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第2章
欲しいものはそれじゃない 4
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「ぜぇ……っ……あ゛あっ………ぇ………」
わたしは現在進行形で死にかけている。
膝に手をつき、地面に転がる小さな足を見つめながら、自分の髪の先から垂れる汗が大地を濡らす音を聞くことしかできない。
過呼吸と息切れで吐きそうだ。
「ほら。もう十分休憩したでしょ?早く行くよ。」
数メートル先で自転車に跨った秋川さんが、呆れ声でわたしに立つように促す。
なんでこんなことになっているか、それを説明するには数分前まで遡る必要がある。いや、遡らなくていいや。
早い話、てっきり二人乗りを提案されたと思っていたわたしだったが、実は『自転車がないなら走ってついてこい』という意味だったのだ。
秋川さんの性格は知っていたけど、足が速い訳でもない人間に制服姿で走らせるとか、なんつー鬼畜行為だ。
わたしの有無も聞かずに自転車を漕ぎ出してしまったので、こちらとしては走って追いかける以外の選択肢はなかった。
確かに自転車で来なかったわたしが悪いのもあるけどさ。歩いていってくれてもいいじゃん。せっかく二人きりなんだし。
そう思っているのは間違いなくわたしだけだろうけど。
しかも嫌がらせかと思うくらいの速さで自転車を漕ぐから、わたしはついていくだけで精一杯で、この場所に着いた時についに力尽きたといった感じだ。
「……はぁっ………も…っ……む……り。」
「体力ないわね。やる気あったから普通に走れると思っていたのだけれど。」
「………だっ……て、……乗せてって……くれると………思った……から。」
「自転車の二人乗りは犯罪なんだけど。そんなことも知らないの?あなた。」
校則は守ろうとしないくせに、ちゃんと法律は守るのね。よくよく考えたら当たり前か。
とはいえ、三キロ以上の長さをかなりのスピードで走り続けさせるのは酷くないか!?
心中で毒づきつつ、手を地面についてぜぇぜえ息を吐いていると、秋川さんは小さくため息をついて、座り込むわたしに手を伸ばした。
「仕方ないわね。ほら。ここから先は私が走るから。自転車に乗るくらいはできるでしょう。」
「………えっ。」
「何その反応?死にそうな顔してたから変わってあげるって言ってるのに。」
確かに死ぬほど辛かったから、変わってくれるのは死ぬほど嬉しいけど、秋川さんがわたしにそんなことを言ってくれるなんて。
これは優しさなのか?何かの罠だったりして。
なんにせよもう走らないくらい疲れてるのは確かなので、そう言ってくれるならそれ以上はない。
「いいの?」
「………ここで死なれちゃったら困るのは私だし。」
秋川さんは僅かに焦燥を滲ませて自転車のハンドルを触る。
マラソンしてたらそりゃあ顔は歪むだろうけど、秋川さんにそんなことを言われるほどわたしの表情はやばいことになっているのか。
そんな顔を晒してると考えたらちょっと嫌だな。
平静を装ってなんとか息を整え、遠慮しつつ自転車を借りることにする。というか走らされてたのはわたしなんだから、堂々としてればいいのだ。
見ると、秋川さんは毛先まで整ったブロンズのロングヘアーをポニーテールに縛り直しているところだった。
長いままだと走った時に髪が乱れてしまうからだろう。
「ねえ。何も走らなくてもいいんじゃない?わたしが自転車押すから、歩いて行こうよ。」
「時間がもったいない。」
こちらの気遣いにも耳を貸す様子はない。
そんなにわたしと一緒にいる時間が嫌なのか、とちょっとブルーになったけど、よくよく考えたら本当に嫌なら放課後一緒に出かけることもないか、と一人で納得していると、髪を結び終えた秋川さんはさっさと駆け出していってしまった。
「あ、ちょっと待ってよ。」
まともに話を聞く様子もないので仕方なく自転車に跨って秋川さんを追いかけた。
さっきまで秋川さんが座っていた熱がそのままサドルの上に残っていて、なんか変な感情が湧いてきた。ふつーにキモいなわたし。
しばらく走り続けて10分ほど。
秋川さんはペースも落とすことなく綺麗なフォームでわたしの前を走っている。
「あ、次のとこ右だよ。」
「ん。」
こんなふうにわたしが後ろから道を教えつつ坂を登ったり降りたりして進んでいるが、秋川さんの息継ぎの音は聞こえるが、苦しそうな様子は一切ない。
むしろ自転車で坂を登っているわたしの方がよっぽど体力の消耗が激しい。
あと、これは決してわたしが下卑た目線で見ているからではないのだが、秋川さんのポニーテールが走るたび右に左にゆさゆさ揺れているのが目に行くと、そちらに視線が集中してしまって意識散漫になる。
ついでに、うなじが見えるのが特別感あってめちゃくちゃガン見したくなってしまう。
そのせいで危うく目の前の電柱にぶつかりかけたこともあった。
まあこれに関してはわたしが1億%悪いどころかなんなら気持ち悪いから、実際に口に出してそれを伝えるようなことはしない。
「あ、そこの奥にある赤い車がある家だよ。」
走り続けて、前を走る秋川さんの呼吸がわずかに荒くなってきたころ、ようやく祖母の家に到着した。
祖母の家はいわゆる住宅街やニュータウンではなく、少し山よりの周りが畑に囲まれた一軒家だ。
大はしゃぎしても近所迷惑にならないから昔はよくここで駆け回っていたのを思い出す。
「ふぅ。」
足を止めた秋川さんは相変わらず平然としているが、流石に滲み出る汗が隠せなくなっていた。しかも長袖の制服を着ているからかなり気分的には良くなさそうだ。
本当に、わざわざ走る理由があっただろうか。
「おばあちゃん、来たよー。」
割と僻地にあるということもあって、昼間の間は祖母の家の鍵はかけられていない。なので、引き戸の扉を開けて声をかける。
「……私が来ることも言ってあるの?」
「うん。友達と行くよって。」
「そう。」
勘違いかもしれないけど、秋川さんはちょっとそわそわした感じで目線を一定に留めないでいる。
緊張してる?まさかね。
「あらあら、久しぶりだねぇひなた。それにお友達も、ようこそ。」
わたしが声をかけてから数秒、廊下の奥の居間から、祖母が姿を見せた。
白髪に眼鏡、そして杖、どこからどう見てもおばあちゃんって感じの人だ。実際そうなんだけど。
「うん、久しぶり。」
「こんにちは。秋川と言います。」
隣で秋川さんが両手を前で合わせて、礼儀正しくぺこりと頭を下げる。
秋川さんがいつもの女王様態度をとるのではないかと少し心配だったが、さっきの自転車の件しかり、留めるところではちゃんとしている。
それなら、ここまで丁寧じゃなくてもいいから、わたしにも普通の対応をして欲しいものだが、まあ今更そこに期待をしても無駄だということはなんとなく分かっているから指摘したりはしない。
「いらっしゃい秋川さん。ソラなら奥の部屋にいるから、ゆっくりしていってね。」
祖母は優しく微笑むと、台所へと向かっていった。
「ソラ?」
「あっ、この家で飼ってるフェレットの名前だよ。」
普通に答えたつもりだったが、秋川さんはわたしの言葉を聞くと、嫌に表情を歪めて尋ねた。
「……あなた、おばあさまに私のことどんなふうに伝えたの?」
「え?ふつうに、フェレットが大好きな子がいるから見たいんだってって……」
言葉を紡ぐ度、秋川さんの表情は薄暗く澱んでいく。
え。なんか不味かったかな。
だってそれ以上でもそれ以下でもなくね?
「……それじゃあ、まるで私がフェレット大好き人間みたいじゃない。」
「だってその通りだし。」
「……………。今回は別にいいけど、もしクラスメイトにバラしたら四肢が分離すると思いなさい。」
「……ハイ。」
バラすだけにってか?
いや笑えない。
別に好きなものは好きってアピールしたところでなんの問題もないと思うんだけどな。
この前の放課後の時もそうだったけど、秋川さんはやけに自分の嗜好を曝け出すことを躊躇している。私に告白した時も、顔真っ赤にしてたし。
案外恥ずかしがり屋さんだったりして。
「ふふっ。」
「何笑ってるの?」
「ああ、いや別に。……とにかく上がってよ。」
顔を赤らめている秋川さんを想像してしまってなんとなく微笑ましくなってしまったことはとても口にできない。
「……そうね。お邪魔します。」
やれやれ。
秋川さんに対してなんの不安もなく接せる日がいつか来るのだろうか。
来るといいな。
隣で靴を脱ぐ姿をじっと見つめながら、わたしは祖母の家の中に足を踏み入れた。
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