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第2章
欲しいものはそれじゃない 3
しおりを挟む祖母に連絡をとったところ、いつ来てもいい、とのことだった。
昔から親と喧嘩した後の家出先はいつも祖母の家だった。それもあってか関係は良好だし、近いこともあり最近でもちょくちょく訪れている。
まさか秋川さんと一緒に行くことになるとは思わなかったけど。
祖母との電話を切って、秋川さんとの約束を反故にしなくて済んだことに安堵しつつベッドに勢いよく飛び込む。
「よかったぁー」
やっぱり明日は無理でした、とは言いにくいので流石に安心する気持ちは大きい。
にしてもわたしってなんで秋川さんのことがこんなに気になっているんだろう。
ベットに潜りつつ、最近積もっていた疑問を自分なりに考察してみる。
前にも思ったことだけど、これがなかなかの謎である。
目立っているからなんとなく気になった、ということで自分を納得させるにしても、周りの人たちは秋川さんのことを無視しているのに、わたしだけが気になるというのもおかしな話だ。
秋川さんには不思議な力があって、それをわたしが感知してるとか………?
んなわけないか。
じゃあ運命の赤い糸で結ばれているから、必然的に気になってしまうとか………?
もっとないか。
うーん。
話は思ったよりも複雑なものらしい。
自分のことが分からないなんて、不便なこともあるもんだ。
でもいいや。
今はなんとなく楽しみがあるだけでそれでいい。
その正体もいつか分かる日が来るだろう。
今焦るべきはそんなことではなく、明日、秋川さんとどうやって接するかだ。
二人で一緒に行くわけだし、おばあちゃん家でもそれなりに二人でいる時間が多いだろう。その時間、どうやって気まずくならないようにしようか。
お互いギスギスしながら過ごす時間ほど苦痛なものはない。できるだけ場を持たせられる話のネタがあるといいんだけど…………………
うん。
わたしが秋川さんについて知っていることなんて、イタチ好きなことくらいしかないや。
「やーめた。」
わざわざ頭を悩ませたって、どうせ最善案なんて出ようがない。存在自体が未知なのだ。吉と出るか凶と出るかは明日に託すとしよう。
こういうときあるあるだけど、できないと思ったことを考え続けると、いつの間にか、もしかしたらなんとかなるかもって思考になったりするんもんなんだよね。
今回もそれに頼ることにして、わたしは再びベッドの上で携帯をいじり始めた。
♦︎♦︎♦︎
そして当日。というか翌日。
放課後のことばかり考えて丸一日まともに授業が聞けなかった。
別にいつも真面目に聞いているわけではないが、思考のスペースが完全に埋め尽くされるなかで時間を過ごすのはそれはそれで辛いことでもあるのだ。
眠気すらないオーバーヒート状態で、六時間目の終わりを告げるチャイムが耳の奥で鳴り響く。
うわ、いよいよだ。どうしよう。
この前体育館裏に呼び出された時は、あくまで秋川さん主体の行動だからわたしが何かやらかしてもどうにかなるだろう、と思っていたけど、今回はわたしがホストなのだ。緊張するのも無理はないと言ってくれ、誰か。
でも、本人の目当てはわたしじゃなくてフェレットなんだよな。
秋川さんを誘うために作った口実だったけど、せっかくなんだからわたしの方を見てほしいと思わないでもない。
あの秋川さんが?わたしを?
うーむ。
自己肯定感はそんなに低い方じゃないと思うけど、流石にあの人と自分を並べると自信無くすなぁ。
とはいえ無論逃げるわけにもいかないので、わたしは確かとはいえないかもしれない決意のもと、昇降口に足を進めた。
昇降口までの廊下道中、一緒に帰ろー、と冴乃に誘われたが、申し訳ないが今日は重大なミッションがあるから、と大袈裟に言って断った。いや別に大袈裟じゃないな。
いつも一緒にいる蒼は学園祭の実行委員なので、学園祭が近いこの時期には放課後委員会に出ずっぱりになる。
そういうときはだいたい冴乃と一緒に帰るため、今日は一人ぼっちで帰らせてしまうことになるのが少し申し訳ないが、事情が事情なのでこちらとしても割り切るしかない。
昇降口を早足で飛び出して、いつも通る校門の前まで急ぐ。
秋川さんはホームルームが終わるなり教室を出て行ったので、わたしより早く校門で待っているはずだ。待たせると何を言われるか分かったもんじゃない。
校舎の昇降口から少し離れたところにある、学校名が彫られている表札がある校門にたどり着くと、予想通り、わたしよりも早く秋川さんはそこに着いていた。
自転車を左手で押さえながら携帯電話いじっている。
「ごめん。待った?」
「………別に。」
冷たい。
相変わらずの女王ボイスが耳の奥で響いて脳が覚醒していくのを感じた。
「それよりあなた、自転車は?」
「え。あ、わたし歩きだけど。」
ここでわたしは既にやらかしていることが一つあることに気がついてしまった。
秋川さんは普段自転車で学校に来ているが、わたしは家が近いので徒歩なのだ。わたしが秋川さんを祖母の家に連れていく以上、秋川さんに自転車を押させてしまうことになる。
しかも歩いて40分もかかる場所なのだ。
どう考えても今日はわたしが自転車でくるべきだった。
どうしよう。
一度わたしが家に戻って自分の自転車を持ってくるか?いやそれはそれでそこそこな時間待たせてしまう。
「そ。」
いきなり戦々恐々な立場に立たされたが、存外秋川さんは平坦にそう言うと、わたしが言葉を発する前に自転車に跨った。
あれ?不満そうにしている様子もない。
ていうか自転車に跨ったってことは、漕ぐのか?
自転車がないわたしはどうするのか。
「何やってるの?あなたもさっさと行くわよ。」
自転車に乗ってこちらを振り向く秋川さんを見て、一つの考えが浮かんだ。
もしかして、二人乗りで行こうって言っているのか?
この人は成績優秀だけど、真面目ではない。
自転車の二人乗りくらいなら平気でやろうとしそうだ。
わたしは割とそういう交通ルール気にするタイプだけど、秋川さんがそう言ってくれるなら話は別だ。
後ろに乗せてくれるとか、効率重視だとしてもそんな優しさを向けてくれるだけで嬉しい。
「う、うん!」
勝手にテンションが上がったせいか上振れた返事をしてしまい口を押さえたが、それも束の間、わたしは秋川さんの自転車に駆け寄っていった。
それが結局勘違いだったということに気づいたのは、このすぐ後のこと。
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