『婚約破棄された聖女、魔王の妻として闇堕ちします ~もう「いい子」はやめました~』

ソコニ

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第15話:闇堕ちの完成

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王都セントグラールの上空が、異様な雲に覆われた日、全ては頂点へと向かった。

北部貴族たちの使者団が王都に到着し、彼らはアレン王太子の王位継承権の剥奪と、魔族との和平交渉を公式に要求した。王国全体が混乱に陥り、聖女ルミエルの正体が明らかになった事実と相まって、民衆の間には不安と動揺が広がっていた。

そしてこの日、奇しくもアレン王太子が病床から立ち上がった。

王宮の広間で開かれた会議で、蒼白い顔をしたアレンが年老いた父王の隣に座っていた。彼は明らかに痩せ、目の下には疲労の色が濃く現れていた。しかし、彼の瞳には以前にはなかった決意の光が宿っていた。

「北部貴族たちの要求は、受け入れられない」アレンは静かに言った。「私の過ちは認めるが、王位継承権を放棄するわけにはいかない」

「では、魔族との和平については?」ラインハルト首相が尋ねた。

アレンは苦い表情を浮かべた。

「それについては...検討の余地がある」彼は重い口調で言った。「無駄な戦争を続けるべきではない」

その言葉に、会議室に驚きが広がった。かつて魔族を激しく憎んでいた王太子が、和平を検討すると言ったのだ。

「私は...リリエルに会いたい」アレンは突然言った。「彼女に謝罪したい」

「王太子!」軍事担当のブライト将軍が声を上げた。「彼女は魔王の妻となり、我々の敵です!」

「いや」アレンは首を振った。「彼女は我々の犠牲者だ。私が...私が彼女を裏切ったのだ」

彼の声には、かつてない悔恨の色が滲んでいた。悪夢と高熱の中で、彼は自分の過ちと向き合ったのだろう。

「息子よ...」老王が心配そうに言った。

「父上」アレンは真剣な表情で言った。「私は自分の犯した過ちの責任を取りたい。リリエルを偽聖女と決めつけ、処刑しようとした罪を」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、突如として窓ガラスが激しい振動と共に砕け散った。

広間は一瞬で冷気に包まれ、紫の光が空間を満たした。その中から現れたのは——リリエルだった。

彼女の姿は、以前とは全く違っていた。

漆黒のドレスを身にまとい、その背には大きく成長した黒い翼。左目の下の刻印はより鮮明になり、右手には聖剣を、左手には黒い炎を宿していた。しかし何より異なっていたのは、彼女の瞳だった。青い瞳の中には、紫の光が混ざり、神秘的な輝きを放っていた。

「懺悔の言葉を聞くために来たわけじゃないわ」リリエルの声は部屋中に響き渡った。それは冷たく、力強く、かつての聖女の柔和さは微塵もなかった。

「リ...リリエル」アレンは震える声で言った。彼は立ち上がり、彼女に向かって一歩踏み出した。「私は...」

「黙りなさい」リリエルの声は鋭く、アレンの言葉を切り裂いた。「あなたの言葉に価値はないわ」

彼女は広間の中央に降り立ち、翼を広げた。警備の騎士たちが剣を抜いたが、老王が手を上げ、彼らを止めた。

「リリエル」老王が静かに言った。「何の用だ?」

「告げに来たのよ」彼女は冷たく言った。「王国の終わりを」

その言葉に、広間に緊張が走った。

「どういう意味だ?」アレンが尋ねた。

リリエルは冷たく微笑み、聖剣を高く掲げた。

「神々は嘘をついてきた」彼女は宣言した。「彼らはあなたたちを操り、真実を隠してきた。ルミエルを送り込み、私を排除しようとした」

彼女の声には、冷たい怒りが込められていた。

「なぜだ?」老王が問うた。「なぜ神々はそんなことを?」

「私が『聖魔女』になる可能性があったから」リリエルは答えた。「光と闇の力を両方持つ者——神々にとって脅威となる存在」

彼女が言葉を続けようとした時、突然、空が激しく光り、雷鳴が轟いた。宮殿全体が震え、天井から白い光が降り注いだ。

「来たわね」リリエルの表情が引き締まった。「神々の代理人」

白い光の中から、神々しい姿をした存在が現れた。それは人間に似た形をしていたが、全身が光に包まれ、六枚の翼を持っていた。

「リリエル・アーディアン」天使の声が響いた。「お前の罪は重い。聖女の身でありながら闇に堕ち、神の意志に逆らった」

リリエルは冷笑した。

「罪?」彼女は鋭く言った。「神は私が処刑されそうになった時、助けてくれましたか?私は神に見捨てられたのよ」

「それは試練だった」天使は答えた。「お前の信仰を試すための」

「試練?」リリエルの声が低く危険になった。「人の命を弄ぶのが、あなたたちの『試練』?」

彼女の周りに紫の光が渦巻き始めた。聖剣が赤と紫の光を強く放ち、彼女の左手の黒い炎が大きく燃え上がる。

「もう十分よ」彼女は決意を込めて言った。「私はあなたたちに支配されない。光にも闇にも属さない、自分だけの道を行く」

天使の顔に怒りの色が浮かんだ。

「不遜な」天使が叫んだ。「お前は粛清される!」

天使が手を上げると、まばゆい光の矢が放たれた。

リリエルは聖剣を振るった。刀身から放たれた赤と紫の光の弧が、光の矢と衝突し、空中で相殺した。

広間にいた全員が息を呑んだ。神の使いである天使の攻撃を、リリエルが易々と防いだのだ。

「驚いた?」リリエルは冷たく微笑んだ。「私は変わったの。もはや神に従う聖女ではない」

彼女の背後に紫の光が広がり、幻影のように四つの精霊の姿が現れた。風のシルフ、火のサラマンダー、水のウンディーネ、土のノーム——聖女に仕える四大精霊が、今は闇落ちした彼女に従っていた。

「精霊たちまで...」天使の声に動揺が混じった。「どうして神の僕である精霊が、闇に堕ちた者に従う?」

「彼らは神の僕ではない」リリエルは言った。「彼らは自然の精霊。そして彼らは真実を選んだ」

四大精霊が彼女の周りを飛び回り、彼女の力を増幅していくのが見て取れた。

天使は再び攻撃を放った。今度は更に強力な光の柱だ。

リリエルは聖剣と黒い炎を掲げ、両方の力を解き放った。紫がかった光と黒い炎が混ざり合い、天使の光と衝突する。

宮殿全体が激しい振動に包まれ、一瞬、白い光が全てを飲み込んだ。

光が収まると、天使の姿は傷ついていた。翼の一部が焼け、光の衣が褪せていた。

「不可能...」天使が震える声で言った。「人間如きが、天使に傷を...」

「私はもはや単なる人間ではない」リリエルは冷たく言った。「聖女でもなく、ただの魔族でもない。私は『聖魔女』——光と闇の力を両方持つ存在」

彼女の背中の翼が更に大きく広がり、左腕の刻印が全身に広がっていくのが見えた。彼女の周りを紫の光が渦巻き、その中に黒い影が混ざっている。

「リリエル...」アレンが呆然と彼女を見つめていた。「お前はそこまで変わったのか...」

リリエルは彼に一瞥をくれただけで、再び天使に向き直った。

「あなたたちに伝えて」彼女は天使に言った。「私はもう神々に従わない。この世界のバランスを、私自身の手で取り戻す」

「狂気だ」天使が言った。「神なき世界など、崩壊するだけだ」

「神があっても、世界は崩壊しかけているわ」リリエルは冷静に答えた。「あなたたちが人間を操り、偽りの秩序を維持しているだけ」

彼女は聖剣を高く掲げ、力を集中させた。剣から赤と紫の強烈な光が放たれ、空間を引き裂くような亀裂が生まれる。

「これが最後の警告よ」彼女は天使を見据えて言った。「神々は人間に干渉するのをやめなさい。さもなければ...」

「お前に何ができる?」天使は尚も抵抗を見せた。「神々は不滅だ」

「本当に?」リリエルは冷たく微笑んだ。「試してみる?」

彼女が聖剣を振り下ろした瞬間、剣から放たれた光の弧が天使を直撃した。天使は悲鳴を上げ、光の粒子となって消散していった。

「これが...神を超える力」

リリエルの言葉が広間に静かに響いた。

残されたのは、呆然と立ち尽くす王やアレン、そして震え上がる廷臣たちだけだった。彼らは今、神々の使いである天使がリリエルによって倒されるのを目の当たりにしたのだ。

「なぜ...」アレンがようやく言葉を絞り出した。「なぜここに来た?」

リリエルは彼をゆっくりと見つめた。彼女の瞳には、かつての優しさは微塵もなかった。そこにあるのは冷たい決意と、静かな炎だけだった。

「最初の復讐は終えたから」彼女は静かに言った。「あなたは十分に苦しんだわ。王位を失い、愛した女性が偽物だと知り、国民の信頼も失った」

彼女は一歩前に進んだ。

「でも、これは始まりに過ぎない」彼女の声には冷たい確信があった。「これから私は神々に復讐する。そして、この世界を変える」

「どうやって?」老王が声を震わせて尋ねた。

「新たな秩序を作るの」リリエルは答えた。「そのために、私は『聖魔女』になった」

彼女の体から放たれる力は、もはや単なる人間とは思えないほど強大だった。それは聖女の力でも、魔族の力でもない、全く新しい次元の力だった。

「北部貴族たちの提案を受け入れなさい」彼女は冷たく命じた。「魔族との和平は、新たな世界への第一歩になる」

「お前は...魔王の指示で動いているのか?」アレンが尋ねた。

リリエルは小さく笑った。それは冷たいながらも、どこか本当の感情が滲む笑みだった。

「いいえ」彼女はきっぱりと答えた。「彼は私の夫だけど、私は自分の意志で動いている。誰にも支配されない——それが闇を選んだ理由の一つよ」

彼女は再び翼を広げ、窓に向かって一歩踏み出した。

「さようなら、アレン」彼女は振り返らずに言った。「次に会う時は、新しい世界の中かもしれないわね」

彼女の姿が紫の光に包まれ、彼女は王宮から姿を消した。

残されたアレンは、呆然と彼女が消えた窓を見つめていた。彼の顔には複雑な感情が浮かんでいた——後悔、恐怖、そして...かすかな安堵。

「彼女は...本当に変わってしまった」彼は小さく呟いた。

「いや」老王が静かに言った。「彼女は変わったのではない。我々が彼女を変えてしまったのだ」

広間は沈黙に包まれた。世界の秩序が、今日を境に大きく変わろうとしていることを、全員が感じていた。

---

魔王城に戻ったリリエルを、魔王ヴァルゼスが待ち構えていた。

「戻ったか」彼は彼女を強く抱きしめた。「心配していたぞ」

リリエルは彼の腕の中で静かに頷いた。彼女の体からは、まだ天使との戦いで使った力の残り香が漂っていた。

「成功したわ」彼女は小さな声で言った。「天使を倒した」

魔王は驚きの表情を見せた。

「天使を?」彼の声には明らかな驚きがあった。「神の使いを?」

「ええ」リリエルは彼から身を離し、自分の手を見つめた。指先からは紫の光が漏れ出ていた。「私の力は...完全に覚醒した」

魔王は彼女の変化を見つめていた。以前より大きくなった翼、全身に広がった刻印の模様、そして紫がかった光を帯びた瞳。彼女はもはや単なる人間でも魔族でもなく、全く新しい存在へと変貌していた。

「お前は本当に『聖魔女』になったな」彼は畏敬の念を込めて言った。

「ええ」リリエルは静かに頷いた。「光と闇の力を両方持つ存在。神々にとっての脅威」

魔王は彼女の頬に手を当て、その変化した姿を見つめた。彼の目には所有欲だけでなく、明らかな敬意の色が浮かんでいた。

「お前は俺の予想を遥かに超えていく」彼は言った。「最初に見た時から、お前の可能性を感じていたが...ここまでとは」

リリエルは少し疲れた様子で笑みを浮かべた。それは冷酷ながらも、どこか安堵感のある表情だった。

「神々への反逆を始めたわ」彼女は静かに言った。「これからは、もっと大きな戦いになる」

「俺たちの戦いだ」魔王は彼女を再び抱きしめた。「お前は俺の妻。俺たちは共に新たな世界を作る」

リリエルは彼の胸に頭を預けた。魔王の腕の中だけが、彼女にとって安全な場所だった。彼だけが彼女を裏切らなかった。

「あなただけは...信じられる」彼女は小さく呟いた。彼にだけ見せる弱さだった。

魔王は彼女の金髪を優しく撫でた。彼の手には独占欲と共に、かつてない優しさが混ざっていた。

「お前は俺のものだ」彼は言った。「永遠に」

リリエルはその言葉に安心感を覚えた。かつて「神のもの」だった彼女は、今や「魔王のもの」となり、同時に自分自身のものとなっていた。それは彼女が選んだ道だった。

「もう戻れないわね」彼女は静かに言った。「聖女としての私は、もう存在しない」

「後悔しているか?」魔王が尋ねた。

リリエルは首を振った。

「いいえ」彼女の瞳に決意の光が宿った。「私は自分で選んだ。闇を、あなたを、そして復讐を」

彼女の唇に冷たい微笑みが浮かんだ。それは聖女時代の優しい微笑みとは全く異なる、力に満ちた表情だった。

「私はもう『いい子』ではない」彼女は言った。「誰かのために生きるのではなく、自分のために生きると決めたから」

魔王は満足げに頷いた。彼の黄金の瞳には、彼女への所有欲と誇りが混ざっていた。

「これからどうする?」彼は尋ねた。

「王国との和平を進める」リリエルは冷静に言った。「北部貴族を味方につけ、アレンの力を更に削ぐ。そして...」

彼女の瞳が鋭くなった。

「神々への反逆を本格的に始める」

魔王は彼女の決意に感心したように頷いた。

「お前の闇は美しい」彼は彼女の唇を奪った。「俺が最初に見た時から、お前の中には特別な闇が眠っていると感じていた」

リリエルはその口づけに応え、魔王の腕にしがみついた。彼女の心には不思議な高揚感があった。それは聖女時代には決して感じることのなかった、解放感と自由の感覚だった。

彼女の背中の翼が大きく広がり、左目の下の刻印が赤く輝いた。彼女の体からは紫の光が漏れ出し、部屋中を不思議な輝きで満たした。

かつての聖女リリエルは完全に消え去り、そこにあるのは新たな存在——「聖魔女」リリエル、闇落ちした聖女の姿だけだった。

彼女の闇堕ちは完成し、新たな物語が始まろうとしていた。
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