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街の未来予想図
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――朝は学問と通常魔法を学び、昼は剣と弓を習い、夜は珍しいタイプの聖剣の試行錯誤のようなで、さすがに息が詰まると思った俺は、時々執事を一人ボディーガードとして引き連れ、城下町へ繰り出していた。
夜の街を練り歩き、外食ついでに色々と街の様子を見て回っていた。すると、街の至る所にボナパルト家正式発行の「鉱山労働者を求む」の広告チラシが貼ってあった。
我が領土ホロンは当時、深刻な人口流出に悩んでいた。領主がポンコツで産業が育たないからろくな職業に就けず、よその街で心機一転、新しい商売を始めようという考えで家をたたむ輩が増えていたのだ。働き盛りの人間が離れていくのは街にとって痛手だった。
公共事業、という建前で数年間の仕事を提供し、人材離れによる街の衰退を防ぎ、給料はエリザの持参金から捻出することになっている。そうやって鉱山で働く人間を大勢確保し、専用の工具と掘削機でエスピオ山を多面的に掘らせる予定だ。
そろそろ機材運び込みや事業所の設立が終わり、本格的に魔法結晶の採掘が始まるような時期だった。連れていた執事のアシモフと夕食を平らげたあと、街の大通りを歩いて城に戻ろうとしていたとき、変装していた俺の正体に気づいた一般人の男が俺に尋ねてきた。
男が俺のそばでひざまずき、アシモフがやめさせようとしたのを俺が制止した。街の人間の話を聞いてみたかったのだ。
「あぁ、セラフィム様。今日はお忍びですか」
「……いかにも」
「セラフィム様、私は一つお聞きしたい」
「どうした」
「エスピオ山で一体何が始まるのですか? 林業にしか使えないような、あの不要な山にたくさんの人間が出入りしているのを街の者達が大勢目撃しております。一部の不届き者は、ついに領主が気をやって無駄山に手を出したのだと吹聴しております」
これまでのセラフィムの愚かな治政を思えば、そう思われても仕方なかった。俺は体よく返事をしておいた。
「なに、心配せずとも、余は正気だ。ちょっとした新規の資源が山の地下に見つかったのでな、街の民の力を借りたいと思っている。君も是非来たまえ、給料ははずむぞ。はっは!」
その男の肩をぽんぽんと二回叩き、立ち上がらせたあたりで周りが騒がしくなってきた。フードをかぶっていたが、周囲にやりとりを聞かれて正体がバレかけていた。
「帰るぞアシモフ」
「はい、領主様」
アシモフはすでに合図を送って道の端に馬車を待たせていた。下手に転移魔法で城に戻るところを庶民に見られて、領主が街をうろついていたなどと噂が広まるのはばつが悪いのだ。
馬車の客室に二人して乗り込む。
「ふぅ、たまには庶民の味も良いものだな。地元で採れた肉と野菜をふんだんに活かしておったわ」
「おいしゅうございましたね。なんでもホロンきっての名店とか」
「ふむ、しかし飲食街は店が減っていたなぁ」
「腕利きの料理人が外に流れているようでして」
「料理にももっとバリエーションがほしいところだ……、して、アシモフよ。例の採掘事業の募集はどのような具合だ」
「順調に集まっております」
「そうか。上手くいくといいが」
「採掘開始までに詳しく調べておりまして、山肌の柔いところから掘削していけば、順当に行って半年ほどで魔力鉱脈に達すると見込まれています。それまでに大量の魔力結晶が副産物として採取されましょうから、工場の建設も同時に進めて参ります」
「……街が栄えれば、人も戻ってくる。これまでの愚行を帳消しにするほどの近代化が起これば、もう街の民が他の豊かな領土との格差に苛まれずに済むだろうて」
「もちろんでございます」
「貿易も再開させる。交通網を整理して、他領土と積極的に関わっていかねばならん」
「……人が変わられましたね、領主様」
一瞬、ドキリとした。
「……そうか?」
「はい、以前は徹底して他領土との干渉を避けておられました。この御心境の変化はやはり、エリザ様との婚約が関わっておいででございましょうか」
「あ、あぁ! そうさ、そうなのだよアシモフ。なかなか鋭いではないか!」
アシモフは優しく笑った。俺は日常を忙殺される最中で、まれに我を忘れて発言してしまうことがあった。そのたびにこうして冷や汗を流したものだった。
俺は自分のことを忘れてなんかいない。三十五歳、会社員、残業疲れで肩こりのひどいことで有名な、独身男の中島孝則だ。これは俺の頭にはきっちり刻まれている。子爵家の当主であらせられる十六の美青年の若々しい脳みそだったら、きっと、ずっと忘れないでいてくれるさ。
それにしても、セラフィムの意識はどこに行ってしまったのだろうか?
夜の街を練り歩き、外食ついでに色々と街の様子を見て回っていた。すると、街の至る所にボナパルト家正式発行の「鉱山労働者を求む」の広告チラシが貼ってあった。
我が領土ホロンは当時、深刻な人口流出に悩んでいた。領主がポンコツで産業が育たないからろくな職業に就けず、よその街で心機一転、新しい商売を始めようという考えで家をたたむ輩が増えていたのだ。働き盛りの人間が離れていくのは街にとって痛手だった。
公共事業、という建前で数年間の仕事を提供し、人材離れによる街の衰退を防ぎ、給料はエリザの持参金から捻出することになっている。そうやって鉱山で働く人間を大勢確保し、専用の工具と掘削機でエスピオ山を多面的に掘らせる予定だ。
そろそろ機材運び込みや事業所の設立が終わり、本格的に魔法結晶の採掘が始まるような時期だった。連れていた執事のアシモフと夕食を平らげたあと、街の大通りを歩いて城に戻ろうとしていたとき、変装していた俺の正体に気づいた一般人の男が俺に尋ねてきた。
男が俺のそばでひざまずき、アシモフがやめさせようとしたのを俺が制止した。街の人間の話を聞いてみたかったのだ。
「あぁ、セラフィム様。今日はお忍びですか」
「……いかにも」
「セラフィム様、私は一つお聞きしたい」
「どうした」
「エスピオ山で一体何が始まるのですか? 林業にしか使えないような、あの不要な山にたくさんの人間が出入りしているのを街の者達が大勢目撃しております。一部の不届き者は、ついに領主が気をやって無駄山に手を出したのだと吹聴しております」
これまでのセラフィムの愚かな治政を思えば、そう思われても仕方なかった。俺は体よく返事をしておいた。
「なに、心配せずとも、余は正気だ。ちょっとした新規の資源が山の地下に見つかったのでな、街の民の力を借りたいと思っている。君も是非来たまえ、給料ははずむぞ。はっは!」
その男の肩をぽんぽんと二回叩き、立ち上がらせたあたりで周りが騒がしくなってきた。フードをかぶっていたが、周囲にやりとりを聞かれて正体がバレかけていた。
「帰るぞアシモフ」
「はい、領主様」
アシモフはすでに合図を送って道の端に馬車を待たせていた。下手に転移魔法で城に戻るところを庶民に見られて、領主が街をうろついていたなどと噂が広まるのはばつが悪いのだ。
馬車の客室に二人して乗り込む。
「ふぅ、たまには庶民の味も良いものだな。地元で採れた肉と野菜をふんだんに活かしておったわ」
「おいしゅうございましたね。なんでもホロンきっての名店とか」
「ふむ、しかし飲食街は店が減っていたなぁ」
「腕利きの料理人が外に流れているようでして」
「料理にももっとバリエーションがほしいところだ……、して、アシモフよ。例の採掘事業の募集はどのような具合だ」
「順調に集まっております」
「そうか。上手くいくといいが」
「採掘開始までに詳しく調べておりまして、山肌の柔いところから掘削していけば、順当に行って半年ほどで魔力鉱脈に達すると見込まれています。それまでに大量の魔力結晶が副産物として採取されましょうから、工場の建設も同時に進めて参ります」
「……街が栄えれば、人も戻ってくる。これまでの愚行を帳消しにするほどの近代化が起これば、もう街の民が他の豊かな領土との格差に苛まれずに済むだろうて」
「もちろんでございます」
「貿易も再開させる。交通網を整理して、他領土と積極的に関わっていかねばならん」
「……人が変わられましたね、領主様」
一瞬、ドキリとした。
「……そうか?」
「はい、以前は徹底して他領土との干渉を避けておられました。この御心境の変化はやはり、エリザ様との婚約が関わっておいででございましょうか」
「あ、あぁ! そうさ、そうなのだよアシモフ。なかなか鋭いではないか!」
アシモフは優しく笑った。俺は日常を忙殺される最中で、まれに我を忘れて発言してしまうことがあった。そのたびにこうして冷や汗を流したものだった。
俺は自分のことを忘れてなんかいない。三十五歳、会社員、残業疲れで肩こりのひどいことで有名な、独身男の中島孝則だ。これは俺の頭にはきっちり刻まれている。子爵家の当主であらせられる十六の美青年の若々しい脳みそだったら、きっと、ずっと忘れないでいてくれるさ。
それにしても、セラフィムの意識はどこに行ってしまったのだろうか?
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