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第11話「王都到着!農民vs貴族の初対面」
しおりを挟む三日間の旅の末、カイたちの馬車は最後の丘を越えた。
「見えてきた!」エリナが窓から身を乗り出し、興奮した声を上げた。「あれが王都ラングリア!」
カイとガウルも窓に顔を寄せた。眼前に広がる光景に、三人とも言葉を失った。
巨大な白亜の城壁が都市全体を囲み、その内側には無数の建物が立ち並んでいた。城壁の高さは少なくとも20メートル。四方に聳える監視塔からは、王国の旗がはためいている。中央には壮麗な王城が、周囲の建物を圧倒するように高くそびえ立っていた。
「想像以上だ…」カイは呟いた。
「さすが王国の中心地」エリナも感嘆の声を上げる。
ガウルだけは複雑な表情を浮かべていた。「獣人族が自由に入れるのは外周区域だけだ。内周に入るには特別許可が必要になる」
カイはガウルの肩に手を置いた。「大丈夫、ロドリック伯爵が全て手配してくれている」
馬車は緩やかな坂道を下り、王都へと続く大通りに入った。道の両側には広大な農地が広がっていたが、カイはその様子に眉をひそめた。
「これは…」
農地の状態は決して良いとは言えなかった。作物は色が悪く、成長も不均一で、一部は明らかに病気の兆候を示していた。土壌も疲弊している様子が、カイの目には手に取るように分かった。
「王都近郊なのに、なぜこんな状態に?」
「おそらく連作障害だな」ガウルが分析した。「同じ作物を何年も植え続けて、土地が疲れている」
カイは無言で頷いた。魔素枯渇症に似た症状だが、対策が取られた形跡はない。これほど広大な農地で、作物の状態がこれでは、王国の食糧事情も厳しいはずだ。
王都の正門に到着すると、入城審査があった。ロドリック伯爵の名前で許可書が用意されており、特に問題なく通過できた。ガウルの獣人としての入城も、特別許可として認められた。
城壁の内側に入ると、そこには全く異なる世界が広がっていた。整然と並ぶ石畳の道路、華やかな装飾が施された建物、色とりどりの衣装を着た人々。馬車や荷車が行き交い、商人たちが大声で品物を売り込んでいる。
「すごい活気だ」エリナが目を輝かせた。
馬車は混雑した市場を抜け、次第に高級住宅街へと入っていった。ここでは建物はより豪華に、人々の服装もより華美になる。カイは田舎者の目で、都会の贅沢に圧倒されていた。
ついに馬車は大きな館の前で停止した。
「ロドリック邸に到着しました」御者が告げた。
館は三階建ての石造りで、美しい庭園に囲まれていた。召使いたちが整列して出迎え、荷物を運び入れる。
玄関では、ロドリック伯爵自身が待っていた。
「ようこそ、カイ殿、エリナ殿、ガウル殿」伯爵は笑顔で迎えた。「旅はいかがでしたか?」
「おかげさまで順調でした」カイが答えた。「素晴らしい都市ですね」
「ありがとう」伯爵は誇らしげに言った。「まずは部屋で休息を取り、それから王立農業学院への訪問を予定しています」
カイたちは館の中へ案内された。内装は豪華だが、上品な雰囲気を保っていた。彼らには別々の客室が与えられ、召使いが温かい食事と入浴の準備を整えてくれた。
数時間後、身支度を整えた三人は、再びロドリック伯爵と合流した。
「これから王立農業学院へご案内します」伯爵は説明した。「王国の農業政策の中心となる機関で、明日の発表会の会場でもあります」
新しい馬車に乗り込み、王都の中央区域へと向かう。道中、ロドリックは学院について説明した。
「王立農業学院は200年の歴史を持ち、王国の優秀な貴族の子弟たちが学ぶ場所です。学院長のヴァルドー卿は、第三位の高位貴族でもあります」
「農業を学ぶのは貴族だけなのですか?」カイが尋ねた。
「ええ、基本的には」伯爵は少し歯切れが悪くなった。「農民は実践を、貴族は理論と管理を担当するのが、伝統的な王国の仕組みです」
カイは複雑な思いを抱いたが、さらに質問を続けた。「学院では、どのような農業理論を教えているのですか?」
「四季の種蒔き法、古典的な作物配置、そして農民管理術などです」
「土壌改良や輪作システムは?」
「そういったものも…基礎的には」伯爵の曖昧な返答に、カイの疑問は深まった。
---
王立農業学院は、王城に隣接する広大な敷地を持つ荘厳な建物だった。白い大理石の柱と、緑青色の屋根が特徴的で、正面には王国の紋章が刻まれていた。
到着すると、数人の教授たちが出迎えてくれた。彼らは皆、年配の男性で、学者らしい雰囲気を漂わせていた。
「ようこそ、王立農業学院へ」筆頭教授と思われる男性が挨拶した。「学院長のヴァルドー卿がお待ちです」
一行は大理石の廊下を進み、豪華な会議室へと案内された。そこには十数人の貴族風の人々が集まっていた。中央の高座に座る男性が、ヴァルドー卿だと分かった。
「ロドリック伯爵、お越しになりましたか」ヴァルドー卿は薄笑いを浮かべた。60代半ばの男性で、やせ形ながらも威厳を放っていた。「そして、評判の農民も」
その言い方に、わずかな侮蔑の色が混じっているのをカイは敏感に感じ取った。
「ヴァルドー卿」ロドリック伯爵は礼儀正しく頭を下げた。「カイ殿をご紹介します。ミルヴァレー村の農業顧問で、革新的な農法の開発者です」
カイも丁寧に頭を下げた。「お会いできて光栄です」
「ほう」ヴァルドー卿は興味なさそうに言った。「田舎の農民が何か新しいことを思いついたというので、好奇心から会ってみることにしました」
その言葉に、会場にいた貴族たちから小さな笑い声が漏れた。カイは平静を保ちつつも、内心では不快感を覚えた。
「明日の発表で詳しくお話しします」カイは冷静に答えた。「私の農法は、魔素枯渇症の解決や、収穫量の大幅増加に効果があります」
「魔素枯渇症?」卿は眉を上げた。「そんな農民の迷信を学術的に扱うつもりですか?」
ロドリック伯爵が場の空気を和らげようと介入した。「カイ殿の方法は実証済みです。ミルヴァレー村の収穫量は3倍になり、周辺村落にも技術が広がっています」
「数字だけが農業ではありません」ヴァルドー卿は冷ややかに言った。「王国の農業は千年の伝統に基づいています。貴族が管理し、農民が働く。その秩序こそが王国の礎です」
カイは反論しかけたが、その時、会場の扉が開き、一人の若い女性が入ってきた。
全員が一斉に立ち上がり、深々と頭を下げる。
「マリア皇女様」ヴァルドー卿の態度が一変した。「お越しいただき、誠にありがとうございます」
カイも慌てて頭を下げた。皇女——王の娘だ。
マリア皇女は20代前半と思われる美しい女性だった。金色の髪を上品にまとめ、シンプルながらも上質の青いドレスを身に纏っていた。しかし最も印象的だったのは、その澄んだ碧眼と、知性を感じさせる表情だった。
「お邪魔します」皇女の声は穏やかながらも芯があった。「明日の農業発展会議に向けて、準備状況を確認しに来ました」
彼女の視線がカイたちに向けられた。
「あなたが噂のカイ殿ですね」
「は、はい」カイは緊張しながら答えた。「ミルヴァレー村から参りました」
皇女は微笑んだ。「あなたの農法について、報告書を読みました。大変興味深いです」
「ありがとうございます」
「皇女様」ヴァルドー卿が割り込んだ。「田舎の実践は面白いかもしれませんが、王国の農業政策は学院の理論に基づくべきです」
「理論と実践、どちらも重要ではありませんか?」皇女は静かに反論した。「特に今、王国の食糧事情が厳しい中で」
「もちろんですが」卿は譲らなかった。「秩序を乱す革新は、混乱を招くだけです」
皇女は僅かに眉をひそめた。カイはその表情から、彼女が卿の考えに賛同していないことを読み取った。
「カイ殿」皇女は突然カイに向き直った。「今夜、王城での夕食会に参加していただけませんか?あなたの農法について、もっと詳しくお聞きしたいのです」
会場がざわめいた。田舎の農民が王城の夕食会に招かれるなど、前代未聞の出来事だった。
「光栄です」カイは驚きながらも答えた。「喜んでお伺いします」
「エリナ殿とガウル殿もどうぞ」皇女は付け加えた。
ヴァルドー卿の表情が一瞬曇ったが、皇女の前では反論できなかった。
「では、今夜お待ちしています」皇女は微笑み、会場を後にした。
皇女が去った後、会場の空気は一変した。貴族たちの視線には、嫉妬と警戒心が混じっていた。
「幸運ですね、カイ殿」ヴァルドー卿は薄ら笑いを浮かべた。「皇女様の目にとまるとは」
「光栄に思います」カイは平静を装った。
「夕食会までに、少し学院内をご案内しましょう」ロドリック伯爵が提案した。
---
学院内の見学は、カイにとって目から鱗の体験だった。しかし、その理由は良い意味ではなかった。
広大な図書館には数万冊の農業関連書籍が並んでいたが、そのほとんどは理論的なもので、実践的な知識は乏しかった。模型や図解は美しいが、実際の土や作物についての詳細な研究は少ない。
さらに驚いたのは、学院内の実験農場の状態だった。整然と区画されてはいるものの、作物の状態は明らかに良くなく、土壌管理も不十分だった。
「これが王国最高の農業教育機関…」カイは心の中で呟いた。
講義を垣間見る機会もあったが、そこで語られる内容の多くは、「どのように農民に効率よく働かせるか」という管理術に関するものだった。実際の農業技術については、基礎的なことしか教えられていないようだった。
「どう思いましたか?」見学を終え、ロドリック伯爵が尋ねた。
「正直に言って…」カイは言葉を選びながら答えた。「理論と実践の乖離を感じます。特に土壌管理については、もっと現代的なアプローチが必要だと思います」
伯爵は小さく頷いた。「私も同感です。だからこそ、あなたの力が必要なのです」
---
王城での夕食会に備えるため、一行はいったんロドリック邸に戻った。カイとガウルには正装が用意され、エリナにはドレスが提供された。
「馬鹿げてる」ガウルは窮屈そうに上着の襟元を引っ張った。「こんな格好で戦えるか」
「今日は戦いじゃないんだから」エリナは美しいライトブルーのドレスに身を包み、くすくす笑った。
カイも白と青の貴族風の服に着替え、鏡の前で不安げに自分を眺めていた。
「落ち着けよ、俺」カイは自分に言い聞かせた。「日本の農家から異世界の村の農業顧問になり、今や王城の夕食会か…人生何が起こるか分からないな」
出発前、エリナがカイの部屋をノックした。
「カイ、ちょっといいかしら」
「どうした?」カイが扉を開けると、エリナとガウルが立っていた。
「私とガウルは午後、市場で情報収集してきたの」エリナが小声で言った。「王都の状況について、知っておくべきことがあるわ」
「王都の東部区域では作物の奇病が頻発している」ガウルが続けた。「葉が紫色に変色し、実が腐るという症状だ」
「それに」エリナが付け加えた。「東の地方では深刻な旱魃が続いているらしい。この二ヶ月、雨がほとんど降っていないって」
「なるほど…」カイは考え込んだ。「作物の奇病は魔素枯渇症に似ているかもしれない。旱魃は…自然現象だろうか?」
「市場の人々は不安を抱えていた」ガウルは真剣な面持ちで言った。「食料価格は上昇し、一部では暴動の噂もある」
「表面上は華やかな王都だが、内側では問題が山積みということか」
「だから皇女様がカイに興味を示したのかもしれないわね」エリナが推測した。「本当に農業改革が必要なのかも」
カイは頷いた。「今夜の夕食会では、できる限り情報を集めよう。皇女の真意も探らなければ」
---
夜になり、豪華な馬車が三人を王城へと運んだ。王城は近くで見ると更に壮大で、巨大な塔と重厚な城壁、美しいステンドグラスの窓が月明かりに照らされていた。
入口では厳重な身分確認が行われたが、皇女の招待状により問題なく通過できた。
「すごい…」エリナは城内の豪華さに息を呑んだ。
玉座の間に続く大理石の階段、金箔が施された天井画、水晶のシャンデリア。その贅沢さは、彼らの想像を超えていた。
夕食会は城の西翼にある小宴会場で開かれていた。「小」と言っても、ミルヴァレー村の集会所よりはるかに広い空間だ。二十人ほどの貴族や高官が集まり、優雅に会話を交わしていた。
カイたちが入場すると、一瞬、会場が静まり返った。特に獣人のガウルの姿に、多くの貴族が驚きの表情を見せた。
「カイ殿、よくいらっしゃいました」
マリア皇女が微笑みながら近づいてきた。夜会用の深紅のドレスを身にまとい、王冠の小さな模型を頭に乗せていた。
「皇女様」カイたちは深々と頭を下げた。
「どうぞお三方とも楽にしてください」皇女は穏やかに言った。「今夜は形式張らずに、農業について語り合いましょう」
皇女の温かい歓迎に、カイはようやく緊張がほぐれるのを感じた。彼女は三人をテーブルへと案内し、自ら隣に座った。
「カイ殿、正直に教えてください」皇女は真剣な表情で尋ねた。「王立農業学院をどう思いましたか?」
カイは一瞬躊躇したが、皇女の真摯な眼差しに、率直に答えることにした。
「申し上げにくいのですが…理論と実践のバランスが取れていないと感じました。特に土壌管理や持続可能な農法については、もっと実践的なアプローチが必要だと思います」
皇女は小さく頷いた。「やはり」
彼女は声を低くして続けた。「実は私も同じ懸念を持っています。王国の農業政策は時代遅れになりつつあり、その結果が今の食糧危機につながっているのです」
「皇女様自身が農業に関心をお持ちなのですか?」
「ええ」彼女は少し照れたように微笑んだ。「私は城の裏庭で小さな菜園を育てています。貴族としては奇妙な趣味かもしれませんが…」
「素晴らしいことです」カイは心からの敬意を込めて言った。「農業は実践から学ぶことがたくさんあります」
夕食が進む中、カイと皇女の会話は様々な農業トピックへと広がった。輪作システム、魔素堆肥、アーススピナー。皇女は驚くほど知識が豊富で、的確な質問を投げかけてきた。
「あなたの知識は王国にとって非常に価値があります」皇女は真剣に言った。「明日の発表会は重要ですが…それ以上の協力をお願いしたいと考えています」
「それ以上の協力、ですか?」
皇女はもう少し話そうとしたが、その時、ヴァルドー卿が近づいてきた。
「皇女様、お楽しみのところ申し訳ありませんが、陛下がお呼びです」
「そうですか」皇女は少し残念そうな表情を見せた。「カイ殿、また後でお話しましょう。明日の発表会でのご活躍を期待しています」
皇女が去った後、卿はカイを見下ろした。
「農民の分際で、皇女様と親しく話すとは。身の程をわきまえるべきですね」
その言葉にエリナが反応しようとしたが、カイは彼女の腕を軽く押さえた。
「学ぶべきことが多いのは確かです、卿」カイは穏やかに答えた。「明日の発表で、お互いに学び合えることを願っています」
卿は冷たい視線を送ったまま、立ち去った。
---
夕食会の後、三人は宿泊先の騎士館へと向かった。騎士館は王城近くの宿泊施設で、王国を訪れる重要な客人のために用意されている。
「緊張した~」馬車の中でエリナがため息をついた。「でも皇女様は素敵な方ね」
「確かに」カイも同意した。「知識も豊富で、本当に農業改革に関心があるようだ」
「信用しすぎるな」ガウルが警告した。「貴族は常に何かを企んでいる」
カイは窓の外の王城を見上げた。「明日が正念場だ。発表会でどんな反応があるか…」
馬車は静かな夜の王都を進んでいった。街灯の灯りが石畳を照らし、遠くからは夜警の笛の音が聞こえる。
しかし、彼らには見えない場所で、黒いローブを纏った人影が馬車を追っていた。影のように建物から建物へと移動し、決して姿を見せない。
騎士館に到着し、カイたちが部屋に入った後も、黒いローブの人影は建物の周囲を偵察し続けた。その目的は謎に包まれたまま、王都の夜は更けていった。
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