推しが異世界転生して私の婚約者になった件について

ソコニ

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第1話 「推しが全て —現代のオタク女子アオイ—」

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高森アオイの部屋は、推しの聖域だった。

「よし、完璧!」

22歳のOLは満足げに部屋を見回した。壁一面に貼られたSTELLARのポスター。特に中央を占めるセンター・ユウの等身大ポスターは、まるで彼が実際にそこに立っているかのよう。棚には整然と並べられたCDやグッズ。床から天井まで届く専用ラックには、ペンライト、タオル、Tシャツ、写真集が色別・種類別に完璧に整理されていた。

明日はSTELLARの全国ツアーファイナル。そして何より、アオイの推し・ユウのソロ曲初披露という特別な日。

「絶対、最前列で見るんだから!」

アオイは財布から大切に取り出したチケットに口づけした。このチケットのために、彼女は三ヶ月間の残業と弁当生活を耐え抜いた。推し活のための「聖なる貯金箱」は、すでに次のグッズ購入に向けて再び貯金が始まっていた。

スマホを確認すると、ファンクラブ限定の新着通知が点滅している。

「え、まさか...」

画面をタップすると、ユウからの特別メッセージ動画が再生された。

「明日のライブを楽しみにしてくれているファンの皆さんへ」

画面の中のユウは、黒いパーカーに銀のネックレス、少し長めの前髪が青い瞳を時折隠す。それでも、カメラを見つめる彼の眼差しは真っ直ぐで、アオイの心を直撃した。

「明日は特別な日になるよ。特に最前列で応援してくれている君たち、いつも心の支えになってくれてありがとう」

アオイは胸が高鳴るのを感じた。最前列。それは彼女のいつもの場所。ユウは彼女のことを覚えているかもしれない。

「君がいるから僕は輝ける。最高のパフォーマンスを届けるから、楽しみに待っていてくれ」

最後にユウが微笑んだ瞬間、アオイの目から涙がこぼれ落ちた。

「ユウくん...」

動画を三度見直した後、アオイはベッドに倒れ込み、天井を見つめた。初めてユウを見たのは3年前。友人に誘われて行ったSTELLARの地方公演。その時、ステージ上で輝くユウの姿に雷に打たれたような衝撃を受けた。

以来、彼女の人生はユウ中心に回っていた。給料の大半はグッズや公演チケットに消え、休日は握手会や応援イベントに費やされた。友人からは「ガチ恋勢」と呼ばれ、時には心配されることもあった。

「でも、わかってくれないよね。ユウくんが私にとってどれだけ特別か」

アオイはスマホの待ち受け画面—ユウのソロショット—を見つめながら呟いた。彼の歌は、残業で疲れた日々を癒し、彼の笑顔は孤独な夜を明るくしてくれた。

「明日は絶対に最前列で、この想いを伝えるんだ!」

決意を新たにし、アオイは明日のコーディネートを確認した。ユウのイメージカラーである青のワンピースに、限定バッグ、そして彼女の誇りである全公演参加記念バッジ。

「これで完璧!」

夜遅くまでファンサイトをチェックし、SNSで他のファンと明日への期待を語り合った後、アオイはようやく眠りについた。夢の中でも、彼女はユウの歌声を聴いていた。

***

「ごめん、もう少し早く出られると思ったのに」

翌日、予定より遅れて会社を出たアオイは焦っていた。上司から急な仕事を振られ、定時で帰れるはずが一時間も遅れてしまった。

「まだ間に合う、絶対に間に合わせる!」

アオイは渋谷駅に向かって小走りに進んだ。STELLARブルーのサイリウムと交換用電池を詰めたバッグを肩に掛け、ユウの写真入りスマホケースを握りしめる。信号が変わるのを待ちながら、彼女は今夜のセットリストを想像して胸を躍らせた。

「『明日があるさ』は絶対歌ってくれるよね。あの曲で初めてユウくんに惹かれたんだ...」

信号が青に変わる。アオイは人混みに紛れて横断歩道を渡り始めた。その時だった。

キキーッ!という急ブレーキの音。

振り返ったアオイの目に飛び込んできたのは、制御を失い横断歩道に突っ込んでくる車だった。

「え...」

避ける間もなく、強い衝撃がアオイの体を襲った。バッグの中からサイリウムが飛び出し、アスファルトの上で青く光る。

アオイの体は宙を舞い、ゆっくりと地面に落ちていく。

「ライブ...行けない...」

意識が遠のく中、アオイの頭にはユウの顔が浮かんだ。最前列で彼を応援する約束が果たせなくなると思うと、胸が張り裂けそうだった。

「推しに...会えなくなるなんて...嫌だ...」

騒がしい声、サイレンの音。すべてが遠ざかっていく。

アオイの視界が暗くなる直前、彼女はユウが歌う「明日があるさ」のメロディを心の中で奏でていた。

「ユウくん...ごめんね...」

そして、すべてが闇に包まれた。
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