転生最強の値切り王 〜異世界金策で帝国を築く!〜

ソコニ

文字の大きさ
1 / 18

第1話:「最後の営業と過労死」

しおりを挟む

「橘君、今月のノルマ達成できそうか?」

鋭い目つきで睨みつける上司・村田部長の声に、橘直樹は疲れた目を資料から上げた。東京・新宿の高層ビル22階、大手商社「グローバルトレード」営業部のデスクで、直樹は夜の10時を過ぎてもまだ残業していた。

「はい、あと一件決まれば達成できます。明日の朝一で野村建設との最終商談がありますので」

直樹は自信なさげに答えた。しかし内心では「もう3ヶ月連続で部署トップの売上なのに、いつまで追い詰めるんだ」と憤りを感じていた。

「明日の朝一?それなら準備はバッチリだろうな?提案書は完璧か?」

村田部長は直樹のデスクに置かれた資料を無遠慮に手に取り、パラパラとページをめくる。

「最後の確認をしているところです。今夜中には仕上げます」

「今夜?遅すぎるな。それじゃあ間に合わないだろう。こんな提案書じゃ野村は納得しないぞ。全部作り直せ!」

そう言い残し、村田部長は直樹の肩を叩いて立ち去った。オフィスにはもう数人の残業組しか残っていない。深夜12時を回るとその数もさらに減り、最後には直樹一人になった。

「くそっ...いつもこうだ」

直樹は28歳。営業畑3年目で、その類稀な交渉力とデータ分析力で成果を上げていた。しかしグローバルトレードはいわゆる「ブラック企業」で、成績が良いほど要求水準も上がる悪循環に陥っていた。直樹の平均退社時間は深夜1時、休日出勤は当たり前、有給休暇は紙の上の存在でしかなかった。

窓の外を見ると、新宿の夜景が煌めいている。高層ビルの灯りは星のようで、はるか下では人々が家路を急いでいる。直樹はため息をつき、再び提案書の修正に取り掛かった。

「野村建設、今回の取引額は3億円...これが決まれば今月のノルマは余裕で達成だ」

そう呟きながら、直樹は資料を睨みつける。目が疲れて文字がぼやけ始めていた。

---

翌朝、午前7時。

直樹は一度も帰宅せず、オフィスの机で仮眠しただけだった。洗面所で顔を洗い、スーツの皺を手で伸ばす。目の下にはクマができていたが、それすら日常的な光景だった。

「よし、行くか」

カバンに修正した提案書を入れ、野村建設へと向かう。

朝の通勤ラッシュの中、直樹は電車に揺られながら今回の提案内容を頭の中で整理していた。野村建設は大手ゼネコンで、アジア進出のために資材調達ルートを確保したがっていた。直樹はベトナムとタイの生産拠点を組み合わせた新しい調達スキームを提案する予定だった。

「橘さん、お待ちしておりました」

野村建設の会議室で出迎えたのは、調達部門責任者の佐藤常務だった。50代後半の堅物で交渉が難しいと営業部では有名だった。

「お忙しい中、お時間いただきありがとうございます」

直樹は最高の笑顔で挨拶し、プレゼンテーションを始める。提案内容は素晴らしいものだった。徹夜で作り上げた資料には、詳細なコスト分析、リスク評価、そして競合他社にはない独自の調達ルートが示されていた。

しかし、プレゼンの途中で直樹は胸に軽い痛みを感じ始めた。最初は疲れからくるものと思ったが、プレゼンを続けるうちに痛みは増していった。

「橘さん、大丈夫ですか?顔色が優れませんが」

佐藤常務が心配そうに声をかける。直樹は冷や汗を拭いながらも、笑顔を作って答えた。

「大丈夫です、少し疲れているだけで...続けさせてください」

直樹は痛みをこらえながらプレゼンを続けた。彼の情熱と準備の周到さは佐藤常務の心を動かしていた。提案の最後、佐藤常務は満足そうに頷いた。

「素晴らしい提案だ、橘君。他社とも比較するが、かなり有力候補だよ」

これは実質的な成功だった。佐藤常務のような慎重派が「有力候補」と言うのは、ほぼ決定と同じ意味を持つ。直樹は安堵の表情を浮かべた。

「ありがとうございます。ぜひ野村建設様のアジア進出のお役に立ちたいと」

会議室を後にする時、直樹の足取りはふらついていた。胸の痛みはまだ続いている。オフィスに戻る電車の中で、直樹は結果報告のメールを村田部長に送った。

「野村建設、好感触です。佐藤常務から『有力候補』との評価をいただきました」

返信はすぐに来た。

「『有力候補』じゃダメだ。今日中に契約にこぎつけろ。佐藤を夕食に誘え」

直樹はため息をついた。これが村田部長の常套句だった。どんな成果を上げても「まだ足りない」と言い続けるのが彼のマネジメントスタイルだった。

---

夕方、直樹は佐藤常務を高級寿司店に招待していた。会社の経費で接待することは通常の営業手法だ。佐藤常務はすでに上機嫌で、日本酒をちびちびと飲んでいた。

「橘君、君の提案は本当に良かった。実はもう決裁は通っているんだよ」

佐藤常務は少し酔った口調で告げた。これは予想外の朗報だった。通常なら喜ぶべき瞬間だが、直樹の胸の痛みはさらに強くなっていた。汗が額から流れ落ちる。

「佐藤常務、ありがとうございます。では契約書の準備を...」

言葉の途中で、直樹は急に息苦しさを感じた。胸が締め付けられるような痛み。両腕に痺れが走る。

「橘君?どうした?」

佐藤常務の声が遠くなっていく。直樹の視界がぼやけ始め、天井が回転しているように見えた。

「救急車...呼んでください...」

それが最後に発した言葉だった。直樹は寿司店の畳の上に崩れ落ちた。

---

病院の救急処置室。医師たちが慌ただしく動き回っている。

「28歳男性、心筋梗塞の疑い。バイタルは不安定」

「こんな若さで心筋梗塞?過労死候補だな...」

医師たちの声が行き交う中、直樹の意識は遠のいていった。心電図のモニターが不規則なリズムを刻んでいる。

「心室細動!除細動器準備!」

医師の叫び声の中、直樹の心臓は止まった。懸命な救命処置にもかかわらず、若きビジネスマンの命は尽きようとしていた。

直樹の意識は徐々に体から離れ、天井から自分の体を見下ろすような感覚になった。救急処置室の光景が遠のき、代わりに白い光のトンネルが現れる。

「これが死というものか...」

直樹は不思議と恐怖を感じなかった。むしろ、長い間感じていた重圧から解放されたような安堵感があった。光に引き寄せられるまま、直樹の意識は肉体を離れていった。

そして、光の先で待っていたのは、豪華な商人の衣装を身にまとった中年男性だった。その男性は優雅な身のこなしで直樹に近づき、微笑んだ。

「ようこそ、橘直樹。私はマーケリウス、商売の神だ。お前に会えて嬉しく思う」

直樹は混乱していた。死後の世界で神様に会うとは思っていなかった。しかも「商売の神」とは。

「私は...死んだんですか?」

マーケリウスは優しく頷いた。

「そうだ。お前は過労死という、現代社会の悲しい終わり方をした。しかし、私はお前の才能に目をつけていた。その交渉力、状況分析能力、そして相手の心理を読む力...素晴らしい商才だ」

直樹はまだ状況を把握できずにいた。マーケリウスは続ける。

「私は今、特別な人材を探している。別の世界で私の名を広め、商売の神髄を示せる人物をな」

「別の世界?」

「そう、異世界だ。魔法や剣が存在する世界。そこで商売の力で成功し、帝国を築くことができれば、お前の才能は最大限に発揮されるだろう」

直樹は考え込んだ。ブラック企業での理不尽な日々、常に追い詰められていた感覚。そこから解放されるなら、新しい世界でやり直すのも悪くないかもしれない。

「その異世界で、私は何をすればいいんですか?」

マーケリウスは満足げに微笑んだ。

「商売だ。お前の才能を活かして、商売で成功し、経済を動かし、やがては帝国を築くのだ。私はお前に特別なスキルを授けよう」

マーケリウスは指を直樹の額に当て、強い光が放たれた。

「【最強の値切り】—この力があれば、どんな商品も本来の価値より安く購入できる。使いこなせれば、最強の武器になるだろう」

直樹は自分の中に新しい力が流れ込むのを感じた。ビジネスマンとしての経験と、この新しいスキルの組み合わせ。可能性が無限に広がるように思えた。

「これがすべてか?剣術や魔法は?」

「商売の神が授けるのは商売のスキルだけだ」マーケリウスは笑いながら答えた。「戦うのではなく、交渉で世界を制するのだ。それがお前の道だ」

直樹は決意を固めた。どうせ現世では死んでしまったのだ。新しい世界で、自分の才能を思う存分発揮してみたい。

「わかりました。その異世界で、商売の力を示してみせます」

マーケリウスは満足げに頷き、手を広げた。直樹の周りの空間が歪み始める。

「行くがよい、橘直樹。私の名において、最強の値切り王となれ!」

眩い光に包まれ、直樹の意識は再び遠のいていった。次に目を覚ますとき、彼は全く新しい世界の住人となっているだろう。

ブラック企業の犠牲者だった男の、異世界での第二の人生が今、始まろうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。 気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。 「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」 「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」 最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク! 本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった! 「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」 そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく! 神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ! ◆ガチャ転生×最強×スローライフ! 無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明

まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。 そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。 その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。 それは、最強の魔道具だった。 魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく! すべては、憧れのスローライフのために! エブリスタにも掲載しています。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...