15 / 54
タレコミの犯人
しおりを挟む
観念したように魔力を注ぎ込み、他者と異なる輝きと、やたらにはしゃぐ夕暮れの乙女達が聖剣から溢れた。周囲の貴族からどよめきの声が漏れる。
「――ほう。噂通りだな」
「メビウス軍曹、あの者も連れて行きますか」
「そうしてくれ」
騎士の一人が俺の方に近づいてくる。こうなることは分かっていたから、聖剣だけ渡してこう言った。
「いい、自分で行く」
さっき連れて行かれた貴族のように無様な格好をさらしたくないからと、自分から自主的に部屋を出た。後を追うようにして、メビウス軍曹と呼ばれていたあのリーダー格の男だけが部屋の外の廊下に出て来て、扉を閉めた。
「……選抜を見届けないで良いのか」
「部下が行う。俺は最初の起動で異光聖剣を発現させた貴族だけをしょっ引く役目だ」
「騎士の間では異光聖剣と呼ばれているのだな」
「光属性以外が対象だ。異光聖剣で最も有名なのが、お前の前に連れて行かれた男が発現させた闇属性の聖剣だ。とはいえ、これを発現させてしまった者は残念ながら聖騎士団所属にはならないがな」
「……もしや、かの秘密組織に?」
「すでに公にも存在を知られつつある。秘密とはいえん」
表舞台で活躍するのが聖騎士団なら、裏の汚い仕事をこなすのが暗黒騎士団と呼ばれる非公認組織だ。彼らは国にあだなす悪人(ヤクザ者や敵国のスパイ、反政府主義者)の始末や、敵国の権力者の暗殺などを計画実行しているとされ、国民の間でその存在がまことしやかにささやかれていた。
「余はこれからどうなる」
男は顔をしかめて短い沈黙を挟んだ。
「遠方の貴族はみな勘違いしているようだが、貴族が偉そう接して良いのは直属の部下と平民に対してのみだ。貴族と騎士は対等。余、などと高位ぶった自称はやめろ」
「……そうか、では改めて聞こう。私の処遇はいかに」
「聖騎士団直属の養成機関に入ってもらう。つまり士官学校だ」
「やはりそうか……」
――男に案内され、後に付いていって、城の中を歩く。内心穏やかではない。
この流れは非常にまずい。これではこの後の経済収支報告会にも出席できず、妻に頼まれていた他領土の領主との交渉も出来ないではないか! それどころか、このままではしばらく自分の領土にすら帰れないかもしれない。最悪の展開だ……
「お前には妻が一人あったな」
「あぁ」
「ならばお前の治める領土の管理は妻にやらせて問題ないだろう。連絡はこちらでしておくから、いらぬ心配はするな」
余計心配だ。このことをエリザに知られたらどうなるか。当然機嫌を損ねるだろう。全くもって俺のせいではないが、現代風にいえば激おこぷんぷん丸だ。もし再会すれば即座に俺を能なしとか愚か者とか言ってなじりまくるに違いない。あぁ、想像するだけでうんざりしてきた。しばらく会いたくないな。
「徴兵令といっても、平民出身の騎士見習いのようにしごかれたりはしない。貧弱体質の貴族どもにいきなり訓練をさせればすぐにくたばるからな」
「ごもっともだ。士官学校の卒業試験合格率は、あの筋骨隆々とした生徒達をもってしても10パーセントもないと聞くし、我々貴族が騎士になるなど、いまだに信じられんよ」
「まぁ、ほとんどの貴族では無理だろうな。しかし一部の貴族には可能性がある」
「可能性?」
「そもそも我々はお前達に純粋な武力を身につけさせるつもりはない。ただ、お前達は腐っても貴族。魔力コントロールに関しては一流のものを持っているだろう。聖剣の本領は武力で振るうことではなく、霊力の放出にある。そのために必要な聖剣の回路組み替えは内部に通う魔力の繊細な操作が肝だ。貴族は常々聖剣を「たしなむ」などとたわけた事を言っているが、魔力に長けたお前達が聖剣をそれなりに操れることはこちらも知っている。貴族とは生来、聖剣の申し子なのだ」
「剣技試験や体力測定の項目はどうなる」
「特例でパスさせる」
「聖剣の能力だけを買われているのだな」
「当たり前だ。ゆえに選抜をしている。貴族の中でも選りすぐりの聖剣使いだけが将来的に有用な人材となる。中途半端な奴ではダメだ。抜群の資質を持つ者だけが戦場で使い物になる。求められているのは即戦力だ」
「しかし、戦況が著しく悪いという話は聞かないが」
「著しくはない。ただ、悪いことは確かだ。このまま行けばいつか主要な防衛ラインを突破されかねない。そうなる前に、通常の位置まで戦線を押し戻すことがミッションだ」
「はぁ……、あ、そうだ。もし士官学校を落第したらどうなる? 即時退学で領土に帰れたりしないのか?」
「あり得ないな。特にお前はあり得ない。卒業試験も至れり尽くせりの設定にして、何が何でも卒業させる。士官学校で甘やかすつもりはないが、お前ならば聖剣実技で落第なんて万に一つもない」
「どうしてそんな事がいえる」
「異光聖剣の使い手で落第した者はいない。それに、事前のタレコミによれば、お前の聖剣はいわくつきだ」
「タレコミがあったのか。そうか、それで私のことを知っていたんだな。しかし誰からのタレコミだ。……まさか」
メビウス軍曹は口角をかすかに上げて微笑した。そのまさかだよ、とでも言わんばかりの表情に、俺は愕然とした。
「ユリシーズめっ……」
「我々はまだあの方を団長だと思っている。毎月書簡を取り交わしているから、お前の評判は良―く知っているぞ。セラフィム・ボナパルトならば、騎士団の新たなる道を示してくれるかもしれぬ、などと、大げさに書いておられたわ。ははは!」
あのクソ野郎っ、絶対許さんっ! 今度会ったら解雇を言い渡してやる!
「――ほう。噂通りだな」
「メビウス軍曹、あの者も連れて行きますか」
「そうしてくれ」
騎士の一人が俺の方に近づいてくる。こうなることは分かっていたから、聖剣だけ渡してこう言った。
「いい、自分で行く」
さっき連れて行かれた貴族のように無様な格好をさらしたくないからと、自分から自主的に部屋を出た。後を追うようにして、メビウス軍曹と呼ばれていたあのリーダー格の男だけが部屋の外の廊下に出て来て、扉を閉めた。
「……選抜を見届けないで良いのか」
「部下が行う。俺は最初の起動で異光聖剣を発現させた貴族だけをしょっ引く役目だ」
「騎士の間では異光聖剣と呼ばれているのだな」
「光属性以外が対象だ。異光聖剣で最も有名なのが、お前の前に連れて行かれた男が発現させた闇属性の聖剣だ。とはいえ、これを発現させてしまった者は残念ながら聖騎士団所属にはならないがな」
「……もしや、かの秘密組織に?」
「すでに公にも存在を知られつつある。秘密とはいえん」
表舞台で活躍するのが聖騎士団なら、裏の汚い仕事をこなすのが暗黒騎士団と呼ばれる非公認組織だ。彼らは国にあだなす悪人(ヤクザ者や敵国のスパイ、反政府主義者)の始末や、敵国の権力者の暗殺などを計画実行しているとされ、国民の間でその存在がまことしやかにささやかれていた。
「余はこれからどうなる」
男は顔をしかめて短い沈黙を挟んだ。
「遠方の貴族はみな勘違いしているようだが、貴族が偉そう接して良いのは直属の部下と平民に対してのみだ。貴族と騎士は対等。余、などと高位ぶった自称はやめろ」
「……そうか、では改めて聞こう。私の処遇はいかに」
「聖騎士団直属の養成機関に入ってもらう。つまり士官学校だ」
「やはりそうか……」
――男に案内され、後に付いていって、城の中を歩く。内心穏やかではない。
この流れは非常にまずい。これではこの後の経済収支報告会にも出席できず、妻に頼まれていた他領土の領主との交渉も出来ないではないか! それどころか、このままではしばらく自分の領土にすら帰れないかもしれない。最悪の展開だ……
「お前には妻が一人あったな」
「あぁ」
「ならばお前の治める領土の管理は妻にやらせて問題ないだろう。連絡はこちらでしておくから、いらぬ心配はするな」
余計心配だ。このことをエリザに知られたらどうなるか。当然機嫌を損ねるだろう。全くもって俺のせいではないが、現代風にいえば激おこぷんぷん丸だ。もし再会すれば即座に俺を能なしとか愚か者とか言ってなじりまくるに違いない。あぁ、想像するだけでうんざりしてきた。しばらく会いたくないな。
「徴兵令といっても、平民出身の騎士見習いのようにしごかれたりはしない。貧弱体質の貴族どもにいきなり訓練をさせればすぐにくたばるからな」
「ごもっともだ。士官学校の卒業試験合格率は、あの筋骨隆々とした生徒達をもってしても10パーセントもないと聞くし、我々貴族が騎士になるなど、いまだに信じられんよ」
「まぁ、ほとんどの貴族では無理だろうな。しかし一部の貴族には可能性がある」
「可能性?」
「そもそも我々はお前達に純粋な武力を身につけさせるつもりはない。ただ、お前達は腐っても貴族。魔力コントロールに関しては一流のものを持っているだろう。聖剣の本領は武力で振るうことではなく、霊力の放出にある。そのために必要な聖剣の回路組み替えは内部に通う魔力の繊細な操作が肝だ。貴族は常々聖剣を「たしなむ」などとたわけた事を言っているが、魔力に長けたお前達が聖剣をそれなりに操れることはこちらも知っている。貴族とは生来、聖剣の申し子なのだ」
「剣技試験や体力測定の項目はどうなる」
「特例でパスさせる」
「聖剣の能力だけを買われているのだな」
「当たり前だ。ゆえに選抜をしている。貴族の中でも選りすぐりの聖剣使いだけが将来的に有用な人材となる。中途半端な奴ではダメだ。抜群の資質を持つ者だけが戦場で使い物になる。求められているのは即戦力だ」
「しかし、戦況が著しく悪いという話は聞かないが」
「著しくはない。ただ、悪いことは確かだ。このまま行けばいつか主要な防衛ラインを突破されかねない。そうなる前に、通常の位置まで戦線を押し戻すことがミッションだ」
「はぁ……、あ、そうだ。もし士官学校を落第したらどうなる? 即時退学で領土に帰れたりしないのか?」
「あり得ないな。特にお前はあり得ない。卒業試験も至れり尽くせりの設定にして、何が何でも卒業させる。士官学校で甘やかすつもりはないが、お前ならば聖剣実技で落第なんて万に一つもない」
「どうしてそんな事がいえる」
「異光聖剣の使い手で落第した者はいない。それに、事前のタレコミによれば、お前の聖剣はいわくつきだ」
「タレコミがあったのか。そうか、それで私のことを知っていたんだな。しかし誰からのタレコミだ。……まさか」
メビウス軍曹は口角をかすかに上げて微笑した。そのまさかだよ、とでも言わんばかりの表情に、俺は愕然とした。
「ユリシーズめっ……」
「我々はまだあの方を団長だと思っている。毎月書簡を取り交わしているから、お前の評判は良―く知っているぞ。セラフィム・ボナパルトならば、騎士団の新たなる道を示してくれるかもしれぬ、などと、大げさに書いておられたわ。ははは!」
あのクソ野郎っ、絶対許さんっ! 今度会ったら解雇を言い渡してやる!
13
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
ブラック・スワン ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~
碧
ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる