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第1話:「偽聖女」の烙印
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朝日が昇り、王都セントグラールに新たな一日が始まろうとしていた。
聖女館の一室。リリエルは祈りを終え、白い聖女装束の裾を整えながら立ち上がった。透明感のある淡い金髪と、澄んだ水色の瞳。優しさの溢れる表情と柔和な微笑み——神に選ばれし聖女の姿そのものだった。
「今日も多くの人を救えますように」
祈りを終えたリリエルは、聖女としての日課である病人の癒やしに向かった。彼女の部屋の扉を開けると、既に複数の侍女たちが待機していた。
「おはようございます、リリエル様」
頭を下げる侍女たちに優しく微笑みかけ、リリエルは聖堂へと向かう廊下を進む。壁には彼女の功績を称える絵画や記録が飾られていた。五年前、十五歳の時に聖女として選ばれて以来、リリエルは王国のために献身してきた。疫病で倒れる民を癒し、干ばつの際には雨を呼び、魔獣の襲撃からは民を守った。
王国の人々は彼女を崇拝し、王太子アレンは彼女を婚約者として選んだ。これ以上望めない幸せな毎日——そう思っていた。
聖堂に到着したリリエルは、既に集まっていた病人たちに微笑みかけた。彼女の笑顔だけで希望を得る者も多かった。
「どうか皆様の痛みが和らぎますように」
リリエルは祈りを捧げ、両手から柔らかな光を放った。光が病人たちを包み込み、彼らの顔から苦痛の色が薄れていく。これこそが聖女の力——聖なる光の加護だった。
「あぁ...痛みが...」
「聖女様、ありがとうございます」
「神に感謝を...」
癒された民衆の声に、リリエルは穏やかに頷いた。これが自分の使命だと信じていた。誰かのために祈り、誰かを救う——そのために生まれてきたのだと。
聖堂での務めを終え、リリエルは婚約者である王太子アレンとの約束の時間に向かった。王宮の庭園で会う約束だった。彼女は心の中で、優しい婚約者との会話に思いを馳せながら足を進めた。
しかし、王宮に着くとそこには普段とは違う緊張感が漂っていた。宮廷騎士たちが厳しい表情で立ち並び、リリエルを見る侍女たちの目には憐れみの色があった。
「何かあったのでしょうか?」リリエルが問いかけても、誰も明確な答えを返さない。
不安を胸に王宮中央広間へ案内されたリリエルを待っていたのは、王と王妃、そして冷たい表情の王太子アレンだった。その隣には見知らぬ黒髪の美しい女性が立っていた。
「リリエル」
アレンの声は、いつもの優しさがなかった。
「私たちの婚約は破棄する」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「何を...おっしゃっているのですか?」
リリエルの問いに、アレンは冷たく答えた。
「お前は偽物だ。真の聖女はルミエルだ」
アレンは隣に立つ黒髪の女性——ルミエルを指差した。彼女はリリエルを見下すような目で見つめていた。
「私が真の聖女です。神がそう啓示されました」ルミエルの声には冷たい確信があった。「あなたの光は偽りの光。神の名を騙る偽聖女です」
「そんな...」リリエルは言葉を失った。「五年間、私は王国のために...」
「お前の癒やしを受けた者たちが再び病に倒れ始めている」アレンが言った。「本物の聖女ではないから、お前の癒やしは一時的なものでしかなかったのだ」
「それは違います!」リリエルは必死に訴えた。「私は本当に...」
「黙れ」
厳しい声は王から発せられた。
「神への冒涜罪により、リリエル・アーディアン、汝は聖女の座から追放する。さらに、王太子との婚約を破棄し、明日正午に処刑を執行する」
処刑——その言葉にリリエルの体が震えた。
「どうして...」声にならない声でリリエルは呟いた。誰も彼女の言葉に耳を傾けようとしない。
「連れて行け」王の命令で、騎士たちがリリエルの両腕を掴み、引きずるように広間から連れ出した。
最後に見たのは、アレンがルミエルの手を取り、満足げに微笑む姿だった。愛していた人が、別の女性の手を取る姿。
地下牢に押し込まれたリリエルは、冷たい石の壁に背を預けた。一日前までは王国で最も尊敬される聖女だった彼女が、今や処刑を待つ罪人だった。
「なぜ、こんなことに...」
リリエルの声が響くのは狭い独房だけ。誰も聞いてはくれない。涙も出なかった。ただ呆然と壁を見つめるしかなかった。
その夜、リリエルの独房の前を通った牢番が、驚くべき噂話をしていた。
「新しい聖女様、噂によればもともとは神殿に勤める侍女だったらしいぜ」
「急に神の声が聞こえるようになったって?ずいぶん都合のいい話だな」
「それよりもあの王太子様だ。婚約者を簡単に裏切るとはな...」
「声を潜めろ。聞かれたら首が飛ぶぞ」
リリエルは暗闇の中で、その会話に耳を傾けた。信じていた人々に裏切られ、自分の存在そのものを否定された絶望。その底で、初めて彼女の心に別の感情が芽生え始めていた。
——憎しみ。
「私は...いい子じゃなかったのね」
暗闇で、彼女の唇が歪んだ。かつてない冷たい表情が、彼女の顔を一瞬だけ歪めた。
「王国も、民も、アレンも...誰も私を守ってくれなかった」
これまで彼女は、全てを「神のため」「人々のため」と考え、自分を犠牲にしてきた。けれど、困った時に彼女を守ってくれる者は誰もいなかった。
「もう誰も...信じない」
その言葉を口にした瞬間、リリエルの心に一筋の闇が忍び込んだ。聖女の純白の心に、初めて刻まれた黒い傷痕。
牢の小さな窓から、月明かりが彼女の顔を照らし出した。そこにあったのは、もはや優しさに満ちた聖女の表情ではなかった。
冷酷さと諦めが混じった表情——闇堕ちの始まりだった。
聖女館の一室。リリエルは祈りを終え、白い聖女装束の裾を整えながら立ち上がった。透明感のある淡い金髪と、澄んだ水色の瞳。優しさの溢れる表情と柔和な微笑み——神に選ばれし聖女の姿そのものだった。
「今日も多くの人を救えますように」
祈りを終えたリリエルは、聖女としての日課である病人の癒やしに向かった。彼女の部屋の扉を開けると、既に複数の侍女たちが待機していた。
「おはようございます、リリエル様」
頭を下げる侍女たちに優しく微笑みかけ、リリエルは聖堂へと向かう廊下を進む。壁には彼女の功績を称える絵画や記録が飾られていた。五年前、十五歳の時に聖女として選ばれて以来、リリエルは王国のために献身してきた。疫病で倒れる民を癒し、干ばつの際には雨を呼び、魔獣の襲撃からは民を守った。
王国の人々は彼女を崇拝し、王太子アレンは彼女を婚約者として選んだ。これ以上望めない幸せな毎日——そう思っていた。
聖堂に到着したリリエルは、既に集まっていた病人たちに微笑みかけた。彼女の笑顔だけで希望を得る者も多かった。
「どうか皆様の痛みが和らぎますように」
リリエルは祈りを捧げ、両手から柔らかな光を放った。光が病人たちを包み込み、彼らの顔から苦痛の色が薄れていく。これこそが聖女の力——聖なる光の加護だった。
「あぁ...痛みが...」
「聖女様、ありがとうございます」
「神に感謝を...」
癒された民衆の声に、リリエルは穏やかに頷いた。これが自分の使命だと信じていた。誰かのために祈り、誰かを救う——そのために生まれてきたのだと。
聖堂での務めを終え、リリエルは婚約者である王太子アレンとの約束の時間に向かった。王宮の庭園で会う約束だった。彼女は心の中で、優しい婚約者との会話に思いを馳せながら足を進めた。
しかし、王宮に着くとそこには普段とは違う緊張感が漂っていた。宮廷騎士たちが厳しい表情で立ち並び、リリエルを見る侍女たちの目には憐れみの色があった。
「何かあったのでしょうか?」リリエルが問いかけても、誰も明確な答えを返さない。
不安を胸に王宮中央広間へ案内されたリリエルを待っていたのは、王と王妃、そして冷たい表情の王太子アレンだった。その隣には見知らぬ黒髪の美しい女性が立っていた。
「リリエル」
アレンの声は、いつもの優しさがなかった。
「私たちの婚約は破棄する」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「何を...おっしゃっているのですか?」
リリエルの問いに、アレンは冷たく答えた。
「お前は偽物だ。真の聖女はルミエルだ」
アレンは隣に立つ黒髪の女性——ルミエルを指差した。彼女はリリエルを見下すような目で見つめていた。
「私が真の聖女です。神がそう啓示されました」ルミエルの声には冷たい確信があった。「あなたの光は偽りの光。神の名を騙る偽聖女です」
「そんな...」リリエルは言葉を失った。「五年間、私は王国のために...」
「お前の癒やしを受けた者たちが再び病に倒れ始めている」アレンが言った。「本物の聖女ではないから、お前の癒やしは一時的なものでしかなかったのだ」
「それは違います!」リリエルは必死に訴えた。「私は本当に...」
「黙れ」
厳しい声は王から発せられた。
「神への冒涜罪により、リリエル・アーディアン、汝は聖女の座から追放する。さらに、王太子との婚約を破棄し、明日正午に処刑を執行する」
処刑——その言葉にリリエルの体が震えた。
「どうして...」声にならない声でリリエルは呟いた。誰も彼女の言葉に耳を傾けようとしない。
「連れて行け」王の命令で、騎士たちがリリエルの両腕を掴み、引きずるように広間から連れ出した。
最後に見たのは、アレンがルミエルの手を取り、満足げに微笑む姿だった。愛していた人が、別の女性の手を取る姿。
地下牢に押し込まれたリリエルは、冷たい石の壁に背を預けた。一日前までは王国で最も尊敬される聖女だった彼女が、今や処刑を待つ罪人だった。
「なぜ、こんなことに...」
リリエルの声が響くのは狭い独房だけ。誰も聞いてはくれない。涙も出なかった。ただ呆然と壁を見つめるしかなかった。
その夜、リリエルの独房の前を通った牢番が、驚くべき噂話をしていた。
「新しい聖女様、噂によればもともとは神殿に勤める侍女だったらしいぜ」
「急に神の声が聞こえるようになったって?ずいぶん都合のいい話だな」
「それよりもあの王太子様だ。婚約者を簡単に裏切るとはな...」
「声を潜めろ。聞かれたら首が飛ぶぞ」
リリエルは暗闇の中で、その会話に耳を傾けた。信じていた人々に裏切られ、自分の存在そのものを否定された絶望。その底で、初めて彼女の心に別の感情が芽生え始めていた。
——憎しみ。
「私は...いい子じゃなかったのね」
暗闇で、彼女の唇が歪んだ。かつてない冷たい表情が、彼女の顔を一瞬だけ歪めた。
「王国も、民も、アレンも...誰も私を守ってくれなかった」
これまで彼女は、全てを「神のため」「人々のため」と考え、自分を犠牲にしてきた。けれど、困った時に彼女を守ってくれる者は誰もいなかった。
「もう誰も...信じない」
その言葉を口にした瞬間、リリエルの心に一筋の闇が忍び込んだ。聖女の純白の心に、初めて刻まれた黒い傷痕。
牢の小さな窓から、月明かりが彼女の顔を照らし出した。そこにあったのは、もはや優しさに満ちた聖女の表情ではなかった。
冷酷さと諦めが混じった表情——闇堕ちの始まりだった。
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