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没落貴族 セラフィム・ボナパルト
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冴えないおっさんがこの世界に何人いるか知らないが、数えない方が良い。数えたら精神を病むか、気がおかしくなって発狂するだろう。そのくらい大量にいる。俺もその一人だ。
少年時代の輝かしい夢はどこか遠いところに風で飛ばされたようで、俺は今日も残業帰りに居酒屋へ寄って、ベロベロに酔っていた。
ところどころ意識がなくて、気づいたときには終電がなくて、駅前のベンチで居眠りを始めていた。三十五にもなって独身の俺には、帰りを待つ人なんていないから、別にここで朝まで寝ていたって良い。そう、良いんだ……
夜空の星を見上げながらまぶたが落ちた。すると突然、まぶたの向こう側が明るくなって、誰かの声が聞こえた。
「セラ様っ、あぁ! 今、反応なさったわ! 意識がございますのね!」
はっとして目を開くと、家政婦のような格好の、若々しい金髪女が広い部屋を掃除している最中で、手に持っていた箒を捨ててこちらに駆け寄ってきた。なんだここ、ってか、誰だこの女は。
「痛っ……」
「あ、まだ動かないでくださいっ、頭を強く打たれておりますので!」
「……?」
女は俺が意識を取り戻したのを涙ながらに喜んで、急いで城の者達に伝えますわ! といって走り去ってしまった。
額に手をやると、包帯が巻かれていた。繰り返される頭痛は打ち寄せる波のように記憶を運んできた。
そこで自分の名がセラフィム・ボナパルトだということと、先ほどの女がメイド長のセシルだということを思い出した。――どうして俺はこんなことを思い出せるんだ?
体に違和感があって自分の手の甲を見ると真っ白だということに気づいた。俺の手は褐色でしわだらけの不格好な代物だったというのに、今はまるで若い白人のように美しい。
「……そうだ、俺はまだ十六だ。つい先日、献上金が足りなかったせいで王室から降格処分の書簡が届いて……それで……」
広い部屋の中で唯一開け放たれた大きなガラス窓に目をやった。俺は伯爵から子爵に格下げされて、プライドが許せずに飛び降り自殺を図ったのだった。
あれ、俺駅前のベンチで居眠りしてたんだよな……?
記憶が混同していた。なぜかどちらも同じくらい確かな真実として、三十五歳、会社員、中島孝則という自意識と、十六歳、没落貴族ボナパルト家当主、セラフィムという自意識が存在していた。
これ、まさか、異世界転生ってやつか?
俺はいまだに信じられなくて、広い部屋の隅に置いてあった女物の化粧台の鏡をのぞきに行った。
「――っそんな、馬鹿な」
その鏡には、白馬に乗って迎えに来そうな感じの、金髪さらさらヘアーをしたイケメンが驚いた顔をしてこちらを見ていた。俺の中の中島孝則が驚いていて、セラフィム・ボナパルトは平常心のままだった。
俺は顔をやたらに手でつねったり叩いたりして確かめてみた。はっきり痛みを感じる、夢ではない。
扉が一気に開け放たれる音がして、セシルともう一人、執事服を着た初老の銀髪男が部屋に入ってきた。俺の中のセラフィムの記憶がクラウス、と教えてくれた。
「――セラ様! はぁあっ! よかった、一時はどうなることかと!」
俺は話を合わせないといけないと直感して、とっさに自意識をセラフィムに合わせた。
「あぁ、すまないクラウス。心配をかけた」
「セラ様! あなた様の心中はお察しします、ですがご自分の命さえお捨てになっては、亡き父君と母君に合わせる顔がないではありませんか……」
また頭痛がして、少し頭を押さえた。後ろにいたセシルが飲み物を持参していて、透明なグラスに注いだ。
「さぁ、お飲みください」
俺は鼻先で臭いを察知し、あぁ、頭痛に効果のある薬草で作ったハーブティーだなと思った、いや、知っていた。暖めてあったので、ぬくもりが体にしみた。
「セラ様、体調はいかがでございますか?」
「なに、少しばかり頭痛がするだけだ。クラウスよ、そう泣きつくでない。今回はいささか愚行であったと思っている。もう二度とかようなことはせぬから、少しばかり一人にしてくれないか」
「……ははぁっ、了解でございます」
二人が下がった後、誰もいない部屋で俺はいつもの貴族服に着替え、窓の外の景色を眺めた。空には輸送用の翼竜が飛んでいて、あまりに驚いた中島孝則が表に出てきてしまった。
「――なんじゃありゃあ!」
少年時代の輝かしい夢はどこか遠いところに風で飛ばされたようで、俺は今日も残業帰りに居酒屋へ寄って、ベロベロに酔っていた。
ところどころ意識がなくて、気づいたときには終電がなくて、駅前のベンチで居眠りを始めていた。三十五にもなって独身の俺には、帰りを待つ人なんていないから、別にここで朝まで寝ていたって良い。そう、良いんだ……
夜空の星を見上げながらまぶたが落ちた。すると突然、まぶたの向こう側が明るくなって、誰かの声が聞こえた。
「セラ様っ、あぁ! 今、反応なさったわ! 意識がございますのね!」
はっとして目を開くと、家政婦のような格好の、若々しい金髪女が広い部屋を掃除している最中で、手に持っていた箒を捨ててこちらに駆け寄ってきた。なんだここ、ってか、誰だこの女は。
「痛っ……」
「あ、まだ動かないでくださいっ、頭を強く打たれておりますので!」
「……?」
女は俺が意識を取り戻したのを涙ながらに喜んで、急いで城の者達に伝えますわ! といって走り去ってしまった。
額に手をやると、包帯が巻かれていた。繰り返される頭痛は打ち寄せる波のように記憶を運んできた。
そこで自分の名がセラフィム・ボナパルトだということと、先ほどの女がメイド長のセシルだということを思い出した。――どうして俺はこんなことを思い出せるんだ?
体に違和感があって自分の手の甲を見ると真っ白だということに気づいた。俺の手は褐色でしわだらけの不格好な代物だったというのに、今はまるで若い白人のように美しい。
「……そうだ、俺はまだ十六だ。つい先日、献上金が足りなかったせいで王室から降格処分の書簡が届いて……それで……」
広い部屋の中で唯一開け放たれた大きなガラス窓に目をやった。俺は伯爵から子爵に格下げされて、プライドが許せずに飛び降り自殺を図ったのだった。
あれ、俺駅前のベンチで居眠りしてたんだよな……?
記憶が混同していた。なぜかどちらも同じくらい確かな真実として、三十五歳、会社員、中島孝則という自意識と、十六歳、没落貴族ボナパルト家当主、セラフィムという自意識が存在していた。
これ、まさか、異世界転生ってやつか?
俺はいまだに信じられなくて、広い部屋の隅に置いてあった女物の化粧台の鏡をのぞきに行った。
「――っそんな、馬鹿な」
その鏡には、白馬に乗って迎えに来そうな感じの、金髪さらさらヘアーをしたイケメンが驚いた顔をしてこちらを見ていた。俺の中の中島孝則が驚いていて、セラフィム・ボナパルトは平常心のままだった。
俺は顔をやたらに手でつねったり叩いたりして確かめてみた。はっきり痛みを感じる、夢ではない。
扉が一気に開け放たれる音がして、セシルともう一人、執事服を着た初老の銀髪男が部屋に入ってきた。俺の中のセラフィムの記憶がクラウス、と教えてくれた。
「――セラ様! はぁあっ! よかった、一時はどうなることかと!」
俺は話を合わせないといけないと直感して、とっさに自意識をセラフィムに合わせた。
「あぁ、すまないクラウス。心配をかけた」
「セラ様! あなた様の心中はお察しします、ですがご自分の命さえお捨てになっては、亡き父君と母君に合わせる顔がないではありませんか……」
また頭痛がして、少し頭を押さえた。後ろにいたセシルが飲み物を持参していて、透明なグラスに注いだ。
「さぁ、お飲みください」
俺は鼻先で臭いを察知し、あぁ、頭痛に効果のある薬草で作ったハーブティーだなと思った、いや、知っていた。暖めてあったので、ぬくもりが体にしみた。
「セラ様、体調はいかがでございますか?」
「なに、少しばかり頭痛がするだけだ。クラウスよ、そう泣きつくでない。今回はいささか愚行であったと思っている。もう二度とかようなことはせぬから、少しばかり一人にしてくれないか」
「……ははぁっ、了解でございます」
二人が下がった後、誰もいない部屋で俺はいつもの貴族服に着替え、窓の外の景色を眺めた。空には輸送用の翼竜が飛んでいて、あまりに驚いた中島孝則が表に出てきてしまった。
「――なんじゃありゃあ!」
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