」

彼女は一瞬言葉を探すように目を伏せた。

「アレクシスが本当に操られているなら、それは知る権利があるでしょう?彼が自分の意志でディアナを選んだのか、それとも何らかの魔術的な影響下にあるのか...」

クロヴィスは黙って彼女を見つめた。彼女の考えは理にかなっていた。しかし、彼には彼女を守りたいという強い衝動があった。

「では、別の方法を提案させてください」

彼は真剣な表情で一歩前に進んだ。

「まず、私の能力について詳しくお話しします。そして、二人で綿密な計画を立てましょう。もし王宮に行くなら、未来視で見た通りの展開にならないよう、完全に準備をして行くべきです」

レティシアは長い間クロヴィスを見つめ、やがて小さく頷いた。

「わかったわ。あなたを信じるわ、クロヴィス」

◆◆◆

屋敷の奥にある小さな書斎。この部屋は代々のルーベンシュタイン家当主が重要な秘密会議に使ってきた場所だった。厚い壁と特殊な防音装置により、ここでの会話が外に漏れる心配はなかった。

レティシアとクロヴィスは対面に座り、未来視の能力について詳細な説明を始めた。

「私の未来視には、六つの層があります。3秒、3分、3時間、3日、3ヶ月、そして3年後の未来です」

クロヴィスは丁寧に説明した。

「短い未来ほど鮮明で確実です。3秒後の未来はほぼ100%確実に起こります。それに対し、3年後の未来は可能性の一つに過ぎず、私たちの行動次第で大きく変わります」

彼は紙に時間軸を描き、説明を続けた。

「例えば、私が3日後の密会を予見したとしても、そこに至るまでの私たちの行動によって、その未来は変わる可能性があります」

「具体的な例を挙げてもらえる?」

「はい。例えば...」

クロヴィスは少し考え、実演することにした。彼は目を閉じ、未来視に集中する。

「3秒後、あなたは右手でお茶のカップに触れようとします」

レティシアは驚いたように彼を見たが、確かに彼女の右手はカップに伸びかけていた。彼女は意識的にその動きを止めた。

「驚きましたか?しかし、これは最も短い未来です。あなたは意識的に行動を変えることができました。しかし3日後の未来となると...」

彼は再び目を閉じた。今度はより長く、より深く集中する。

「3日後、あなたが王宮の東翼にいなければ、王太子とディアナの密会を目撃することはありません。しかし、その密会自体は起こります。そして一週間後、別の形で二人の関係が露見し、結局は同じ運命へと向かうのです」

レティシアは青ざめた。彼女は茶をすすり、落ち着きを取り戻そうとした。

「つまり...アレクシスとディアナの関係は、すでに始まっているということ?」

「はい。しかし、それが自然な感情によるものなのか、何らかの外部の影響—例えば魔術的な何かによるものなのか、それはまだ断定できません」

クロヴィスは静かに続けた。

「さらに、私が見た3ヶ月後の未来では、婚約破棄の宣言の場で、ディアナは王太子の隣に立ち、特別な地位を与えられています。そして3年後...」

彼は一瞬躊躇ったが、真実を伝えることにした。

「あなたは『反逆罪』の名目で処刑されます」

レティシアは息を呑んだ。彼女の青い瞳に恐怖の色が浮かんだが、すぐに冷静さを取り戻した。

「その...反逆罪とは?」

「詳細は不明ですが、おそらく偽証によるものです。未来視では、ディアナがあなたに対する虚偽の証言を行う様子も見えています」

レティシアはしばらく黙って考え込んだ。彼女の頭の中で様々な可能性が巡っているようだった。

「聖女ディアナには、ただ王太子を手に入れる以上の目的がありそうね...」

「そう考えています」

クロヴィスは真剣な表情で頷いた。

「彼女が単なる『聖女』でないことは確かです。3年後の未来では、彼女はこの国の実質的な支配者となっています。王太子は形だけの存在で、彼女と宰相フォン・クラウスが国を牛耳っているのです」

「隣国のスパイか...」

レティシアは鋭く指摘した。

「可能性は高いです。彼女の目的は王国の乗っ取りかもしれません。王太子を操り、あなたを排除し、王国の権力を掌握する...」

「それを阻止するには、まず証拠が必要ね」

レティシアの目に決意の光が灯った。

「アレクシスが操られていることの証拠...そして、ディアナの正体と目的を暴く証拠を」

「その通りです」

クロヴィスは立ち上がり、書類と羽ペンを取り出した。

「計画を立てましょう。未来視で見た3日後の密会を利用して、証拠を掴むのです」

◆◆◆

二人は数時間かけて綿密な計画を立てた。クロヴィスの未来視と暗殺者時代の知識、レティシアの貴族社会における立場と知恵を組み合わせ、完璧な作戦が練られていった。

「まず、私が王宮の内部構造を詳しく調査します」

クロヴィスは王宮の見取り図を広げながら説明した。

「東翼の廊下には複数の隠し通路があります。暗殺者時代の知識を使えば、容易に見つけられるでしょう。そこから密会の様子を観察し、証拠を集めます」

「でも、それだけでは足りないわ」

レティシアは指摘した。

「証拠を集めても、『聖女』の言葉の方が信用されるでしょう。より確実な証拠、誰もが否定できない証拠が必要よ」

「その通りです」

クロヴィスは深く頷いた。

「そこで、この道具を使います」

彼は小さな箱を取り出し、中から不思議な形の結晶を取り出した。

「これは『記憶水晶』と呼ばれるもの。暗殺者組織が特殊な任務で使用していました。見たものや聞いたものを完全に記録し、後で再生することができます」

レティシアは驚いた表情で水晶を見つめた。

「こんな魔術的な道具があったの?」

「この世界には、私の前世では考えられなかった魔術的要素が存在します。この水晶もその一つです。使い方は単純で、特定の言葉で起動し、また別の言葉で停止します」

「これがあれば...ディアナの正体と、アレクシスが操られている証拠を掴める可能性があるわね」

レティシアの顔に希望の色が浮かんだ。

「ただし、3日後の密会でこれを使うには、私自身が現場にいる必要があります」

クロヴィスは続けた。

「そして、未来視で見た通り、もしあなたがその場に居合わせれば、激しい感情の動揺から計画が台無しになるリスクがあります」

「でも、私も行きたい...」

レティシアの声に迷いが滲んだ。

「アレクシスが本当に操られているのか、自分の意志でディアナを選んだのか...自分の目で確かめたいの」

クロヴィスは彼女の気持ちを理解していた。しかし、未来視で見た彼女の苦しむ姿も忘れられなかった。

「お気持ちはわかります。しかし...」

彼は一瞬考え、妥協案を提示した。

「では、こうしましょう。私が先に現場を確認し、状況を調査します。その後、安全を確認してから、あなたに合図を送ります。そうすれば、予期せぬ衝撃を和らげることができるでしょう」

レティシアは少し考え、最終的に頷いた。

「わかったわ。そうしましょう」

計画はさらに詳細に練られていった。王宮への潜入経路、密会の予想される時間帯、逃走ルート、証拠の保管方法...全てが完璧に準備された。

「あと2日...」

レティシアは窓の外を見つめながら呟いた。

「私たちの運命が決まる日ね」

「私が必ずお守りします」

クロヴィスは真摯な表情で誓った。その金色に輝く瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。

◆◆◆

計画を立てた翌日、レティシアとクロヴィスは表向き通常通りの日々を過ごした。誰にも疑われないよう、社交の場には顔を出し、いつもの「高慢な悪役令嬢」と「完璧な執事」を演じた。

しかし、その裏では準備が着々と進められていた。クロヴィスは王宮の見取り図を研究し、暗殺者時代の記憶を頼りに最適な潜入経路を確定した。レティシアは聖女ディアナに関する情報を集め、彼女の背景や言動の矛盾点を洗い出した。

「興味深いことがわかったわ」

その晩、二人が再び秘密の書斎で会した時、レティシアは発見を共有した。

「ディアナが『聖女』として公に現れたのは、わずか半年前のこと。それ以前の彼女に関する確かな記録がほとんど見当たらないの」

「まるで...突然現れたかのようですね」

「そう。そして彼女が最初に『神の啓示』を受けたと主張した場所は、古代の遺跡。そこは『時の神殿』と呼ばれる場所だったわ」

クロヴィスはその情報に強い関心を示した。

「時の神殿...そこには何か特別なものがあったのでしょうか?」

「古文書によれば、その神殿には『時の紋章』と呼ばれる神秘的な力が眠っていたとされるわ。時間に関する特殊な能力を授ける力...」

クロヴィスは衝撃を受けたように身を硬くした。

「時間に関する能力...私の未来視のような?」

「可能性はあるわね」

レティシアは慎重に言った。

「もし彼女が『時の紋章』の力を手に入れたなら、それは単なる操り人形術以上のものかもしれない。アレクシスの心を直接操作する力、あるいは...」

「時間そのものを操る力...」

クロヴィスが続けた。その可能性は恐ろしいほど大きかった。

「明日、王宮に潜入する際は、さらに注意が必要です。彼女の能力の正体も探るべきでしょう」

二人は互いに頷き、明日への決意を新たにした。

◆◆◆

運命の日の前夜。

レティシアは眠れぬまま、寝室のバルコニーに立っていた。星空の下、彼女の心には不安と期待が入り混じっていた。

「レティシア様」

静かな声に振り返ると、そこにはクロヴィスが立っていた。

「まだ起きていらしたのですね」

「ええ...眠れなくて」

彼女は率直に答えた。クロヴィスだけには、弱みを見せても構わないと思っていた。

「明日...すべてがうまくいくと思う?」

「必ずや、成功させます」

クロヴィスは確信を持って応えたが、その目には僅かな不安の影も見えた。

「もし...もしアレクシスが本当に自分の意志でディアナを選んだとしたら...」

レティシアの声が小さく震えた。

「その時は...その時は考えます」

クロヴィスは一歩近づき、珍しく主への慰めの言葉を口にした。

「しかし、私は信じています。王太子殿下の目に見えた異変は、自然なものではありません。彼は確かに操られているのです」

「そうよね...」

レティシアは小さく頷いた。

「私も信じたいわ。あの子は冷たい人ではなかった。幼い頃から知っている彼は...」

彼女の言葉が途切れ、代わりに静かな決意が宿った。

「明日、真実を明らかにするわ。そして、私たちの運命を変える」

クロヴィスは一瞬、彼女に手を差し伸べそうになったが、執事としての分別を守り、代わりに深々と頭を下げた。

「私はあなたの盾となり、剣となります。未来視の力のすべてを使って、運命に抗ってみせましょう」

二人は静かな誓いを交わした。明日、歯車は大きく回り始める。彼らの運命は、光へ向かうのか、それとも破滅へと突き進むのか...

そして密かに、王宮の深部では、聖女ディアナが神秘的な儀式を執り行っていた。彼女の首に下げられたペンダントが不気味な紫色の光を放ち、その瞳には冷酷な決意が宿っていた。

「運命の歯車は、すでに回り始めている...」

(続く)
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