袖薫る少将

満天星さくら

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袖薫る少将

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  秋草の 露にしおるるさまよりも
       濡れにし袖を いかに見つらむ

「……つまんない歌」
 淡い紫に染められた薄様(うすよう)を眺め、楓子(かえでこ)はつい、思ったままのことを口にした。
 ――秋の草花が夜露を浴びて萎れてしまいましたが、私の袖はその草以上に、あなたを恋い慕う涙に濡れております。こんな私をあなたはどうご覧になりますか――
 薄様は透けるように薄く漉き、さまざまの色に染めた、上品な紙だ。主に私的なやりとりに使われる。
 優美な筆跡の手紙は、まだ露をたたえた桔梗に結びつけられて届けられたそうだ。歌の内容といい、片思いを伝える恋文としての体裁は整っている。
 だが、それだけだ。
「夜露を涙に見立てるなんて、ありきたりだわ。涙で濡れた袖って表現も、もうちょっと工夫があっても良いんじゃないかしら」
「うるさいわね。あんたに届いた歌じゃないでしょ」
 楓子の批評を、刺々しい声がさえぎった。
 部屋の入り口をふさぐように、美しく着飾った姫君が立っている。
 そうやって出入り口の妻戸をふさがれると、狭い楓子の部屋は風どころか外の光もあまり入らなくなってしまうのだが、当の姫君はそんなことはまったく気にも留めない様子だ。
 青緑に目も覚めるような鮮やかな紅色の衣をかさねた紅菊襲(くれないぎくのかさね)のはなやかな小袿(こうちき)に、濃き色と呼ばれる蘇芳色の袴。濃き色の袴は、未婚の女性が身に着けると定められているものだ。
 輝くような化粧も毛ほどのくずれもなく、毎日女童(めのわらわ)がふたりがかりで梳きあげる黒髪はつややかに背へ流れ、身の丈に余る。
 当代一の美女とうわさの高い、四条権大納言藤原忠友(ふじわらのただとも)卿の二の姫、峯子(みねこ)姫だ。
 四条権大納言は、同じ藤原氏の古老たちに上をふさがれ、出世も権大納言で頭打ちとなっている。
 権大納言の「権」とは、仮の、臨時の、という意味だ。朝廷に急務があり、中枢の人数が足りない時にこの役職が設けられた。が、のちには出世を望む人数に対して役職の数が足りない時にも、設けられるようになった。
 出世街道から外れた、とまでは言わないが、まあ、ちょっと足踏みしている者の地位だ。
  だが忠友卿は、北の方とのあいだに生まれた三の姫を、東宮女御として入内させている。
 この三の姫がうまく男皇子(おとこみこ)を産み、その子が至高の冠をいただいた時には、廟堂は帝の外祖父となる彼の天下となるはずだった。
 もっとも肝心の東宮はまだ御年十一才、くわえて当代の帝も心身共にご壮健で、御代替わりは当分ありそうにないのだが。
「お返しの歌を詠んで。早くしなさいよ。文使い(ふみつかい)を待たせてるんだから!」
 峯子は腕を組んでふんぞり返り、きんきんと頭に響く声をはりあげた。
 文使いとは、手紙を運ぶ使者のこと。すべての手紙は、こうして人の手から手へと渡されるのだ。
「わかりました」
 楓子は古びた文机(ふづくえ)に向かい、細筆を手に取った。
 この机が室内にあるほぼ唯一の調度と言っていい。女性の部屋にはつきものの、几帳(きちょう)や屏風もない。
「わかってると思うけど、お歌をくださったのは宰相中将藤原基実(ふじわらのもとざね)さまよ。太政大臣藤原義基(よしもと)さまのご子息の」
 峯子は肩をそびやかし、いかにも自慢げに言った。
「まあ、たしかにつまんないお歌よね。基義さまは宮中でもちょっと冴えない方だってうわさも聞いてるし、この歌もどうせおそばの女房か誰かが代作してるんでしょ。それでこの程度なんだから、かなり問題よ。そんな役立たずばっかり抱えてる主人の器量も知れるっていうもんだわ」
 でもね、と峯子は意味ありげに含み笑いをした。
「太政大臣の息子を逃がすほど、わたし、ばかじゃなくってよ。あの若さで宰相中将、参議の地位ももう目の前だし、姉君は今上さまの後宮で一番時めいてらっしゃる麗景殿(れいけいでん)女御、静子さまよ。中将さまのもとへは、黙ってたって大臣の座が転がり込んでくるはずよ!」
「まあ、そうでしたの」
 楓子はぼそっと気のない返事をした。
 実際、峯子の婿が大将だろうが大臣だろうが、楓子には何の関係もないのだ。
 せいぜい、峯子が正式に婿取りをしたら、自分のところへ持ち込まれる縫い物がまた増えるだろう、そのくらいしか思わない。
 素っ気ない態度に峯子は一瞬かちんときたようだが、すぐに勝ち誇った笑みを浮かべ、楓子を見下ろした。
 楓子の擦り切れた袿や色褪せた袴をことさらじろじろと眺め、わざとらしい猫なで声で言う。
「そうよねぇ。あんたには関係ない話だったわね。あんたは婿取りどころか、まともに人付き合いさえできなかったんだもの! なぁんて可哀そうなのかしら。さみしいわよねえ!」
 おほほほほ、と、甲高い笑い声が、薄暗い小部屋に響き渡った。
 嘲笑う峯子に、楓子は強く唇をかみしめた。
 ……こんなことは、いつものこと。このくらいの嫌がらせでいちいち心を痛めていたら、身が持たないわ。
 返歌の代作など女童でも使いにすればすぐに言いつけられるのに、姫君がわざわざ自分で渡殿(わたどの)の端にある楓子の部屋まで出向いてきたのも、本当はこうやって楓子を嘲笑いたいからなのだ。
 峯子の母――権大納言の正妻であり、この屋敷では「北の方」と呼ばれる方子(まさこ)など、楓子の顔を見るのすら嫌がっている。
「そうねぇ。まだ二通めだし、すぐになびいちゃ、安っぽい女だと思われるわ。切り返しの歌にして」
 切り返しの歌とは、男性からの恋歌に対し「その気はありません」とつれない返事をする歌である。
 けれどあまりにも容赦なく断ってしまうと、男が諦めて手を引いてしまうかもしれない。女の方にも気がある場合は、断りはするが可愛らしさものぞかせて、まだ望みがあるのだと男に思わせなければならない。
 和歌のやりとりは、知的な遊戯だ。自分の持てる文学の知識やユーモア精神、美意識を総動員して、自分の本意をさりげなくほのめかし、あるいは贈る相手に謎をかける。
 その真意を読み解けなければ相手の器が足りないということ。そうやって何度も和歌をやりとりする間に、相手の知的レベルや人柄を推し量るのだ。
 こういう言葉の遊びはとても楽しい。たとえそれが誰かの代理であっても。
 こちらが仕掛けた謎に相手がすぐに気づき、打てば響くように返事を返してきた時など、つい、他人の手紙の代作をしているだけなのだということも忘れそうになる。
 楓子は、峯子が用意した薄様にさらさらと和歌を書き付けた。

   数ならぬ身をば思はめ 白露の
     散りたる先を たれか知るらむ

 ――わたしなどあなたにとってはその他大勢のひとりでしょう。秋の露がそこら中に散っているように、あなたの涙もどこの女人のためのものやら、誰にわかるでしょう――
 軽々しい誘いかけにちょっと傷ついて、拗ねているような可愛い女を演出してみたつもりだ。わたしを口説くならもっと本気になって、というほのめかしを、中将本人には無理でも、おそばに仕える女房か誰かが酌み取ってくれたらと思う。
「ふん……。まあまあね」
 楓子が詠んだ和歌を眺め、峯子は言った。だがその表情はかなり満足げだ。
「別にわたしが詠んでも良かったんだけど、ほら、向こうもどうせ誰かの代作じゃない。だったらこっちも、あんたの代作程度でちょうど良いのよ」
「ええ、そうでしょうね」
 楓子は顔もあげなかった。
 峯子が詠んだとされる歌のほぼすべては、実は楓子が代作している。
 峯子のものだけではなく、親の権大納言や北の方があちこちに出す手紙に添える歌も、この頃は楓子が代作していた。
「詠んで欲しい返歌はまだたくさんあるのよ。ほら、ご覧なさい!」
 文机の上に、ばさばさと数枚の薄様が放り出された。みな、峯子のもとに届いた恋文らしい。
 紅、緑、浅黄、刈安(かりやす)染め。塗りも剥げた文机の上は、まるで花が咲いたようになった。
「ま、本命は中将さまだけど、ほかの方々も、独身のうちはお友達としておつき合いを続けててもいいじゃない? この中の誰がいきなり出世するかわからないし。選択肢は多い方がしあわせだわ」
 そして峯子は勝ち誇ったように高く笑った。
「あら、ごめんなさい。他人の代作でしか恋の歌も詠めない人には、可哀想なお話だったわねえ!」
 楓子は何も言わなかった。
 眼を伏せ、唇をきゅっと噛みしめて、すべての思いを胸の中に押し込める。
 ……このくらいのこと、何度も何度も聞かされてきた。今さら腹を立てるほどのことでもないわ。
「ああ、そうだわ。それが終わったら、月の歌を何首か用意しておきなさいって、お母さまがおっしゃってたわ。今夜は月見の宴だから」
「月見の宴?」
「そう。宰相中将さまもおいでになるわ。ほかにも、このお手紙をくれた殿方は皆さま、いらしてくださるはずよ」
 楓子は思わず眉をひそめた。
 それでは、母屋の南庭や釣殿あたりは、今夜は夜通しどんちゃん騒ぎが続くのだろう。
 十五夜の風情もあったものではない。
 優雅な貴公子や美しい姫君が楽器をつま弾き、歌を詠み交わす管弦の宴はあくまで物語の中だけのこと。
 実際に権門貴族の屋敷で催される宴会は、風流ももののあはれも縁遠いしろものだ。
 出席者たちは宵のうちから空が白むまで、延々浴びるように酒を飲み続ける。
 初めはそれでも体裁を保つため、何首か歌が詠まれたりもするが、宴もたけなわとなれば、べろべろに酔っぱらった貴族がお酌をつとめる女房を卑猥な冗談でからかうくらいならまだましで、貴族同士、掴み合いの喧嘩になることも珍しくない。
 たちの悪い公達だと、酔った勢いで屋敷の使用人に手を出したりする。
 そして大概、屋敷の主人もそれを黙認する。使用人の身体を自由にすることも主人の権限、そして客人へのもてなしの一環と考えているのだ。
 彼らは自分たちに雇われている下人や水仕女など、最初から同じ人間とも思っていない。
  ……みんなには、宴席にはできるだけ近づかないように言わなくちゃ。特に年端もいかない女童たちは、屋敷の北側に隠れているようにと。
 敷地の北側は鬼門にあたり、通常、台所や風呂など他人の目に触れさせたくない下世話なものを集めて置く場所とされる。
 そんなところにまでのこのこやってくるような公達は、さすがに少ないだろう。
 それでも今夜は、屋敷の使用人たちは宴が終わるまで寝ることも許されず、こき使われることになるのだろうと、楓子は重たくため息をついた。
 だが峯子は、そのため息を別の意味に捉えたらしい。
「なぁに、あんたも宴に出たいの?」
 まさか、と楓子が首を振る前に、峯子はけらけらとさもおかしそうに笑った。
「でも残念ねえ。あんたの母君はわたしのお母さまの異母妹(いもうと)、れっきとした亡き権大納言の姫だったけど、父親が誰だかわからないんですものねえ!」
 楓子は息を飲んだ。
 今まで何度も何度も聞かされてきた言葉。なのに、何度でも、初めて言われた時と同じだけの衝撃を持って、楓子の胸に突き刺さる。
「そんな娘がこの屋敷にいるってわかっただけでも、本当は大騒ぎよ。とんでもない醜聞だわ。父親が身分違いの受領とかっていうならともかく、名前も素性もわからないなんて、あんまりにも恥ずかしくって、あんたを尼にしてどこかの寺に入れることだってできやしないわ。ほんと、どこの破戒坊主だったのかしら、あんたの父親は。もしかしたら盗賊や山賊のたぐいかもしれないし、鬼の一族の頭領かもしれないわねえ!」
 ……違う。違うわ。わたしのお父さまは、そんな人じゃない。
 怒りと哀しみの言葉を、楓子は必死に抑えつける。
「お話は、お済みでしょうか」
 低くくぐもった声は、抑えきれない感情にふるえていた。
「お済みでしたら、どうぞ対の屋へお戻りください。わたしも、ひとりで和歌を作るのに専念したいと思いますので」
「な……、なによ、その言いぐさは! わたしが間違ってるとでも言うの!? あんたなんか、お父さまとお母さまのお情けにすがっているだけの孤児のくせに!」
 きんきんと頭に突き刺さるような甲高い声で、峯子はわめき散らした。
 その高慢な顔を思いきりひっぱたいてやれたら、どれほど気持ちいいだろう。
 だが、現実に相手を平手打ちする権限を持っているのは、峯子だけなのだ。
 ……また叩かれるかもしれない。
 楓子は覚悟した。
 けれど、けして峯子に許しを乞うたりはしない。自分は、なにも悪いこと、間違ったことは言っていないのだから。
 どんなに理不尽な扱いを受けたとしても、そこから逃げるため、峯子に媚びたりへつらったり、しない。暴力を振るわれたって、自分の真実を曲げたりしない。
 それだけが、楓子を支えるたったひとつ誇りだった。
 けれどその時、
「峯子、峯子や! 中将さまへのお返事はまだなの!? 文使いをいつまで待たせておくつもり!?」
 簀(すのこ)の向こうから、峯子を呼ぶ声がした。
「いけない。お母さまが呼んでるわ」
 峯子は楓子が代筆した手紙をいい加減に折り、ふところへしまった。そしてばさばさと乱暴に裾をさばき、妻戸をくぐり抜ける。
「おぼえてらっしゃい。さっきのあんたの態度、お母さまに言いつけてやるから!」
 部屋の外に控えていた女房たちを引きつれ、峯子はようやく自分の住まいである東の対へと戻っていった。
「誰か、庭から花を折ってきて! なんでもいいわ、秋の花を――ばか! これは撫子じゃない、夏の花よ! こんな真っ赤で暑苦しい花、秋の歌の折り枝に使えるわけないじゃないの!」
 折り枝とは、和歌を結びつける植物のこと。和歌に読み込まれた花や風情にちなむものを選ぶのが良いとされている。秋の風情を詠んだ歌を、夏の花に結ぶなんて、野暮ったいことこの上ない、というわけだ。
「萩とかススキとか、なにかないの!? さっさと探してらっしゃい、こののろま!」
 聞く者すべてを苛立たせるような峯子の声が、少しずつ遠ざかっていく。
 やがてそれが完全に聞こえなくなってようやく、身体中の空気を全部吐き出すように、楓子は重たいため息をついた。
 ……やっと出ていってくれた。
 けれど今のやりとりは、峯子の口から必ず北の方の耳に入れられることだろう。
 身よりもない、恥ずべき娘が、養ってもらっていることへの感謝も忘れて恩人の家族に逆らったとして、今度は一体どんな罰を与えられるのか。
 ……竹の笞で打たれるのも、食事を与えられないのも、もう慣れた。徹夜で縫っても追いつかないくらいの仕立物を押しつけられることにも。
「いいわ。今は先に、歌を詠んでしまわなくちゃね」
 楓子は細筆をとり、下書き用にとくしゃくしゃの反故紙をていねいに広げた。にじんだ涙を拭い、懸命に気持ちを切り替える。
「まずは返歌ね。えーと、これは誰からの歌かしら」
 こうして歌を詠むことに集中していれば、そのあいだはどんな嫌なことも忘れられる。
 三十一文字の言葉が織りなす夢幻の世界に、心がはばたいていく。物語の女君たちのように、あるいはこの恋歌を捧げられた当人であるかのように。
 萩、菊、満ちる月、欠ける月。さまざまな秋の風情を詠み込んで、優しい恋の風情が語られる。美しい言葉を書き連ねることに、楓子もいつか夢中になっていった。
 優しい歌には思いやりをこめた返事を、軽率な誘いかけにはぴしゃりと容赦ないしっぺ返しを。
 この時だけが、楓子の幸福だった。
「あら?」
 淡い青に染められた薄様に散らし書きされた一首の歌に、楓子は思わず目をとめた。

   秋の日の 雲居に聞こゆ 雁が音の
      影を見ずして いかが恋ふべき

「……ま!」
 ――秋の空の重なり合う雲の彼方に雁の声が響き渡るように、美しいあなたのうわさは世間に広まっております。が、うわさばかりで肝心のお姿が拝見できないのでは、どうして恋に落ちることができましょうか――
 うわさどおりの美人かどうか、とにかく早く逢ってみたいのですよと、かなり強引な誘いかけの歌だ。詠んだ男の自信たっぷりの笑みさえ浮かんできそうだ。
 差出人の名は、薄様の端に短く『あきひら』。
「あきひら……? たしか、蔵人少将(くろうどのしょうしょう)さまよね」
 蔵人とは、帝の秘書官のような役職である。
 律令には記載されていないが、その分職務の幅は広く、帝と他の重職にある貴族たちとの仲介、折衝から、帝の文書の代筆、私事全般の補佐にまで及んだ。
 帝の手足となって働く重要な役職であり、若い貴族の中でも特に有能な者が選ばれることが多かった。若公達(わかきんだち)にとっては、これが宮中での出世の登竜門であった。
 蔵人少将源明衡(みなもとのあきひら)は清和源氏の流れを汲む名門の出で、帝の信任も厚く、同年代の若公達の中では群を抜く出世頭だという。
 姿も良く歌才もあり、年頃の姫を持つ家からは恰好の婿がねとして引く手あまたなのだとか。
  どんな女でも望むがままの貴公子が、権大納言家の姫を最適の妻と見定めたのか、それともうわさの美女をたわむれに手折ってみるつもりなのか。
「図々しいわね。誘う女がかたはしからあなたになびくと思ったら、大間違いよ」
 楓子もにこっと勝ち気そうな笑みを浮かべた。
 そして青い薄様を裏返し、そこへさらさらと和歌を書き付けた。

  いずちとも 飛びゆく雁はよかれども
      雲居に立ちぬ 名を惜しむかな



「見ろよ、良成(よしなり)。小癪な返事をよこしてきたぞ」
 容赦なく突き返された手紙を広げ、明衡は満足げに笑った。
 ――どこへでも飛んでいける雁のようなあなたは、どんなうわさが立とうともかまわないのでしょうが、私は自分の名がくだらないうわさにならないよう、身を慎んでおりますの――
「別の紙を用意せずに、わざわざ俺の書いた手紙の裏に書いて突っ返してくるなんて、またずいぶんと小憎らしいことをしてくれる。ここまでやられたら、逆にこっちももう黙ってられなくなるじゃないか」
「はあ、そういうものですか」
 明衡のかたわらに控える良成は、明衡の乳母子(めのとご)だ。
 良成の母が明衡の乳母(めのと)だったため、良成は明衡と片時も離れず育ってきた。成人した今は、腹心の友、股肱之臣として、実の兄弟以上に強い絆で結ばれている――と、信じている。
 だがそれでも、このやんちゃで少々ひねくれ者の若君の気性を完全に飲み込んでいるとは言い難い。
「四条権大納言の二の姫からのご返歌でしょう? いくら美人か知りませんが、またずいぶんと気位が高いというか、可愛げのない返事をよこしたものですね」
「そういう女を強引に口説き落として、骨の髄まで惚れさせるのがおもしろいんじゃないか。それに――」
 見ろ、と明衡はもう一枚の手紙を取り出した。
 少しくすんだ藤色に染められた薄様には、有名な薄墨桜の古歌を引用した哀悼の和歌が記されている。
「先月、母上の飼っていた猫が死んだ時に、権大納言の北の方がよこしたおくやみの歌だ」
「ああ、あの女院(にょういん)さまからいただいた唐猫(からねこ)ですか。やはりご拝領猫ですから、権大納言家でも気を遣ってくださったのですね。人間並みにおくやみをくださるとは……」
「猫の仔細なんかどうでもいい。この二通をよく見比べてみろ」
 明衡がかざした二枚の薄様の筆跡は酷似していた。あきらかに同一人物によるものだ。
「和歌の代作なんて良くある話だ。だが、たかが貴族の屋敷に仕える女房の分際で、この俺にこんな小憎らしいことを言ってくるんだぞ。見過ごせるわけがないだろう」
 良成は首をかしげた。
「ですが、和歌を詠んだのは女房でも、それはあくまで姫君のお気持ちを代弁しただけなのでは……」
「いや、それはない」
 良成の手を借りて、白い表地に紺青の裏地が淡く透ける上品な葉菊重(はぎくのかさね)の直衣に袖を通しながら、明衡は即座に否定した。
「こんな洒落た仕返しができる姫なら、今ごろはとっくに後宮にあがっているさ。なんと言っても、主上にはまだ男皇子がおられないんだから」
 あおによしと詠われた奈良の都から遷都して百年余り。
 平安京には有史以来初めて、日本独自の文化が花開こうとしていた。
 だが内裏の中心となるべき帝は、数代にわたって幼帝や心身共に病がちな帝が続き、律令にさだめられた親政の形態を保つことが難しくなっていた。
 かわって日本の政治中枢を占めるようになったのが藤原氏である。
 彼らは自分の娘を次々に帝の後宮へ送り込み、次代の帝を産ませた。そしてその子を即位させると、帝の外祖父という立場で絶大な権力をふるったのだった。
 が、先年、その内裏に異変が起こった。弱冠十九才の帝が突然の病で崩御し、その後を継いで至高の冠を戴いたのは、五十年以上出現しなかった壮年の帝だったのだ。
 齢三〇を越えて玉座に登った今上帝は先帝の従兄にあたる人物で、十年以上を「さかしまの東宮(帝より年上の皇太子)」として過ごした経験を持つ。
 もとはといえば帝直系の男子が次々に夭逝したこと、そしてなにより藤原氏の内紛や駆け引きの結果によるものなのだが、心身共に健康で、長い東宮時代に培った政治的見識も持つ帝の即位は、これまで一天万乗の君を蚊帳の外に置いて政争を続けてきた貴族たちに少なからぬ動揺を与えていた。
 明衡には、その今上帝に見込まれて一足飛びに蔵人少将にまで出世したという自負がある。
「後宮で妍を競うには、単に生まれが良くて顔が綺麗なだけじゃ、だめなのさ。あの女だらけの城で敵を作らず、なおかつ裏ではこっそり競争相手の足を引っ張る知恵と工夫がないとな。とある女御の妹姫が姉君の食事を毒見して、身替わりに毒殺されたなんてこともあるんだ。生半可な娘じゃとうてい生き残れない世界なんだ」
 あの姫じゃ無理さ、と明衡は笑った。
「夏に権大納言が催した蛍見の宴にも招かれたんだが、ひどいもんだった。蛍を庭に放つのが早すぎたのか、みんな逃げちまってて、蛍火なんかちらほらと数える程度だった。なのにあの姫君ときたら『蛍ぞほむらのまさごなりける』なんて平気で詠んだんだぞ」
「えー……、蛍の光がずいぶんたくさん、浜の砂のようにまき散らされてますなぁと、そういう意味かと思いますが」
「そう。歌自体はなかなか個性的な見立てでおもしろいが、状況に合ってない。どこにそんな沢山の蛍がいるんだって話だよ」
 つまり権大納言家の姫は、状況が変化したことにも対応できず、あらかじめ別人が代作しておいた和歌をそのまま読み上げたということだ。しかも大勢の招待客の前で。

 それは同時に、歌を作った当人がその宴席には出席できなかったことも意味する。代作者が女房として姫のそばに控えていたのなら、すぐに別の歌を用意できただろう。
 代作者はおそらく中級以下の女房で、高貴な客人の集まる宴席には近寄れなかったのだ。
「ま、客のほとんどはべろんべろんに酔っぱらってて、他人の歌なんかまるで聞いちゃいなかったけどな。さすがに権大納言も、そこまで間抜けな娘を後宮に入れる気にはならなかったんだろう」
 酷評しながらも、明衡はいそいそと外出の支度をしている。装束にも小物にも念入りに香が焚きしめられていた。
 ふわりと鼻先をかすめたその薫りに、良成は覚えがなかった。ふだん明衡が愛用している薫衣香(くぬえこう)の薫りではない。
「少将さま。この薫りは……」
「心配するな。女からの移り香じゃないから」
「わかってます。こんな異国風の薫りは、女性がもちいるものじゃないでしょう。いったいどうなさったのですか」
「おまえのその物言い、乳母にそっくりになってきたな」
 そして明衡はかすかに微笑んだ。
「とある方に教わった秘伝の香だ」
 貴族たちがもちいる香は、使う本人が作るのが原則だった。香木の配合や土中で寝かせる期間などそれぞれ独自の工夫を凝らし、他者には教えない一族の秘伝などもあった。
 明衡の袖から薫る香は、白檀が基調なのかさらりと乾いてどこか異国めいた、不可思議な優しさを感じさせる薫りだった。
「とある方とは?」
「秘密だ。それだけはおまえにも言えない」
 良成はそれ以上の追求を飲み込んだ。
 若君がこんなふうに隠す相手は、主上(しゅじょう)ただお一方だ。
  おそらくこの香は主上が調合なさったのだろう。
 主上は若い蔵人少将をまるでご自分の息子か弟のように思ってくださり、ご自分が工夫なされた秘伝をお教えくださったのだ。
 だがそういった君寵を自慢にすると、ほかの貴族たちの嫉妬を買いかねない。
 それを思って明衡は、香のいわれを誰にも教えないつもりのだろう。
 良成はひとつ小さくうなずき、それきり香のことは忘れたように口にしなかった。
「それでもお出かけになるんですね。今夜の権大納言邸の宴席」
「行くさ。ただし、俺が逢いに行くのは二の姫じゃない。この女だ」
 明衡はもう一度、青い薄様を手に取った。
 そういうことかと、良成は内心ため息をついた。
 姫の婿がねとして宴に招かれているのに、姫を無視してこっそり邸の使用人に手を出そうだなんて、主人にばれたら邸を追い出されるどころの騒ぎではすまないだろう。下手をすれば明衡の政治生命にまでかかわってくる。
 高貴な血筋を受け継ぎ、美貌にもそれに勝る才覚にも恵まれたこの若君は、順風満帆な人生がよっぽど退屈なのか、よけいな恋の冒険ばかり求めたがるのだ。
 そして乳母子の良成は、たいがいその後始末を押し付けられる。
「歌を代作しているのが北の方付きの女房だったら、どうなさいます」
「だからおまえを連れて行くんだ」
「は!?」
 ……やっぱり、来た。
「おまえ、権大納言家の女房にあたって、この歌の女のことをさりげなく聞き出してこい。同じ使用人どうしのほうが、話も早いだろう」
「ええ、まあ……。それで本当に、北の方付きのおばちゃん女房だったらどうなさるんです」
「その時は和歌の教授をしてもらってるとでも思って、何通か手紙のやりとりをして、頃合いを見て『届かぬ想いに疲れました』とでも言って、権大納言家と上手く縁を切る。なーに、向こうも本命は宰相中将なんだ、当て馬がひとりふたり減ったって、ちっともかまわんだろうさ」
「はあ、そうですね……」
 この歌を詠んだのが九十九髪(つくもがみ)の大ばばさまであってくれと、良成は本気で願った。



月の歌を十数首書き上げて、楓子はようやく筆を置いた。
 このあいだの蛍の宴のようなことにならないよう、月が雲に隠れてしまった時の歌、雨が降ってきた時の歌も作ってある。
 あの時はひどかった。
「あんたが悪いのよ、蛍が少ない時の歌もちゃんと用意しておかないから! おかげで恥をかいたじゃない!」
 歌が状況に合っていないなら「まだできません」とかなんとかごまかせば良いものを、馬鹿正直に読み上げてしまった姫君は、さんざん楓子を責めたのだ。
「読まなければ良かったのに」
 という楓子の常識的な意見は
「あれば読んじゃうに決まってるでしょ、そんなこともわからないの、ばか!!」
 という峯子の金切り声にかき消されてしまった。
 そしてこの邸内でどちらが正しいとされるかと言えば、もちろん峯子のほうなのだ。
 そのあとしばらく楓子は筆も墨も取り上げられ、歌を詠むこともできなかった。
 ふたたび許可されたのは、権大納言邸に楓子以上に良い歌を詠める者がおらず、峯子や北の方が手紙を書くのに困るようになったからだった。
 楓子は文机の端に置いてあった古今和歌集を手に取った。
 すっかり古びて手擦れた歌集は、母から受け継いだものだ。これだけが母の、そして父の形見だった。
 他に母が持っていた着物やわずかばかりの調度などは、みな権大納言家の人々が取り上げてしまった。人前に出ることすら許されない恥ずべき娘を養ってやるのだから、そのくらいの代価は当然だと言って。
 楓子が初めてこの屋敷の門をくぐったのは、女子の成長のお祝いである袴着をようやく終えたばかりのころだった。
 貴族が使用する牛車の中でも、各段に粗末な網代車に乗って、母とふたり、正門ではなく北側の門から人目をはばかるように入ったことを覚えている。
  その時はまだ、この屋敷の主人は先の大納言藤原通隆、楓子には祖父にあたる人物だった。
 通隆の北の方は没し、女主人として屋敷の切り盛りをしているのは母の異母姉にあたる方子だった。現権大納言である忠友はこの時、婿として屋敷に通ってきていたのだ。
 美しく着飾った方子は、二の姫峯子、三の姫寿子、太郎君(長男)則友を両側にまとわりつかせ、楓子と母の前に立ってふたりを見下ろした。
 化粧した顔は人形のように表情がなかったが、その眼はぎらぎらと燃えるような怒りと憎しみをたたえ、楓子にはまるで彼女が自分の母を憑り殺すのではないかと思えた。
  夫が夜ごとにあちこちの妻のもとへ通う通い婚が普通であったこの時代、父親が同じ兄弟姉妹でも、母親が違えば赤の他人同然だった。
 楓子の母も、自分の異母姉に会ったのはこの時が初めてだったのだ。
「お父さまの名前に泥を塗っておいて、よくものこのこと戻ってこられたものだこと」
 それが、方子の異母妹に対する第一声だった。
「親の決めた縁談を嫌って、勝手に通わせた男と駆け落ちまでしておきながら、なんて図々しい。おおかた男に棄てられて、行き場がなくなったからでしょう」
「いいえ……。あの方は去年(こぞ)の冬、亡くなられました」
 消え入りそうな声で、母は答えていた。
「死んだ? まあ、そういうことにしておいたほうが、都合が良いでしょうねえ。どうせどこぞの寺を追い出された破戒坊主か、夜盗山賊のたぐいですもの」
「いいえ! いいえ、違います。あのお方は……!」
「あのお方? おや、おまえの男はそんな尊いお方だったとでも言うの!? なら、その名を言ってごらん! どこの誰なの、さあ!!」
「そ、それは……」
 母はうつむき、押し黙ってしまった。
「言えないのでしょう、それごらん!」
 方子は勝ち誇ったように言い募った。見かねたおそば仕えの女房が
「お方さま。お子さまがたの前です、もうそのくらいで……。相手は病人でございます」
 と袖を引かなければ、延々と母を罵り続けていたに違いない。
 その時初めて、楓子は、自分の両親が周囲に祝福されて結ばれたのではないことを知った。
「お義姉さまのお怒りはごもっともですが、わたくしもこのとおり病がちです。ですからせめて娘を……この楓子を、お父さまにお願いしたくて――」
 それだけのことを訴えるにも、母の呼吸は乱れ、酷く苦しそうだった。
 思えばあの時すでに、母は自分の死期を悟っていたに違いない。
 夫にも先立たれ、幼い娘を託せる唯一の相手として、自分を勘当した父のもとへ恥を忍んで帰ってきたのだ。
 父権大納言通隆が、
「勘当した娘とはいえその子ども、孫の楓子に罪はない。権大納言家の姫として相応の扱いをしてやらねばならぬ」
 と言ってくれたおかげで、母も楓子も四条の屋敷に住むことを許された。
 それから間もなく、楓子の母は淡雪が消えるようにはかなく亡くなってしまった。
「泣かなくていいのよ、楓子。母はお父さまのおそばへ行くだけです。これからはお父さまとふたり、いつでもあなたを見守っていますからね……」
 父のことはほとんど覚えていない楓子にとって、それは初めて理解した人の死というものだった。
 それからも、祖父の通隆が生きているあいだは、楓子は権大納言邸でよそよそしいながらもそれなりの扱いを受けることができた。
 通隆は口の重い老人で、孫娘と親しく話をすることなどなかったが、時には古い琴などを用意して、
「これは、おまえの母が幼い頃に弾いていた琴だ。おまえも良く練習しなさい」
 などと言ってくれることもあった。
 が、通隆が死去すると、状況は一変した。
 方子は、夫の権大納言忠友を新たな四条邸の主人として迎え入れることを決め、同時に楓子をそれまで暮らしていた西の対から、渡殿の中にある塗籠のような狭い一室に押し込めた。
 渡殿は、「対」と呼ばれる寝殿造りの建物をつなぐ渡り廊下だが、それ自体も屋根と壁を備えた細長い建造物であり、小さな部屋がもうけられていることもあった。だがそれは主に、使用人たちのための部屋だった。
「これでもぜいたくすぎるくらいですよ。父親のわからない娘になど!」
 母の形見の香炉も鏡も、みな取り上げられた。祖父通隆がくれた琴も。
 それから楓子は、同い年の従姉妹峯子の侍女として扱われてきたのだった。
 方子とその家族は、ことあるごとに楓子を父親のわからない娘、賤しい娘と罵った。そして死んだ楓子の母のことも、得体の知れない男に騙されて駆け落ちしたあげく、男に棄てられた恥知らず、と。
「違うわ! わたしのお父さまとお母さまはそんな人たちじゃない!」
 幼かった楓子は、両親が口汚く罵られるたびに、懸命に言い返した。
 たしかに父の顔も名前も思い出せない。
 けれど楓子の脳裏には、短く切りそろえた振り分け髪を優しく撫でてくれた、大きな手の記憶があった。
 楓子、と呼んでくれたあたたかな声。しゃらしゃらと澄んだ衣擦れの音。そしてその袖を包んでいた薫り。
 さらりと乾いてどこか異国めいた、不思議に心安らぐ薫り。
 あんな薫りを持つ人が、伯母たちの言うような卑しい人間であるはずがない。
「お父さまは優しい方だった。お母さまはあなたなんかより、ずっとずっときれいだったわ! あなたはやきもちを妬いているのよ。自分がお母さまほどきれいじゃないから!」
 目に一杯涙をため、それでも怖れることなくまっすぐに屋敷の女主人を睨み返した少女の言葉は、ある意味真実を言い当てていたのだろう。
 そのあと楓子は方子に笞(むち)で血が出るほど撲たれ、丸一日食事も与えられなかった。
 成長しても、着るものは当然、峯子のお下がりばかり。女子の成人式とも言える裳着(もぎ)も行われなかった。
 物語の女君ならこんな時、力強い味方となってくれる女房や乳母がいるものだ。だが楓子にはそんな相談相手もいなかった。
 楓子の出自を知っている使用人たちも、陰で同情はしてくれるが、表だって楓子をかばうと主人である北の方や姫君からどんな叱責を受けるかわからない。黙って見て見ぬふりをするしかないのだった。
 あれをして、これをしてと峯子のわがままに振り回され、残りの時間は権大納言家の人々のため、山のような縫い物をこなす。
 楓子が屋敷を追い出されなかったのは、吝嗇(けち)な方子が、無給で働く便利な侍女を手放したくなかったからなのだ。
  ことあるごとに賤しい生まれと蔑まれ、いじめられる孤独な日々。
 その中で楓子の唯一の喜びが、和歌を詠むことだった。
 和歌の基礎は亡き母から教わった。そのあとは、残された古今集を頼りに独学で覚えていった。
「この古今集はね、あなたのお父さまがお手ずから書写なさったものです。歌道の教本としてだけではなく、お習字のお手本としてもお使いなさい」
 印刷技術のない時代、書物はすべて人の手から手へ書き写される貴重なものだった。筆跡はその人の人格すら現し、楓子にとって、顔も名前も覚えていない父の唯一の面影がこの古今集だった。
 楓子の歌才を知ると、まず峯子が代作を頼むようになり、最初は「あんな娘に代作させるなんて」と叱っていた北の方、方子もいつの間にか楓子に代作を言いつけるようになった。
 歌を詠んでいる時は、この世のどんな苦しみや哀しみも忘れられる。今は亡き両親がそばにいて、楓子の歌にあれこれ感想を言ってくれているような気がするのだ。
 三十一文字の中に描かれた、恋の歓び、命のはかなさ。四季の移ろいをこめて詠み上げられる短い定型詩の中に、この世のすべてがある。
 ……もしもお祖父さまやお母さまが生きていらしたら、わたしも権大納言家の姫として、あちこちの歌合わせに招かれていたかしら。
 そんなことをぼんやりと思い、そして楓子はひとりつぶやいた。
「……ばかね、わたし」
 そんなこと、あるわけがない。ないものねだりをしたって、虚しいだけだ。
 諦めることにももう慣れた。こうしてひとりぽっちで生きていくことが自分の運命なのだと、自分に言い聞かせる必要もないくらいに。
 やがて方子の使いの女房が部屋へ来て、楓子が詠んだ歌を受け取っていった。
 それから間もなく、日が暮れるのを待ちかねたように母屋のほうから管弦の調べが聞こえてきた。
「月見の宴が始まったのね……」
 楓子は、蔀(しとみ)と呼ばれる格子戸を開け、空を眺めやった。
 さいわい夜空は雲に覆われることもなく、宴にふさわしい満月が煌々と輝いている。
 楓子の唇から、ふと古歌がこぼれ落ちた。
「月見れば千々にものこそ哀しけれ――」
「我が身ひとつの秋にはあらねど、ですか?」
 突然、男の声が下の句を詠み上げた。
「たしかに美しい月だが、あの明るい月を眺めて哀しみにひたるのは、あまりふさわしくないと思いませんか? ことにあなたのように、素晴らしい才能に恵まれた若い女性は」
 張りのある若々しい男性の声。
 楓子のまったく知らない声だ。蔀のすぐ外から聞こえる。
「だ、誰!?」
 楓子は慌てて立ち上がった。行儀は悪いが、蔀を閉じようと背伸びをして手を伸ばす。
が、
「わかりませんか? あなたからこの歌をいただいた『雁』ですよ」
 蔀の格子のあいだから、薄様の切れ端がすっと差し入れられる。
 それは、楓子が容赦ない切り返しの歌を書き付けてやった蔵人少将の手紙だった。
「まさか、少将さま!?」
「ええ。蔵人少将源明衡です」
  格子に映る影はすらりと背が高く、優美だった。その声は歌から想像したとおり、あふれんばかりの自信に満ちている。
 ……な、なんでこんなところに少将さまが!?
 蔀を閉めようと格子の外に差し出した楓子の手を、外から扇がそっと、けれど有無を言わせない強さで抑えつける。扇が必要な時期ではないが、酒の火照りをさますために持ち歩いていたのかもしれない。
 楓子は懸命に身をよじり、壁の陰に隠れようとした。が、右手をしっかりと押さえつけられているため、顔をそむけるのが精いっぱいだ。
 身分の低い下人の男女ならともかく、殿上人と呼ばれる男性がこんな強引なやり方をするなんて、聞いたこともない。
「お、お人違いでございましょう。二の姫は今、宴の席にいらっしゃいます」
 困惑にふるえる声で説明しても、
「いいえ、間違いではありません。私はあなたに逢いに来たのですよ。この歌を詠んだのはあなたでしょう?」
 明衡はまるで意に介さない。それどころか、さらに蔀に身を寄せてくる。
 そのまま少し身体を乗り出せば、室内にいる楓子の姿もすべて見えてしまうだろう。
「ですからその歌は、姫君からのお返事ですので……」
「おや。ではこの歌には、あなたのお気持ちはまったく含まれていないと?」
「それは……」
 どんな女でも自分の思い通りになるものだと慢心している貴公子に、少し思い知らせてやりたい。そう考えたのは楓子自身だ。峯子の気持ちではない。峯子はこんなふうな返事を書けという指示すらしていなかった。
 だがそのいたずらに、少将がまさかこんな形で仕返ししてくるなんて。
「お許しくださいませ。身の程をわきまえず、大変なご無礼をいたしました」
 楓子は何とかして格子を閉め、明衡の接近を拒もうとした。
 だが明衡は今やじかに楓子の手をつかみ、放そうとしない。
 明衡の手に握られた手首が、まるで真っ赤な炭火を押しつけられたように、熱い。
 同じ人間でありながら、男と女でまさかこんなにも体温が違うなど、思っても見なかった。楓子にとって、生まれて初めて触れた若い男性の体温だった。
「お放し下さい。少将さまともあろうお方が、こんな……こんな非道なお振る舞いをなさるとは――!!」
 煌々と明るい月光のもと、みすぼらしい室内の様子も、単衣にぼろぼろの袿一枚を重ねただけの楓子の身なりも、明衡には見えているに違いない。
 なのに、明衡は楓子の手を放さない。楓子のみじめな姿を人前にさらすことで、あの生意気な歌への罰とするつもりなのか。

「なにがひどいのですか。傷ついているのは私ですよ。あなたのこのすばらしい歌に、私は心揺さぶられた。しかしその想いは、芽生えると同時に手酷く拒絶されているのですから」
 熱っぽい声にかすかに笑いを含ませて、まるで恋人をかき口説くようにささやく明衡。
 けれど楓子は恐怖しか感じなかった。
 ……こんなところを、北の方にでも見つかったら――!
 蔵人少将は峯子の婿がねのひとりだ。それが肝心の姫君を無視して楓子に興味を持っているなどと知ったら、北の方も権大納言もどれほど怒ることか。
 峯子の、あの鼓膜に突き刺さる金切り声さえ、聞こえてくるようだ。
「私にすまないと思っているのなら、この蔀を開けてください。どうぞ私を室内へ入れてください」
「な、なにを……!」
 男性が女性の部屋へ入り、何のへだてもなくその顔を見ること。それはすなわち肉体関係にも等しい恋愛の成就を意味する。
 つまり明衡は、面倒な歌のやりとりや口説き文句はこのくらいにして、一気にことを進めてしまおうと言っているのだ。
「ふざけないで!」
 明衡に掴まれた手を、楓子は思いきり蔀の格子に叩きつけた。
「あ痛ッ!」
 明衡の口から短い悲鳴が飛び出した。
 もちろん楓子の手もかなり痛いが、この際かまっていられない。
「ばかにしないで!」
 楓子が峯子と同じように権大納言家の姫としての待遇を受けていたら、明衡もこんな真似は絶対にしないだろう。
 明衡は、楓子を身分の低い女、殿上人の自分なら好き勝手に弄んでもかまわない相手と見くだして、一夜の慰み者にするつもりなのだ。
 だから、いちいち丁寧に口説いていたら時間がもったいない、さっさとやることをやってしまえ、というわけだ。
 ……ふざけないで。わたしは誰かの玩具や道具になるために、こうして生きているわけじゃないわ!
 家族もおらず、父の名すらわからず、誰かの善意にすがるしか生きるすべのない、情けない身の上だとしても。
 人を愛する心も、傷つく心も、ちゃんと持っている。
「痛いじゃないか! 何をするんだ!」
「それは良うございました、これで少しはお懲りになられましたでしょう!」
 怒りにまかせて怒鳴り返し、楓子はぱっと手を伸ばして格子を閉めようとした。

「待て!」
 今度は明衡が身を乗り出し、乱暴に肘を格子の下に突き入れた
 このままでは格子が閉められない。
 それどころか、蔀戸を挟んで真正面から明衡と顔を突き合わせることになってしまう。
 楓子はあわてて蔀戸のそばから飛び退いた。
 明衡の目から隠れようにも、この部屋には几帳も屏風もない。それどころか、女性にとって必需品とも言える扇すら楓子は持っていないのだ。
 せめてもと、楓子は部屋の片隅にうずくまり、袖をあげて顔を隠した。粗末な装束が明衡の目にさらされることになるが、顔を見られるよりはまだましだ。
 それでも。
 ……みじめだわ。こんなみっともない姿を、誰かに、それも男性に見られるなんて。
 袖の陰で唇をかみ、楓子はにじむ涙を必死にこらえた。
「い、いい加減になさってください。こんなところを誰かに見られたら――」
「良いじゃないか。みなに自慢してやればいい。わたしの恋人は蔵人少将だと」
「そんな――!」
 もしもそんなことになったら、北の方や峯子からどんな仕打ちを受けることか。きっと身ひとつでこの屋敷を追い出されてしまう。
 少将が勝手に押しかけてきたのだと説明しても、権大納言家の人々にはまったく取り合ってもらえないだろう。それどころか、峯子の婿がねに手を出した節操なしと決めつけられてしまうに違いない。
「帰って! 帰って、お願いだから!」
 必死で訴える声が涙でかすれる。小さく丸めた背中が恐怖と悔しさにふるえていた。
「……泣いているのか?」
 明衡が言った。
 声に隠しきれない驚きがある。
 楓子はさらに身を小さく縮め、袿の中に埋もれるように身を臥せるしかなかった。
「なぜ泣く? 俺と寝るのはそんなにひどいことなのか?」
 驚きと状況を理解できない困惑とが、明衡の言葉を率直に、貴族特有の飾り立てや持って回った言い方を取り払ったものにしていた。
 これが、ありのままの明衡の思いなのだろう。
 宮仕えの女房たちにとって、有力な貴族の若君を恋人に持つことは、自分の生活を援助してもらうだけでなく、身分に関係なく自分自身の才覚と美貌ですばらしい若者を虜にしたという自信につながる。いわば女の勲章だ。
 明衡自身、情を通じた女たちが自分のことを自慢するのを誇らしく思い、そして自分が口説く女は全員喜んで自分を受け入れると信じていたに違いない。宮中での昇進を拒否する男がただのひとりもいないように。
 楓子はようやく身を起こした。
 けれど振り返りはしない。顔を隠せるものがないから。
 細い肩が小さくふるえていた。
「……いいえ」
 うつむいたまま、楓子はかすかな声で答えた。
 貴公子との恋を夢見たことがないと言えば、嘘になる。
 どんなにつらい、悲しい毎日を送っていようとも、楓子だって若い娘だ。乙女らしく、美しい歌物語に心躍らせ、いつかこんな夢のような出来事が自分にも訪れたら、と憧れを抱いていた。
 けれど、はかない夢や憧れは、所詮それだけのものだ。
「権大納言家の人々に知られるのを怖れているのか? 姫や北の方の不興を買ってこの屋敷を追い出されるかもしれないと」
 たしかにそれもある。楓子には、この四条の屋敷を追い出されたら、行くあてがない。
「先に自分から辞めてしまえば良いじゃないか。この様子じゃ、満足のいく手当てももらっていないだろう。それよりはさっさと別の勤め口を探したほうがいい。おまえほどの文才や度胸があれば、後宮の女御さまに仕えたってやっていけるさ」
 楓子はうつむいたまま、なにも答えなかった。
 明衡の言うとおりにできたら、どんなに良いだろう。
 けれど父親もわからない、氏素性の怪しげな娘を女房として召し使う后など、いるわけがない。
 今はこうしてまともに会話している明衡も、楓子の出自を知ればおそらく口もきかなくなるだろう。同じ人とも思わず、虫けらのように扱うに違いない。四条権大納言家の人々が、今現在、そうしているように。
 ……同じ人間なのに。身分があろうとなかろうと、出自がどのようであろうと、みんな喜んだり哀しんだり傷ついたり、まったく同じ人間なのに。
「行くあてがないのなら、いっそ俺のところへ……」
「いいえ。それはできません」
 楓子はきっぱりと言った。
 貴族の屋敷で働きながら主人の寵愛を受ける女房を「召人(めしうど)」と言う。
 だが使用人はあくまで使用人であり、どこかに家を持たせてもらったり、ましてや北の方になったりということは絶対にあり得ない。
 その上、召人が子どもを産むことは原則として許されず、産んでも主人の子とは認められなかった。母親ひとりで育てられなければ、人買いにでも渡すしかなかったのだ。
 召人は単に主人の慰めのため、身体だけを差し出す存在でしかなかった。
「わたくしにも、守らなければならないものがあるということです」
 心のどこかで一夜の慰み者と蔑まれ、あるいは俺の寵がなければ浮かばれぬ者と憐れまれたまま、そのことに目をつぶって明衡に身を委ねることはできない。
 それでは、自分の価値はそれだけ、ただ女のからだを持っているだけ、と認めてしまうことになる。
「少将さまにはおわかりにならないでしょう。けれどどんなに貧しい、賤しい身の上の者にも、命に代えて守り抜きたいものはあるのです」
 かすかに、明衡が息を飲む気配がつたわってきた。
 それきり明衡は身じろぎもしなかった。
 どれほどのあいだ、部屋の内と外でそうやってふたり、押し黙っていただろう。
 ようやく、
「わかった」
 ぽつりと明衡が言った。
「ひどい真似をして、すまなかった」
 さらさらとかすかな衣擦れの音がして、明衡の影が蔀の陰に移動した。こちらに背を向けたらしい。
「顔をあげなさい。もう覗いたりしないから」
 そして開けっ放しだった格子から、す、と扇だけが差し出された。
「使いなさい。男が持つ蝙蝠(かわほり)の扇だが、ないよりましだろう」
 楓子が返事をする前に、扇がことりと室内へ投げ入れられた。
 半信半疑ながら楓子はそろそろと扇へ手を伸ばした。
 明衡はこちらに背を向けたまま、蔀の陰から動こうとしない。
 楓子は扇を広げ、作法どおりそむけた顔の前へかざした。
 その瞬間、ふわりと優しい薫りが鼻先をかすめた。
 さらりと乾いて、どこか異国めいた馥郁たる薫り。
 楓子の嗅覚を、記憶を、そこからつながる五感のすべてを刺激する。
 ……この、薫り――!
 やがて、渡殿の奥から小さく咳払いが聞こえてきた。
 誰か人が来た、という合図。いわばノック代わりの作法だ。
 続いて、
「少将さま、少将さま、いずこにおられまするか」
 と、低く抑えた男の声が聞こえてくる。
「ああ、もう時間切れのようだ。俺の臣下が呼びに来た」
 明衡は蔀戸の前からすっと身を引いた。
「つらい思いをさせたな。許せ。またいつか、そなたの詠んだ歌を見たいものだ」
 格子に映る影が遠ざかろうとする。
「ま、待って!」
 楓子は思わず膝をすすめてしまった。
 開け放したままの格子から外へ、手を伸ばす。
「待って、この薫り――この香を、なぜあなたが使っているの!?」



「この香をなぜあなたが使っているの!?」
 外から格子を閉めようとした手を、室内から伸びた白い小さな手が掴む。
 驚きのあまり、明衡は声も出せなかった。
 格子の内側からまっすぐに自分を見上げる娘。その、瞳。
 まるで心臓を射抜かれたようだった。
 たまご型の白い小さな顔はおりからの月光に照らされて、化粧ひとつしていなくても輝くようだ。
 それを取り囲む黒髪は瑠璃にも似た光沢を放ち、かすかに開いた唇は茱萸の実のように紅い。
 そして明衡を映すふたつの瞳は、まるで漆黒の水晶のようだった。
「おまえ……い、いや、そなたは……」
 言葉が出ない。
 帝の内親王の素顔を見てしまったとしても、これほどの衝撃は受けなかっただろう。
 ……俺は今、なよ竹の姫(かぐや姫)でも見ているのか!?
 が、その月のような娘は明衡の混乱もかまわず、強く明衡の直衣の袖を引いた。
「どうしてあなたがこの香を使っているの!? この香の調合を、誰から教わったの!?」
「――香?」
 問い返した明衡のつぶやきに、娘ははっとなった。
「し、失礼をいたしました!」
 ようやく明衡の袖を放し、顔を伏せて格子の内側にうずくまる。
「もうしわけございません。少将さまが焚きしめていらっしゃる香が、わたくしの知っている者が使っていた香とあまりに良く似ていたので……」
「香りが似ている?」
「いいえ、わたしの思い違いです。この香は少将さまが調合なさったのでしょうし……」
 ……まさか。
 明衡の脳裏にさまざまな情報や推測が駆けめぐった。瞬時に、帝の信任厚い怜悧な官吏の顔になる。
 だが今はまだなにも断定できない。すべての情報が断片的で、形にならない。
 娘は自分の行動が自身でも思いがけないものだったらしい。床にひれ伏し、袖に顔をうずめて、消え入りそうに恥じ入っている。

「そなたの言うとおり、この香はさる方より教えていただいた秘伝に基づいて調合したものだ」
 明衡は娘を落ち着かせるように、低い声で話しかけた。
「これと良く似た香を使っていた人物とは、誰なのだ?」
「それは……!」
 娘が返答につまった。体をこわばらせ、言葉も出せない。
 その困惑が明衡にもつたわってくる。
「心配しなくていい。秘密があるなら、俺は絶対もらさない」
 が、彼女はかたくなに顔をあげようとはしなかった。
 よほど重大な秘密なのだろうか。
  明衡はふと思った。この娘が、権大納言家の人々の手紙の代筆を任されるほど高い教養と、それだけの教育を受けられる身分を持ちながら、これほど不当に扱われているのも、もしかしたらその秘密のせいかもしれない。
 そうだとしたら、どこに権大納言家の監視の目が隠れているかもしれない現状で、娘の口から秘密を聞き出すのは非常に困難だ。
 今は引いたほうが良いと、能吏としての明衡の勘が告げている。
「わかった。今はなにも問うまい。だがこの先、助けが必要なことがあったら、いつでも俺に連絡するといい」
 渡殿のすぐそばで、また、低く咳払いが聞こえる。良成が急かしているのだ。
「そうだ、そなたの名前は? これから何と言って、そなたを訊ねれば良い?」
「わたしは……」
 娘は一瞬ためらった。が、意を決したように、
「かえで、と申します」
「かえで……」
 初夏、色とりどりに咲き乱れる花々の中、冴え冴えとした新緑を見せる樹。そして厳冬の直前にのみ、色鮮やかに染まってみせる樹のさまは、この少し強情であまりにも可憐な娘にふさわしい。
「けれどこの屋敷でその名を口にされましても、まともに答える者はいないでしょう。わたしはここではいないも同然……いえ、本来いてはいけない者なのです」
 どういうことだ、と明衡が問い返す前に、待ちきれなくなった良成が渡殿の端に姿を見せた。声は出さず、手招きで「お早く、お早く」と明衡を急かす。
 何かもう少し、かえでに言葉をかけたい。けれど何を言って良いのかわからない。
かえでもただ無言で明衡を見上げているだけだった。
 後ろ髪を引かれる思いで、明衡は簀を離れた。
 小走りに良成が駆け寄ってくる。
「少将さま、お急ぎください! 権大納言が少将さまのご不在を不審がっています」
「もう気づかれたのか」
 主従は人の目を避けながら、小さな人工の川を渡り、池に面した南庭へと回り込んだ。
 母屋の南に広がる庭は、どこの屋敷でも、名木や奇岩、時には小さな滝や御堂まで配置し、もっとも美しくしつらえる。ここが屋敷の正面であり、客人をもてなす場なのだ。
 庭へ戻ってくると、いかにも退屈そうな楽の音がとぎれとぎれに聞こえてきた。
「座が白けているようだな」
「はあ。今宵の宴には権大納言の北の方や姫君も出席されているようですし」
 屋敷の女主人と姫が出席している宴では、招待客もあまり行儀の悪いことはできない。なんといっても今夜は、二の姫の婿がねを集めて見比べるのが一番の目的なのだ。
 しかも権大納言はこの四条邸に婿入りした身で、気の強い家付き娘だった北の方にまったく頭があがらないという。
  母屋の御簾の下から、思わせぶりに女性の衣の裾が覗いている。出し衣(いだしぎぬ)だ。ひときわ艶やかな紫苑襲の装束は、おそらく北の方だろう。
 明衡は目立たないようそっと、宴席の端に紛れ込んだ。
 ――そのつもりだったが。
「少将さまには、今までどちらへおられましたのでしょう」
 そばの御簾の中から、とりすました声が明衡に呼びかけた。
「この美しい月を眺めてしみじみと物語などさせていただきたいと願っておりましたのに、よもやこの屋敷でのもてなしがなにかお気に障ることでもありましたのかと、心傷めておりました」
 高貴な女性はめったなことでは他者に肉声を聴かせないのが常だ。お付きの女房が北の方だか姫君だかの言葉を取り次ぎ、しゃべっているのだ。
「あ、いえ……。こちらのお庭から拝見する月はひときわ美しく、つい時を忘れて眺めてしまいました」
「いいえ、少将さまのお屋敷の美麗さ、庭の造りの妙にはとうていかなうものではございません。とはいえ、このようなあばら屋からご覧になる月も、幾分はしみじみともののあはれを誘う風情があるのやもしれません」
「北の方さまのお心配りが庭の草木一本一本にまで行き届いていらっしゃると、たいへん趣深く拝見させていただきました」
 物語の登場人物のような、浮世離れした会話。これぞ月卿雲客の会話です、と手本にでもしたいくらいだ。
 とはいえ、これではどこまでが女主人の考えなのか、さっぱりわからない。
 女主人がぼーっとして気の利いたことなどまったく言えなくても、慣れた女房なら勝手に「女君のお言葉」をでっち上げてしまうのだ。
 そのことを思うと、さきほどのかえでの言葉ひとつひとつが、さらにあざやかに明衡の中によみがえる。
 あれはすべて、本当のあの娘の言葉。思うがままのこと。その率直さは、鮮烈な驚きすら感じさせる。
 あの娘の誇り高さも孤独も、すがりつくように懸命に明衡を見上げていたあの瞳も、すべてが真実だからこそ、こんなにも強く心を揺さぶられる。
 本来、人と人とはそうあるべきなのかもしれない。何の飾りも隠し立てもなく、己の思うがままのことを率直に語り合ってこそ、本当に理解し合えるのかもしれない。
 だとしたら、着飾ったこの貴族たちはなんと愚かだろう。
 華美と富とに全身を包み込み、本当の自分などいったいどこにあるのだろうか。
「こんなところにおられたか、少将どの」
 瓶子を片手に、よろよろと屋敷の主人、四条権大納言藤原忠友が近寄ってきた。
「こちらはあまりに端近、ささ、あちらで一献」
 忠友は明衡の袖を引き、強引に立ち上がらせようとした。
 ……この酔っ払い。
 そうは思うものの、招待された身で、屋敷の主人の誘いを無下に断るわけにもいかない。
 しかたなく明衡は忠友に従い、引っ張られるままに釣殿へ向かった。
 池の上に張り出した釣殿は壁のない吹き抜けで、秋の宴席ではさすがに寒い。
 が、忠友は酔いが回っているせいか、えらく上機嫌だった。
「うちの姫がよけいなおしゃべりでご迷惑をおかけしたのではないかな」
「いえ、そのようなことは――」
 では、あの御簾の内にいたのは、やはり二の姫だったのか。
「さきほどまではどちらにおられたのかな? いやいや、弁明など結構。お若いのですから、せいぜい楽しんだがよろしかろう」
「はあ……」
 酒臭い息を吐きかけられ、明衡は思わず身を引いた。
 だが忠友は気にもせず、さらに顔を近づけてくる。そして好色な笑みを浮かべ、ささやいた。
「それで、お気に召した女はおりましたかな?」
「いや、私は別に――」
「隠さんでもよいではないか。いや、ここだけの話、ご執心の女が居れば召人として婿殿に差し上げてもかまわぬぞ」
「なにを――!?」
 明衡は思わず言葉を失った。
 酔いに任せて何を言い出すのだ、この男は。
「いやあ、婿殿とお呼びするのは少々気が早かったですかな。だが儂は、二の姫の婿にはぜひ貴公をと望んでおる。それをうちの妻(さい)が勝手に、宰相中将なんぞに話を持ちかけおって……。儂はあの若造の父親の太政大臣とは内裏でずっと反目しあっておるというのに、儂の立場などまるでわかっておらん。二言目にはこの屋敷は自分のものだ、女房も女童も私の財産だと……。いや、何でもない。ともかく、貴公が我が家の婿となってくれれば、気に入った女は何人でも差しだそう。な、いかがかな? なんなら今宵にでも――」
「いいえ、結構です!」
 ついに我慢できず、明衡は忠友を突き放すように立ち上がった。
 この男は、そしてこの屋敷の住人はみな、自分のために働く人間はすべて自分の財産、自分のわがままでどんな扱いをしてもかまわないモノとしか思っていないのだろうか。
 いや、この屋敷の住人ばかりではない。貴族というものはみな、自分たちより身分の低い者はすべて同じ人間とも思っていない。人でないもの、鬼や虫と同等のものとしか見なしていないのだ。
 ……一番腹が立つのは、俺自身がそういう驕り、鼻持ちならない貴族根性をどこかに持っていたということだ。
 あの娘が、かえでが、俺にそれを教えてくれたのだ。どんな人間にも譲れぬ誇りがあること、魂があるということを。
 たしかに今夜は、得難い教訓を得た。
「まことに申しわけございませぬが、少々酒を過ごしました。私は明朝も参内せねばなりませぬゆえ、今宵はこれで失礼させていただきます」
「し、少将どの……」
「いえ、人など呼んでいただかなくとも結構です。私の従者が近くに控えておりましょうゆえ」
 そのまま明衡は足音も荒く、母屋へ戻る橋を渡り始めた。あっけにとられる忠友になど、もう目もくれなかった。


 明朝早く、明衡は御所に参内した。
 日が昇る前に出仕しなければならないのが内裏に仕える貴族、役人たちの日常だ。遅くとも午前六時には政務を開始していなければならない。出仕の時は帝の勅許がないかぎり、黒い直衣を着用する。
 明衡は蔵人少将として、まず主上のいる清涼殿へ向かった。
 清涼殿は帝が日常の生活を送る棟である。ふだん帝が居る御帳台の前には「殿上(てんじょう)の間」と呼ばれる空間があり、ここには帝の許しを得た者しか入れない。「殿上人」の呼び名はここから来ている。
  主上は御帳台の御簾を高く巻き上げさせ、朝粥をしたためている最中だった。
 そばには洗顔のための角盥や鏡を用意して、典侍(ないしのすけ)や掌侍(ないしのしょう)などの女官たちが控えている。みな、先代から仕えており、明衡よりも年上の者ばかりだ。
 御代替わりに際して女官をすべて入れ替えるのはよくあることだが、手間も金もかかる。それを懸念して今上帝は、先帝から仕えていた者たちをそのまま役にとどめ置いたのだ。
「来たか、少将」
 明衡が平伏し、声を発するより早く、帝が言った。
 今上の帝は大仰な礼儀作法や形式主義を嫌い、何事も率直を尊ぶ人である。それがまた、旧態依然の藤原氏たち大貴族からは煙たがられている理由のひとつでもあった。
「先だって朕(ちん)が教えた香を使ってくれているのだな。良い薫りだ」
「ありがとうございます」
 明衡は一度低頭し、それから意を決して顔をあげた。
「つきましては主上(おかみ)。いささかお耳に入れたきことがございます」
 たとえ主上の前でもいつも屈託ない明衡の声が、いつになく硬く緊張していることに、帝もすぐに気づいたようだった。控えていた典侍たちに軽くうなずきかけ、無言で「下がっていよ」と命じる。
 女官たちは一礼し、さやかな衣擦れの音だけを残して殿上の間を下がった。
 殿上の間にふたりしかいなくなると、帝はゆっくりと明衡を手招きした。
「いかがした」
「は」
 明衡は静かに膝をすすめ、御帳台のすぐ前まで進み出た。
 ここまで来れば、内密の会話が外に漏れる心配はない。
「主上。お教えいただきましたこの秘伝の香……恐れながら、その銘(めい)すら、私は伺っておりませんでした。この香を調香なさいましたのは、いったいどなたでございましょう」
 おだやかな帝の表情にも一瞬緊張が走った。
 明衡は頭を下げ、帝の返事を待った。
「この香は、朕の同母弟(おとうと)が調香したものだ」
「主上の弟君……」
 明衡の脳裏に今上帝をめぐる系図が瞬時に浮かんだ。
 ……今上さまの父君は先々代の帝。その前の帝は先々代の兄上、今上さまには伯父君にあたられる方。そして先代、十九才でご他界遊ばされた先帝は伯父君の息子、つまり今上さまの従弟。
 弟君とはいったい――。
 そこまで考えをめぐらせて、明衡はようやくはっと気づいた。
「まさか、六の宮……惟仁(これひと)さま!?」
 帝は小さく、けれどたしかにうなずいた。
 そんなばかな、と言いかけて、明衡はとっさに口をつぐんだ。が、それきり言葉が出てこない。
 なかば硬直した明衡の前で、帝はゆっくりとうなずいた。
「十六年前、行方不明になった惟仁親王だ。生きておればもう三十二……いや、三になるのか。が、朕が思い出せるのは十七であった六の宮の姿だけだ。今の少将よりもまだ若い……」
 帝には故人も含めて八人の男兄弟があった。存命の者は帝を除いてすべて仏門に入っており、また同じ母宮から産まれたのは六の宮ひとりきりだった。
 帝がまだ「さかしまの東宮」として長く不遇の時を過ごしていたあいだ、誰よりも支えになってくれたのが皇族出身でおおらかな人柄の母宮と、同じ母から産まれた弟宮であったという。
「朕の父院はほとんどの男皇子(おとこみこ)を仏門に入れ、皇統にかかる費用を少しでも軽減なさろうとされた。が、六の宮だけは、万一朕が東宮のまま世を去るようなことがあった時のためにと、臣籍にも下されず、親王のままとどめおかれたのだ」
 同じ帝の息子でも、親王と皇子には天と地ほどの開きがある。皇位継承権を持つのは、親王宣下を受けた者だけだった。
「だがあれは、窮屈な内裏での暮らしを嫌い、ずっと臣籍降下を願っていた。兄君のことは臣下としてお支えいたしますゆえと……。朕も、何にも縛られず心の赴くままに歌を詠み、心のままに人を愛したいというあれの願いをわかっていたが――手放したくなかったのだ。この、敵ばかりの宮中でただふたりきり、母君と六の宮だけが、朕の味方であった……」
 そしてある年の冬、惟仁親王は宮中から忽然と姿を消してしまった。ただ一首の歌を兄宮のもとに残して。

      ひとのゆきし 都大路のわだちより
      などかは踏まぬ つごもりの雪

 ――至高の座に昇るため、大勢の人が轍を刻んでいった都人(みやこびと)の道よりも、真っ白に積もった大晦日の雪に、どうして自分の足跡を残さないことがありましょう。私は人と同じ栄光を求めるよりも、自分だけの道を歩いていきたいのです。たとえそれが道なき原野へ分け入ることであろうとも――
 その時のことは、明衡もぼんやりと覚えている。
 剃髪し、修行のため深山へ分け入っていく六の宮の姿を見た者がいるとか、いいや太宰府から唐天竺目指して船出していったのだとか、さまざまなうわさが飛び交ったものだ。
 だがそれきり六の宮の行方は杳として知れず、いつか彼はすでに死んだものとして扱われるようになり、誰の口にも上らなくなっていった。
「朕は即位したのちは、六の宮こそ東宮にと思っていた。そのため、あれの後ろ盾となってくれる貴族との縁組みを進めていたのだ。六の宮がひそかに通っていた女がいることも知ってはいたが、無視をした。内裏に影響力を持つ大貴族の婿となり、その援助を受けることが、あれには絶対に必要なのだと考えて……」

 帝の声は、押さえきれない慟哭にふるえていた。
 そこにいるのは一天万乗の君などではなく、己のあやまちを悔い、弟の行く末を案じるひとりの人間でしかなかった。
 帝の後悔と哀しみが、明衡の胸にも突き刺さるようだった。
「主上。六の宮のお手跡(て)などはお持ちでらっしゃいますか?」
「少将、なにを……」
 困惑の表情を浮かべる帝に、明衡はなにも説明しなかった。
 今はまだなにも言えない。明衡の思い込みにすぎないかもしれないのだ。
 その思い込みが外れていたら、帝にさらに深い悲しみを与えることになってしまう。
 帝も明衡の考えを無言のうちに察したようだった。
「しばし待て」
 やがて帝は、文箱の中から一通の結び文を出した。
 すっかり黄ばんでしまった古い陸奥紙(みちのくがみ)には、六の宮が最後に残したつごもりの雪の歌が記されていた。惟仁親王が兄宮に残した書き置きだ。
 「主上、これは……! よろしいのですか!?」
「良い。少将に預ける。なにごとも、少将の思うようにいたせ」
 明衡はもう一度深く一礼し、六の宮の文をおしいただいた。
 ……おそらくあのかえでという娘は、六の宮の行方を知っている。
 年令からして、宮中を出奔して隠遁した六の宮に、女童として仕えていたのだろう。もしかしたらその幼い時に六の宮に歌才を見出され、宮から身分不相応な高い教育を与えられたのかもしれない。
 ならば、権大納言邸での扱いにも納得がいく。
 田舎育ちの女童ではとうてい貴人付きの女房になどなれないが、あれだけの歌才と教養を捨ててしまうのも惜しい。それゆえに権大納言家ではあのように飼い殺しとも言える扱いで、かえでを一人前の女房扱いせず、閉じこめてその才能だけを利用しているのだ。
 きちんと女房の待遇を与えれば、それなりの給金を支払い、節季ごとに新しい装束を揃えてやる必要もある。四条権大納言はその出費を惜しんでいるのだろう。
 かえでが六の宮ゆかりの者だとわかれば、帝もきっとお喜びになるだろう。かえでを掌侍(しょうじ)、あるいは女嬬(にょうじゅ)として召し抱えようとなさるに違いない。
 その時は自分がかえでの後ろ盾になろうと、明衡は考えていた。
 かえでの出自が低いのも、いくらでもごまかしが効く。何なら両親に頼んで仮親になってもらえば良い。田舎で産まれ育った遠縁の娘を引き取り、養女にしたとでも言えば良いのだ。
 これなら、かえでを召人や愛人にするのではなく、より良い仕事を斡旋するだけだ。かえでも嫌だとは言わないだろう。
 しかも、蔵人が帝の公務を補佐する秘書官ならば、掌侍は帝の身の回りの世話をする小間使い、側仕え。
 帝の公と私とを支える役職の者どうしが親しく意志の疎通が図れれば、宮中の業務はさらに円滑になるはずだ。
 ともに宮中で働く蔵人と女官という立場になれば、かえでも改めて自分の話を聞いてくれるに違いない。
 対等な立場に立って、また一からふたりの関係を築いていけば良い。
 必ずその時が来ると、明衡は確信していた。
 きっとそのために、自分はかえでのもとへ導かれたのだ。
 かえでを救い、そして主上のお心を安んじるため、誰よりもそれを願う人に――この香を調香した人物によって。


「さつきまつ 花たちばなの香をかげば 昔の人の袖の香ぞする……」
 上げた格子から暮れゆく空を眺め、楓子はふと古い和歌を口ずさんだ。橘の時季ではないが、つい口に出てしまった。
 昨夜のことが、片時も頭から離れない。
 あの突然の出会い。あんな、物語のような出来事が、本当にあるなんて。
 蔵人少将源明衡は、なにか急用でもあったのか、宴を途中で退席し、帰宅してしまったそうだ。
 それでも、夜が明けるとすぐに、少将からのお礼の手紙と歌が、権大納言のもとへ届けられた。

   十重二十重 たなびく雲は あつけれど
       さやけき影を 雁のみぞ知る

「へんな歌よねえ。昨夜は一晩中よく晴れてて、雲なんかかかってなかったはずだけど」
 いつものごとく、楓子に返歌の代作を命じに来た峯子は、明衡の手紙をひらひら振りながら、首をかしげていた。
 けれど、楓子にはすぐにわかった。
 ……これは、わたしに贈ってくださったんだわ。
 表向きは権大納言家の人々に贈る歌、屋敷の姫君の美しさを称える歌だ。
 ――厚い御簾の奥に隠れていても、姫君の美しさはあきらかです。他の人は見過ごしていても、私にはどこに姫がいたか、よくわかっております――
 「ああ、そういうこと!」
 楓子が、御簾を雲に、峯子を月にたとえた比喩を説明すると、峯子も簡単に納得した。
「わたくしが月だなんて、さすがは蔵人少将さまね、よくわかってらっしゃるわ。なんてすてきなお歌かしら!」
「ええ、本当に」
 楓子も控えめにうなずいた。
 だが、真意は違う。
 ――屋敷の奥深く、使用人たちの中に留め置かれ、外へ出ることも許されなくても、きみの歌の冴えは、賢さは私にはわかっているよ――
 月は楓子、雁は明衡だ。
 明衡は、自分への返歌もまた楓子が代作するだろうと考え、峯子への歌に二重の意味を込めたのだ。権大納言や北の方、姫君たちにはわからなくても、楓子ならば必ずこの歌の真意を読み取れるはずだ、と。
 ……ええ、わかります。わかっています、少将さま!
「じゃ、すぐに返しの歌を用意して。ほかにもお礼状はいっぱい来てるんだから。あ、でもその前に、わたくしの新しい装束を仕上げて。袴と袿よ。ぐずぐずしないで、急いでよ!」
 峯子は、背後に控える女房たちに向かって横柄に顎で示した。
 女房たちが腕いっぱいに抱えていた布地を、楓子の前に山積みにする。
「ちょっと! 乱暴に扱わないで! それは女御さまからたまわった、最高級の絹なのよ!」
「は、はい、もうしわけございません、姫様」
 手つかずの布地は、次から次へと楓子の前に積み上げられていく。
 狭い渡殿の局は、半分、布や糸で埋まってしまい、足の踏み場もなくなってしまった。
「じゃ、頼んだわよ」
 最後にもう一度鼻先であざ笑い、峯子はさっさと渡殿を立ち去っていった。
 つむじ風のように騒々しかった峯子たちが去ると、楓子のまわりは急にしんと静まり返ってしまった。
 その静けさの中、言いつけられた縫物よりも先に、楓子は明衡からの文を手にとった。
 淡いうすみどり――若い楓の葉を思わせる色に染められたその紙にも、昨夜の薫りと同じ香がかすかに焚き染められている。
 少将が漂わせていた、あの薫り。白檀を基調にさまざまな香料を配合した、複雑で気品ある薫り。
 ……あれは、お父さまの薫り。
 ――良い子だね、楓子。さあ、もう一度手習いをしてごらん。そう、とても上手だよ……。
 耳の奥にこだまする、優しい声。
 今まで思い出すこともできなかった父の声、父の面影が次々に楓子の脳裏によみがえる。
 楓子は、昨夜、少将が残していった蝙蝠の扇を手にとった。
 半分ほくど開き、ゆっくりと顔に風を送ってみる。するとまた、どこか異国めいた香りが優しく楓子を取り巻いた。
  この薫りがきっかけとなって、眠っていた記憶が一気に目覚め始めたのだ。
 ……そうよ、間違いない。あれはお父さまの薫り。お父さまのお袖から、いつもあの薫りがこぼれていた。
 ……では、私のお父さまは少将にゆかりある方だったのかしら。
 そうだとすれば、少将に相談すれば亡き父のことがわかるかもしれない。
 ……知りたい。お父さまのこと。
 どうして母が父と逃げなければならなかったのか。どうして父が病に倒れた時、誰にも助けを求められず野辺に埋もれるように死んでいかねばならなかったのか。
 ……もしかしたら本当に、私のお父さまは仏道の修行を逃げ出して愛欲に溺れた僧侶だったのかもしれない。
 それでも楓子は、両親を責める気にはなれなかった。
 お父さまのもとへ行きますと、おだやかに死んでいった母。亡き夫を心から愛していたからこそ、あんなにも安らかに息を引き取ることができたのだ。
 それほど強い愛が両親を結びつけていたのなら、いっとき仏の修行から道を踏み外すこととなっても、み仏は両親をあえて引き離したりはなさるまい。ふたりの魂をきっとお許しくださるだろう。
 ……ああ、でも、本当はもっとひどい人だったら? お父さまが都を追われた罪人だったとしたら。
 楓子がそんな罪人の娘だとわかったら、少将はいったいどんな表情をするだろう。この権大納言家の人々のように、ひどくけがらわしいものでも見るように蔑みの目を向けるだろうか。
 ……この扇も、返せとおっしゃるかしら。
 楓子はひどく戸惑った。
 少将が憐れみをこめておいていった扇を、手放したくないと思っている自分がいる。
 扇に残る香りが亡き父を思い出させるばかりではなく、この扇は少将の――少将と出逢えたあの夜の、たったひとつのよすがなのだ。
 ……もう一度、逢いたいと思ってる、私。少将明衡さまにお逢いしたい。お逢いして、もっといろんなことをお話しして、そして、そして……。
「いけない。ぼーっとしてたら、いつまで経っても仕立物が終わらないわ」
 暗くなってきた室内に灯りをともし、楓子は気を取り直すように縫いかけの衣装に手を伸ばした。
 おとといから取り掛かっている見事な袍(ほう)は、権大納言の出仕用の正装だ。
 染色や裁縫は家政を預かる女性に必須の能力だが、現実には身分の高い女性ほどこういう肩の凝る手仕事を嫌がるものだ。大貴族の屋敷ではたいがい裁縫専門の下級女房を雇っている。
 が、四条大納言家ではそのほとんどが楓子の仕事とされていた。
 楓子は蝶が舞うような軽やかな手つきで、袍を縫い上げていく。
 これが終わったら表袴(うえのはかま)、峯子の袿(うちき)もある。冬用の綿入れで、あたたかそうだ。
 男性用の装束を縫いながら、ふと母のことを思って手が止まる。
 ……お母さまもこうして、お父さまのご装束を仕立てたことがあったのかしら。
 愛する人のために心をこめて一針一針縫うならば、手のかじかむ寒い夕暮れの縫い物もけしてつらくはなかったろう。そうして母が縫い上げた装束に、父はどんなねぎらいの言葉をかけただろうか。
 そう考えると、今まで単なる労働としか思えなかった裁縫が、初めて母と自分をつなぐものに感じられた。
 思い出の中の母に、いつか現在の楓子自身の姿が重なっていく。そしておぼろげな父の姿が、くっきりとあざやかな印象の笑顔にすり替わる。
 冠の下からこぼれる、しゃっきりとして少し硬そうな黒髪。優美で、それでいて意志の強そうな眉。そして、見つめられると心のすべてを見透かされてしまいそうな、深い深いあの瞳。
 わがままを言う時はまるで小さな子どもみたいで、かと思えばひどく思慮深く謎めいて見えたりもする。まるで彼を見つめているだけで、先の見えない不思議な物語の中へ迷い込んでしまうみたいだ。
「ちょっと楓子! 袴一枚縫うのに、どれだけかかってるのよ!」
 ぼんやりした楓子の夢想を、けたたましい金切り声が打ち砕いた。
「私の袿はどうしたの、早くしてよ!!」
 ばさばさと衣の裾をひるがえし、また峯子が室内に入ってきた。無論、入るわよ、の一言もない。
楓子ははっと我に返った。慌てて両手を床につき、平伏して峯子を迎える。
 妙にほおが火照る。このほおの赤さを峯子に見咎められなければ良いのだが。
「すみません。今、仕上げています。大納言様の表袴と袍はそこに」
 できあがっていた装束を示すと、峯子は高慢な仕草で顎をしゃくり、うしろに控えていた女房に持っていくよう命じた。
「わたしの袿、早くしてよ。それの他にも裳とか単衣とか、縫ってもらいたいものは山ほどあるんだから。ああ、そうそう。そろそろ紅の袴も作らなくちゃ! 結婚したら、女はみんな、濃き色の袴から紅の袴に替えるんですものねえ!」
 峯子は自慢たらたらだった。宰相中将との婚儀も、彼女の頭の中ではすでに決まったも同然なのかもしれない。
「羨ましい? あらごめんなさいねえ。ほんと、あんたってお気の毒。親の罪で一生、まともな殿方には縁がないんですものねえ。それとも母親に倣って、そこらの下人か破戒坊主とでも通じてみる!?」
 楓子は唇を咬み、ただじっと怺えた。
 いつものこと、いつものことと懸命に自分に言い聞かせる。
 が、
「あら……。なにかへんね」
 峯子があたりを見回した。くんくんと鼻を鳴らし、
「何か良い匂いがするんじゃなくて? あんたまさか、香なんか焚いてるの?」
「えっ!?」
 楓子は息を飲んだ。
 少将の扇に残っていた薫りが、今もまだ室内にかすかに漂っているのだ。
「そんな、まさか……。姫君のお気のせいでしょう」
 ……扇――! 少将さまの扇は!?
 縫いかけの生地の下にあった扇を、楓子は峯子に見つからないようそっと自分の袿の下に隠した。
 その瞬間、お付きの女房と目があってしまった。
 ……見つかった!?
 けれど女房はそ知らぬ顔で目を伏せ、なにも言わなかった。どうやら楓子をかばってくれるつもりらしい。
「……ふん、まあいいわ。とにかく、私の袿を早く縫いなさい。それが終わるまでは食事は抜きって、お母さまがおっしゃってたわよ!」
 まだ不満そうな顔をしながら立ち去る峯子に、楓子は黙って頭を下げた。
 峯子が出ていくと、とたんに身体中の力が抜ける。
 楓子は思わずため息をつき、ぐったりと壁に寄りかかった。この部屋には脇息などないのだ。
 そして衣の下からそっと少将の扇を取り出す。
「良かった……」
 一本の扇をまるで恋人のようにしっかりと胸に抱く。
 ……わたしの大切な、大切な――。
 扇の残り香が導く面影は、楓子の中で、もはや亡き父と少将明衡とが分かちがたく混然としてしまっていた。
 が、いつまでもこうしてはいられない。
 楓子は下働きの女童に頼んで燭台に火を灯してもらい、頼りない灯りのもとでふたたび縫い物を始めた。
 よけいなことを考えないよう、ひたすら針を動かす。
 どのくらいそうやって、針の動きに神経を集中させていただろう。
 格子の外はすっかり暗くなり、虫の音が淋しげに響いている。
 秋の夜は長い。
 ふと気づくと、その虫の音がぴたりと止んでいた。
 ほとほと、ほとほと……と、格子を叩く音がする。
 楓子は顔をあげた。
 誰、とは問わなかった。
 さやかな秋の夜風が運ぶこの薫りが、訪問者の名を教えてくれる。
「ここを開けてくれ」
 格子の向こうで少将明衡が言った。
「どうしてもそなたに確かめてもらいたいものがあるのだ。頼む、この格子を開けてほしい」
「少将さま?」
 声の様子が昨夜とまるで違う。ひどく真剣で、楓子の胸に突き刺さるようだ。
 楓子は一瞬ためらったが、すぐに意を決し、格子に手を伸ばした。
 持ち上げた格子の隙間から、明衡の横顔が見える。
 十六夜の月明かりに照らされたその表情はどこか険しく、恋に浮かれ騒ぐ好き者の印象など微塵もなかった。
「これを」
 室内を覗き込まないようにしながら、明衡は一枚の陸奥紙をそっと差し出した。
「ひとのゆきし……」
 凛として力強く、いさぎよささえ感じさせる筆の運び。何もかもを捨てて旅立つ決意が見てとれる。
「その手跡に見覚えはあるか」
 明衡の問いかけに、楓子は息を飲んだ。
 ……ある。この筆跡を、わたしは知っている。
 楓子は一旦、蔀戸のそばを離れた。
 文机の上に置いてあった古今集を手に取り、明衡に差し出す。
「ご覧下さいまし」
 手擦れて、紙もすっかり黄ばんでしまった古い歌集。楓子がただ一冊の和歌の教本と暗記するほど繰り返し読んだその本は、楓子の父が書写したものだ。
「これは……!」
 月明かりのもと、手紙と古今集の筆跡を見比べた明衡は、絶句した。
 ふたつの筆跡は、あきらかに同一人物の手によるものだった。
「この古今集は、わたしの父が書き写したものと聞いております」
「……父!?」
 驚愕する明衡に、楓子は小さく、けれどしっかりとうなずいた。
「では、そなたは――。こ、この香を使っていた人物というのは……!」
「はい。亡きわたしの父です」
 明衡は言葉もなく、楓子を見つめた。
 女性の顔を真っ向から見てはならないという貴族社会の礼儀すら、頭から吹き飛んでいるようだ。格子を強く握り締めた手が、関節も白く浮き上がり、かたかたとふるえていた。
 ……いったいどうしたの。少将さまがこんなに驚かれるなんて。
 やはり自分の父は、その名を口の端に昇らせるのもためらわれるほど、厭わしい人物だったのだろうか。
「そなたの……そなたの、父君の名は――?」
 今度は楓子が言葉を失う番だった。
 ……言えない。
 言えない。父の名も身分も、その顔すらわからないなんて――!
 そんなことを言ったら、明衡に軽蔑されてしまう。
 この四条大納言邸の人々にどれほど嘲られようと、罵られようと、楓子はじっと耐えてきた。耐えることができた。
 けれど明衡に軽侮されることだけは、どうしても耐えられない。
  どうしてこんなことを思うのだろう。今までずっと、ひとりぽっちで平気だったのに。
 この男性と二度と逢えなくなるかもしれないと思うと、息もできなくなるほど苦しい。わずかに歌を交わし、言葉を交わしただけの人なのに。
 ……この方に疎まれ、嫌われてしまったら。わたしは、わたしは――!
 蔀戸の内と外で、ふたりは互いに言葉をなくしたまま、ただじっと見つめ合うしかなかった。
 だがその時、
「あそこでございます、お方さま!」
 庭の暗がりから、鋭い声がした。
「ご覧くださいまし、ほら、あそこに男の影が! わたくしの申し上げましたとおりでございましょう! ええ、わたくしはこの目ではっきり見ましたもの! あの人の部屋に男物の蝙蝠が落ちているのを。それをあの人は、姫君の目につかないよう、慌てて隠しましたのよ! あれは絶対に男からもらったものだと思っていました。そのとおりでしたわ!」
「まあぁ……ッ!! なんということを、あの娘……ッ!!」
 ばさばさと衣をさばく音、そして荒っぽく簀を踏みならし、こちらへ渡ってくる足音。
「いけない、北の方だわ!」
「北の方? 権大納言の正妻か?」
「お立ち去りください、少将さま! 早く!」
 だが、間に合わなかった。
 衣の裾を持ち上げ、大股で走ってきた方子が、明衡の行く手をふさぐように立ちはだかる。
  方子の鬼女のような形相が、楓子にも見てとれた。
 そして方子の背後に隠れている、告げ口をした女房の小狡そうな表情。
 方子が女房たちに密告を奨励していることは知っていた。
 同僚の非を密告した者にこっそり褒美を与えることで、女房や使用人たちが互いに監視し合うようにし向け、それで仕事の手を抜く者がいなくなると方子は考えていたのだ。
 そして今夜は、その密告者の目が楓子に向けられていたわけだ。
「まあ……っ! まあ、あなたは――!」
 簀に棒立ちになり、扇で顔を隠すという最低限の礼儀すら忘れて、方子はまるで引きつけでも起こしたような声をあげた。
「く、蔵人少将……!!」
 明衡を指さしたきり、続く言葉が出てこない。陸にあげられた魚みたいに、口をぱくぱくさせるばかりだ。
 おそらく方子は、楓子のところへ忍んできている男はもっと身分の低い、貴族の範疇にも入らない地下人(じげびと)か何かだと思っていたのだろう。こんな渡殿の片隅に住む娘に目をつけるのは、せいぜいそんな木っ端役人か市井の職人くらいだろうと。
 それがまさか、自分の娘の婿がねのひとりに数えていた、帝の御覚えもめでたい当代随一の若公達だったとは。
「こ、この――この、泥棒猫ッ!!」
 方子は金切り声をあげた。耳を覆いたくなるその声は、娘の峯子にそっくりだった。
「出ておいで、この恩知らず! おまえのような賤しい娘を今まで養ってやった恩も忘れて、よりによってうちの姫の婿がねに手を出すなんて! なんて恥知らずな娘だろう!!」
 方子は明衡を押しのけるようにして、楓子の部屋の妻戸を開けた。そして楓子の手を掴み、無理やり外へ引きずり出す。
「おおかた、おまえのほうから文でも送って、色目を使ったのでしょう! 少しばかり歌が上手だからって鼻に掛けて、なんていやらしい! さすがにあの異母妹の娘ね、母親にそっくりですよ!」
楓子はなすすべもなく、簀に引き出された。
「きゃ、あっ! い、痛いっ!」
 力任せに引っ張られた腕が折れそうだ。そのまま床板にたたきつけられる。
 もう、顔をあげることすらできない。
 騒ぎを聞きつけて、四条邸の使用人たちもわらわらと集まってきた。
 身分の低い使用人には姿も見せない、声も聞かせないのが貴顕の女性の常だが、方子の頭からはそんな常識も吹っ飛んでしまったらしい。
 何事かとこちらを眺める使用人たちに混じって、屋敷の主人である権大納言忠友の姿もあった。が、妻の癇癪が怖いのか、陰に隠れて様子をうかがうばかりだ。
 二の姫峯子の姿もある。
 彼女は自分の従妹が衆人環視の中で無体な仕打ちを受けるのを、さも面白そうににやにやと笑いながら眺めていた。
「北の方さま、乱暴なお振る舞いはおやめ下さい! 私はどうしても彼女に確かめねばならぬことがあって――」
 明衡が止めに入ろうとしても、
「少将どの、あなたもあなたです! うちの峯子に言い寄っておきながら、うかうかとこんな娘に誑かされるなど――!」
 激昂した方子はまったく聞く耳を持たなかった。
誤解です、北の方さま。私は本当に大切な話があって……」
「まだこんな娘をおかばいあそばすのですか、少将どの! あなたは何もおわかりではないのです! 我が家の事情に口をお出しにならないでくださいまし!」
「教えてさしあげればよろしいのよ、お母さま」
 高く澄んだ声が響いた。
 人垣を押しのけ、顔の前に形ばかり扇をかざして、峯子が進み出てきた。
「峯子、あなたは下がっていなさい!」
「この娘がどんな生まれの娘か、全部少将さまにお教えすれば良いのよ、お母さま。そうすれば少将さまだって、これは一時の気の迷いだったとすぐにお気づきになられるわ」
 取り澄まして峯子は言った。ちらりと楓子を見やる目つきには、猫が鼠をいたぶるような残忍な喜悦が満ちている。
「そりゃあ我が家の恥を打ち明けることになるけれど、少将さまは他人の秘密をもらしたりなさる方じゃないわ。それよりは、真実を知っていただくことのほうがずっと大切よ」
「峯子……」
 まだ返事をしかねている母親を押しのけ、峯子は明衡の前へ進み出た。
「少将さま。この楓子はわたくしの従妹、母の異母妹の娘ですの」
 媚びるような峯子の猫なで声。
 楓子の背筋が凍りついた。
「や、やめて……!」
 声が出ない。
 峯子を止めたい。自分の出生の秘密を、少将に知られたくない。
 ……やめて、お願い。少将さまに――明衡さまにだけは……!!
「ですけどねぇ、お恥ずかしいことに、父親が誰だかわからないんですのよ!」
 勝ち誇るように高らかに、峯子は言った。
「この娘は、母親がどこの馬の骨ともわからない男を相手に孕んだ、それは卑しい、恥ずべき娘なんですのよ!!」
 ……ああ――!!
 楓子は袖に顔を埋め、声もなく床に伏した。
 父親のわからない娘。恥ずべき娘。今まで何度となくそう罵られてきた。
 けれどそのたびに楓子は、心の中で反論してきた。それでもお父さまとお母さまは心から愛し合っていらした。その愛のあかしがわたしなのだと。
 けれど今はもう、その信念も出てこない。
 ……知られたくなかった。この方にだけは、知られたくなかった。
 出自は低いが才能ある者として、明衡に注目されるのはけして嫌ではなかった。もしかしたらこれからも、友人として好敵手として、機知にあふれた歌のやりとりを続けていけるかもしれないと思っていた。
 けれどこんな形で真実が暴露されてしまっては、明衡も二度と楓子に近づこうとはしないだろう。
 ……どうして。
 お父さまとお母さまが愛し合ったことは、そんなにも罪深いことだったの。子どもの私までがこんな形で罰を受けなければならないほど、許されないことだったの!?
 なまじわずかな希望や憧れを抱いてしまったがゆえに、それすら打ち砕かれた絶望は鼓動も止まりそうなほどつらく、深い。
 声も出ない。ただ涙だけがあとからあとからあふれて、止まらない。
 楓子は床に伏し、ほころびかけた袖に顔をうずめて、身をふるわせるばかりだった。
 袿の袖に乱れ散る黒髪を、優しく力強い手がそっとかきあげた。
「顔をおあげください、姫宮さま」
 おだやかに、楓子の心にそっと忍び入るかのような声。
「え……」
 ……今、この方はわたしを何とお呼びになったの?
 楓子はわずかに顔をあげた。
 その目の前に、明衡の手が差し伸べられる。おつかまりください、というように。
 思わずその手に、自分の手を重ねる。
 すると明衡の力強い腕が優しく楓子の身体を支え、起こした。
「二の姫。あなたは、このお方の父君がどなただかわからないとおっしゃったが、それはあなた方権大納言家の方々がご存知ないというだけのこと。私は、この方のお父君の御名(おんな)を存じ上げております」
 明衡の腕が楓子を抱き寄せた。まるですべての苦しみや哀しみから楓子を守るように。
「お、お父君? 御名?」
 峯子は驚愕の表情で、明衡の言葉を意味もなく繰り返した。
 蔵人少将がこれほどの敬称で言い表すなど、よほどの相手に限られるのだ。
 楓子も声をなくしたまま、明衡の腕の中で彼の顔を見上げるしかなかった。
 明衡は強く、射抜くような視線で周囲の人間たちを見回した。
「この方のお父君は、今上さまの御弟宮(おんおとみや)、今は亡き、六の宮惟仁親王殿下である!!」
 楓子の身体がふわりと浮いた。
 明衡が楓子を両腕に抱き上げる。
 誰もが声もなく、明衡の行動を止めることもできなかった。
 峯子はぽかんと口を開けたまま、棒きれのように立ち尽くしている。方子は腰でも抜かしたか、だらしなく床にへたり込んでいる。
 楓子もただ茫然と、人形のように明衡の腕に抱かれているだけだった。
 ……なに? この人は今、なんと言ったの?
 わたしのお父さまが、いったい誰であったと?
 あの薫りが、かつて父が焚きしめていた、そして明衡が今も焚きしめるあの馥郁たる薫りが楓子の全身を包む。
 明衡がそっとささやいた。
「お顔をお隠しあそばされませ、姫宮さま。この場では、あなたがもっとも尊い身分の女君なのです」
 そして凍りついたような沈黙の中、明衡の声だけが凛然と響き渡る。
「これより、このお方にお目通りを願うならば、宮中へ赴かれるがよろしかろう!」



「たしかに……。たしかに似ている。あれの面影がある――」
 かすかに声をふるわせ、こちらへ手を伸ばそうとする人にこそ、楓子はどこかで見た面影があるような気がした。
 ……似てらっしゃる。この方は、そう、わたしのお父さまに似ていらっしゃる。
 白絹の直衣に紅の長袴、至高の冠。鬢(こめかみ)には少し白いものが混じる。
 ……このお方が今上の帝。
 わたしの、伯父さま……?
 帝は明衡が差し出した古今集を手に取った。明衡が四条大納言邸の楓子の部屋から持ってきたものだ。
「間違いない。六の宮の手跡だ。ご覧、少将。十五番と十六番の歌の順番が逆だ。あれが写し間違えたのだよ」
 覚えている、とつぶやき、帝はわずかにうつむいた。その目元に光るものがある。
「かえでの姫よ。そなたは朕の弟宮、惟仁親王の忘れ形見だ」
「わたしが、親王殿下の……」
 鸚鵡返しにつぶやいてみても、まるで実感がわかない。
 けれど、
「今までつらい思いをしたのだろう。淋しかっただろう。これからは朕を父の代わりと思い、この宮中で暮らすが良い」
 御簾を出て自ら、平伏す楓子に手を差し伸べてくれる人は、たしかに同じ血の通う家族のぬくもりを感じさせてくれた。遠い過去の記憶に封じ込めていた、優しいあたたかさを。
「主上さま……」
 楓子のその言葉に、帝はゆっくりと首を横に振った。
 ……伯父さま。この方が、わたしの。
 大切な家族を亡くした痛みをともに分かち合う、ただひとりの肉親。
 差し出された大きな手に、楓子は自分の手をそっと重ねた。
 力強くあたたかなぬくもりが楓子の手を包む。母を亡くしてからずっと得ることのできなかった、家族のぬくもりがそこにはあった。
 ……もう、淋しくない。嬉しい時、哀しい時、ともに涙を流してくれる家族がいてくれる。わたしはひとりぽっちじゃない。
「少将。礼を言う。よくぞ姫を見つけてきてくれた」
「もったいないお言葉でございます」
 明衡は、いつの間にか御簾のそばにいる楓子よりさらに一段下がり、殿上の間の片隅にひっそりと座していた。帝と楓子の語らいを邪魔するまいとするかのように。
「今にして思えば、わたくしも亡き親王殿下の御霊(みたま)に導かれ、姫宮さまにお会いできたのでございましょう」
「そうやもしれぬ。朕が六の宮の香をそなたに教えようと思った時、すでにあれの魂が朕をも導いてくれていたのやもしれぬ。六の宮が姫を守るため、そなたを使者に選んだのであろう」
 やがて帝は短く手を鳴らし、女官たちを呼んだ。
 殿上の間の外に控えていた典侍、掌侍たちがしずしずと進み出て、楓子の手を取る。
「姫宮さま、さあ、こちらへ」
 ふっくらした顔にえくぼの浮かぶ年配の女官に導かれ、楓子は殿上の間を後にしようとした。
 ふと振り返ると、明衡も深く一礼し、帝の前を辞そうとしている。
「あの、少将さま……」
 思わず明衡を呼び止めようとした楓子を、典侍が小さくたしなめた。
「少将、とお呼びなされませ。もしくは明衡、と」
「でも……」
 いいえ、いけません、と典侍は首を横に振る。
「いかに姫宮さまに尽くそうと、少将どのは源姓のただびとでございます。これほどまでに帝にお近しい姫宮さまとは、身分が違います。お言葉には充分お気をつけ遊ばしませんと」
「少将が、ただびと……」
 ……では、わたしは?
 昨日までは渡殿の隅に隠れるようにして、まともな人付き合いもできず、一日中誰かのための縫い物に追われていたわたしは――。
 楓子はそのまま典侍に導かれ、一旦後宮の貞観殿、別名御匣殿まで下がった。
 そこにはみごとな女装束のひとかさねが用意されていた。
 淡きから濃きまで、さまざまな紅の色合いを重ねる紅の匂の五つ衣に、金箔摺りの裳。綾織りの唐衣は見る角度によって微妙な光沢をたたえ、身動きするたびに光の波を生む。
 身の丈にあまる黒髪はていねいにくしけずられ、黄金(こがね)の釵子(さいし)を飾る。
 五色の糸を垂らした袙扇(あこめおおぎ)を手にすれば、姫宮の名にふさわしい、女性としての最礼装ができあがった。
「なんてお美しい……」
 典侍が涙ぐんだ。
「わたくしはご幼少のころの六の宮を存じ上げております。お父君さまが姫宮さまのこのお姿をご覧になられたら、どれほどお喜びでしょう」
「ありがとう……」
「さ、今一度主上のおん前へ。伯父上さまが首を長くなさってお待ちでございましょう」
 ふたたび典侍に手をあずけ、渡殿へ向かって歩き出そうとした時。
 楓子は御簾の外に、ふと人の気配を判じた。
 わずかな風が運んでくるこの薫り。自分を、そして彼を導き、巡り逢わせてくれたこの薫り。
「お願い。少し、待っていてください」
 楓子は凍りついたように立ち止まった。
 思いつめたような楓子の表情に、典侍は少しためらった。が、すぐに姫宮の言葉に従い、女官たちを引きつれて奥へ下がる。
 楓子は一歩、御簾のそばへ近づいた。
「少将さま」
 言葉に気をつけてと言われたことも忘れ、声をかける。
 ここまで近寄れば、御簾に映る影は明衡だとはっきりわかる。
 が、
「おあげになってはなりませぬ」
 厳しい声で明衡は言った。
「御簾をおあげになってはなりませぬ。あなたはもはや後宮にお住まいになられる御身、姫宮にあられます」
 その言葉に、楓子は息を飲んだ。
 皇統の血を引く姫宮は、滅多な男には嫁げない。帝の血筋をうかつに広げないための決めごとは同時に、姫宮として生まれた女性の神秘性をも強調することになった。
 後宮に住まうということはすなわち、楓子はもはや帝以外の男性には嫁げないということだ。
 帝の同母弟の遺児、姫宮として後宮に入るならば、楓子の高貴さにかなう女性はいない。今は不在となっている中宮の地位も、約束されたも同然だろう。
 ……中宮。この国の女人で、もっとも位尊き一の人。
 けれど本当に、それが自分の願いだったろうか。
 そして少将は、それを願って自分を救ってくれたのだろうか。
「いのちだに……」
 低く、明衡がつぶやいた。

   いのちだに 心にかなふものならば
       なにか別れのかなしからまし

 ――私たちの命をかけた願いが叶うのならば、あなたとの別れもなにを哀しむことがありましょう――
 病を癒すため都を離れて湯治の地へ向かう友に送った別れの歌。古今集の一首だ。
「だめだ。……歌が、歌が、詠めない――」
 明衡の声がかすれ、ふるえる。
 胸の中で渦巻く思いが、ひとつとして言葉にならない。ただ滾つ瀬のように荒れ狂うばかりだ。
 それは楓子も同じだった。
 この世のすべてを和歌に託せると思っていた。自分の感情はみな歌の世界に昇華できると。
 だが現実に激流のような思いを体験してみれば、声もなくして愚かに立ち尽くすだけの自分がいる。
 ……どうしたらいいの。なにを言えばいいの、わたし。
 月がわたし? 雁があなた?
 そんなの、どうだっていい。わたしはわたし、あなたはあなたよ。
 それ以外の言葉なんか、思い浮かばない。
「どうぞ……末永う、おすこやかに――」
 明衡が立ち上がる。
 さやかな衣擦れの音を残し、静かに立ち去っていく。
 その袖に焚きしめられたあの薫りが遠ざかる。
 風に吹かれてかき消されてしまう。
 楓子の手が、ひくっと小さく動いた。まるで誰かを招くように、胸の前まであがる。
 だがそれきり、動かなかった。
 いつの間にか典侍たちが楓子のかたわらに戻ってきていた。
 動こうとしない楓子の手を取り、そっと促す。
 どこか雲を踏むようなおぼつかない足取りで、楓子は歩き出した。
 後宮は麗景殿、弘徽殿など独立した多くの建物が渡り廊下で結ばれた複雑な造りになっている。その建物のひとつひとつに帝、あるいは東宮の寵愛する后妃が女主人として住み、互いに妍を競っているのだ。
 大殿油(おおとなぶら)と呼ばれる室外の灯明が灯され、いっそう陰影深くなった後宮を、楓子は典侍に導かれるまま、黙って歩いていった。
 簀の板を踏む足先がひどく冷たい。
 そんな感覚はあるのに、どこか現実感が欠けている。
 ……わたしは何をしているの。どこへ行こうとしているの。
 わたしはいったい、何を望んでいたのかしら……。
「かえでの姫」
 低く優しい声に名を呼ばれ、楓子ははっと我に返った。
 気づけば、ふたたび清涼殿に戻ってきている。
 御簾は高く巻き上げられ、帝の姿が暗がりの中、浮かび上がるように見えた。
「いかがしたのだ、かえでの姫よ。なぜそのような顔をする」
「主上……」
 優しく問いかけられても、返事ができない。
 自分でもわからない。何がこんなにも哀しくて、苦しいのか。
 自分を家族と思い、いつくしんでくれる人がいる。この人のそばでなら、もう何も怖いこともつらいこともない。
 その、はずなのに。
 ……これ以上望むことは何もないはずなのに。
 心が、言うことを聞かない。
 望んではいけないことを、人を、求めてやまないのだ。
「言ってごらん」
 帝が静かに御帳台を降りてきた。
 楓子の前まで歩み寄り、膝をつく。楓子と同じ目の高さになり、その顔をそっと覗き込む。
「心のままを、言ってごらん。姫」
 大きな優しい手が楓子の髪を撫で上げた。少し乾いたその指先の感触は、記憶の中にある父宮のそれとそっくりだった。
「朕はかつてあやまちを犯した。もう二度と、同じあやまちを繰り返したくない」
 帝はゆっくりと言った。
 それはどこか、自分自身に言い聞かせているかのようだった。
「のう、姫よ。我らはともに互いの存在を知った。今は同じ都の空の下にいる」
「主上……」
 楓子は顔を上げた。
 見上げた帝の顔は、まるで泣き笑いのようだった。
「逢いたいと思えば、いつでも逢える。文も交わせる。互いに、初春の祝い歌を交わす家族もおらなかったことを思えば、なんと幸福なことではないか」
 はい、と返事をしようと思った。
 けれど声が出てこない。しゃくりあげるのを怺え、唇を咬むので精一杯だ。
「言うてごらん。姫。そなたの望みを教えておくれ」
 ……言って、いいのですか、本当に。
 主上。少将。わたしの幸せを望んでくださっている方たちの、その思いに逆らうことなのに。
 与えていただいたものすべてを、捨ててしまうようなことなのに。
「……い、たいのです――」
 ふるえる唇から、涙にかすれた声がこぼれた。
「お会いしたいのです。蔵人少将に……明衡さまに――、お会いしたいのです……!!」
 ……願うことは、ただ、それだけ。
 逢いたい。あの方に逢いたい。
 その顔を、瞳を見て、声を聞いて。そしてあの薫りに触れたい。
 それから先のことなんて、なにもわからない。考えられない。
 ただこの心が、身体中すべてが、あの方を求めている。
 逢いたい。逢いたい。ただ、逢いたい。
こぼれ落ちる涙を、優しい指先が拭った。
「幸せにおなり、我が姫よ」
 帝が自ら楓子の手を支え、立ち上がらせる。
 暗がりに包まれた清涼殿に、朗々と一天万乗の君の声が響いた。
「参議たちを集めよ。御前定(ごぜんのさだめ)を招集する。これより、朕が弟宮、亡き惟仁親王が遺児、女一の宮を朕が猶子(ゆうし)となし、正三品(しょうさんぼん)内親王の格を持って、蔵人少将源明衡がもとに降嫁させる!」


 楓子は走った。
 後宮の長い渡り廊下を、濃き色の袴をたくしあげ、釵子も扇も放り出して、幼い女の子のように走り抜けていく。
 やがてその先に、求める姿が見えてくる。
 長く裾を引く衣冠束帯姿。宮中に出仕する公達はみな同じような装束だが、けして間違いようがない。
 ……だって、この薫り。この薫りが、あの方のことを教えてくれる。
 幸せにおなり、我が姫よ。その言葉が亡き父の、そして母の声と重なって、今も耳の奥にこだまする。
「明衡さま!」
 明衡が振り返る。
 驚き、なにか言おうと唇がわななく。けれど何も言葉が出てこない。
 その腕に、楓子はみずから飛び込んだ。
「雁よ。わたしも雁よ」
 楓子は言った。
「あなたが北へ帰る雁なら、わたしもついていく。同じ群れになって、どこへでも飛んでいくわ」
「姫……!」
 明衡は楓子を抱きしめた。渾身の力で強く抱き、黒髪に顔をうずめる。その髪を撫で、頬を寄せ、そしてくちづける。
「いいえ。あなたは私の月だ」
 馥郁たる薫りが楓子を包む。そして楓子の香りが明衡を包んだ。まるで二羽の鳥が互いに羽根を広げ、寄り添い、あたため合うように。
「そしてこの雁は、ただ一心に月を目指して飛んでいくのですよ……!」


  蔵人少将源明衡より、後朝の歌
    有明に 疾くうつそみは 立ち去れど
            きみがそばにぞ かげはあらまし

  返し
    有明の きみがゆくてに かげ立たば
       あくがれいずる 我がたまと見よ


                                                              (終)



    参考文献    古今和歌集 佐伯梅友校注 (ワイド版 岩波文庫) 
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