冴えないおっさんが没落貴族に異世界転生~売れ残りの悪役令嬢を妻にめとって世界征服目指します~

masa

文字の大きさ
4 / 54

ライトキス

しおりを挟む
 そしてようやくお呼びがかかり、俺は城の入り口に彼女を迎えに行った。

 同伴のクラウスが先に挨拶する。
「――ようこそおいで下さいました。エリザ様」

 従者が扉を開け、彼女が馬車から降りてくる。家柄を表す紫色のドレスを着て、最大限におめかしをしている。白い肌に長い黒髪が美しく映えていた。

「やぁ、初めまして」

 彼女はぶすっとして俺を一瞥し、

「暑いですわ、さっさと中に案内して下さいまし」

 セラフィムの記憶通りの、きつい性格が感じられる。俺はこれから彼女と婚約しなければならないらしいが、どう接すればいいのやら。

 中へ通して、食堂へは俺が一人でお連れし、クラウスは仕事に戻った。食卓、といってもロングテーブルのこちらと向こうに一つずつ高級な椅子が置かれ、そこに座る。

 挨拶もそこそこに、あらかじめ用意されていた豪勢な食事を、出来るだけ行儀よく食べていく。しかし会話がうまく進まない。俺が何を話しかけても、うんともすんとも言ってくれないのだ。

「あの、エリザ様、聞いておられますか?」

 俺がそう訪ねると、ようやく口を割った。

「なにがエリザ様、ですか。わざとらしい。家のためにお世話になるのはコチラなのですから、様付けなどせずに、エリザと、呼び捨てにすればよろしいじゃありませんか」
「あなたのような高貴な女性にそのような失礼なことはいえませぬ」
「高貴? あなた様との婚約が成立しなければ家が滅ぶような、半ば平民のような私がですか? ご冗談も大概にしてほしいですわ」

 俺は心の中で思わず、ははぁん、と言った。彼女はおそらく、こういう人ではないか、と、俺はすぐに仮説を立てて、試しに聞いてみた。

「またまた、ご冗談を。エリザ様のような見目麗しい方であれば、いくらでも縁談の話が来たでしょうに」

 彼女は予想通り憤怒した。

「来ておりませんわよっ! なんて意地悪なことをおっしゃるのですかっ、私の悪評を知っておられないわけではないでしょうに!」

 俺は頑張って演技した。役者になった気分で、イメージ通りに、失笑して見せた。

「何を笑っておられますの」
「いえ、……自分はなんて幸運な男なのだろうと、感動を通り越して、少し呆れかえっております」
「どういうことです」
「こちらとしては、大変不利に思っていたのです。これは本来お悔やみ申し上げるべきことですが、ハーディ王子の件で、あなたのような美しくて教養豊かなご令嬢が再び社交場に舞い戻られることになり、私は期待と同時に、不安を感じました。こうなると当然、大勢の貴族が新たに婚約を迫ることになり、ひと月前に子爵に格下げされた私のような低位の貴族では相手にされないかもしれないと思っていたのです」
「……ふん、どうだか」
「それだけではありません。あまりに早い書簡は実を言うと、私の男としての照れと、情熱の表れなのです。おそらくあなたはあの書簡の通達の早さを、なにか、政略結婚の側面から見て、私を軽蔑なさったことでしょう。しかしそれは違う。あの早さは、エリザ様が他の貴族の男どもに取られはしないかという恐れと焦燥感から生まれたもの。執事のクラウスに書かせたのは、自分で書くのが恥ずかしかったからなのです」
「……え」
「私は、……前々から、あなたをお慕いしておりました。あなたは婚約者に付きっきりで、こちらを見てくれたことはありませんでしたが、私はパーティ会場の窓際に腰をかけ、いつも遠目から、あなたの美貌と天真爛漫な振る舞いに見とれていた……」
「……そ、そうでしたの……?」

 もちろんハッタリである。しかし彼女の硬い表情が初めて崩れた。もう一押し、と思い、渾身のまなざしを彼女に向ける。

「様付けはよせ、とおっしゃいましたね。しかしあなたの理屈通りにいけば、私はあなたの苦しい立場を利用してため口をきくような卑怯者になってしまう。それではダメだ! けれども、あなたが私との婚約を誓って下さるなら、私のものになって下さるというのなら、あなたは子爵家の妻となり、私は家の当主として、正当な理由で対等に話し合うことが許される。私とて、このようなうやうやしくて他人行儀な話し方ではなく、より親密な会話を楽しみたい。私を卑怯者にしないでほしい!」

 席を立ち、彼女の元へ詰め寄る。そばに来たとき、その潤んだ瞳に思わず目を奪われる。

「私とどうか、婚約を結んではいただけぬでしょうか」
「……き、気が早いのではないですか? ま、まだ食事を終えたばかりですのに……そんな」
「私はこう見えて情熱家なのです、あなたには分からないでしょう、私の燃えるような気持ちが! しかしあなたがどうしてもとおっしゃるなら、通例通り入浴をして、寝室で待っておりましょう。そして薄着のあなたにもう一度同じことを言って差し上げます……」

 俺は初めて会う彼女の手を取った。シルクのような肌触りに、小さくて華奢な手だ。これが貴族家のご令嬢の手……

 彼女は俺の必死の訴えに心打たれたのか、顔を真っ赤にして、不意に瞳をつぶった。返事する前に口づけを請うているらしい。

 俺は要求通り、彼女の唇にライトキスをほどこした。

「ほ、本気ですのね……」
「もちろん」
「……もとより、この話はお受けするつもりでした。全ての事の発端は、私が嫉妬に駆られて王子の恋路を阻もうとしたことにあります。家の存続がかかっておりますから、私が責任を取るのは必然……。新しいお相手にどんな横柄な態度を取られても、我慢して勤めを果たそうと決意しておりましたの」
「えぇ、お気持ち、分かります」
「ですがっ、こっ、このような熱愛を受けるとは思ってもみなかった! これでは混乱してしますわ!」

 潤んだ瞳から赤い頬に一筋の涙が落ちた。そして彼女は食卓を激しく叩き、立ち上がり、脇目も振らず出入り口まで行って、扉の向こうで待機していたメイドに案内をさせ、城のどこかへ去ってしまった。

「……あれ? うまくいってたと思ったんだが。どこで怒らせたかなぁ……」
しおりを挟む
感想 52

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...