転生最強の値切り王 〜異世界金策で帝国を築く!〜

ソコニ

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第2話:「商売の神との契約」

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白い光に包まれた空間の中で、橘直樹は商売の神マーケリウスと向かい合っていた。死を迎えたばかりの彼は、状況を完全に理解できずにいた。

「もう少し詳しく説明してもらえませんか?」直樹は眉をひそめて尋ねた。「異世界で商売をして…帝国を築くとおっしゃいましたが」

マーケリウスは豪華な商人の衣装の袖を整えながら微笑んだ。彼の周りには金色の微かな光が漂っている。

「私の世界は、勇者や魔法使いばかりが持て囃される世界になってしまった」マーケリウスは表情を曇らせた。「剣や魔法の力で問題を解決するのが当たり前。商売の知恵や交渉の技術が軽んじられているのだ」

直樹は納得がいかないように首を傾げた。「でも、どんな世界でも経済は大事なはずです。商人は必要とされているのでは?」

「ああ、もちろんだ」マーケリウスは力強く頷いた。「商人は存在している。だが、その地位は低く、『金を稼ぐだけの下種』と見なされている。勇者や魔法使いの功績が物語になる一方、商人の偉業は語り継がれない」

マーケリウスは空間に手をかざすと、そこに映像が浮かび上がった。中世風の市場、行き交う人々、商品を並べる商人たち。そして、豪華な装備を身につけた冒険者たちが傍若無人に振る舞う姿。

「見よ、この現実を」マーケリウスの声には怒りが混じっていた。「冒険者たちは魔物を倒し、財宝を得る。彼らが街を救うと言って、商人たちは彼らのために尽くさねばならない。しかし、真に街を支えているのは誰だ?日々の取引で経済を回しているのは誰だ?」

直樹は映像を見つめながら、商売の神の主張が理解できた。冒険者や勇者は確かに格好良く、人々の尊敬を集めている。一方で商人たちは重要な役割を果たしながらも、あまり評価されていないように見えた。

「私が求めるのは」マーケリウスは真剣な眼差しで直樹を見つめた。「商売の力で世界を変える者だ。交渉と取引で富を築き、やがて国をも動かす存在。そうして商売の神としての私の名が、再び世に知れ渡ることを望んでいる」

直樹は考え込んだ。ブラック企業での過酷な経験が、異世界で活かせるかもしれない。そこには上司のような理不尽な存在から解放される可能性があった。

「私でその役割が果たせるでしょうか」直樹は正直な疑問をぶつけた。「営業は得意でしたが、ゼロから商売を始めるとなると…」

マーケリウスは豪快に笑った。「だからこそ、お前に【最強の値切り】のスキルを授けるのだ」彼は右手を直樹の額に当てた。「このスキルは、交渉の核心に迫る力だ。品物の真の価値、売り手の弱点、最適な交渉タイミングを見抜くことができる」

直樹の体に暖かな光が広がっていくのを感じる。それはまるで新しい感覚器官が芽生えるかのようだった。

「しかし」マーケリウスは声のトーンを落とした。「スキルはあくまで補助にすぎない。お前自身の交渉力、知恵、経験が本当の武器になる。それらを組み合わせてこそ、真の値切りの王になれる」

「値切りの王…」直樹はその言葉を反芻した。「値切るだけで王になれるものなんですか?」

マーケリウスは意味深な笑みを浮かべた。「値切りとは何だと思う?」

直樹は咄嗟に「安く買うこと」と答えようとしたが、ビジネスでの経験から、もっと深い意味があると感じた。

「値切りとは…互いに納得できる価値を見つけること、ではないでしょうか」直樹はゆっくりと答えた。「相手の状況を理解し、最適な提案をすること。単に安くするだけではなく」

マーケリウスは満足げに頷いた。「その通りだ。値切りの本質は交渉にある。そして交渉の本質は相互理解だ。物だけでなく、人の心も、国の政策さえも『値切る』ことができる。それが私の求める値切りの王の姿だ」

直樹は徐々に興味を持ち始めていた。これは単なる「安く買う」技術ではなく、交渉と説得のスキルだ。営業マンとしての彼の経験が活きる可能性がある。

「もう少し具体的に、どんな世界に行くのか教えていただけますか?」

マーケリウスは再び空間に映像を映し出した。中世ヨーロッパ風の街並み、城壁に囲まれた都市、市場で賑わう広場。そして魔法の光や、時折見える人間とは異なる種族の姿。

「エラード王国を中心とした大陸だ」マーケリウスは説明を始めた。「人間が主流だが、エルフやドワーフ、獣人などの種族も存在する。魔法があり、ドラゴンのような魔獣もいる。技術レベルは中世から初期ルネサンス程度だが、魔法の力で一部進んだ文明の恩恵も受けている」

「通貨制度は?」商売人になるのであれば、まず知っておくべきことだ。

「金貨、銀貨、銅貨の三段階」マーケリウスは答えた。「1金貨は100銀貨、1銀貨は100銅貨だ。一般的な労働者の日給が銅貨5枚程度、熟練職人で銀貨1枚ほどだ」

直樹は頭の中でザックリとした物価感覚を形作っていく。現代日本の感覚に置き換えれば、銅貨1枚が数百円、銀貨1枚が数万円、金貨1枚が数百万円といったところか。

「政治体制は?」

「エラード王国は世襲の王政だが、貴族や教会、ギルドなどの力も強い。特に商業都市では、商人ギルドの発言力が大きい」マーケリウスは続けた。「お前が目指すべきは、まずは商人ギルドでの地位を確立すること。そこから徐々に影響力を広げていくのだ」

直樹は頷いた。企業での出世と似ている。まずは実績を積み、人脈を広げ、徐々に権限を拡大していく。彼には馴染みのある道筋だった。

「では、どこからスタートするのですか?城下町ですか?」

マーケリウスは少し間を置いてから答えた。「いや、王都からのスタートは難しすぎる。まずは地方の中規模都市、カレイド市からだ。そこで基礎を固めてから、王都を目指すのが良いだろう」

「所持金はいくらもらえるのですか?」実務的な質問を続ける直樹。

ここでマーケリウスは意外な答えを返した。「一文も与えない」

「え?」直樹は驚いて声を上げた。「なぜですか?」

「それがルールだ」マーケリウスはにやりと笑った。「私が転生させる者は、いつもゼロからのスタートだ。そうすることで、本当の商才が試される。何かを持っていたら、それに頼ってしまう。無一文なら、自分の知恵と交渉力だけが頼りになる」

直樹は不安を隠せなかった。「服すら買えない状態からですか?」

「服は着ている」マーケリウスは笑った。「最低限の身なりは整えておくさ。しかし食事も宿も、全て自分で交渉して手に入れるのだ。それが私の試練だ」

直樹は深呼吸した。ゼロからのスタート。しかし考えてみれば、元の世界でも大学卒業時は学生ローンを抱えた状態だった。それでも就職して生きていけた。異世界でも同じように、才能と努力で道を切り開くことはできるはずだ。

「わかりました」直樹は決意を固めた。「その条件で挑戦します。しかし一つ質問があります」

「なんだ?」

「あなたは私に期待しているようですが、失敗したらどうなるのですか?」

マーケリウスは真剣な表情になった。「私は多くの転生者を送り出してきた。成功する者もいれば、失敗する者もいる。彼らの中には死んだ者もいる。異世界は甘くない。しかし」彼は直樹の肩に手を置いた。「お前には特別な才能を感じている。必ず道は開けるだろう」

直樹は緊張しながらも頷いた。これは人生をかけた挑戦になる。しかし前世のように、理不尽な上司に使われるよりは、自分の力で成功を掴む道を選びたかった。

「最後に、何か質問はあるか?」マーケリウスが尋ねた。

直樹は少し考えてから口を開いた。「【最強の値切り】以外のスキルはもらえないのですか?戦闘スキルとか…」

マーケリウスは大きく首を振った。「商売の神が授けるのは、商売のスキルだけだ。戦いは他の手段で回避するのが商人の知恵だ。もし戦闘力が必要なら、護衛を雇うか、あるいは…交渉で敵を味方にするのだ」

直樹は苦笑いした。確かにその通りだ。ビジネスの世界でも、力ずくで問題を解決することはない。常に交渉と知恵が武器だった。

「では、もう一つだけ」直樹は最後の質問をした。「あなたとは、これからも連絡が取れるのですか?」

マーケリウスは微笑んだ。「私はいつもお前を見守っている。危機的状況では、夢の中で助言するかもしれないな。しかし基本的には、お前自身の判断で行動するのだ」

直樹は深く頭を下げた。「ありがとうございます。私、橘直樹は、商売の神マーケリウス様のご期待に応えるべく、異世界で値切りの王になることを誓います」

マーケリウスは満足げに頷き、両手を広げた。「さあ、行くがよい。新しい人生の幕開けだ」

その瞬間、直樹の周りの空間が激しく回転し始めた。白い光が彼を包み込み、意識が遠のいていく。

「最後に忠告だ」マーケリウスの声が遠くから聞こえてきた。「異世界では、最初は誰も信用してくれない。値切りのスキルを使えば使うほど、その真価を理解する者は現れる。しかし初めのうちは、辛抱強く、小さな成功を積み重ねるのだ」

直樹がその言葉の意味を考える暇もなく、彼の意識は完全に闇に落ちていった。

そして、意識が戻ったとき—彼は全く見知らぬ世界の石畳の上に横たわっていた。

カラカラと荷車の音、行き交う人々の会話、見知らぬ鳥の鳴き声。鼻をつく生活の匂い。直樹はゆっくりと目を開けた。

そこはマーケリウスが言った通り、中世風の街並み。古びた木造建築が並び、粗末な服を着た人々が行き交っている。そして何より、ポケットに手を入れても、一文の金も入っていないことを確認した。

「本当に無一文からのスタートか…」直樹は呟いた。

彼の第二の人生は、こうして始まった。商売の神に選ばれた男の、異世界での値切り伝説の幕開けである。
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